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月影のDOLL  作者: 徳次郎
14/17

14ノ夜【懐かしい声】



 将也はその日の仕事を終えた帰り道、大通りから繋がる国道を何時もと反対方向へ曲がった。

 しばらく行った道を左へ入ると、小さな住宅街があった。その中を抜けるように車を走らせると、直ぐに白い校舎が見える。

「あれだな」

 将也は呟くと同時に、腑に落ちない気持ちだった。

 先ほどから何度か見かける女子高生はやはりあの学校の生徒だろう。

 将也のアパート近辺から自転車で通える距離にある、残りの一校。

 その制服は、玲美れみのものとは異なっていた、

 将也は学校の正門近くに車を止めて様子を覗った。

 この学校に部活の練習試合か何かで来た他校の制服かもしれない。そう思ったからだ。

 しかし正門から出てくる生徒の姿は一緒だった。

 三角形の大きな衿をした変則的なセーラーのようなブラウスに緑色のショートなネクタイを着けている。

 スカートは紺と緑色の混ざったタータンチェックだった。

 玲美のシンプルな制服とは全然違っている。

 ……いったい玲美は何処の誰なんだ。いったい何処の高校に通っている? 

 将也は内心、そんな考えは無意味なのではないかと思い始めていた。

 夕方の湿った風とは関係なく、彼の背中には汗が伝っていた。



 アパートへ帰ると自分の部屋に明かりが点いていた。

 玲美が来ているという事だ。

 将也は車に積んであった小さなMAGライトを手にとって車を降りると、アパートへは向わずに少し先の路地へ歩き出した。

 ……玲美が車の音で、自分の帰宅に気付いたかもしれない。まあいい。適当に何か言い訳を考えておこう。

 将也は、アパートの自室の明かりを見上げながら、路地の曲がり角へ急いだ。

 路地を曲がると普通の民家が立ち並んでいた。

 何の変哲も無い、二階建ての民家だ。

 玲美はいつもここを曲がってこの路地に入る。それからどうするのだろう。

 アパートの裏手と言っていた事を将也は思い出していた。

 すでに将也のアパートの背面にある通路が見えていた。

 ……この辺も裏手になるのだろうか。

 そんな事を思いながら、将也は再び路地を左に曲がった。

 もう民家の影でアパートは完全に見えなくなっていたが、これで完全に一本裏の通りに出た事になる。

 少し小さめの水銀灯が暮色の家並みを薄っすらと照らしていた。

 そこで、将也は重大な事を思い出す。

 玲美の苗字はなんだ? この通りにもし玲美の家があって、表札が出ていたとしても彼女の苗字を知らなければ探しようが無いではないか。

 そう思いながらも将也は路地を前に進んだ。

 持って来たMAGライトはまだスイッチをいれていない。

 それでも充分に見える明るさはあった。

 庭のガレージに玲美の自転車をさがす。ありふれた仕様のあの自転車が、彼女の家を示すとはとうてい思えなかったが……。

 向こうの通りへ出るまでのちょうど真ん中辺りに来て将也は足を止めた。

 家と家の間に少しの隙間というか、空間を見つけたのだ。

 何かが在るが、街路灯の僅かな光がちょうど手前の電柱に遮られてよく見えなかった。

 陽は沈みきって、暗闇が視界を妨げる。

 最初はゴミの集積所かとも思ったが、そうではないらしい。

 将也はMAGライトの電源を入れた。地面を照らす白い光の帯をその先に向って動かす。

 光の中に何かが浮かんだ。

「これは……」

 お稲荷さんを祀る古いほこらが紅い小さなやしろに囲われるように存在していた。

 囲った社に見覚えは無かったが、その中の祠は将也の記憶を遠く幼い日々へ連れ出した。


……………………

…………


「たま姉ちゃん、これ何?」

「それは、お父さんがオーストラリアのお土産に買ってきてくれたものよ」

「ふうん」

「マー君、気に入った?」

「うん。かわいいね」

「じゃあ、マー君にあげる」

「ほんとう?」

「うん。その代わり、ずっと大切にしてね」

「うん。ずっと大切にするよ」


…………

……………………


 近所に住んでいた年上の娘は確かたま美と言った。

 幼かった将也にはどんな字を書くのか解らない。

 彼がまだ小学生に入る前からよく遊んでくれた彼女は三歳年上で、彼の家の裏側数件後ろに住んでいた。

 彼女の父親がオーストラリアで買ってきたと言う黒髪の人形は、幼い将也の目をクギ付けにした。

 たま美は惜しげもなくそれを将也にくれた。ずっと大切にするという約束と共に。

 それがあの人形だ。

 たま美……苗字は思い出せない。

 そして、どんな顔をしていたかも……。

 彼女は今どうしているのだろう。

 将也が小学校に入って直ぐの頃は、まだ一緒に遊んでいた。そして、いつの間にか顔を会わせなくなった。

 それが何時ごろ、どうしてなのかは判らない。

 いくら記憶の奥を探っても、黒い闇が取り巻いてそこには辿り着けなかった。

 辿り着けないという事は、僅かながらでも記憶の何処かに彼女が自分の前からいなくなった理由を知っているような気がしてならなかった。

 しかし、どうしてもそこには辿り着けない。

 何かが邪魔をして、その記憶を閉ざし、辿り着く事を拒んでいた。

 このお稲荷さんは、昔将也が住んでいた家の一本裏手の通りに在ったものだ。

 そしてその横の家にたま美は住んでいた。

 将也は二階建ての家屋を見上げた。

 記憶に全く無いその家は、たま美の住んでいた家ではないだろう。しかし、将也は辺りを見回した。

「ここは……」

 当時の家は残っていないし、この通りももっと狭くて車が一台ようやく通れる広さしかなかった。

 おそらく区画整理の際に拡張したのだろう。

 そして、住宅もほぼ全て建て替えられたのだ。

 しかし、お稲荷さんはそのまま残したのだろう。古い土地の区画整理ではよくあることだ。

 だからここは……。

「ここは俺が住んでいた場所だったんだ」

 将也はそう呟きながら振り返って家並みの向こうを見つめた。

 お稲荷さんの場所を基点に、当時の位置関係が鮮明に蘇えった。

「あのアパートだ。ちょうどあそこに俺の家は在ったんだ」

 将也は走り出すと先の路地を曲がってアパートの前に戻った。

 アパートは少なくとも普通の家二件分の敷地はあるので、おそらくは隣の家だった場所も含まれているだろうが、そこはまさしく彼が小学校四年の時まで過ごした場所だった。

 駐車場の場所には何が在った? 将也は記憶を巡らせた。

 空き地だ。

 家の前はただの空き地で低い雑木で囲われて、時々工事用のブルドーザーなど、重機が置いてあった。

 将也は思わずアパートの敷地の隅々をMAGライトで照らしていた。

 その昔、隠すように置いていった人形。

 あの人形が無いか探していたのだ。

 土地も建物も全く変わってしまったこの場所に、ましてや一五年の歳月が流れたと言うのに、そんなものが同じ場所に残っているわけは無かった。


「もう無いのよ。マー君」

 将也は後から声が聞こえて、慌てて振り返った。





淀んだ記憶とと共に、黒色の秘密が蘇える……。

声の主は…

玲美は誰なのか……。

お読み頂き有難う御座います。

少しずつ話しは展開してゆきます。


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