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榎崎くんは因数分解を教えてくれる


 高校生になって、勉強が難しくなってきました。

 先生たちが授業で話しているのは呪文のようで、ノートを取るのでいっぱいいっぱい。

 宿題もいっぱいだから、もう私は涙がしょっぱい。

「というわけで、榎崎くん、数学教えてくれませんか?」


 朝の教室。予鈴の五分前に読んでいた本を閉じたタイミングをはかって、隣の席の榎崎くんに話しかけました。

「……いま韻踏んでた?」

「つかみが重要かなと思いまして。でも考えるの大変だからもうやりません」

 榎崎くんは怪訝な顔をしています。まずい、変な子だと思われる。

「ごめんなさい、何でもないです」


 まだ不思議そうにしていましたが、榎崎くんは話を聞いてくれるみたいです。

 難しそうな分厚い本を鞄にしまって、体をこちらに向けました。

「……数学?」

「はい! 展開までは平気だったんですけど、因数分解になって間違えることが多くなって……」

 授業で説明された公式を使っているはずなのに、丸付けをすると何問か違うのです。

 どうしてー、と思っているうちにどんどん複雑な問題になっていって、気づいたら因数分解わからなガールが誕生していました。ハッピーバースディ。

 榎崎くんは、足を組んで腕を組んで、なにか付いてるのか、私のおでこ辺りをじっと見つめながら聞いていました。


「ノート見てもいい?」

 榎崎くんに、問題集を解いたノートを渡します。

 ペラペラッと見て、すぐに返されました。ちゃんと見たのか榎崎。

「字、綺麗。途中式も省略しないでちゃんと書いてるし、いい子」

 あら、榎崎くん。急にほめられて、私はちょっと恥ずかしいです。


「んー……展開も因数分解も、公式を確認しながら解いた?」

「はい!」

 公式はこれだよー、この公式に当てはめるとこうだよーと授業で教わったので、その通りにやりました。

「じゃあ、それが原因……かも。書いてもいい?」

 榎崎くんが私の机に寄ってくれようとしたので、椅子を動かして私が寄ります。ノートも持って。

「教えてもらうのは私なので」

「おー……」

 榎崎くんの机にノートを広げ、心の中で正座。榎崎くんから教えを乞う準備をします。

「さあ! 先生に提出するノートだけど存分に書いてください!」

「書きづらいな……」


 文句を言いながら、榎崎くんは綺麗な字で数式を書きました。

「えーかっこえっくすぷらすさん?」

「うん。これを計算しなさいって言われたら、どうする?」

 えーと、これはあれですね。こう、順番にかけ算するやつ。

「分配法則だね」

 手を使って、こう、こうってやってたら先に言われてしまいました。分配法則です。

 ……ほんとうは分配法則さんの名前、忘れてました。ごめんなさい。

 公式とか定理の名前、たくさんあって覚えられないです。


 榎崎くんは、さっきの数式の答えを書いて、もうひとつ数式を書きました。

「かっこさんえっくすまいなすいち、かっこえっくすぷらすさん」

「うん。この式はどうやって展開しようか」

 展開! 公式を使う!

「……どんな公式だったか、忘れてしまいました」

「ふふ……えーと、公式使わないで」

 泣きそうな顔で見たら笑われました。ちくしょー。


「これも分配法則、ですか?」

「……どこから計算していこうか」

 ここ、こーこ、ここ、こーこ。指でなぞった順番に、榎崎くんが書いてくれました。

「うん。ここのところはまだ計算できるから――」

「はちえっくす!」

 榎崎くんが書く前に言ってやりました。微笑まれました。このやろー。


 榎崎くんがはちえっくすを書いて、もとの数式を指します。

「展開した式を、この式に戻したい」

 どうする? と言いたげに、こっちを見ます。

「えーと……この形にするには、因数分解?」

 榎崎くんは頷いて、展開したさんえっくすのにじょうぷらすはちえっくすまいなすさんの下に、かっこさんえっくすまいなすいち、かっこえっくすぷらすさんを書きました。


「展開した式を因数分解したら……」

「もとに戻ります」

 うん、当たり前のことだけど、公式に気を取られて頭からさよならしてたかも。

「因数分解を間違えないためには、展開してもとに戻るか確認する」

「はい! 戻らなかったら、どこか違うってことですね?」

 榎崎くんは返事をしないで、ノートに何か書き始めました。何でしょう。

 ノートの余っているページに、かっこかっこの数式と、その下にそれを展開した式?

 たくさん書いてくれてる。


 榎崎くんの隣の席になれて、良かったなあ。席替えに感謝。くじ運さん、ありがとうございます。

「はい。いくつか書いてみたから」

 そんなことを考えていると、目の前にノートが。

「展開と因数分解。上から下、下から上を繰り返し。頭の中で計算しよう」

 なるほど。ノートには数式がびっしり書いてあります。ふたつセットが、三十ぐらい。

「書いて計算するのはダメ。暗算してね」

「わかりました! 公式に頼らないで、計算するんですね」

「うん。公式は魔法じゃないから……」

 そう言いながら、榎崎くんはちらっと教室の前の方を見ます。あ、先生だ。


 もう予鈴が鳴る時間になってました。

「本当にありがとうございました、榎崎くん」

 椅子を戻しながら、こそこそ声でお礼を言います。

「それ、間違ってるところがひとつあるから、見つけてね」

「この問題?」

 頷く榎崎くん。エンタメ要素も加えているとは、抜かりがありません。

 ここまでしてもらったからには、ちゃんとできるようになりたいです。まずは、この『エーザキィをさがせ!』をやりましょう。


 見つけたら、答え合わせしてもいいですか?

 そう聞こうとしたら、予鈴がキンコンカンコーン。榎崎くんは前を向いてしまいました。

 仕方ありません。また、隙を突いて話しかけましょう。

 隣の席ですから、隙なんて見つけ放題です。にやり。

 ……にやりってしたところを、不意に見られました。恥ずかしい。


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