第八話 森林地帯
同日 〇九〇〇 上陸地点から六粁
視界があまり利かない、待ち伏せでもありそうだ。それとも又砲撃か?何時、どこから攻撃があるか分からない恐怖に怯えながら、森に一本通る道をフランク上等兵はハーフトラックに乗って進んでいた。
「シャーマンならジャップの戦車如き、簡単に吹き飛ばせる。大丈夫だ。」そう思うことにしているが、その数は予定より少ない。早朝に行われた攻撃で揚陸途中の戦車や火砲が多数失われてしまったのだ。一応、フランク上等兵のいる本隊より前に前衛として軽戦車中心の偵察隊がいるが、矢張その数も少なく、また軽戦車中心のため戦力的にも心もとない。
今日は雲が無いというわけではないものの、十分晴れているといえる天気だ。しかし此状況下で活躍すべき空母艦載機は一機も見えない。まさか空母もやられたのだろうか。いや、そんな筈は無い。海軍の奴らによればジャップの特攻機は我が軍の空母を見ることなく迎撃されて墜ちていくのだ。まず、無理だろう。そう思いながら不図外を見ると、視界に違和感を覚えた。何かが、森の中にいるような。そう思った次の瞬間、左翼から砲撃音がした。その直後、先頭車が被弾、後ろの三号車も被弾し、爆発した。「敵襲だ!」ダンカン軍曹が叫ぶ。二号車の車長が状況確認のために顔を出すが、狙撃兵でも潜んでいたのか頭を撃ち抜かれた。全員がM3ハーフトラックから下車、前方へ展開する。それとほぼ同時に銃撃が始まる。「敵情は!」ダンカン軍曹が第三分隊長ジェイク軍曹に尋ねる。「戦車、タイプ97三両!新型の装甲車一両!歩兵二個分隊!」ジェイクが叫ぶ。しかし敵の装甲車は攻撃をしてこない。輸送用で非武装なのだろうか。
少しずつ混乱が収まってきたのか反撃が始まる。フランクも左翼側へ移動しようとしたその時、右翼で先程とは違う、どちらかといえば野砲に近い砲撃音がした。何が――と思う間に四、五号車の右側面で爆発が起きた。しかし両車共に何とも無いように見えたため、砲撃音がした方に銃を向け敵の姿を探す。が、次の瞬間被弾した二両が爆発した。フランクは一体何が起こったのか分からなかった。
四号車と五号車が被弾したのは九二式歩兵砲の三式穿甲榴弾だった。この弾は所謂成形炸薬弾である。威力はシャーマンの側面装甲を貫くのには十分だった。何も出来ないままに三両の戦車がやられた。更にこの状況はつまり挟撃を受けているということになる。偵察隊は何をしていたのか。一先ず右翼にもいた歩兵に対し攻撃をかけるが、左翼に多くの兵が展開していたことも手伝って効果的な反撃が出来ていなかった。二号車がいまだその姿を見つけられない敵砲の大まかな位置に牽制の意味も込めて榴弾を撃つが、見当違いの場所に着弾し、仕返しをするかのように敵砲が吼え、二号車側面で爆発が起きた。そして、二号車も四号車達の後を追った。敵兵を二人倒したところで、敵が徐々に後退しつつあるように見えた。五分もすると戦車や砲どころか歩兵さえいなかった。
矢張突如の奇襲で混乱していたせいか、戦車は一両も撃破出来なかった。たかだかジャップの戦車三両と砲数門、二個分隊程度の歩兵に戦車四両と一個分隊がやられた。対して、こちらが与えた損害は歩兵三、四人程度。この戦闘だけで見れば完全なる敗北である。これが十分に訓練された部隊だったなら、素早くバズーカで反撃することも十分出来たろうが、やはり新兵を集めたつけが回ってきたのか、混乱して反撃もまともに出来なかった。
上陸してから二日でこれだけの損害、果たしてこの先どれ程損害が出るのだろうか。そんな不安が頭をよぎるが、隊長の集合号令がかかったので、任務に集中することで其を忘れようとした。
「全員、いるな?」ダンカンが確認する。「よし、全員乗車しろ。」「了解。」と言って全員が乗車する。後方の戸が閉められ再びハーフトラックは前進を始める。動き始めて直ぐ今後について話し始めた。
「我々第二分隊はこのまま前進、森を抜けた後第四分隊の代わりとして北東へ進んだところにある飛行場を攻撃することになった。敵戦力は不明だが、強固な抵抗が予想される。各員用心してかかれ。以上だ。質問は?」フランクは先程から少し気になっていたことを尋ねることにした。
「隊長、先程の攻撃、偵察隊は発見できなかったのですか?」
「あぁ、どうやらそうらしい。こっちと同じくらいの時に向こうも攻撃を受けたというから、かなり大規模な待ち伏せだったのだろう。」
「ジャップの癖に隠れるのだけは上手いのか。」
「卑怯な猿だから、かもしれんぞ。俺達に正面から立ち向かっても勝てないからこうするしかないのかもな。」
車内に笑いが起きる。しかし彼らは決して純粋に笑っていたのではなかった。彼らは怯えていた。隠れるのが上手いということは、この森を抜ける迄の間、いや、もしかしたら森を抜けてからも、何時、何処から撃たれるか分からない中を進まなければならないからだ。
暫く進み、森も半ばを過ぎた頃だろうか。そんな事を考えていると、いきなり銃声が響いた。驚く間も無く銃座に立っているキース伍長が頭を撃ちぬかれた。更に前方の第一分隊車でも同じことが起こった。
「狙撃兵だ!」フレッド上等兵が叫ぶ。フランクは右方向へ銃を向けようとするが「馬鹿伏せろ!」とダンカンに言われ、」服を掴まれ後ろへ引き倒される。と同時に先程までいたところに銃弾が命中する。
「敵の位置も分かっていないのに顔出す馬鹿があるか!」とダンカンに叱られてしまった。「す、すみません。」
戦車隊が左右へ砲塔を回し敵の位置を探す。ダンカンもそっと頭を出し、双眼鏡で辺りを見る。
発動機の音だけが響く状況が暫く続き、もう逃げたのではないだろうかと言う人間まで出てきた。と、次の瞬間木々の間で小爆発が起きた。最初は右側、続いて左!視線が一気にそこへ集中する。
しかし、ただ爆発が起こっただけで何も起こらなかった。砲撃か、はたまた先程の敵兵がやったのか。しかし、二発しか撃たないというのも砲撃の意味が無いのではと思い、敵兵に因るものだと判断した。
「先程のは陽動か。となると、敵は逃げたか。」そう思ったダンカンは「エリック、小隊長へ報告。『ジャップの狙撃兵は逃げたと思われる。』」と命じた。エリックも「了解。」と言って無線機を操作し始めた。
報告して少しすると、部隊は再び前進を始めた。一体全体この先どれ程損害が出るのだろうか。フランクは不安を抱えつつ進んでいった。