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榎崎くんは絶対値を教えてくれる


「さあ、はじめましょう」

 おすまし顔で開始を宣言します。

 くすぐり? おおさわぎ? 何もなかったですよ。平らかな日常です。

「絶対値って、ぷらすまいなすの符号を取るやつですよね」

「んー……その考えは、あまりよくないかも」

 そう言いながら、榎崎くんはノートに綺麗に数式を書きます。


「絶対値いちまいなするーとに?」

「これ、絶対値はずすと、どんな値になるかな?」

 符号を取ったとしても、いちるーとに? うーん……何か、おかしいです。

「符号が取れるだけって考えてると、こういう絶対値がはずせなくなる」

「はい……」

 しょぼぼぼーん。肩を落とします。


「絶対値まいなすさん、から考えていこう」

 数式書き書き榎崎くん。

「これは、絶対値をはずすとさん、ですよね?」

 榎崎くんは大きく頷いてくれます。やったー。

「どうして、さんになるのか」

 腕を組んで、教室の天井を見上げる榎崎くん。

 うーん、符号を取っちゃったからだと覚えていましたが、それだとダメみたいです。


 榎崎くんは上を向いたまま、私のほうをチラッと見ました。私は両手をあげて降参しています。

「絶対値まいなすさんは、数直線上の、まいなすさんと原点との距離を表してる」

「原点……ぜろですか?」

 榎崎くんは頷いて、ノートにながーい直線を左から右に。

 右端をちょちょちょっ、と矢印に。数直線ですね。

 真ん中のあたりにぜろ、そこから左に少し進んだところにまいなすさん。


「原点から、いち、にー、さん、でまいなすさんにいく」

 原点から山を三つ描きながら、まいなすさんのところまでペンを動かす榎崎くん。

「絶対値まいなすさんは、原点からの距離がさんだから、いこーるさんなんですね!」

「うん。じゃあ距離だとしたら、どう計算されて、絶対値まいなすさんいこーるさんになるのかな」

 うーん、どう計算するか……確かに、さっきのいちまいなするーとには、数直線でいち、にー、さんとかできないですから。計算で求められるようにしておかないといけないんですね。

 まいなすさんが、さんになる……距離だから、必ずぷらすになるってことかな。


「わかりました……? たぶん」

 榎崎くんが、どうぞ、と続きを促してくれます。正解してたらほめてね、榎崎くん。

「まいなすいちをかけ算すれば、まいなすの値はぷらすになるので、絶対値まいなすさん、いこーるまいなすいちかけるかっこまいなすさん、いこーるさん、です」

「いいね、正解」

 私の言った数式をノートに書いていく榎崎くん。やった! 正解みたいです。

 あれ? もうほめおわっちゃいました?

 ちくしょー、あっさりしすぎだぜ。もっとほめられるように、がんばるぜ。


「絶対値の中が負の値だったら、まいなすいちをかけ算して絶対値をはずすんだね」

 榎崎くんのペンが、ノート上方の絶対値いちまいなするーとに、の式を指します。

「いちまいなするーとには、まいなすの値?」

 るーとには、だいたいいってんよんぐらいでしたよね。

「まいなす……です。まいなすれーてんよん、ぐらいになるはずです」

「そう。だから、絶対値をはずすときは……」

 榎崎くんは数式の横にいこーるを書いて、どうする? と微笑みます。


「まいなすいちをかけ算します! だから、えーと……まいなすいちぷらするーとに、になります」

「うん、すばらしい。ちゃんと分配法則も使ったね」

 えへへ。榎崎くんは、いこーるまいなすいちかけるかっこいちまいなするーとに、いこーるまいなすいちぷらするーとに、と途中式も含めて書きました。

「ちゃんと原点からの距離にもなってるよ」

 そうですね。まいなすいちぷらするーとには……れーてんよんぐらいなので、ぐっどまるまるです。


「絶対値をはずすとき、中が負の値だったらまいなすいちをかけ算してはずす。中が正の値だったら、そのままはずす」

「そうすれば距離の値になるんですね」

 榎崎くんはコクッと頷いて、ノートに数式を書き始めました。たくさん。絶対値の問題のようです。

 るーととか円周率のぱいが、めじろおしです。

「この問題、あとで解いてみて」

 榎崎くんが問題を書き終えたみたいです。ぜんぶで十問……かな。

「わかりました! ありがとうございます、榎崎くん」

 ノートを手に取ってお礼を言います。頭も下げます、ぐぐぐーっと。


「あ、ごめん。絶対値の中に文字が含まれてる場合も、確認したいな」

「もじがふくまれてる……?」

 榎崎くんにノートを返します。受け取った榎崎くんは、たくさん書いた問題の下に数式をひとつ書きました。

「えーと、絶対値えっくすまいなすさん?」

「この絶対値をはずすには、どうしたらいいかな」

 うーん……えっくすが文字だから、絶対値の中がぷらすの値か、まいなすの値かわからないですね。


「もし、えっくすがいちだったら?」 

「絶対値の中は、まいなすにです」

「じゃあ、まいなすいちをかけ算してはずす。もし、えっくすがろくだったら?」

「さん、です」

「そのままはずす」

 ふむふむ。なるほど、ほどなる。

「えっくすの値によって、場合分けをします!」

 なになにのときはほにゃららー、ほにゃららのときはなになにーって書き方、数学ではよくでてきたような気がします。


「はい、正解」

「えっくすがさんより大きいときは、そのままはずすのでえっくすまいなすさん。えっくすがさんより小さいときは、まいなすいちをかけ算してはずすのでまいなすえっくすぷらすさん、です」

 どや、どやー。

「より大きいとか、より小さいは、その数自身を含まないから、その答えだと、えっくすいこーるさんのときが抜けてる」

 がびがびーん。

「ふふ……えーと、絶対値の中がぜろになるときは、そのままはずすほうに入れよう」

 百面相していたら、笑われちゃいました。

「だから、えっくすがさん以上のときが、そのままはずす場合になるんだね」

 榎崎くんは、絶対値えっくすまいなすさんの横に、場合分けした答えを書きました。

 なるほど、わかりました! かんぺき、ぱーぺきです。


「んんー……ありがとうございます、榎崎くん。練習してみます」

 両手を組んで、上に大きく伸びをしながら喋ります。背中が伸びます。

「……疲れちゃったかな?」

 榎崎くんが心配そうに聞いてくれます。ちょっと嬉しい。

「さっき、はしゃぎすぎました」

 榎崎くんは一瞬考えた後、何のことか思い至ったのか、クスッと笑いました。


「わからないところあったら、ふつうに聞いてくれていいのに」

「うーん……私、エンターテイナーなので」

 読んでくれているみなさんを、にやにやさせたいのです。

「あはは、確かに、エンターテイナーだったね」

 楽しそうな榎崎くん。でも、言い方に含みがあるようなのは、気のせいじゃないでしょう。

 また、からかっています、榎崎くんは。


 私は腕を組んで、ふん、とそっぽを向きます。

 あらあら拗ねちゃった、と榎崎くんは自分の席に寄せていた椅子を戻そうとします。

 こちらに背中を向けたのを横目で確認。油断しやがったぜ、こいつ! ひゃっはー!

「すきあり!」

 無防備な背後から、榎崎くんのわき腹を両手でほーるでぃんぐ。

 さらにくすぐったくなるように、絶妙に動かします。


 ……しばらく、うごうごさせていたのですが、これ、榎崎くんには効いていないですね。失策でした。

 榎崎くんは、くすぐられたまま、ゆっくりと振り返ります。まずいです。手を離しましょう。

「今日の私は、まさにピエロ。お楽しみいただけましたか?」

 榎崎くんに問いかけるも、無言です。仕返しがこわい! 逃げよう!

 ――と思ったら、捕まってしまいました。たすけてー。


「くすぐるのだけは勘弁してつかぁさい」

 榎崎くんに両手を掴まれ、うなだれたまま哀願する私。

「……まあ、くすぐったくなかったし、いいよ」

 榎崎さま! まじまんじ!

「ちゃんと絶対値の問題やるんだよ」

「ぜひとも、やらせていただきたいと思います」

 解放されました。危なかったです。きゅーしにいっしょーです。


 でも、榎崎くんに弱みを握られてしまいました。ゆゆしき事態です。

 教えてもらったところはできるようになっておかないと、もしかしたら……と考えるだけで、背中の真ん中あたりが、ぞくぞくぞわぞわします。ぞくぞわです。

 くすぐられ回避のために、まずは、書いてもらった絶対値の問題を解きましょう。


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