第五話 外郭を破れ
翌日〇五三〇、司令部は第二段階である敵艦隊及び敵上陸部隊に対する航空攻撃を命じた。しかし、此命令が下されるまでに一悶着あった。
薄明攻撃にすべきか、薄暮攻撃にすべきか、はたまた日が出てからにすべきかという点だ。練度上は薄暮攻撃や薄明攻撃が可能になるまで訓練は行ったが、事故が少なくなるのはやはり昼間攻撃である。ただ、昼間攻撃を行ったところで敵機と敵艦隊の防空網に阻まれ空母や輸送艦に辿り着かないまま全滅する可能性があり、行ったところで徒に兵力を減らすだけであると却下された。薄暮か薄明については、命中率等を少しでも上げる為、薄明攻撃となった。
〇五三五 陸軍第一飛行場
「我が陸軍航空隊は海軍が空けた敵艦隊の穴に突入し、敵空母に対し雷爆撃を加える。敵機の迎撃は熾烈であると予想される。絶対に逸れないようにしろ。尚、先行する呑龍隊が電波欺瞞紙を投下し敵艦隊の対空砲火を封じるから其つもりで考えろ。質問はあるか?」
岩田飛行隊長が説明を終えると、一人の兵士が手を挙げた。
「何だ、松村二飛曹。」
「我々は陸軍であります。海軍から教習を受けたとはいえ、敵空母を攻撃するのは無茶であります。何故我々がやらねばならないのでありますか。」
確かに二飛曹の意見は理に適っていた。海軍航空隊がいないか少ないならまだ分かる。しかし海軍も十分に数を揃えているため、敢えて陸軍が出る必要は無いように思えた。
「海軍は敵艦隊の他に敵地上部隊を叩く必要がある。この上更に戦力を分けさせる気か。貴様も軍人なら戦力分散の危険性は分かるはずだ。」
「しかし――」
「なら貴様は敵艦隊の防空網がどれ程のものか知っているのか。」
若い兵はその言葉に反論できなかった。
「俺は台湾沖で敵艦隊に雷撃をかけたことがある。味方が夥しい数の敵機に次々と喰われていった。何とか敵機を潜り抜けても駆逐艦や巡洋艦の対空砲火で近づくことさえ難しい。俺の列機はその対空砲火に二機喰われた。そんな中少数の機で突っ込めと貴様は海軍に言うつもりか。」
「それに、敵空母を生かしておけば其だけ味方の兵が死ぬのだ。それを防ぐためにも今ここで空母に攻撃を仕掛けるのに何も損は無い筈だ。」
「まだ、不服か?」
松村は飛行隊長に諭され、自分が何を言ったのか理解した。そして頭を下げ「申し訳ありませんでした。」と言った。
「いや、分かればいい。では各員出撃準備!」
飛行隊長がそう言うと、全員が敬礼した後、それぞれの機に向けて走っていった。そして発動機を回し暖気運転を始めた。
同時刻 茂尻島沖合
敵艦隊まであと四十粁―井原偵察員の声が聞こえた。
周囲は未だ暗く、東の空が微かに白み始めた程度である。
「敵さん、そろそろですかね。」本村電信員がそう言った。
「だろうな。さっきの偵察機が無くたって、奴さんの電探は優秀だからな。」池河機長が答える。陸攻隊は先程米偵察機に発見されていた。当然、即座に撃墜したが。
「周辺警戒を厳に。」
「了解。」「了解。」と返事があった直後、右上方で一瞬何かが光った。直ぐに直援の零戦隊が敵機発見を知らせてきた。其後直援隊の大半が光点へ向かう。
「敵機だ!各機へ!『近寄レ』」池河が編隊各機へ命じる。
「了解。」と各機から返答があった。
各機が近づくことにより編隊の密度が上がっていく。こうすることで旋回銃の欠点である命中率の悪さを補おうとしているのだ。そして、それは結果で証明された。
迎撃に向かった零戦を振り切り敵機が突っ込んできた。残っていた零戦がそれに向かうが防ぎきれなかったものが陸攻へ向かう。
だが敵機は予想外の反撃を受ける。陸攻隊が密集していたため旋回銃による攻撃がいつも以上に濃密だったのだ。銀河は前方と胴体上部に九九式二十粍旋回銃が、一式陸攻には前方に九二式七粍七旋回銃、両側面、上部、尾部に九九式二十粍旋回銃が備えられている。銀河の前方機銃と一式陸攻の前方、左側面、尾部は敵機に指向できないが残りが全て一方向に向けられたのだ。最初に向かってきた四機のうち二機は瞬く間に撃墜され、残った二機も攻撃できないまま下方へすれ違った。だが彼らは気付かなかった。陸攻隊が比較的低高度を飛んでいることに。
下方へと抜けた機は上昇し再度攻撃を仕掛けようとした。だが陸攻隊が低高度を飛んでいたため、機を起こせず二機共海面に激突した。
米軍は四機が瞬く間に撃墜されたのを見て――実際は二機しか撃墜されておらず、二機は海面に突っ込んだのだが米軍からは撃墜されたように見えた―― 一方向から攻撃を仕掛けるのは危険と判断、陸攻隊を包囲するかのように攻撃を仕掛けることにした。陸攻隊も他の銃座がそれに対応する。更に、分散したせいで各個撃破され易くなってしまった。しかし、それでも防ぎきれない機が攻撃を加えた。そして遂に一機の銀河が被弾した。
「北沢機被弾!」本村が叫ぶ。被弾した銀河は速度を落としつつも少しの間飛行していたが、やがて発動機が爆発、墜ちていった。
池河は「了解。」としか言えない。何時その矛先が自分に向くか分からない状況下では、戦友の死を悼む前に生きて任務を遂行することに集中する他無い。又、その死を無駄にしない為にも攻撃を成功させねばならない。
更に一機の一式陸攻が発動機から煙を吹く。
「竹原機被弾!」しかし被弾した一式陸攻は煙を吹きながらも飛行を続けられていた。一式陸攻の防弾装備が敵弾に耐えたのだ。しかし、全ての機がそうはならなかった。
「三山機被弾!」次に被弾した機は右の発動機から出火、速度を落としながら高度を下げていった。そして暫くした後、発動機が爆発、右翼を折り墜ちていった。
「くそっ、敵艦隊は未だ見えんのか。」そう池川が思う間にも更に一機の一式陸攻が撃墜された。と、そのとき、井原が叫んだ。
「前方十二時と十時に敵艦隊!」やっとか、という思いと共に僅かな疑問を持った。「十二時と十時」とはどういうことなのか。「十二時から十時」ではなく「十二時、いや十時」という訳でもなく「十二時と十時」とは何を表しているのか。
「何!?どういうことだ!」
「十二時方向と十時方向に敵艦隊らしきものを確認!敵艦隊二!」
池河は事前偵察で一つと聞いていたのだが、実際には二つだったのだ。
どうする。二つに分けるか?分けて戦力分散にならないだろうか。
敵機の攻撃による損失が少ないことから今ある兵力全てを全て片方に集中すれば随伴艦にかなりの手傷を負わせることが出来、あわよくば敵空母にも損傷を与えることができるかもしれない。しかし、それではもう片方が無傷のまま残ることになり陸軍だけでそれを叩くことになる。又それに全てを投入できるわけではなく、手負いの艦隊に止めを刺すために兵力を割かねばならないのだ。とてもそんな事が陸軍に出来るとは思えない。しかし、だからといって下手に戦力を分散させると今度はこちらが全滅の危機に瀕することになる。
池河は考えた末、無線機に言った。「各機へ、敵艦隊は二つ、繰り返す、敵艦隊は二つだ。第四小隊、第六小隊、第八小隊、第九小隊は我に続け。十時の敵艦隊を攻撃する。残りは十二時の敵艦隊だ。第三小隊長佐島、十二時方向を攻撃する隊の指揮を執れ。」
「了解。」と返答があったのを確認して機を左旋回させた。八機の銀河と六機の一式陸攻が此に続く。そして全機が旋回を終えた後、「各機へ、突撃隊形作れ。」と無線機に言い、「本村、司令部へ連絡。『敵空母群ハ二つ也。我双方ニ対シ攻撃ス。』」と状況報告するよう命じた。「了解。」と返答があり、第四、第六小隊の銀河六機が上昇していった。そして「了解。司令部へ連絡。『敵空母群ハ二つ也。我双方ニ対シ攻撃ス。』」と本村は言った後、電鍵を叩き始めた。
通信を送り終えた頃、第四小隊野島機から通信が入った。「第四小隊、野島。敵機!上方十二時!」
本村と井原が機銃を構える。少し数を減らした直援隊が敵機へ向かう。しかし陸攻隊は密集することも回避行動をとることも出来ない。直に雷爆撃進路に入るため、進路を変えられないのだ。しかし、低空を飛んでいる機はまだいい方である。敵機は上方からしか来ない上、下方へ抜けられないため零戦に捕捉されやすくなってしまう。しかし上空を飛んでいる爆撃隊は全方位から攻撃を受けることになるため、相当な危険が伴うことになる。直援機の比率を傾けたとしてもそれなりの損害が出るものと思われた。現に一機が被弾し高度が下がっていくのが見えた。しかし、ある程度すると少しずつ敵機の数が少なくなってきた。途端に周囲で砲弾が炸裂し始めた。敵艦隊の対空砲射程圏内に入ったのだ。それはかなりの密度で辺りが黒一色に染まったかの様に感じた。しかし、上空の銀河三機が電波欺瞞紙を投下すると、爆撃隊にとって対空砲火はさほど脅威では無くなった。
「竹野機被弾!」「穂山機被弾!」二機の一式陸攻が立て続けに喰われた。
三機の銀河が各個に目標を定め、急降下を始めた。一機も撃墜されることなく全機が投弾できた。重巡一隻、駆逐艦一隻に各一発が命中、一発は至近弾となった。八十番通常爆弾の直撃を喰らった駆逐艦は船体が二つに割れ轟沈した。重巡はまだ良いほうで左舷に命中、左舷対空火器が壊滅し、船体に少し破口が開いただけである。だけというにはかなりの損害だったが。
上空の電波攪乱紙が低空に下りてきて今度は雷撃隊への攻撃を遮り始めた。炸裂は編隊の前方で起こっていた。
敵艦が段々と大きく見えてきた。狙うは先程爆撃隊が攻撃した重巡。二番機も同一艦を狙う。僅かに生き延びた対空銃座が弾幕を張ろうとするがその甲斐もなく銀河は射点へと近づく。
「用意、・・・・・・・テッ!」池河の合図で井原が投下桿を押した。
ガタン!という音と共に機体が軽くなり浮き上がろうとする。
池河はそれを利用し機首を左上方に向け艦首方向から艦隊右翼方面へ抜けた後、そのまま緩やかに旋回し帰還しようとしていた。
「二本命中!敵艦傾斜していきます。撃沈確実!」本村が叫んだ。「了解。」と池河は答える。
「このまま帰投する。」と各員に言い、「了解。」「了解。」と返事があった。敵艦隊の方を見ると、敵 空母前方に位置していた駆逐艦は左に横転、軽巡は同じく左に大傾斜していた。つまり、先程の爆撃と合わせて艦隊左翼が粗がら空きになってしまったのだ。慌てて右翼の艦が左翼に向かうが、脱出した将兵も救助しなければならず、混乱状態に陥っていた。
「ここまでやればいくら陸軍とてやれるだろう。せめて航空優勢を取らねばまともに戦線を維持することさえできないだろうからな。」その様子を見て池河達はそう思った。
しかし三人は敵艦隊の様子やこれまでの戦闘から若干の違和感を覚えていた。そしてその答えは井原が出した。
「機長!敵空母は護衛空母です!正規空母ではありません!」
違和感の正体はこれだった。何故、空母に攻撃を仕掛けるというのに大した損害も無く敵艦隊に接近できたのか。それどころか直援隊が敵機と互角に戦えていたのは何故か。そのは三十、四十機と戦闘機を搭載できる正規空母ではなく、精々積めて二十機程度の護衛空母だったのだ。それを聞いて池河は「本村、司令部への連絡。『敵空母ハ護衛空母、正規空母ニ非ズ。』」と命じた。本村も「了解。司令部へ連絡。『敵空母ハ護衛空母、『正規空母ニ非ズ。』」と言った後、電鍵を叩き始めた。
帰路、陸軍航空隊とすれ違った。頼んだぞ。俺達の働きを無駄にしない為にも、地上の奴らの為にも。池河はそう思いながら敬礼をした。他の二人もそれに倣った。