第四話 嵐の前
「本当に奴らはいるのだろうか。」フランク上等兵は砲爆撃に晒されている茂尻島を見てそう呟いた。
「いるさ。ここはジャップの生命線だからな。」分隊長のダンカン軍曹が答える。ここへ着くまでの間全く攻撃を受けることなく、又準備砲撃が始まってからでさえ一機の日本軍機も一発の砲弾さえ飛んでこない。潜水艦がいたという話も聞かない。実は非常によく出来た演習で、後にあるというジャップの本土上陸作戦に備えたものではないか。そう思う気持ちさえ出てきた。
双眼鏡で海岸――上陸地点は島北部の東端にある海岸である―を見るが、味方の砲撃で吹き飛ばされる日本兵の姿は無かった。島の上空では空母艦載機が敵施設へ爆撃をしていた。彼らもまた人の姿を見ていないのではないだろうか。
数日に渡った念入りな準備砲撃は終わり、遂に上陸である。乗船命令が下り、フランクはLCVP――上陸用舟艇――へ向かった。
どんよりとした雲模様の中、上陸用舟艇は進んでいく。矢張、海岸から飛んでくる銃弾は一発も無い。何か罠があるのだろうか。それとも実は本当に敵がいないのではないか。各々がそんな不安を抱え進んでいく。
舟艇が着岸し、道板が開く。部隊は舟艇から降り、慎重に進んでいく。ここまで来ても動くものは自分達以外何も無い。LST――戦車揚陸艦――が着岸するも、矢張何も起きない。嵐の前の静けさにしか思えない。ジャップは一体何を仕掛けてくるのだろうか。
その答えは次の瞬間示された。突如、連続した砲声が遠くから聞こえてきた。身を強張らせ周囲を見渡すも敵の姿は無い。その半瞬後、周囲で幾つも爆発が起きた。幸いダンカン分隊の付近では起きなかったものの、密集していた隊は一気に全滅してしまった。
「野砲だ!」誰かが叫ぶ。フランクは混乱し慌てて砲撃で出来た窪みに飛び込もうとするが、分隊長に「野砲相手にどこ行くつもりだ!」と止められた。「砲撃から隠れる術は無い。森まで逃げろ!」そうダンカンは怒鳴った。この声に混乱の坩堝と化していた部隊も少しずつ前進を始める。そのにも次々と兵は斃れ、傷付いていく。生き延びた兵は我先にと森へと逃げていく。しかし、歩兵部隊より更に悲惨だったのは戦車部隊である。全速力で逃げようにも逃げ惑う歩兵に阻まれ速度が出せず、砲撃で出来た窪みに落ち込んだ車両は砲撃が直撃するか車両を捨てるかの二択であった。
ダンカン分隊は幸いこの砲撃で死傷した者はいなかったが、上陸部隊全体としては決して大損害では無いものの、少なくない損害を被った。一番大きな損害を受けたのは矢張戦車隊で、揚陸した内生き延びたのは僅か三両であった。又、偶然ではあるだろうがLST一隻にも砲弾が直撃、小破した。この報告を受け、司令部は上陸地点の変更も考えたが、上陸に適した場所が此処以外無い事は事前偵察から判明していたため、それも出来ず、ここからの揚陸を継続する他無かった。一旦沖へ逃れ、暫くした後再び作業を始めるが、狙い澄ましたかのように再び砲撃が始まった。そして先程よりは少ないが損害を被った。観測兵がいるのかと上陸した兵が周囲を捜索するも結果は芳しくない。一度犠牲を覚悟の上で規模を大きくすると砲撃はその間ずっと続き、大きな損害が出た。この事から観測兵がいるのは確実となったが、その居場所が米軍に見つかるのはずっと先、大東亜戦争が終わってからのことであった。
こうして、初日の揚陸は遅々として進まなかった。そして、この事が後に大きく響くことになった。