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第73話 メニュー決め

 翌日。早速とばかり、ソフィアはアニータに喫茶店のメニューの原案を提出した。

 コンピューターを使った機械的な文字ではなく、まるでお手本かと疑うような綺麗な手書きの文字列。

 アニータは、ソフィアの字に感嘆の声を漏らしながら文字列を目で追った。


「ぶっ!?」


 あり得ない文字に、口に含んだコーヒーを吹いてしまう。

 霧吹きのように勢いよく飛んだコーヒーはメニューの原案を汚す。咽ているアニータに、ソフィアはハンカチを渡した。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫、ただ咽ただけね……じゃなくて、ジュエリーパンプキンのキッシュってどういうことね!?」


「えっと……いけませんでしたか?」


「いくら何でも予算オーバーね!」


 マンデリン支部であれば、問題はない。

 だが、ここはあくまでも研修施設。研修施設に回される予算など、それほど多くはないのだ。

 いくら利益度外視だとは言え、予算が足りなければ意味がない。


「私の伝手で、安く手に入る。けど、数はそれほど多くないから限定メニューとすれば良い」


 すると、見かねたロレッタが口を挟んで来た。

 珍しくやる気に満ちた目だ。


「ロレッタ、偽物じゃないね?」


 思わず、アニータからそんな言葉が漏れてしまう。

 確かに普段無気力なロレッタが、こうも自発的に動くことは珍しい。偽物かと疑ってしまうのも仕方がないだろう。

 アニータではないが、ソフィアもまた胡乱気な視線を向けてしまう。


(……いえ、きっと試食が目的なのでしょうね)


 ソフィアは、ロレッタの考えにあたりをつけていた。

 別の考えがあるかもしれないが、これが最も可能性が高い。アニータもまた同じ考えに至ったのだろう。胡乱な視線を向けていた。


「ロレッタは試食する必要ないね」


 と、冷たく言い放つ。


「……っ!?」


 目に見えて、動揺を顕わにするロレッタ。

 きっと「何故ばれたし!?」とでも思っているのだろう。鈍感で有名なジョンでさえ呆れているのだから、誰が見ても一目瞭然だった。

 あまりにも分かりやすい態度に、アニータは深々とため息を吐く。


「だいたい、どこから仕入れるつもりね?」


「私の知り合いに、生産をしているドリアードがいる。そこから仕入れるつもり」


「そういえば、ロレッタは妖精族だったね。木精族と親しいのは当然と言えば当然ね」


 ドリアードや木精族という言葉に首を傾げるソフィア。

 一方で、アニータもジョンも納得したような表情を浮かべる。ロレッタは、アニータの言葉が気に障ったのだろう。不満そうに唇を尖らせていた。


「どこからどう見ても、妖精族なのに」


 ロレッタはそう言って、自身の薄羽を強調する。

 妖精族の特徴であるのだが、アニータは「そう言えばそうだった」と苦笑を浮かべていた。


「なんか、ロレッタの場合不思議と羽がお飾りに見えるね」


「えっ?」


 続くアニータの一言に、ロレッタは呆然とした声を上げる。


「あっ、なんか分かるっす! 普段全く使っていないので、時折空を飛んでると目を疑うっす!」


「飛べたんだってなりますよね」


 羽が生えているのは普段から見ているため知っている。

 だが、存在感が薄いのだ。本人も空を飛ぶのは疲れると、滅多に羽を使わないこともあって、視界に入っても気にしなくなっていた。

 せめてフェルのような翼であれば……と、思わなくもない。


「私、妖精族なのに……」


 同僚の自分への評価に、愕然とした声を上げるロレッタ。

 そんなロレッタを見て、ソフィアは先ほど抱いた疑問を呈する。


「そう言えば、先ほどのドリアードや木精族という種族についてですが、妖精族と関係があるのですか?」


「えっ。ああ、知らないのも無理はないね。あらかじめ言っておくけど、ドリアードと木精族は同じ種族ね」


 一瞬、ソフィアの疑問に呆然とした表情をするアニータ。

 だが、すぐにソフィアの事を思い出したのか納得の表情を浮かべる。そして、言葉を続けた。


「妖精族と木精族、それから森人族……まぁ、エルフね。この三種族は、昔から共存関係にあったね。その中でも、妖精族は数が少なく力が強かったから、昔から森の守護者のような立ち位置だったね」


「森の守護者?」


 アニータの説明に、ショックを受けた様子のロレッタに視線を向ける。

 どう見ても、守護者と呼ばれる種族のようには見えない。とは言え、強大な力を有していることは知っているため、一先ず納得を示す。


「まぁ、随分と昔の話ね。けど、妖精族を筆頭に長命だから、今でも妖精族を慕っているドリアードやエルフが多いね」


「ああ、なるほど……」


 つまりは、妖精族とは森の中では王族のようなものだと納得する。

 アルフォンスから聞いていたが、ロレッタもまたシルヴィアと同じように名家の出身だったということなのだろう。


「話は戻るね。ドリアードたちは農業に秀でた種族で、ジュエリーパンプキンみたいな気難しい農作物の栽培もできるね」


「だから、ロレッタさんは伝手があるといったのですか」


「そういうことね」


 納得するソフィア。

 同じ話を聞いていたジョンも、なるほどと言ってしきりに頷いている。そして、ふと何かに気づいたのだろう。

 「あっ」と間の抜けた声を上げると、ロレッタに畏敬の念を込めた視線を向けた。


「もしかして、ロレッタ先輩って実は凄い人ってことになるんじゃないっすか?」


 今さら気づいた様子のジョン。

 とは言え、ソフィアもそれほど凄い立場だと知らなかったため、苦笑を浮かべて答える。


「そうですよね。私生活を知っているだけに、あまりすごく感じないんですよね」


「そうっすよね。けど、どこか姫様と似たような雰囲気があるっす!」


「ぐはっ……」


 うめき声をあげるロレッタ。

 どうやら、二人のなにげない一言が思いのほかダメージが大きかったのだろう。後輩に凄く感じないという言葉もそうだが、あのフェルと似た雰囲気と言われれば内心穏やかでいられないのも無理はない。

 しかも、口にした本人たちは悪意が一切ないのだ。

 心の底から思っている一言だけに、ロレッタへのダメージが大きくなった。そんな二人をアニータは戦々恐々とした目で見た。


「と、取りあえず、メニューについて決めるね」


 ホワイトボードを取り出すと、早速アニータを含めて四人の意見を書きだした。


「軽食の方は、サンドウィッチにキッシュ、それからパスタにビーフシチュー……定番と言えば定番ね」


「そうですね。ただパスタは種類が多いですから」


 ナポリタン、ボロネーゼ、カルボナーラ、アーリオ・オリオ……パスタの種類は多岐に渡る。どのパスタにするか決める必要があるのだ。

 すると、ふと何かを思ったのかジョンが声を上げた。


「それなら日替わりパスタってのはどうですか? 魔王祭の間、毎日パスタのメニューが変わるっす」


「おお、それは良いね」


「確かに、それなら一種類で済みますから」


 アニータもソフィアも賛成だ。

 

「日替わりパスタとサンドウィッチ、それに限定スペシャルメニュー……あとはビーフシチューで軽食は良さそうね」


「どちらかというと、デザートの方がメインっすよね」


「そういうことね。じゃあ、デザートについてだけど……」


 アニータがホワイトボードに、今上がっている候補を書き始めた。


「クッキー、ガレット、ビスケット、サブレ、チーズケーキ、ショートケーキ、ロールケーキ、モンブラン、フルーツタルト、バウムクーヘン、パンナコッタ、ティラミス、プリンアラモード、フルーツパフェ、チョコレートパフェ、クレープ、ガトーショコラ、フォダンショコラ、フルーツポンチ、シュークリーム、杏仁豆腐、みたらし団子、饅頭、羊羹、水羊羹、芋羊羹、ぜんざい……」


 まるで呪文のように長くなった文字列を丁寧に読みあげるアニータ。

 いくら何でも多すぎる。隣では、ジョンが戦々恐々としていた。ソフィアも、二つくらいしか書いていないはず。なのになぜ……


「あっ、アップルパイを加え忘れたね」


「ついでに、ドーナツがない」


 デザートになり復活したロレッタが口を挟む。


「そうだったね!」


((この二人か……))


 なぜこれほど多くなったのか、理解したジョンとソフィア。

 男性ゆえにジョンは理解しがたく、女性であるソフィアは理解できるものの体重を気にしている故。

 デザートに対して、これほどの執着を見せる二人に引いてしまう。

 一枚のホワイトボード(両面)に収まらなくなったため、二枚目のホワイトボードを引っ張って来る姿を見た時には、思わず遠い目をしてしまった。


「あ、あの……ちょっとよろしいでしょうか?」


 熱い議論を交わしている二人に、ソフィアは申し訳なさそうに口を挟む。


「なに?」


「どうかしたね?」


 二枚目の一面が埋まり、振り返る二人。

 その熱烈な視線に、思わず後ずさるが現実を伝える必要があると口を開いた。


「この中から五品程度に絞るんですよね?」


 これほど書き綴ってできるのか。

 そんな意味を込めた質問に、二人ははっとなる。多すぎるのだ。欲望のために書き綴ったが故に引き起こった問題。

 それに直面した二人は、大量に書き綴られた文字列を悩まし気に見る。


「そうだ! 実際に食べて決めれば良い!」


「「は?」」


 ロレッタの一言に、理解できないソフィアとジョン。

 「何を……」と言葉が続くよりも先に、アニータが同意の声を上げる。


「その通りね! そこから美味しかったデザートを五品に絞るね!」


 名案だとばかりに頷くアニータ。

 どうやら、就職関係で疲れたため糖分を欲しているのだろう。そんな二人の会話を見て、ソフィアは引きつりそうになる表情をおさえて思う。


(これ、いったい誰が作るのでしょうか……?)


 大量に書き綴られた文字列を遠い目をして追うソフィアであった。








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