第72話 夕食と相談
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夕食の準備が整ったソフィアは、ロレッタと共に料理をリビングへと運ぶ。
自分が手伝ったこともあって、楽しみで仕方がない様子のフェル。離れていても届いてくる芳醇な香りに、尻尾が揺れるシルヴィアが待っていた。
「すぐに用意しますね」
夕食が待ちきれない様子の二人……いや三人に苦笑しつつ、手早く準備を始める。
テーブルの上には、中央に焼き立てのパンが入ったバスケットを置く。
それぞれの椅子の前には、浅底のお皿を置き、それぞれにフェルがつるつるに皮を剥いたジャガイモのポタージュを注ぐ。
サラダは、レタスを中心とした彩野菜。
酢とサラダ油に塩やコショウで味を調えたソフィア特製のヴィネグレットドレッシングを絡めてある。
そして、メインディッシュはやはりジュエリーパンプキンを用いたカボチャのキッシュだ。
早速キッシュを十字に四等分する。
パイのサクッとした音が響くとともに、包まれたカボチャの甘い香りがふんわりと漂ってくる。
その匂いの暴力に、切っているソフィアもゴクリと喉を鳴らしてしまった。
そして、その断面は何と美しいことか……。
琥珀色のカボチャが、まるで宝石のように散りばめられている。洋食の茶碗蒸しとはよく言ったもので、まるで宝箱のようだ。
ソフィアは支度を終えて席に着く。
それが合図となって、一斉に手を揃えた。
「「「「いただきます!」」」」
一斉にフォークとナイフを手に取ると、競うようにして我先にとキッシュを口に運ぶ。
パイのサクッとした音が聞こえる。
「んっ……!?」
ソフィアは、口に入れた瞬間はじけるような甘みに目を瞬かせる。
ジュエリーパンプキンはカボチャのはずだが、カボチャではないのだ。野菜というよりも、もはや果実に近いだろう。
口に入れた瞬間、まるで濃厚なシロップのようになって溶けてしまう。
そして、その溶けたシロップはチーズや下に敷き詰められたタマネギとベーコンに絡みつき見事なハーモニーを生み出す。
そしてまた、触感が楽しいのだ。
表面は僅かに硬く、中は柔らかい、そして器となるパイはサクッとしている。
三層に分かれた触感が、ソフィアたちを飽きさせない。
「美味しい!」
一拍遅れて湧きあがる歓声。
シルヴィアたちも、キッシュに夢中で言葉を忘れていたのだろう。表情を蕩けさせながら、絶賛の声を上げる。
「このカボチャの甘さがたまらないな! もう固体というよりも液体に近いのではないか?」
興奮混じりに語るシルヴィア。
それに負けまいとフェルやロレッタも声を上げる。
「本当にシロップみたい! しょっぱさがあって、くどさを感じない所が良いよね!」
「私もここまで美味しいキッシュは初めて食べた……」
「ありがとうございます!」
やはり褒められるのは嬉しいものだ。
三人に絶賛されて、ソフィアの口角は自然と緩んでしまう。キッシュの美味しさに舌鼓を打ちながら食事は進んで行く。
「……いつも思うんだけど、二人のお腹はどうなってるの?」
小さく切り分けたキッシュを口に運んでいると、フェルが呆れたような視線をシルヴィアとロレッタに向ける。
二人のお皿にはすでにキッシュはない。
あるのは、パンとお代わりしたポタージュのみ。
ソフィアやフェルとしては、キッシュだけでもお腹いっぱいだ。ジャガイモのポタージュもそれなりにお腹に溜まる。到底、パンを食べようなどという気分にはなれない。
「このくらい普通だろ」
「うん」
しかし、この感覚は二人には分からないらしい。
(二人のお腹は異空間に繋がっているのでしょうか?)
いくらでも食べられる。
そして、いくら食べても太らない体質。胃袋そのものが別空間に繋がっているのであれば納得だ。仮にそうだとすれば、是非その技を伝授してほしいと思ってしまう。
正直言って、ソフィアもフェルも羨ましかった。
「「はぁ……」」
キッシュの甘さを堪能しつつも、深いため息を吐いてしまうのだった。
◇
夕食の片づけを終えて、ソフィアはリビングに戻る。
テレビの前のソファで寝転がるフェル。シルヴィアは庭で鍛錬をしており、ロレッタは、食卓の方で静かにマンガを読んでいる。
ソフィアは、ロレッタの対面側に腰かけた。
「見る?」
目の前にソフィアが座ったことに気づいたのだろう。
食卓の上に乗せられたマンガをとって、ソフィアに渡してくる。
「これって確か最近話題のマンガですよね……読んだことはありませんが、近所の子供たちが話しているのを聞きました。面白いのですか?」
「面白い」
ロレッタの返答は短かった。
しかし、本心からの言葉なのはすぐに分かる。ソフィアは一巻を受け取ると、パラパラとめくり始める。
「なるほど、こういう内容だったのですか。なかなか面白い内容ですね」
三十秒ほどが経つと、パタンと本を閉じる。
「……スキルを使って読むのはどうかと思う」
ロレッタは、ソフィアが速読スキル……しかも高レベルであることを思い出したのだろう。
あまりにも味気のない読み方に、ロレッタはジト目を向けて来る。
「……つい癖でして」
書類に目を通すことが多かったため、時間短縮に速読スキルを使ってしまうのだ。
確かに娯楽本に対して、この読み方はないだろう。ロレッタに指摘されたソフィアは反省する。
「貸すから、ゆっくり読んで」
「分かりました」
ゆっくりの部分を強調するロレッタ。
せっかくの好意だ。無下に扱うことはできず、ソフィアはロレッタからマンガを三冊ほど受け取った。
「そう言えば、さっきのキッシュだけどメニューの候補?」
「一応考えているところです。ただ、ジュエリーパンプキンは、高額ですから。普通のキッシュになると思います」
ジュエリーパンプキンの本来の価格は約三千円。
四等分すれば、八人分は提供できる。しかし、それでも一人当たり約四百円だ。利益を度外視したとしても、どんなに低く見積もっても七百円以上はするだろう。
流石に、店に出すには高すぎる。
そう思っていると、ロレッタが思案気な表情を浮かべて顎に指を当てる。
「確かに高い……けど、仕入れ先の農家に心当たりがある。もしかしたら、安く手にはいるかもしれない」
「本当ですか!?」
「うん。けど、それほど多くは手に入らない。数量限定にする必要がある」
確かに、あの美味しさだ。
高級食材であることに変わりはないが、それでも引く手数多だ。農家でも備蓄が少なくなるのは仕方のないことだ。
とは言え……
「限定って言葉、どういう訳か心惹かれるんですよね」
ソフィアは、それが却って良いと思ってしまう。
「分かる。季節限定とか狡い。コンビニで見かけるとつい手が伸びる」
「あっ、分かります! 見るからに不味そうだなって思っても、買ってしまったりするんですよね」
「当たり外れが大きいけど、当たりに巡り会えると感動する」
種族関係なく、限定という言葉に弱いのは同じだそうだ。
ソフィアも、ロレッタの言いたいことがよく分かる。例のショートケーキ味は、未知なる化学反応を起こし、奇跡的に美味しい可能性もあった。
尤も、結果は見た目通りだったが。
だが、そんな中にも当たりは存在する。
その当たりを見つけた時の感動は、ソフィアも感じたことがあった。
「……もしかして、これ使える?」
二人で、季節限定メニューについて盛り上がっていると、ふとロレッタが呟いた。
「何がです?」
「当たりか外れか、季節限定メニュー」
「えっ?」
「あえて、メニューは季節限定メニュー。けど、当たりか外れかは分からない。勇者が挑む至高のメニュー」
「うわぁ」
ソフィアであれば、絶対に頼まないメニューだ。
確かに興味がある。しかし、それに挑もうと思う勇気はない。それにいざ提供するとなると問題があった。
「それ、クレーム来ますよね?」
「……ジョン、頑張れ」
ロレッタの返答は簡単だった。
ホールを担当するジョンに任せてしまえというものだ。とは言え、ジョンのコミュニケーション能力の高さなら、なんとかしてしまいそうな気もするが。
「まぁ、冗談はここまでにして」
「あっ、冗談だったんですね」
「当然」
ロレッタの言葉に、ほっと安堵の息を吐く。
一瞬、「二割は……」などと聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。ロレッタはコホンと咳払いをすると、メニューについて再考する。
「けど、季節のメニューは良い。秋は食材の宝庫。それを使ったメニューなら色々考えられる」
「はい。フェルちゃんとも話したのですが、フルーツタルトはいかがでしょうか? 色々なフルーツが楽しめていいと思います」
「採用!」
季節のフルーツをふんだんに使ったフルーツタルトを想像したのだろう。
ロレッタは、恍惚とした笑みを浮かべる。はっとなって、まるで大輪の花が咲いたような満面の笑みを浮かべて声を上げる。
そのあまりの姿に、ソフィアは表情を引きつらせる。
「一応言っておきますけど、ロレッタさんが食べるためではありませんよ」
当たり前だが、料理はお客様に提供するのだ。
ホールに届く前にキッチンで消えたら意味がない。釘を押すようにソフィアは忠告をするが……
「試作の味見は必要」
心配ご無用とばかりに胸を張るロレッタ。
「そう言うことではないと思うのですが……」というソフィアの呟きも意味がなかった。
「取りあえず、アニータさんと相談したほうが良さそうですね。予算も含めて」
無表情ながらも、試食の光景を思い描いて嬉しそうに羽をパタパタさせるロレッタ。
そんなロレッタをソフィアはアニータに任せようと諦観にも近いため息を吐くのだった。
明日は作者の都合でお休みします。
次話は金曜日更新です。




