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月影のDOLL  作者: 徳次郎
10/17

10ノ夜【疑問】

「おかしい……こんな事はわしがここを継いでから初めての事だ」

 青雲寺の和尚は境内に隣接した蔵で、ただ首を傾げていた。

 境内の奥には人形を供養する為の棚が設けられている。しかしそこは小さな場所で、古い物は蔵の奥へ入れられる。

 持ち主から直接依頼を受けた物は供養の後保管されて一年に一度火葬されるが、持ち主不明のものは別の棚に半永久的に保管されている。

 蔵の奥にはその為の大きな棚が設けれて、一年以上経っているもの、五年以上経っているもの、そして十年以上……それぞれに分かれて置かれていた。

 人形にも個別に札が着けられて、何年に持ち込まれたものかが記されている。

 先代の父の前、祖父がここで和尚をやっていた頃は、よく供養中の人形が無くなったそうだ。

 持ち主を恋しがり蔵からすすり泣く声が聞こえたりもしたと、和尚は小さい頃祖父に聞いたことがある。

 現和尚は人形がすすり泣いたり、勝手にいなくなったりなどするはずが無いと思っていた。

 もちろん、供養については真剣に行って来たが……

 しかし、二週間前に突然一体の人形が消えた。

 真っ白な肌に長い黒髪をした純日本的な容姿をしているが、洋風造りの古い人形だった。

 それがある日突然無くなっていた。

 蔵の扉は鍵を掛けているので誰かが持っていく事もないし、犬猫が入れる隙間もない。

 そして昨日、二体目がなくなった。

 それは境内の影に設けた比較的新しい人形を供養して祭っておく棚からだった。

 有名玩具メーカーが造った黒いショートヘアのその人形はそう古いものではないが、結婚する女性が捨てるのも忍びないと今年の春に持ち込んだものだ。

 消えた二体には全く関連性も無く、和尚は首を傾げるばかりだった。

「よからぬ事が起きなければよいが……」



 * * *



 将也がアパートに帰ると、玲美れみが来ていた。

もちろん彼女は合鍵を持っている。

 日中に洗濯をしたのだろう、乾いた洗濯物をたたむ彼女の姿と、陽差を浴びた洗濯洗剤の香りが部屋の中にあった。

「お帰りなさい」

 そう言って微笑む彼女の姿は最近珍しくない。

 将也が帰宅した後に来る場合もあるが、先に彼女が部屋にいる事も少なくは無いのだ。

 とにかく夕方五時から七時頃は同僚の出入りがあるから気をつけてくれと、玲美には頼んである。

 だから彼女はその前かその後にくるのだ。

 将也と入れ替わるように玲美がキッチンへ行く。

 彼女は学校が休みに入っても制服姿が多い。

 それは部活がある為だと思っていた。

 時折私服姿を見るが、白いブラウスにベージュか紺色のスカートであまり見栄えはかわらない。

「なあ、玲美」

「なに?」

「玲美の高校って何処にあるの?」

「なんで?」

 彼女はクリームシチューの鍋を温めながら、それをお玉でかき混ぜていた。

「いや……何処の学校に通ってるのかと思って」

「最近質問ばっかりなのね」

 彼女は将也を振り返らずに言った。

「いや、でもキミの事を俺は知らなすぎるよ」

「そんなこと無いじゃん。あたしの全てを知ってるくせに」

 そう言って振り返った玲美は、目を細めて笑った。

 将也は、何故かそれ以上訊く事ができなかった。



 翌日は仕事が休みだった為、玲美れみは将也の部屋に泊まった。

 土曜日の夜は深夜からかなりの時間を使って二人は体を交わす。

 唇を重ねた瞬間、その感触を何処かで感じた記憶が蘇えった。

 もちろん、彼女とは今まで何度もキスを交わしているがそんな記憶ではない。

 何か別の場所で感じた同じ感触。将也はそう思った。

 しかしどうしてもそれを思い出せない。

 そんな思考は直ぐに打ち消されるほど、玲美の身体は将也を魅了した。



 朝起きると玲美の姿は無かった。よくある事だ。

 どれだけ濃密に身体を交わした後でも、それがゆめだったのではないかと思わせるほど、彼女は翌朝忽然と姿を消している事がある。

 しかし、シワの多いシーツや枕元に落ちた長い髪の毛を見て、将也はホッと息をつくのだ。

 玲美との触れあいは夢や幻ではないと認識するのだ。

 思考が微かに混乱してしまうほど彼女は謎めいて、透き通るような白い肌は幻想的だ。

 あんなに全身が白い女性を将也は見た事が無い。

 例えばかなり白い肌の持ち主でも、脇の下や太ももの付け根など常に影になる部分は少しでもメラニン色素が蓄積する。だから僅かに肌は黒ずんでいるのだ。

 それなのに、玲美はまるで作り物の身体のようにどの部分も均一に白いのだ。

 その白さは肌色と言うには白すぎる。

 アイボリーホワイト、または生成と言った方が相応しいだろう。

 将也はふと昨晩の記憶を蘇えらせて自分の唇を指先で触れた。

 ……あの感触は……何処で感じたんだ。

 彼は、玲美とのキスの感触が何処かで味わったものだと思い出していた。しかしそれが何処でなのか、やはり思い出せなかった。

 その後将也はシャワーを浴びる為にクローゼットを開けて手前の棚からタオルを取り出した。

 閉めたクローゼットの奥では何かが動く音がしたが、浴室へ向う彼の耳には届かなかった。






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