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月影のDOLL  作者: 徳次郎
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最終ノ夜【蒼穹】

最終話です。

今回は、少し長いのでゆっくり読んでください。

 将也は慌てて立ち上がると、玄関のドアを開けた。

「どうした。凄い叫び声が聞こえたぞ」

 信二がそう言いながら、部屋の中を覗いて

「誰かいるのか?」

「い、いや。誰もいない。今は……」

「今は?」

 将也は信二に言葉も返さずに部屋へ戻って中を見渡した。

玲美れみ、いるのか?」

 将也は部屋の中央で小さく叫んだ。

「おい、どうしたんだよ。将也」

 彼の様子を見て、信二が玄関から上がって来た。

「あの人形が何処かにあるのか?」

 将也は部屋の中に語りかけた。部屋を見渡しても人形らしきものは無い。

 隠せるような収納は一箇所だけ。

 将也はクローゼットを勢いよく開けた。

 中は真ん中で上下に仕切られて、通常の押入れと同じ造りになっている。下の段にはダンボールに入ったままの着替え。

 そして上の段にはハンギングした夏服が掛けてある。

 それをかき分けて奥を覗いた。

 一番奥の隅に 黒髪の人形が淋しく座っていた。

 間違いない……幼い頃にたま美に貰って、引越し当日にここへ置き去りにした人形だった。

 将也はそれを手に取ると、後にいる信二に声も掛けずに部屋を飛び出した。

 何がなんだか判らない信二は、将也の行動をただ見ているだけだった。

「おい、いったい何なんだ?」

 信二の声が背中から聞こえたが、応える余裕が将也には無かった。

 外へ出ると、駐車場の車に乗り込んであのお寺を目指した。

 途中でふと車内の時計を見る。

 一時二十分と表示してあるが、この暗さはどう考えても深夜の一時だろう。しかし、将也はそのまま青雲寺に着くと、人形を手に住職をたたき起こした。

「すみません。お願いがあります。すみません」

 境内の横にある平屋の自宅のチャイムを何度も鳴らした。

 少しすると玄関の明かりが灯り、擦りガラスの向こうに人影が見えた。

「どなたかな、こんな夜分に」

「すいません、夜分遅くに。ただ、無くなった人形とはこれではないかと」

 将也は思わずガラス越しに人形をかざした。

 直ぐに引き戸が開けられ、そこにはやたらと似合わないパジャマ姿の住職が立っていた。

「無くなったのは、この人形じゃないですか?」

 和尚はそれを見てすぐ

「これを何処で?」

「俺の部屋です」

「あなたの部屋に?」

 和尚は困惑した表情で将也を見つめると、自分の坊主頭を撫で上げた。



 * * *



「なるほど、あなたの所へ行く為にここを抜け出したのでしょう」

 将也に事情を聞いた和尚は、穏やかに頷きながらお茶を差し出した。

 彼の話を全く疑う様子は無かった。

「これは何時ごろ、誰がここへ?」

 将也は喉がカラカラだった事に気付いて、熱いお茶を啜った。

 和尚も目を細めて湯飲みを啜ると

「これは確か……もう十五年くらい前に、土建会社の人が持ち込んだと記憶しています」

 人形に張られているはずの、持ち込まれた年月日を記載した紙はもう無くっていた為、和尚の記憶だけが頼りだった。

「土建会社?」

「区画整理をする業者だと聞きましたね」

「どうして区画整理の業者が?」

「取り壊した家の庭で見つけたらしいです。小奇麗な人形だしと、ここの噂を聞いて持って来たようでした。人形の祟りがあるとイヤダから供養してくれとかも言ってましたね。ヒゲ面の男がそんな事を言ったので、すごく印象に残っています」

 人形が小奇麗だったという事は、将也の一家があの家を出て間も無く区画整理が始まったのだろう。

 もしかしたら、区画整理での土地買収に乗っかって、自分の家は引っ越したのかもしれない。その方が家の売買の手間が省ける。

「しかし、人形とその娘さんの両方の念が込められていたとは、もう一度供養しなおした方がよさそうですね」

 和尚はそう言って立ち上がると、将也を率いて境内につながる廊下を歩いた。

「魂が融合したってのは、本当なのでしょうか?」

 境内へ向う途中、将也はいまひとつ信じ切れない疑問を和尚の背中に投げかけた。

「一つの物体に幾つもの魂が宿る事は、よくあることです」

「よくある?」

「それは互いに拒絶し合う事の方が多いが、この人形は元々の持ち主をすんなりと受け入れたのでしょう。いや、彼女が入り込んだからこそ、人形の魂が目覚めたのかもしれませんね」

 和尚はそう言って振り返ると、穏やかに笑った。

 境内の奥に在る人形供養の間に入ると、和尚は祭壇に人形を乗せてロウソクに火を燈す。

 線香にも火を焚くと、淡い紫色の煙の中でお経を唱え始めた。

 将也はしばしの間、読経を聞きながらその光景を後から眺めていた。

 燈した香の匂いが辺りに立ち込める中で、玲美れみの笑顔を、いや、たま美の笑顔を思い出していた。

 ぽかぽかした陽射しのように暖かい笑顔が、何度も蘇える。

「応急処置は終わりましたよ。後は夜が明けてからで大丈夫でしょう」

 経を唱え終わった和尚は、そう言って微笑んだ。

 和尚の微笑を見て、将也も思わずホッと息をつく。

「そう言えば、もう一体人形が無くなったって」

 将也は、ふとそんな事を思い出した。

「ああ、それは戻って来ましたよ」

「戻って来た?」

「数日後に、元の場所にいたんです。ほら、ここに」

 和尚に指差されてそれを見た将也は思わず驚愕した。

 それは女の子向けの洋風の着せ替え人形で、何種類も時代を重ねる事によってコレクターも存在するという名の知れたものだった。

 しかし、彼が驚いたのはそんな事ではない。

 少し日焼けした肌にショートカットの黒髪。

 おそらくこの人形には黒髪は珍しいかもしれない。

 それはまさしく、以前将也が見た雪乃という玲美の友達にそっくりだったのだ。

 もちろん、あの制服を着ていたわけではないが……。

 玲美はここから友達として自分に紹介する娘を持ち出したのだと思った。そして、後でちゃんとここへ返しに来たのだ。



 * * *



 あれから十日が過ぎた。

 あの日の翌日、本格的に人形供養をすると聞いて、将也はそれに立ち会った。

「彼女はあなたにもう一度会いたかったのでしょう」

「俺にですか?」

「あなたにあげた人形に魂を宿して待ち続けた。いや、本人の言うとおり、彼女は死後すぐにあなたにあげたこの人形に宿っていたのかもしれない。そしてあなたを見守っていたのかもしれませんよ」

 和尚は穏やかな口調でそう言った。

 そうか……だから、彼女は捨てられたと怒っていたんだ。あれは、人形の想いであり、たま美の思いでもあったというわけだ。

「一緒にいるうちに、もっとずっと長くあなたといたくなったのでしょうな」

「ずっと……ですか」

 彼の言葉に、和尚は再び笑顔で頷いた。

「彼女を動かしていたのは、怨念などではありません。強い情です」

 将也は、読経する和尚の背中越しに祭壇上の「玲美」を見つめ、何時の間にか涙を流していた。

 そう、あの人形はたま美の魂と融合した事で生まれた「玲美れみ」なのだ。

 もっと近くに、もっと一緒に。

 彼女がそう願ったのは確かかもしれない。

 夢現ゆめうつつの中で自分と戯れるうちに……。

 将也は何故か、彼女に対する恐怖を感じなかった。

 それから玲美れみは姿を見せないし、あの悪夢も見ていない。

 ただ不思議なのは、どうして彼女は玲美れみと名乗ったのだろう。いったいその名前を何処から取ったのか、将也は何気に疑問を感じていた。



 仕事は順調に進んで8月も終わる頃、現在実家の在る茨城から一本の電話が入った。

「ああ、将也。今月の30日……判る?」

 母親が言った。

「何?」

「やっぱり覚えてないよね。ほら、昔よく遊んでもらったたま美ちゃんの命日だから。あんたついでだからお墓にお花供えてあげなさい」

 将也はたま美の死が何時だったのかまでは思い出せないでいたが、母親からの電話で記憶に眠る最後の一滴を思い出した。

 そうだった。

 あれは、あと一日で夏休みが終わるという日だった。

 たま美の家は、彼女が亡くなってしばらくすると引っ越して行ったらしい。

 その後は将也の母親が命日や彼岸に墓参りをしていたが、たま美の両親は見かけた事が無いと言う。

 当時ひどくショックを受けた様子の将也には、内緒にしていた事だ。

 だから余計にたま美の記憶は将也から遠のいて消え失せたのだろう。

 将也は母親に言われたとおり、たま美の墓参りに行った。

 それは小学校のプールの横に広がる青雲寺の墓地の一画に在った。

 山ほど菊の花を買って、将也は彼女のお墓にそれを供えた。

 あの時彼女が身を呈して救ってくれなければ、自分は今ここでこうしてはいなかっただろう。

 褐色の水に深く沈んでいたのは、自分だったに違いない。

 和尚はこの前の事があるので、特別にお経を上げてくれた。

 線香の束から煙るこうの香りが辺りを白く取り巻いて、周囲から降り注ぐセミ時雨に溶けてゆく。

 将也は目を閉じて静かに手を併せた。

 今自分にできる事は、それくらいしかないのだと思った。

 そして彼女の墓石に刻まれた文字を見たこの時、自分の前に現れた少女がナゼ玲美れみと名乗ったのか、その謎がなんとなく解けた気がした。


竹内たけう玲美ちたまみ享年11歳』

 ……たま美の字は玲美と書くのだ……。


 彼は何も意識しないまま、自分の頬を勝手に伝う涙の雫を感じていた。

 頬を伝う熱いものが、ぽたりぽたりと重力に引かれて落下する。

 空は青く澄んで、少しだけ雲が高くなったようだ。

 将也が零した雫は、残暑の陽差に照らされた黒い御影石に幾つかの跡を残したが、それはあっという間に蒸気となって熱い大氣の波間に消えて無くなった。






       ― 了 ―




最後までお読み頂き、有難う御座います。

ホラーとしては物足りなく感じる方も多いかもしれません。

でも、私はほろ苦いようなホラーが、意外と好きで…。

それでは、また。


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