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月影のDOLL  作者: 徳次郎
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1ノ夜【開拓地】

この作品は『うつつ』というタイトルで執筆したものを加筆修正したものです。

コテコテホラーではなく、どちらかと言えばロマンスホラーなので、通常作品の延長でお読みいただけると幸いです。

「あたしを捨てたわね」

「知らない、俺は知らない」

「あたしの事、覚えてもいないの?」

「キミなんて知るもんか。それに、俺は女性をふった事かんか無い」

「覚えていないのね……」

 黒光りする長い髪が風ではためいて、無数の毛先が生き物のように宙を舞う。

 真っ白な顔はピントがボケているかのように輪郭がぼやけて、目鼻の形はよくわからない。

 ただ、言葉を発する唇が確かに動いているのは判った。

「でも、きっとまた逢えると思っていたわ。それなのに、あなたは覚えていないなんて……」

「覚えているも何も、俺は忘れるほど多くの女性とは付き合っていない」

「あたしを捨てたくせに……」

「きっと人違いだ。キミは人違いをしているんだ」

 女性の顔をよく見ようとしても、白い肌以外は朧気でどうしても細部を確認する事は出来なかった。

「自分のした事を忘れたくせに……」

「キミは誰なんだ。いったい俺が何時キミを捨てたと言うんだ?」

「思い出して。自分で思い出しなさい」

 長い黒髪は大きくうねる様に伸びて、彼の顔に纏わり着いた。その何本かが首に巻きついて強く締め上げる。

 顔は口も鼻も覆われて呼吸が出来ない。

 もがこうにも身体が自由に動かない。

 自分の身体が自分のもので無いかのように運動神経が上手く伝達されない。

 息苦しさの限界に達して、渾身の力を振り絞った。





「うおぉぉ……」

 中村将也なかむらまさやは布団を跳ね除けるようにして、ベッドの上で飛び上がる勢いで上体を起こした。

 大胸筋の中央には玉の汗が浮かんでいた。

 カーテンをすり抜けた月明かりが微かに部屋の中を照らし出して、DVDデッキの小さなデジタル時計の表示がやけに鮮明に輝いている。

 彼はここへ越してきて以来、幾度と無く同じ夢にうなされていた。

 見覚えの無い女性、いやまだあどけない少女にも見える女が、自分を捨てたと攻め立てる。

 将也は毎回同じ応えをする以外にない。

 自分には全く見に覚えが無いのだから。

 いや、見覚えが無いも何も、目鼻立ちがどうにも朧気ではっきりしない為、その女性を認識する事が出来ない。

 それでも、自分から女性を振った事が無いのは本当だった。だから、彼女がどんな顔をしていようとも、将也は堂々と否定できる。

 彼は大手建設会社で屋内配線工事の部署にいる。新しく都市開発される事になった小さな地方都市に長期出張で来ていた。

 環境の変化が、いや今まではこんな事は無かったのだが……今回に限ってそれが原因なのだと思った。


 ある地方都市……ここは将也が小学校の四年生頃まで住んでいた土地だ。

 その頃は雑木林がいたる所に存在し、小さな堀にはメダカやザリガニがうじゃうじゃいた。

しかし、新たに都市開発が進められる故郷は、埋め立て尽くされた田畑に伐採された林、昔の記憶を辿ってもその面影は無かった。

 区画整理も行われて、将也の記憶にある住所は無くなっていた。新しく表記された地名や番地はまったく判らない。

 ただ、通っていた小学校は数年前に建て替えられたものの、昔と同じ場所に在った。

といっても、変わり果てた周囲の景色にその位置関係がうまく思い出せなかった。

 将也の一家はここを後にして茨城に移り住んだ。その後彼は千葉の大学で電気工学などを学んで今の会社へ就職した。

 将也の会社が用意した住まいは普通のアパートだった。

 白い外壁で覆われた木造モルタルの二階建。各部屋には小さなベランダも設置されている。

 十二室ある内、二階部分の六部屋を全て会社で借り切っている。すなわち、同じ階に住む住人はみんな会社の同僚だった。

 もちろんそれだけでは足りないので、あちらこちらのアパートに会社名義で契約した部屋が在る。

 同社からこの街に来た社員は全部で二十名。他は派遣会社からの人材で頭数を揃えている。

 朝六時に起床して、七時には現場へ向う。

 車で十五分ほどの場所に大きなショッピングモールを建設中で、その屋内配線全てが将也たちの受け持ちだ。

 作業開始は八時からだが、下準備もある為に余裕を持って家を出る。同僚は皆二十代で同じ世代だった。

 上司である工事主任、つまり管理職者は他の役職連中と一緒に別のアパートに住宅を借りている。

 もちろん、ワンランク上の住まいだが、ほとんどは妻子持ちでありながら単身で出張している為、それくらいは多めに見てあげないとかわいそうでもある。

 朝早い変わりに終業時間も早い。

 通常は五時、遅くとも六時には終わる。ただ、それは今だけの話で、建物の完成が近づけば仕事は押しに押されて毎日夜の十時過ぎまで残業続きとなるのが当たり前だ。

 ちゃんと予定表に沿って作業しているにも関わらず、何故か毎回最後は突貫工事になってしまうから不思議だ。

「しかし、こんな所にこんなでかいモールなんか作って客集まるのかね」

 工事現場に仮設されたプレハブ小屋の仮設事務所の隅で、陽差を浴びながら昼食をとっていた同僚の佐々木信二が広大な埋立地を眺めて言った。

「隣やそのまた隣の町も商圏に入っているらしいよ」

 一緒に昼食をとっていた将也が同じく埋立地を見渡す。

 ショッピングモールの敷地だけでも異常な広さを占めているが、その周辺にもこれから出店する大型店舗の建物が建設中で、あちらこちらに鉄骨が立ち並ぶ。

 そして埋立地はさらに遠くまで伸びている。

 近年増えだした地方型の高速道路も建設中で、埋立地の上に幾つもの基礎土台が造られている。

「お前、ここの出身なんだって?」

 信二が言った。

「出身って言っても、小学四年の時に引っ越したから」

「じゃあ、ずいぶん変わったろ」

「もう何処がどこだかわかんないよ」

 記憶にある田畑の大半はさら地に変わり、釣りをした堀もコンクリートで固められた水路に変わっていた。

 その水路が昔の堀だったのかどうかも実際は定かでない。

 初夏の熱い陽光が降り注いでいた。

 外壁をまとい始めたモールの建造物は要塞のように聳え建ち、大型クレーンのアームが青い虚空に向って伸びている。

 将也はコンビニ弁当のから揚げを口に運びながら、その先を眩しそうに見上げた。






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