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第70話 ソフィアの買い物

本作も、いつの間にか一周年を迎えました!

拙作ですが、お付き合いいただきありがとうございます。

あとがきにて、お知らせがあります。


 マンデリンに戻る頃には、すでに夕方だった。

 最初の出入り口は第三通りだったが、今の出入り口は第二通りだった。何とも不便な出入り口だとは思うが、幸いにも中央付近にのみ出入口は現れる。

 第三通りの出入り口から徒歩で十分ほどの場所に出ることができた。


「やっぱり一日中夜ですと、時間感覚が狂いますね」


 高層ビルから反射する夕日を手で遮りながら、ソフィアは言う。

 アッサム王国のような人間の国では、あまり時計という物は普及していない。大抵太陽の位置から時間を把握するものだ。

 そのため、ソフィアにとってミッドナイト横丁のような場所は新鮮だった。


「最初の頃はそうなるよね。まぁ、この国だとああいう環境は少ないけど珍しくはないからね」


「他にもあるのですか?」


「うん、あるよ。例えば、西部だと地下都市かな。都市丸ごと地面の下に作られているよ」


 フェルはそう言って、靴のかかとで舗装された道を叩く。


「地下都市ですか!?」


 ソフィアは思わず足を止めてしまう。

 それほどまでに、フェルの話が途方もない……それこそ絵空ごとのように聞こえてしまったからだ。

 ソフィアの態度から疑われているとでも思ったのだろう。不満そうに唇を尖らせると「嘘じゃないからね」と言った。


 それから二人が向かったのは、ソフィアがよく利用するスーパーだ。

 専業主婦がしのぎを削る戦場ではなく、普通にリーズナブルな価格で食材を買える普通のスーパーだ。


「それはそうと、メニューは決まりそう?」


 ソフィアがカートを押していると、フェルから声を掛けられる。


「難しいところですね。栗にサツマイモに、柿にカボチャ……秋ってどうして美味しい食材が多いのでしょうか」


 取りあえず食材を決めようと思ったソフィアだが、使いたい食材が多くて決められないのだ。


「あっ、分かる! 食欲の秋って言うからね」


「食欲の秋……言い得て妙ですね。料理を思い浮かべるだけで、お腹がすきます」


 秋の味覚を思い浮かべるソフィア。

 考えるだけで、涎が出そうだ。不意にフェルに視線を向けると、フェルも秋の味覚を思って恍惚とした表情を浮かべている。


「リンゴやブドウ、ナシ……フルーツタルトにして食べたいよね」


 青果コーナーに並べられている果物を見て、フェルがそんなことを言う。


「フルーツタルトも良いですね」


「うん。フルーツたっぷりだとちょっと得したような感じがして堪らないんだよね」


「あっ、分かります! 色とりどりの果物が乗っていると、なんか贅沢ぜいたくな気分になりますよね」


「うんうん!」


 ソフィアの意見に、フェルは満面の笑みを浮かべて頷く。

 考えただけで、フルーツタルトが食べたくなって来る。そんなことを思っていると……


「他にも、この前食べた秋刀魚とか、あとはこの時期だと牡蠣も美味しいよ!」


「牡蠣のフライ、美味しいですよね!」


 秋の味覚の話題で、盛り上がる二人。

 モンブランやフルーツタルトにアップルパイ、マツタケを使った贅沢な釜飯や秋刀魚の塩焼き……などなど想像するだけで幸せな気分になる。

 フェルもまた同じような想像をしている様子だ。きっと、ソフィアと同じように「あれも食べたい、これも食べたい」と思っているに違いない。

 今日は色々な料理を作ろうかなと思ったソフィアであったが……


『さぁ、今日の目玉商品は……なんと、今話題のダイエット食品がこのお値段! 食欲の秋と言うことで、気づいたらお腹周りが……ってことにはなりませんか? そんなあなたに是非このダイエット食品をお勧めしたいと思います!』


――パリンッ!


 まるで氷が砕けるような音が聞こえたような気がした。


「「……」」


 特設コーナーから聞こえて来た言葉に、ソフィアとフェルは表情を凍らせた。

 以前、ピー・マンがピーマンの素晴らしさをフェルを含めた子供たちに教えるため使用されていた特設コーナーだ。

 今日はどういう訳か、ダイエットコーナーをやっているようだ。

 先ほどの幸せな気分はどこへやら、ソフィアとフェルの瞳から光が消える。そして、果物に向かって伸ばされていた手を引くと、ソフィアは言った。


「今日は野菜中心のメニューにしませんか?」


「そうだね」


 野菜嫌いのフェルからの反論はなかった。

 そして、二人はそっと特設コーナーに視線を向けないようにしてその場を離れるのであった。





 買い物を終えて、帰路に着く二人。

 商店街を歩いていると……


「凄い賑わいですね」


 ソフィアがポツリと呟いた。

 魔王祭に先駆けて、商店街は賑わいを見せている。

 「魔王祭限定メニュー!」と書かれた旗が立ち、カボチャのイメージキャラクターが商店街の至る所に飾られている。


 飾りつけをしているゴブリンたちの姿が見える。

 その中には、オークやエルフ、ドワーフの姿もあった。ドワーフは飾りを作り、オークは力仕事、エルフはその軽い身のこなしで手際よく高い位置に飾りをつけている。

 そこに種族的な差別はない。

 互いに笑顔を浮かべて、手と手を取り合って作業をしている姿だ。


 ゴブリンやオークといった人間の国では魔物と分類される存在。

 エルフやドワーフといった人間の国では亜人と呼ばれる存在。

 差別の対象とされて来た彼らだが、ここでは同じ魔族である。初代魔王が時間をかけてこの光景を作り描いたのだとすれば、感動にも近い感情が湧きあがるのを感じる。


(これを見たら、どう思うのでしょうか?)


 ソフィアが思い浮かべたのは、かつて関わりを持った人間たちだ。

 宰相であるセドリックも帝国の皇子であるアレンや神聖王国の聖女であるフローラも、魔国のこの光景を話しても信じてくれるのだろうか。

 そう思うと、ソフィアは自然と自身の頬が緩むのが分かる。


「どうかしたの?」


 隣を歩くフェルが、ソフィアに話しかける。


「いえ、何か……魔国は凄いなと思っていました」


「凄い? ……確かに今日は賑わってるけど、いつもと変わらなくない?」


 先ほどのミッドナイト横丁の光景を見れば、納得である。

 確かに商店街は賑わってはいるが、それでもミッドナイト横丁ほどではないのだ。しかし……


(それが、凄いことなんです)


 ソフィアは、そう伝えようと思ったが、口を閉ざす。

 フェルにとっては、目の前の幸せな光景はありふれた光景でしかないのだ。

 誰もが幸せな笑みを浮かべる世界。表面だけかもしれないが、目の前で笑い合っている彼らには差別がない。

 心の底から、楽しんでいるのだ。


「良いなぁ……」


 ソフィアは意識せず言葉を出す。

 戦争もなく三百年積み重ねられた文明。いつか崩れ去ってしまうかもしれないが、今は目の前の光景こそが事実だ。

 人間の国では、今なお交戦状態の国は多い。

 それを考えると、魔国はソフィアの望んだ理想郷に最も近いと考えられるのだ。


「そこのお嬢さん方……って、ソフィアちゃんじゃないか!」


 ふと、八百屋の店主が声を掛けて来た。

 近場ということもあり、ソフィアもよく利用している。そのため、店主とは顔見知りである。

 足を止めると、八百屋へと歩を進めた。


「こんにちは」


「こんちわ!」


「おう! って、姫様も一緒かよ」


 フェルの姿を見かけると、明らかに肩を落とす店主。

 隣では「私の扱い酷くない?」などと言っているが、どこの店に行っても同じ扱いだ。今さら気にするようなことでもないため、ソフィアは苦笑を浮かべる。


「それで、どうかしましたか?」


「おっと、そうだった! 今日は良いカボチャが入ったんだ。これなんだが……」


「えっ?」


 ソフィアは、呆然とした声を上げる。

 ソフィアがよく見る黒っぽい皮をしたカボチャではない。明るいオレンジ色の皮をしただ円形のカボチャである。

 あまり見ないというだけで、時折並べられているのを見たことがある。

 そのため、珍しくはないはずだが……


「でかっ!」


 隣から見ていたフェルは思わず声を上げてしまった。

 そう、フェルの言う通り大きいのだ。なにせ、ソフィアよりも大きいのだ。全長百八十はあるのではないか……とにかく大きすぎる。


「アトランティックジャイアントだ」


「これ、食べられるんですか……?」


 呆然となって尋ねるソフィア。

 いくら何でも規格外だ。というよりも、どうやったらこれほど大きくなるのか不思議で仕方がない。

 店主は苦笑を浮かべて、「一応食べられるぞ」と言う。


「とは言っても、もっぱら飼育用に買われることが多いな。今日からこれを使って飾りを作ろうと思っていたんだが、買って行くか?」


「遠慮しておきます」


 きっぱりと断るソフィア。

 珍しいものは好きだが、流石にこればかりは買いたいとは思えなかった。フェルは、少しばかり残念そうな表情をしているが、値段を考えて遠慮した様子だ。

 店主はそんな二人の様子に豪快に笑うと、本命のカボチャを取り出した。


「冗談はさておき、本命はこっちだ」


「綺麗なカボチャですね……」


 店主が取り出したカボチャは非常に綺麗なカボチャだった。

 片手で持てるくらいの大きさで、カボチャにしては小ぶりだ。しかし、その皮の色は非常に美しく、まるで琥珀のようだった。


「これって、ジュエリーパンプキン?」


「おうよ」


「じゅえりーぱんぷきん?」


 初めて聞く単語に、首を傾げるソフィア。


「宝石のようなカボチャ……そうか、産地は南部だったっけ」


「ああ、今が旬だからな。あまり数は多くないが、出回り始めたぞ」


 そう語る店主。

 それを聞いたフェルは「ほんと!」と言って嬉しそうな表情をする。黒翼までもが嬉しさを表わしているようだ。

 ソフィアは二人の会話に付いて行けず首を傾げる。


「このカボチャ、美味しいんですか?」


 先ほどと同じように観賞用ではないかと疑う。

 このまま飾ったとしても特に違和感がないからだ。多少傷が目立つが、それが逆にアクセントになって良いと思う。

 しかし、ソフィアの言葉を聞いた二人が「とんでもない!」と口をそろえる。


「本当に、美味しいんだよ!」


「ああ、その通りだ! その宝石のような皮は調理すると溶けて、蜜になるんだよ。スキルレベルがかなり必要になるが、その美味しさは太鼓判を押すぜ!」


「王都に、ジュエリーパンプキンを使ったパイが売られるけど、開店前に長蛇の列ができるんだよ!」


「そ、それほどですか……」


 二人のあまりの剣幕に表情を引きつらせるソフィア。

 引いてしまうものの、ソフィアもまたジュエリーパンプキンに興味を持つ。だが、一つだけ気になることがあった。


「これって、おいくらなのでしょうか?」


 そう値段である。

 見るからに高そうな見た目だ。ミッドナイト横丁で散在し、夕食の買い物をした後ということで手持ちに余裕がない。


「一つ五千円だ」


「ご、五千……」


 ソフィアは愕然とした声を上げる。

 高すぎるのだ。ソフィアにはそれほどの金銭的余裕がなかった。残念ではあるが諦めようとすると……


「と言いたいところだが、これは傷が目立つだろう。だから、半額で売ってやる」


 店主が笑顔を浮かべて言った。


「半額ですか!?」


 つまり二千五百円ということだ。

 十分高いが、それなら十分に買うことができる値段だ。ぱぁと表情を明るくするソフィアだが、そこにフェルが待ったをかける。


「まだ安くできるんじゃないの?」


「これ以上は無理だな」


 フェルの怪訝そうな声に、店主は間髪入れずに答える。

 フェルは視線を鋭くして、店主を見る。


「五千円って中央で売られている価格だよね……南部だったら三千円くらいだよね?」


「えっ、そうなんですか?」


 ソフィアは、フェルに視線を向ける。

 そして、店主に視線を向けるとどこか怪しい。胡乱な表情で店主に視線を向けた。


「しかも、よく見ると小さくない?」


「半額だと千五百円なので……五百円でどうですか?」


 ソフィアはにっこりと笑う。


「いや、五百円はないだろう!? せ、千四百円!」


 店主は引き攣る頬を隠しながらも、交渉に応じた。

 しかし、店主は知らない。ソフィアが交渉スキルを持っていることを……。


「じゃあ七百円で。ついでにほうれん草もつけて下さい」


「変わらないだろ!」


 ソフィアは交渉スキルを駆使した結果、ほうれん草と大根をつけて千円で購入することが出来た。


 この日以降、商店街では「ソフィア相手に値切り交渉をしてはならない」という話が広まるのであった。







【お知らせ】

本作の書籍化が決定いたしました!

書籍タイトルは『元公爵令嬢の就職~料理人になろうと履歴書を提出しましたが、ゴブリンにダメだしされました~』となります。

本日の夜にでも本作のタイトルを書籍タイトルに変更いたします。

書籍化についての詳細は活動報告をご覧ください。


活動報告にて、イラストを掲載しております。

素晴らしいイラストなので、是非見に来てください!


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