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月影のDOLL  作者: 徳次郎
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2ノ夜【うしろ姿】

 将也の同僚である佐々木信二は早々に帰宅したアパートの階段を上っていた。上りきった通路に何かが落ちている。いや置いてあるのか?

 信二は腰を屈めてそれを見ると、首を傾げた。

「何だ、これ?」

 そこには肌の白い黒髪の人形が在った。

 足の関節を折り曲げて地べたに足を伸ばして座るような形で置いてある。

「将也のか? まさかな」

 信二は思わず呟いた言葉を自分で否定した。

 おそらく下の住人に小さな子供でもいて、この通路も遊び場になっているのかも知れないと思った。それとも近隣に住む子供か。

 信二はそれには手を触れず、その先にある自分の部屋のドアを開けた。



 その日将也は図面の整理をした後、定時を少し過ぎた五時四十分頃に仕事場を後にした。

 大半は仕事を終えて帰った後だが、プレハブで出来た仮設事務所では、まだ仕事をしている連中もいる。

 6月も末になりだいぶ陽が長くなった為、外はまだ充分に明るかった。

「お疲れ様です」

 予定表のチェックをする主任に挨拶をして、将也はプレハブ小屋を出た。

 真新しい大通りから古い国道に出る。

 昔自転車で走った記憶のある唯一の道だ。そして再び真新しい通りへ入ると住宅地が広がる。

 道路を挟んだ反対側はまだ土地が分譲中で、小奇麗な一軒家が歯抜けに建っているものの、まだまだ空き地が多い。

 通り沿いにはコンビニや、建設中の中規模店舗が目に付く。

 道なりに走って二つ目の信号を右折すると、少し古い住宅街に入る。

 少し古いといっても、将也が住んでいた時とは全く違った風景だ。

 昔は住宅街の風景そのものが何処か灰色に古ぼけていたが、いまは全体が白っぽい。

 小学校の方角からして将也が以前住んでいた周辺らしい事がかろうじでわかるが、懐かしむような場所はやっぱり残ってはいない。

 その住宅街の中に会社で借りているアパートがある。

 家具付きのアパートはテレビも冷蔵庫も衛星放送も、そしてパソコン用の光回線も揃っている。

 自分で持って来たのは着替えと自分のノートパソコンくらいだった。

 彼は浦安にある会社の寮に本住まいがある。

 寮といってもマンション形態の為住み心地はすこぶる快適で、ほとんどの社員は結婚するまでそこに住んでいる。

 出張の多い仕事なので、自前で家賃を払って部屋を借りていると、なんだか損している気分になるのも要因の一つだ。

 住宅手当もあり、実費が少ないのも魅力だろう。

 もちろん光熱費等は個人もちだが、それでも浦安駅近くに一万円で1DKは格安だ。

 長期出張の場合に限り、自分の車を持ち込む事も出来る。地方都市は足が無いと私生活に困るからだ。

 現に、今いるこの町も駅前は寂れきって、大通り沿いに立ち並ぶ郊外型店舗での買い物は車が無いとかなり不便だ。

 アパートと路地を挟む形で月極の駐車場がり、各々の車はそこに停めているが、もちろん駐車場代は会社からは出ないので自分達で支払っている。

 夕飯の弁当を買ってアパートに戻った時には、だいぶ陽が傾いてほの暗さが増していた。

 駐車場に車を停めると、将也はアパートへ向って通りへ出る。

 駐車場は緑の低いフェンスで囲われているだけで視界を妨げるものは無い。

 歩きながら何となく周囲を見ていれば、道路を渡る際にいちいち安全確認をする必要なんて無かった。

 それなのに彼は、車道に足を踏み出した直後に突然左から何かが迫るのを感じて身構えた。

 しかし時遅く、その何かは将也の身体にぶつかった。

 微かな視界の隅に、黒い影だけが一瞬見えた。

「きゃっ」

「痛っ」

 ガシャンと音がして何かが倒れる。

 一瞬閉じた目を将也が開けると、高校生くらいの少女が自転車と共に地べたに転がっていた。

 制服のスカートがまくれて、街路灯に白い脚がさらされている。

「大丈夫か?」

 彼は慌てて少女に手を差し伸べる。

「す、すみません」

 少女はそう言いながら起き上がって紺色のスカートをほろった。将也は自転車を引き起こして

「いや、俺もよく周りを見ていなかったんだ」

 少女は屈んで籠から落ちた鞄を拾いながら、乱れた黒髪を後ろにかき上げる。

「いいえ、あたしの方こそ全然前見てなくて」

 夕暮れの淡い陽差に照らされた白い肌は瑞々しくきめ細かで、燈ったばかりの水銀灯の明かりさえ反射している。

 艶のある黒い髪が肩を通り越して背中に掛かっていた。

 立ち上がった少女は鞄を自転車の籠に押し込むと

「ここのアパートに住んでる人ですか?」

 駐車場の向かいを視線で示した。

「あ、ああ」

 少女は小さく笑みを浮かべると

「あたし、玲美れみっていいます」

「この辺に住んでるの?」

「はい」

 頭を動かすたびに揺れる黒髪は、夕闇に輝いていた。

 地元の高校生か……しかし、将也は玲美を何処かで見たような気がする。

 何故か初めて会った気がしなかったのだ。

 ……きっと、この通りで以前見かけたのかもしれない。

「何時もここを通るの?」

「ええ」

 玲美はそう言うと自転車に乗ってペダルを踏み出した。

「それじゃあ」

 黒髪をサラサラとなびかせながら、彼女はすぐ先の角を曲がって姿を消した。



 その夜、将也はあの夢を見なかった。

 久しぶりに朝までぐっすりと眠る事が出来た。

 そう毎日見るわけではないが、どうにも後味の悪いあの悪夢は、夜中に目が覚めるとなかなか寝付けなくなり、朝の寝覚めもよくないのだ。

 翌朝将也がアパートを出ると、そこには昨日出会った少女、玲美れみがいた。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 将也はそれがただの偶然だと思い「これから学校?」

 少々意識して気さくに返す。

「ええ」

 玲美れみはそう言って笑うと、自転車の籠から四角い包みを取り出した。

 紺色のバンダナに包まれた四角いものが何なのか、将也にも何となく判った。

「えっ?」

 しかし、どういう事なのかは判らない。

「お弁当です。何時もコンビニとかでしょ」

 やはり四角い包みは弁当だった。そして自分に差し出したのだと確信した。

「でも、何で?」

「いいじゃない。小娘の作ったお弁当じゃ嫌ですか?」

 玲美はにこやかな表情を途端に曇らせた。

 朝の陽差は、昨日見た以上に彼女の肌を白く映し出している。

「いや……そんなこと無いけど」

「じゃあ、持って行ってください」

 彼女は手にした包みを将也に向ってさらに差し出す。

 陽の光を乱反射した真っ白なブラウスは、薄っすらと水色の下着が透けている。

 将也は慌てて彼女の胸元から手元の弁当へ視線を僅かにずらした。

 玲美は目を細めると、閉じたままの口角を持ち上げるように笑った。

 彼もそれを受け取らないわけには行かない雰囲気だったので、思わず包みに手を出す。

「じゃあ、あたし行きますね」

 玲美は将也が弁当を受け取ったことに安心したのか

「毒なんで盛ってませんから安心して」

 そんな冗談を言いながら、自転車に乗って走り去った。

 将也は、風にはためく玲美の長い黒髪の後姿を少しの間見つめていた。






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