第三話 偵察
「アルファ1よりセンター、地点F-3に飛行場を発見。人影は見えず。オーバー。」チェスター伍長はSB2Cヘルダイバーの偵察員兼通信員席で双眼鏡を覗きつつセンター――司令部のコールサイン――へ報告した。
「センターよりアルファ1、了解。偵察を続けろ。アウト。」と司令部から返答があった。チェスターは一旦無線機を置くと改めて地上を覗き込んだ。矢張というか、迎撃どころか人の姿さえ無い。通常、偽情報でもない限り敵に情報を与えていいことは全くといっていい程無い筈で、偵察機は直ぐにでも落とすべき存在なのだ。なのに、迎撃機どころか対空砲を打ち上げることさえしてこない。それどころか見た限り今さっき発見した飛行場には対空火器そのものが存在しない。昔作られとうに放棄されたものなのだろうか。それとも、防空は戦闘機に任せ、別の、例えば司令部近辺等に対空火器を配備しているのだろうか。その割にはゼロやフランク――四式戦の連合国軍側呼称――等の姿が見えない。わざわざ敵に完成している飛行場を渡して利になるようなことは一つも無い筈だ。ジャップの考えることは分からない。そうチェスターは思った。
チェスターは右側――進行方向と逆に座っているため、操縦手から見れば左側である――にある島を見た。一見所々に道路が走っているだけで何も無い草原にしか見えなかったが、遠方で何かが光を反射したのが見えた。
「九時方向に不審物を確認。そっちに針路を取ってくれ。」と操縦手のジミー伍長に伝えた。
「了解、九時方向に針路を取る。」と返答があり、機は九時方向へ旋回していった。
見てみると、島へ続く橋は全て落ちていた。この時点で、この先にあるものは既に使われなくなったものであるとチェスターは判断した。若し、チェスターが落ちた橋をよく見ていれば、橋は自然に落ちたものではなく、またその瓦礫は殆ど風化していないことが分かった筈だ。そのを見ていたのなら、或いはチェスターの判断も変わっていたかも知れない。
島の南西部に差し掛かった時、二人はこの島に陸軍基地と思われる施設と飛行場、そして小さい集落跡があると知った。今度の飛行場は比較的整備されている印象を感じた。対空火器も十分に配備され、流石にこれが使われていないということは無い筈だ。チェスターはこの事を司令部に伝えようと無線機を手に取ろうとした。しかし、司令部にこの島のことが伝わることはなかった。突如、雲の中から一機のフランクがヘルダイバー目掛け急降下してきたのだ。「上空から敵機!」チェスターは叫んだ。ジミーは咄嗟に右旋回するが、かわしきれず尾翼に被弾してしまう。
「尾翼に被弾!」「止むを得ん、機を捨てるぞ。」尾翼をぼろ雑巾にされまともに操縦できなくなっていたため、ジミーはそう判断せざるを得なかった。機を傾け、落下傘がしっかり着いていることを確認し、機外へでた。三秒数えた後、落下傘を開いた。
着地後、二人は日本軍に発見され、捕虜となった。この捕虜から日本軍は貴重な情報を得ることが出来た。事前攻撃の予定や上陸の予定等だ。又、空母がいる、ということまでは聞き出せたものの一体何隻いるのか、またそれは何処にいるのかまでは口を割らなかった。
米軍司令部側でもアルファ1が消息を絶ったのは判明したのだが、一体何故消息を絶ったのかが問題であった。最後に報告のあった飛行場の対空砲火か敵戦闘機に撃墜されたのか、はたまた新たな何かを見つけ報告の間無く撃墜されたのか。常識的に考えれば無人の飛行場に墜とされることは無いだろう。しかしながら報告の間無くというのもまた疑問に思う。議論の末司令部の出した結論は「報告のあった飛行場は無人ではなく、そこの戦闘機に撃墜された」というものであった。こうして、陸軍第一飛行場は準備攻撃の対象から外れた。尚、海軍第一飛行場――西側の島にある飛行場――はそれがある島が木々に覆われていてそもそも発見されなかった。
この偵察で米軍が得られたものは決して多くなかった。だが、米軍は上陸を強行した。オリンピック作戦実施前にこの島を占領できなければ、米軍の被害は相当数増加してしまう。部隊が十分な練度を持っていたのならあるいはこの状況下でもそれが可能であったかもしれない。しかし、この作戦に参加している兵の多くは新兵であったのを、司令部は見落としていた。それは小さな、しかし大きな失敗であった。