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榎崎くんは加速度を教えてくれる


 前回、私の頭をなでなでしてくれた榎崎くん。

 今回はなでなでしてもらえるでしょうか。私のがんばりに懸かっています。

「加速度ってどういう値?」

 さっそく榎崎くんの質問が浴びせられます。

 うーん、速度に関係するんだろうな、ぐらいしか考えたことなかったです。

 おーっと、答えられない。これは良くない展開です。ごほうびを前に緊張してしまっているのでしょうか。

 ……実況の私がうるさいですね。黙っててもらいましょう。


「加速度の単位は?」

 榎崎くんがたすけぶねを出してくれます。

「えーと、メートル毎秒毎秒、でしたか?」

「うん。ところで、速度の単位は何だったかな?」

 速度は、距離わる時間です。木の下のはげおやじって、小学校のときに覚えました。

「メートル毎秒です」

「それって、いち秒間に何とかメートル進むって意味だったね」

 はい。秒速ごせんちメートルは、いち秒間にごせんちメートル進みます。


「じゃあ加速度の話に戻ると、加速度の単位はメートル毎秒、毎秒」

 ん? なんか不自然に区切りましたね、いま。

 あ! なるほど、榎崎くんのヒントを完璧に汲み取りました。

「いち秒間にどれだけ速くなるのかが、加速度です!」

「おー、正解。ちょっと確認しようか」

 どんとこーい、です。


「いま、ろくメートル毎秒でたぬきが走ってる」

 はい、はい……ん? なぜたぬき?

「加速度がさんメートル毎秒毎秒のとき、なな秒後のたぬきの速度は?」

 たぬきって加速するのか。はつみみ。

 えーと、加速度はいち秒間でどれだけ速くなるのかなので、このたぬきさんは、いち秒間にさんメートル毎秒速くなります。

 なな秒後なので……速すぎじゃないですか? 

「にじゅうななメートル毎秒です」

 風のように駆けぬけるたぬきですね。


「正解。次、ろくメートル毎秒たぬきの加速度がまいなすいちメートル毎秒毎秒のとき、はち秒後たぬきの速度は?」

 加速度がまいなす……遅くなるってことかな。まいなすだもんね。

「はち秒後なので、まいなすに? あれ、速度がまいなすって、どういうことですか?」

「はじめと逆向きに進んでるってことだね。まいなすにメートル毎秒で正解だよ」

 わーい! なでてもいいんですよ、榎崎くん。


「いまの計算を公式にしたのが、これ」

 物理の問題集を開いて、ひとつの式を指す榎崎くん。

「ぶいいこーる、ぶいぜろぷらすえーてぃ」

「てぃの時間が経ったときの、速度ぶいを求める公式だね」

 ふむふむ。

「はじめの速度がぶいぜろで、そこから時間によって、加速度えーによる速度変化がたし算される」

 なるほど、そういう意味の公式だったんですね。

「仕組みを理解して、公式覚えようね」

「はーい、わかりました!」

 元気に手をあげて答えたら、榎崎くんは微笑んで頷いてくれました。


「じゃあ、このひとつ下の式」

 速度の公式を指していたのを、ひとつ下にずらす榎崎くん。

「えっくすいこーる、ぶいぜろてぃぷらす、にぶんのいちえーてぃのにじょう?」

「うん。えっくすは、変位だね」

 変位? 距離とはちゃうんかいな、です。

「変位は、位置の変化のこと。まいなすの速度があるから、はじめの位置よりも後ろに下がってることもあるよね」

 ふむ、変位はまいなすの値になることもあって、距離だとまいなすの値にはならないんですね。


「この公式の仕組みを考えよう」

 変位を求める公式ですか。

 はじめの速度かけるかかった時間が、ぶいぜろてぃだから……えーと、どうなるのでしょう。

「ぶいぜろてぃは、はじめの速度で進んでいたはずの、変位だね」

 はず、を強調して言う榎崎くん。


「はず、とはどういうことですか?」

「だって、加速度があれば速度は変わっていくよね」

 ああ、確かにそうですね。

「ぷらすの加速度だったら、はじめの速度で進んでいたはずの変位よりも大きく、まいなすの加速度だったら、はずの変位より小さくなる」

「それが後ろの、にぶんのいちえーてぃのにじょう、ですか?」

 榎崎くんは、満足そうに大きく頷いて答えます。


「仕組みを詳しく考えると、えーてぃかけるてぃかけるにぶんのいち、なんだね」

 んー……えーが加速度、てぃが時間。

「えーてぃは加速度えーによる速度変化で、それにてぃをかけ算するので、変位を表している? でも、どうしてにぶんのいち……?」

「いきなり、えーてぃの速度になるわけじゃないからね」

 なるほど、だんだん速度が変化していって、時間てぃで速度がえーてぃになるから、にぶんのいちするんですね。


「わかりました! たぬきさん、カモッ!」

 お前の変位を求めちゃうぜ、イェー!

「はじめ、にメートル毎秒たぬきが、加速度いちメートル毎秒毎秒で、じゅう秒間走った」

「はじめの速度のまま進んでいたら……にじゅうメートル進んでいるはず、なんですね」

 でも加速度がいちメートル毎秒毎秒なので、だんだん速くなります。

「にぶんのいちえーてぃのにじょう……ごじゅうメートルぷらすで進むので、ななじゅうメートルです!」


「せいかーい。にメートル毎秒たぬきが、加速度まいなすいちメートル毎秒毎秒、じゅう秒間走ると変位はどうなる?」

 さっきと加速度が違いますね。まいなすになってる。

 にじゅうメートル進むはずが、まいなすの加速度なのでそこまで進めないんですね。

「えーと、加速度による変位が、にぶんのいちえーてぃのにじょうなので……まいなすごじゅうメートル」

「進むはずの変位と合わせると?」

「んー……まいなすさんじゅうメートルです!」

 はじめに向かってたのと逆に進んじゃったたぬきさんです。


「うん、大丈夫そうだね」

「わーい、ありがとうございます」

 またひとつ、できるようになってしまいました。いつか全知全能になってしまうかもしれません。

「加速度の意味も考えれば、落下する物体の運動もできるようになるよ」

「ほほう、落下する物体もできるのですか」

 よくわかってないけど、わかってる風で頷いてると頭をペシッとされました。えへへ。


「何かが落ちるときって、だんだん速くなっていくよね」

 うん、そうなのかな。たぶん。そんな感じはします。

「その加速度は、重力によるもので、きゅーてんはちメートル毎秒毎秒って決まってる」

「あ、重力加速度ですね」

 この前、物理の授業でやってたのを思い出しました。

「そうだね。これを使うのが、自由落下、鉛直投げ下ろし、鉛直投げ上げの運動のとき」

 聞き覚えはあります。

 でも、どれがどのような運動だったか、はっきりと思い浮かばないです。


「自由落下」

 榎崎くんはそう言って、机の上の消しゴムを手で取って、パッと私の顔の前で離しました。

 ああ、私のトンボ消しゴムがぽよぽよはねてる。

「静かにパッと離すから、はじめの速度がぜろメートル毎秒の落下運動だね」

 床に落ちそうになったのをキャッチしながら、榎崎くんは説明をしてくれます。

 なるほど、加速度がきゅーてんはちメートル毎秒毎秒なので、いち秒後の速度はきゅーてんはちメートル毎秒、に秒後の速度はじゅうきゅーてんろくメートル毎秒って増えていく運動ですね。


「鉛直投げ下ろし」

 今度は、机に向かってひとさし指で消しゴムを弾く榎崎くん。

 勢いよく机に当たった消しゴムは、はねて私のスカートの上に着地します。

「鉛直下向きに、はじめの速度がある落下運動」

 消しゴムを取って榎崎くんに渡したら、ごめんね、と小さく言いながら受け取りました。

 はじめの速度がある分、自由落下よりも勢いがあったんですね。


「鉛直投げ上げ」

 榎崎くんは、おや指で消しゴムを上に向かって弾きます。

 天井に向かったトンボさんは、空を飛ぶこと叶わず地面に落ちてきます。

「鉛直上向きにはじめの速度がある落下運動だから、だんだん上に向かう速度が遅くなって、下に向かう速度に変わっていくんだね」

 落ちてきた消しゴムをキャッチして、机の上に戻す榎崎くん。

 私のトンボ消しゴムさん、お疲れさまでした。


「どうかな、落体の運動も大丈夫そう?」

「はい! よく理解できました」

 ちょっとだけ、難しく考えすぎていたのかもしれません。

 運動の様子をイメージしながら、問題を解くことができればいいんですね。

「じゃあ――」

「しっかりと問題演習しておきます!」

 榎崎くんが言おうとしたであろうことを、先回りして言ってやりました。


 一瞬目を丸くした榎崎くんは、なにか考えてます。

「席をどいてほしいってことを伝えようと思ったんだけどな」

 ……嘘です。言い当てられたから別のことをって顔してます。

 どいてあげませんよ! 榎崎くんの席だけど。

 私は腕を組んで、てってーこーせんの構えです。

 それを見た榎崎くんは、私の後ろに回り、椅子をゆっくりと後ろに傾けました。


「あー、倒れますー」

 榎崎くんがしっかり支えてくれているので倒れるなんてことはないですが、一応恐がっておきます。

「……仕方ありません。どきましょう」

「ふふ……むだな時間だったな」

 確かに、何のためのやりとりだったのでしょうか。自分でも謎、です。

 まあ、傾いたときに、見上げた榎崎くんが楽しそうだったから良し、としましょう。


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