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第68話 ミッドナイト横丁(4)


「外装からは想像できないほど、綺麗なカフェですね」


 店内に案内されたソフィアは、感嘆の声を上げてしまう。

 ブラッドカフェの店内は、非常に綺麗な空間だ。

 舞踏会場を改装して、カフェとして使っているのだろう。下の階には厨房とカウンターが設置されており、残りのスペースとテラス、そして上の階にはテーブルと椅子がセットされている。


「ふふふ。このカフェには、私のありったけの私財を投資しておりますの。当然ですわね」


 自信満々に慎ましい胸を張るエリザベート。

 年齢はシルヴィアと同じらしいが、見た目が十代前半のため威厳は感じられず思わず抱きしめたくなる可愛さに満ち溢れていた。


「因みに、私がどこに力を入れたか分かりますこと?」


「えっ、私!? えっと、じゃあ……置物とか?」


 フェルが指さしたのは、カウンターの隅に鎮座している左手を上げた猫の置物だ。


「何故、招き猫に力を入れなければなりませんの!? これは行きつけのお店のサービスでもらった品ですの」


 エリザベートは、フェルの答えに憤る。

 そして、ソフィアへと視線を向けて来た。


「そうですね……シャンデリアでしょうか? 見たところ、絨毯やテーブルのセットに力を入れているようですが、シャンデリアの光でよく映えています」


 天井を見上げれば、アッサム王国ではまず見ることのない豪華なシャンデリア。

 そこから溢れる光は、赤い絨毯によく映える。高級料理店を彷彿させる純白の机と椅子のセット。純白と深紅のコントラストが何とも言えない豪華さを感じさせる。


「あら、あなたお目が高いですわね。その通りですわ。私が直接目利きをして選んだ一品ですのよ」


 ソフィアの答えに満足したのだろう。

 少女らしい無邪気な笑みで、コロコロと笑う。そして、ソフィアたち二人をカウンター席へと案内した。


「そう言えば、あなた名前は?」


「ソフィアです。エリザベートさんで良いのでしょうか?」


「エリザと呼んで下さいまし。私もソフィアと呼びますので」


 そう言って、にっこりと笑うエリザベート。一方で……


「うぅっ、久しぶりの来客ですね~」


 顔に腕を当てる、店員。

 歓喜のあまり、包帯が涙で濡れている。


――今さらながら、目が見えているのでしょうか?


 ふと、そんなことを思うソフィア。

 全身包帯なのは珍しいこととは思えないが、目が見えないはずなのに、動きに迷いが一切ないのだ。

 そんなことを思っていると、エリザベートが首を傾げて……


「そうですわね。自画自賛になりますけど、これほど素晴らしいカフェに来ていただけないなんて、不思議なことがあるものですわね」


「本当ですね」


 ソフィアも不思議だった。

 これほど素敵なカフェだというのに、無人なのだ。満席でも可笑しくないとさえ思うのだが……


「分かってて言ってるよね! 外観だよ、が・い・か・ん! 誰がどう見ても、お化け屋敷にしか見えないからだよ!」


「お化け屋敷? 今まで一度もお化けなる存在を見たことはありませんことよ?」


「ああ、やはりお化けは出ないのですか……」


 密かに期待をしていたため、ショックを受けるソフィア。

 二人がそんな暢気な話をしていると、ついにフェルの頭が噴火した。


「お化けが出そうな雰囲気だけでもダメなの! というよりも看板くらい立てておかないと、廃屋にしか見えないの!」


「それは確かにそうですけど……」


――これはこれで味があっていいと思いますけど


 ソフィアはそう思いつつも、口に出すことはしなかった。

 隠れた名店みたいな雰囲気で、ソフィアとしては好みだったからだ。フェルも、そう言ったお店が好きなはずだがここだけは例外のようだ。


「だいたい、何で外装はあんなにボロイの!? 中を改装するんなら、外も一緒に改装しちゃいなよ!」


「それは予算の問題ですわ。家具にお金を掛け過ぎて、私のポケットマネーが底をついてしまいましたので。因みに、DIYですわ」


「フワッ!? Do it yourself!」


 衝撃の事実に、フェルは頭から煙を出して机に伏せる。

 そして、呪詛のように「天然なんて嫌いだぁ」などと口にしているが、どう言う意味なのだろうか。

 エリザベートとそろって首を傾げる。


「それはそうと、うちのスタッフを紹介しておきますわ」


 エリザベートがそう言うと、先ほどの全身包帯の人物と厨房から二メートル越えの巨躯を持つ男性が現れる。


「ひっ!?」


 ソフィアは思わず悲鳴を上げてしまった。

 その男性の服装はコックコートでありながらも、ところどころ返り血で赤く染まっている。凶悪そうな顔つきであるためなおさらだ。


「ヘンゼル~、お客様を怖がらせてはいけませんよ~」


「まったくですわね。貴方、ただでさえ見た目が怖いですから、お気をつけくださいまし」


「すいません」


 二人に責められると、ぺこりと頭を下げるヘンゼル。

 ソフィアも気を取り直すと、エリザベートから二人の紹介が始まる。


「こちらは、うちのホールを担当するグレーテル。そして、彼はヘンゼル……うちの仕入れ担当ですわ。二人は兄妹ですのよ」


「兄、妹……?」


 一人は顔が包帯で巻かれているため、似ているのかさえ分からない。

 だが、身長差があまりにも大きく兄妹のようには思えなかった。微妙な表情をしていることが分かったのだろう。二人は苦笑を浮かべて……


「よく似てないと言われますので~」


「種族が違うんじゃないかとまで言われているので気にしてません」


「申し訳ありません……」


 思いっきり気を遣われてしまったソフィアは、居心地の悪さを覚える。

 不意に、先ほどの言葉に疑問を覚えた。


「仕入れ担当と言うことは、彼は料理人ではないのですか?」


「ええ、残念ながら。ここではもう一人魔女族の女性が働いているのですが……」


 歯切れの悪い言葉に、首を傾げるソフィア。

 エリザベートに代わって、二人は苦笑を浮かべて……


「子供たちにお菓子をあげることに喜びを感じる人でして~」


「どこかでお菓子の家でも作っているかと」


 いったいどう言うことなのか。

 困惑を隠せずにいるソフィアに、エリザベートはため息を吐くと……


「要するに、無断欠勤ですわ。嘆かわしいことですわね」


 と、吐き捨てる。


「それで、最後に私……エリザベート=ヴァンプですわ! 北部の名家ヴァンプ家の長女にして、この店のオーナーですのよ!」


――パチパチパチ……!


 ヘンゼルとグレーテルが、手を叩き始めたので便乗して叩き始めるソフィア。

 北部についてはまったく知らないが、きっと凄い家なのだろう。


「と、それはそうと……これはメニューですわ」


 自己紹介を終えると、さりげなくソフィアの前にメニューが置かれる。

 せっかくの来店だ。料理人がいないことを忘れて、ソフィアは注文をしようとする。


「お勧めはなんですか?」


「そうですわね。こちらのケーキセットはいかがでしょうか?」


 堂に入った接客対応だ。

 ウェイトレスであるグレーテルよりも早く動き出すオーナー。仕事を取られてしまったグレーテルはどこか哀愁の漂う後ろ姿だ。

 それを面倒に感じたのだろう。いつの間にかヘンゼルの姿はなく、厨房へと戻って行ってしまった。


「フェルちゃんは、どうしますか?」


「え、あ、うん……同じで良いよ」


 無気力な表情をするフェル。


「では、ケーキセット二つお願いしますね」


 ソフィアが注文すると、グレーテルではなくエリザベートが厨房へ行くのだった。


「お待たせしましたわ。本日のケーキは、モンブランケーキですの。使用されている栗は、東部産フォールモンブランを使用しており、クリームが絶品ですのよ」


「美味しそうですね」


 七百円のセットとは思えないほど、高級そうな見た目のデザートだ。

 美しい黄色のクリームはふわふわのスポンジを彩り、その下から覗く純白のクリーム。頂きにあるのは濃い黄色の甘露煮。

 先ほどまで無気力だったフェルも、ゴクリと喉を鳴らしフォークを取った。


「「いただきます」」


 迷わずフォークを入れる二人。

 しっとりとしたスポンジは、フォークの重さだけでも切れるのではないかと思うほど柔らかい。

 一口サイズに切ると、口に運んだ。


「んっ……!」


 口の中に広がる濃厚な栗の香り。

 栗本来の甘みを活かしており、下のクリームは甘さがかなり控えめだ。甘味の苦手な男性であっても、いくつでも食べられるのではないか。そう思えるほど美味しかった。


「紅茶もどうぞ」


 すると、目の前でエリザベートが紅茶を淹れてくれる。

 子供が頑張って紅茶を淹れている可愛らしい姿なのだが、熟練の手際を感じさせる。


「……真っ赤?」


 隣に座るフェルは特に気にした様子もなく啜るが、ソフィアは思わずその見た目に表情を引きつらせてしまう。

 赤いのだ。

 紅茶であるのだから当然と言えば当然……しかし、ソフィアの知る紅茶の赤とは違う。スッキリとした半透明な赤、それが紅茶である。だがそれとは対照的に、カウンターテーブルに置かれた紅茶は、濁ったような赤よりも濃い深紅の液体。

 ソフィアの知る中で、最も近しいものは……


「血?」


「血ではありませんわ。ブラッドティー、北部の名産品ですわね」


 ソフィアの反応が新鮮なのだろう。

 コロコロと笑うエリザベート。そして、期待するような目を向けると……


「ほら、ごくっと行って下さいまし」


 ソフィアに紅茶を勧めて来る。

 実際に隣では同じものを飲んでいるのだ。飲めないことはない、はず。


――ええいままよ!


「っ……!」


 見た目に反してスッキリとした飲み口。

 鉄のような味がするのかと思ったが、僅かな酸味と旨み……味が気にならないほど芳醇な香りが鼻を突き抜ける。


「美味しい……?」


 ティーカップに視線を降ろすが、相変わらず見た目が悪い。

 もう一度啜ると、その見た目に反した香りが口内を蹂躙する。首を傾げながらも、何度も紅茶を啜った。


「どうやらお気に召していただけたようですわね。ケーキとの相性も抜群ですから、是非一緒に食べて下さいまし」


「あっ、ありがとうございます」


 ソフィアはぺこりと頭を下げると、食事を再開した。

 それから間もなく完食をした二人は、満足そうな表情で息を吐くのであった。


「これぞ、隠れた名店だよね!」


 最初の不平不満はどこへやら。

 ケーキの美味しさに満足したフェルは、苦悩を消し去り満面の笑みを浮かべていた。ソフィアもまた苦笑をしつつも満足だった。


「エリザ、ご馳走様でした。美味しかったです」


「お粗末様でした。あら、お水がないですわね」


 フェルのコップに水を注ごうと思ったが、ピッチャーがないことに気づいたのだろう。

 視線を彷徨わせると、カウンターの端にあることにソフィアは気づく。


「あっ、取りますよ。【お願いしますね】」


 ソフィアは何気ないことのように、固有スキルを使う。

 料理にしか使えないと思われがちだが、意外と便利な魔法なのである。意思を持ったピッチャーが宙を舞うと、フェルの空になったコップに水を注ぐ。


「ありがとう」


 フェルは見慣れた光景であるため、驚きはない。

 しかし、初めて見るエリザベートはどうだろうか。呆然とした表情で一連の動作を見ていたが……


「あなた、今の力は何ですの!?」


 気を取り直したエリザベートは、カウンターを乗り出す勢いでソフィアに問い詰めるのであった。







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