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月影のDOLL  作者: 徳次郎
12/17

12ノ夜【夢の中】

 その夜、将也は夢を見た。

 あの少女の夢ではなかった。

 その中で自分は人形を握り締めている。

 全長25センチほどのそれは、長い黒髪のきれいな、真っ白な肌の人形だった。

 塩化ビニールというよりは、プラスチックのようなカタイ素材で出来ていた。

 黒い瞳に長い睫毛は、西洋造りの為か多少日本人離れしているが、明らかに日本の少女を現した物だ。

 白いブラウスに紺色のスカートは制服ではないが、清楚感をかもし出す為のアイテムなのだろう。

 将也は自分がどうしてそんな人形を持っているのか不思議だった。

 二十五歳にもなって、いや歳は関係ないとしても今の自分に人形を集める趣味は無い。

 しかし、自分の手を見てさらに疑問が沸いた。

 その自分の手が、妙に小さい。

 これは……俺の手じゃない。いや、俺の手なのは確かだが、今現在の自分ではないと思った。

 その考えにリンクするように、夢の中で昔の記憶が蘇えった。

 将也は小学校の頃、確かに黒髪のきれいな人形を持っていた。

 その頃の将也は何故かぬいぐるみなどが好きだったが、別に少女趣味な訳ではなかった。

 たまに見かける白バイをカッコイイと思ったし、テレビで人気のロボットアニメも欠かさず観ていた。

 彼は動物が好きで、その流れで毛に覆われたぬいぐるみが好きだったのだ。

 しかし、人型の人形はそれしか持っていなかった。

 昔から女児むけの着せ替え人形はあるが、モデルが子供なのに目鼻立ちが妙に外人っぽくて気味が悪いと思っていた。

 逆に純日本人をモデルにした人形と言えば、伝統的日本人形だが、それはそれで余計に気味が悪い。

 だから将也は人型の人形にはあまり興味を示さなかった。

 しかしその人形は、ちょうどアニメに出てくる日本の美少女のようで、日本人形のようにおかっぱ頭でもなく、ソフトビニールでできた着せ替え人形のように仰々しい顔つきでもない。

 体は少し硬い素材で出来ており、腕と足の付け根の間接だけが僅かに動いた。その反面長い髪の毛は風に靡くほど柔らかかった。

 少し大きめの黒い眼差しは、何処か涼しげに彼を見つめ、その表情がやたらと将也の心を掴んだのだ。

 ただ、どうやってそれを手に入れたのか記憶が無い。

 買って貰ったわけではないから、誰かに貰ったのだろうが、何時、誰に貰ったかまでは思い出せなかった。

 おそらく小学校の時には既に、その記憶を無くしていた気がする。

 そして小学校四年生にもなれば、そんな人形には目もくれないだろう。

 そんな頃に転校が決まり、引越しの準備をしていた将也は、本棚の一番上に置いたままになっていたそれを久しぶりに手に取った。

 貰った時の喜びなどは忘れていたが、しばらくの間自分が大切にしていた事は覚えている。

 将也はどうしようか迷っていた。

 いらないものは極力処分するように、母親に言われていたからだ。

 自分が大切にしていた人形なのは充分判っている。しかし、この先この人形が自分にとって必要かと聞かれたら、それはNOだった。

 人形やぬいぐるみよりも、その頃の将也にとってはF‐1マシンの方がよほど興味があった。

 彼は引っ越し当日まで悩んだが、けっきょく捨てるに捨てられず、しかし引越し先に持って行く気にもなれずに、庭のかた隅に隠すようにそれを置いてきた。

 その後この地を訪れていない将也には、その人形がどうなったかはまったく知る由も無い。

 しかしその時、手に持っている人形の瞳が動いた。

 長い睫毛に縁取られた楕円形の目の中にある大きめの瞳は、黒々と虹彩を輝かせて確かに将也を見つめた。

 そして、小さな唇が突然動いた。

「どうしてあたしを捨てたの?」

 将也は思わす人形を放り投げるように手から離した。

 二度三度小さくバウンドして地面に転がったその人形は、半分うつ伏せのように斜め下を向いていたが、黒い瞳ははっきりと横を向いて将也を見つめ続けた。

 乱れた黒髪が頬を半分隠していた。

「どうして捨てたの?」

 再び、小さな唇は動いた。

 黒髪で隠れた頬が動き、髪の毛の隙間から動く唇が確かに見えたのだ。



 目を見開いた時、ほの暗い天井だけが見えた。

 将也は声も出さずに、いや息を詰まらせるようにして目を覚ました。

 仰向けに天井を見上げたまま、肩で息をしていた。

 静寂が時を止めたかのように、自分を呑み込んでいる。

 あの人形の顔が脳裏に焼きついていた。

 今まで忘れていた顔を、今鮮明に思い出していた。

 透き通るような白い肌に少し睫毛の長い目の輪郭。

 その中で輝いていた吸い込まれそうな黒い瞳。

 そして輝き放つ長くて柔らかい黒髪。

 それは誰かに似ていた。

 その誰かの顔は直ぐに浮かぶ。

 さっきまでこの部屋にいて一緒に夕食をとったのだから。

 そして入浴の後二人は身体を交え、彼女は遅い時間に帰って行った。

 将也はその二つの記憶を照らし合わせる事が怖かった。

 しかし、同時にこうも考えられる。

 彼が玲美れみの事を想うあまり、過去の記憶と混合して彼女の顔が人形の顔として夢に現れた。

 だいたいここしばらくは若い女性と言えば玲美としか接触していないのだから、夢の中の女性、いや女性の姿の人形の顔が玲美に似ていてもおかしくないのではないか。

 それが、人の心理というものではないのか。

 将也は無理やりそう自分に言い聞かせる事で、夢の中の人形が玲美に酷似している事に納得していた。







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