榎崎くんはさらに因数分解を教えてくれる
「今回の『榎崎くんは教えてくれる』は、一応ひとつ前の続きなので、もし読んでなければそこから読んでください」
「……さらにって書いてあるのに、ここから読もうとする人いるのかな」
「榎崎くん! どこから読むかは読んでくれる人の自由! というか、勝手に入らないでください」
「いや、名前呼ばれた気がしたから……」
「呼んでな……あっ! タイトルです、タイトル。『榎崎くんは教えてくれる』の第三話はこの下からでーす」
「まず、これはどう因数分解しようか」
「にえっくすのにじょう、まいなすろくえっくすぷらすよん」
これは間違えずにできるようになった簡単なやつです。らくしょー。
にじょうの前のにとぷらすよんで、まいなすろくをつくります。
「にとよんで、まいなすろくにしようとしてる?」
「……はい、その通りです」
その言い方をされるとは、違うということでしょうか。ちくしょー。
「展開は、順番に分配法則を使えば何とかなるけど」
はい。展開さんは、たんじゅんめいかいっ子です。
「因数分解は、もう少し手順が多い」
なるほど、ひとすじなわではいかないっ子ですか。
「まず、手順を覚えて、その後さっきの問題を考えよう」
「わかりました!」
私は、やるきみなぎるっ子になりました。
「そのいち、共通因数でくくれるならば、くくる」
話しながら、ノートに同じ文章を書く榎崎くん。
「にえっくすぷらすよんは、にかっこえっくすぷらすににしてもいいよね」
榎崎くんが言った数式を頭に思い浮かべます。うん。大丈夫です。
「それがくくるってことだね」
「そのいち、くくる……」
覚えようと声に出す私をちらっと見て、微笑む榎崎くん。お母さんかよ。
「そのに、公式を使えるならば、使う」
そのいちの下にそのにを書く榎崎くん。
「昨日公式を使わないでって言ったのは、仕組みを理解してもらいたかったから」
そうですね。よくわからないけど公式を使えば、と昨日までの私は思ってました。
「ちゃんと練習したから、もう公式を使っても大丈夫」
「わーい! やったー!」
因数分解公式、免許皆伝です。
「……調子に乗らない」
怒られちゃいました。しょぼぼん。
「そのさん、おきかえられるか考える」
そのいちの下のそのにの下にそのさんを書く榎崎くん。
「おきかえって、らーじえーとかにするやつですか?」
「そう、おきかえた後にくくれるならくくって、公式使えるなら使う」
「おきかえるところって、どう見分けるんですか?」
うーん、と腕を組んで悩む榎崎くん。
「……ぱっと見て同じところがあれば、そこをおきかえる。なかったら、工夫して同じところを作る」
なるほど。こねこねしないといけないのですか。
「パターンがいくつかあるから、演習するときに意識して覚えていくのがいいね」
「わかりました!」
演習してちゃんと解けるようになったら、ほめてくれるかな。がんばります。
「そのよん、次数の低い文字があるならば、それで整理する」
そのいちの下のほにゃららほにゃららにそのよんを書く榎崎くん。
「次数って、えっくすのにじょうがに、えっくすのさんじょうがさん、のやつですか?」
「そう、ここではそれが低い文字をさがして、前にもってきてくくる。そうすると、きれいに同じところが出てきて、おきかえられることが多い」
ふむふむ、因数分解ってパズルみたいですね。入れ替えたり組み合わせたり工夫して、決められた答えを見つけ出す。そう考えると、ちょっと楽しそうです。
「さいご、特に次数の低い文字がないならば、どれかひとつの文字について整理する」
そのよんの下にひらがなで、さいごって書く榎崎くん。
「えっくすと、わいが使われることが多いから、それで説明するね」
榎崎くんは、さいごの下にすごーく複雑な式を書いた。
「にえっくすのにじょう、ぷらすかっこごわいまいなすいちかっことじえっくす、ぷらすかっこにわいぷらすいちかっこわいまいなすさん」
「ふふ……ながーい」
がんばって読んでたら笑われました。やるのか、榎崎。受けて立つぞ。でも、なんかごきげんだから許します。
「ちなみに、問題としてはこれを展開して、順番を替えた形」
ながーい式の下に、これまたながーい式を書く榎崎くん。よし、読みます。
「にえっくすのにじょうぷらすにわいのにじょう、ぷらすごえっくすわいまいなすえっくす、まいなすごわいまいなすさん」
「うん。この形だとどこから手を付ければいいのかわからないよね」
はい、気合い入れないと読めないぐらいです。
「でも、こっちの式だとどうかな?」
もとの式を指す榎崎くん。
うーん、数式とにらめっこします。あっぷっぷ。
榎崎くんは、続きを言うのを待ってくれてるみたいです。ということは、私でもわかるってことかな?
榎崎くんに教えてもらったことを思い出します。なうろーでぃんぐ、なうろーでぃんぐ。
「……にじょうの前のにと、後ろのかっこにわいぷらすいちかっこわいまいなすさんで、真ん中のごわいまいなすいちを作る?」
自信なさげに言うのを、頷きながら聞いてくれる榎崎くん。正解かな、どきどき。
「いいね、よくできました」
かっこにえっくすぷらすわいまいなすさん、かっこえっくすぷらすにわいぷらすいち。
榎崎くんが因数分解の正解を書きます。
「数字で考えてたときと、仕組みは同じだね」
なるほど、確かにそうです。複雑だったけど、榎崎くんのおかげで理解できた気がします。
しかも、榎崎くんお手製よくできましたももらいました。嬉しい。
「じゃあ、確認しよう」
そう言って、榎崎くんはノートをぱたんと閉じます。
「そのいち」
ひとさし指で、いちってする榎崎くん。あ、因数分解の手順を答えなさいってことかな。
「えーと……くくる」
「そのに」
間髪入れずになか指も加えて、にってする榎崎くん。
「公式!」
「そのさん」
「……おきかえっ!」
危ない、思い出せないところでした。
「そのよん」
「次数が低い文字」
「そのご」
「どれかひとつの文字」
榎崎くんは満足そうに頷きます。後半は教えてもらったばかりだから覚えてました。やったー。
「さて、最初の式を因数分解してもらおうかな」
そうだ、手順を覚えた後に問題を解くのを忘れてました。最初の式、どんなだったかな。
「上の方までスクロールして確認……」
あ、ここは現実世界でした。スクロールできません。榎崎くんも不思議そうな顔をしています。
「にえっくすのにじょう、まいなすろくえっくす、ぷらすよん」
聞き取りやすいように、ゆっくり話してくれる榎崎くん。私は、頭の中に数式を書き込みます。
教えてもらった手順通りに考えましょう。そのいち、くくる。
「……に、でくくれます」
そのあと、そのに、公式ですね。
「なるほど、いきなり公式を考えようとするのがダメだったんですね」
「そう、間違えずに解きたかったら、手順を守る」
「はい! 間違えると泣いちゃうので、守ります!」
右手をピシッとあげて、高らかに宣言します。
「泣いてるひまがあったら、どうして間違えたか考えようね。じゃあ、おしまい」
しんらーつ榎崎くんは、手に持っていたノートを返してくれます。
でも、そうですよね。下を向くなら、そのままでんぐり返しで前に進め、という名言があったりなかったりしたかもしれません。
まずは、教えてもらったところを問題集で演習する!
榎崎くんの机に寄せていた椅子を戻しながら、私は決意を新たにします。あ、榎崎くんにお礼言ってない。
「ありがとうございました、榎崎くん」
榎崎くんの方を向いて、頭を下げます。
「ん? いいえ、演習がんばってね」
ナチュラルに心を読まれた気がします。たまたまかな。
まあ、読まれて恥ずかしいことなんて考えてないですけどね。
……考えてないですけどね。