里香ちゃんはクスクスを食べてみたい
お昼ごはんは、友達のいちかちゃんとふたばちゃんと学食で食べます。
私は持ってきたお弁当、いちかちゃんは学食の日替わり定食、ふたばちゃんは学食の本日のクスクスです。
いつものことですが、いちかちゃんは日替わり定食のごとくコロコロといろいろな話題を転がし、ふたばちゃんはそれを聞いてクスクスのごとくクスクスと上品に笑っています。
いつものことではなく、私は少しだけ急いでお弁当を食べます。もぐもぐ。食べ終わりました。
「この後、榎崎くんが勉強教えてくれるから、早めに戻ります」
「おー、りょーかい。いいなー、あたしも教えてもらおっかなー。でも、ちょっと話しかけづらいなー」
日替わり定食のコロッケを食べながら言う、いちかちゃん。お行儀わるい。
「どうしてですか? 威嚇でもされるんですか?」
赤ずきんちゃんを襲うオオカミのポーズをしながら聞くと、いちかちゃん大笑い。
「いや、榎崎くんってうるさいの嫌いそうだからさー」
自分のことうるさいって自覚してて、それを気にするいちかちゃん。変なの。
「いちかちゃんはうるさいけど、とげとげうるさいじゃなくてまろやかうるさいだから、大丈夫です」
意味わかんない、と言いながらちょっと嬉しそうな、ちょろいちかちゃん。
「わからないところがあるなら、私に聞いてくれればいいのに……!」
悔しそうにスプーンを握りしめるふたばちゃん。
さっきまで上品に笑っていたのに、いまは悔し涙を流さんばかりです。美人さんだから、なおさら迫力があります。
「ふたばちゃんは、部活で忙しいだろうなと思いまして」
ふたばちゃんは小さい頃から剣道をしていて、ゴールデンウィークに行われた県の剣道大会で一年生ながら三位入賞を果たした、剣道部期待のエースなんです。
ちなみに、いちかちゃんはバスケ部です。背がとっても高いから、きっと大活躍しているのだと思います。たぶん。
「そうだけど……この前まで、私が里香と一緒に勉強してたのに」
口をとがらせて言うふたばちゃん。
あたしもいたの忘れてねーか、とキャベツをしゃきもぐしながらいちかちゃん。
「高校受験のときは、本当にお世話になりました」
私は、学食のテーブルにおでこが付くぐらいに頭を下げます。
いちかちゃんとふたばちゃんと私は、中学三年生の秋ぐらいから、ほとんど毎日一緒に受験勉強しました。
いま私がこの高校に通うことができるのは、勉強を見てくれたふたばちゃんと、一緒にがんばってくれたいちかちゃんのおかげです。
ふたりと高校でも同じクラス――中学三年間同じクラスだったんです――だと知ったときは、嬉しくてこっそり泣いてしまいました。
まあ、それとこれとは話が別です。
まだ不満そうなふたばちゃんが、万が一榎崎くんに迷惑をかけたら困ります。釘をさしておきましょう。
「ふたばちゃん」
私に名前を呼ばれて、何かを期待して目を輝かせるふたばちゃん。
「ふたばちゃんは、私が問題を解けたときに頭なでてくるから、いや」
いや、と言われてショックで何も言い返せなくなるふたばちゃん。あ、の形に口を開けたまま、あわあわしています。
ふたばちゃんは私のことが大好きなんです。とっても。
「さて、じゃあ戻ります」
「おー、あたしらは食べ終わったら戻るわ」
お弁当の袋を持って立ち上がる私に、元気よく返事をするいちかちゃん。まだ大量のキャベツが残っています。
あわあわ放心状態のふたばちゃんも、まだクスクスが半分ぐらい残っています。
このままのふたばちゃんを残していくのは、いちかちゃんに悪いですね。復活させましょう。
「ふたばちゃん! あーん……」
ちょうどふたばちゃんの口が開いているので、クスクスをスプーンにのせて、ねじ込んでやりました。
急に口の中がクスクスになって、目を丸くするふたばちゃん。でも私がスプーンを持っているのに気づくと、何が行われたのか合点がいき、もぐもぐもぐもぐ。
「……美味しーっ!」
美味しかったみたいです。
「もうひとくち食べますか?」
ふたばちゃんは、コクコクと何度も頷きます。
「じゃあ、ちゃんと自分で持ちましょう」
ふたばちゃんの手を取り、スプーンを握らせます。甘やかすと、しつけに良くないですからね。
ええー、と残念そうなふたばちゃんは無視して、学食の出口に向かいます。榎崎くんが待ってるかもしれないから、急がないと。
出口から振り返ると、いちかちゃんもふたばちゃんも、まだこっちを見ています。
お弁当を持っていない方の手を小さくふりふりして、私は教室に戻りました。
「……クスクスって何ですか! みんな知らないですよ!」
「小さいつぶつぶのパスタだね。世界最小らしいよ」
「榎崎くん、よく知ってますね」
「ちなみに、学食のパートさんで、モロッコ生まれのナディアさんが作っている」
「……榎崎くんにツッコミどころを解消させるスタイルかな」
「ナディアさんは旦那さんが日本人。仲良しだけど、旦那さんはクスクスあんまり好きじゃなくて」
「榎崎くん? もういいんじゃないですか?」
「家で作っても少ししか食べてくれないから、学食で憂さ晴らしができて嬉しいみたい」
「榎崎くん! しっかりしてください、榎崎くん!」