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第67話 ミッドナイト横丁(3)

誤字報告、ありがとうございます!

 それから気を取り直したソフィアは、アリッサの情報にある場所へと向かった。

 もう何が起きても、問題ない。そう思っていたのだが……


「喫茶店……?」


 ソフィアの目の前に広がるのは、古い洋館のような建物だ。

 しかし、異常にボロい。門の金具は所々外れかけており、遠目に見える館の窓はひびが入っているものもある。

 そして、雰囲気だ。

 ミッドナイト横丁であるが故に、空が暗闇に包まれているのは仕方がない。

 だが……


――ドッシャーン!


 雨が降っていないのに、閃光と雷鳴が響き渡るのだ。

 その異常な光景を前に、ソフィアはアリッサから渡されたメモに視線を向けた。


「ブラッドカフェ……あれ、ブラッドって何でしたっけ?」


 聞き覚えのある単語に、首を傾げるソフィア。

 魔国語は非常に複雑だ。平仮名とカタカナ、それから漢字によく分からない言語など、まるで何カ国の言葉が一つになったような言語である。

 そのため、ソフィアでもすべての言葉を把握しているわけではない。

 ただ、どこかで聞いたような言葉であるため、首を傾げずにはいられないのだ。


「……どうかしましたか?」


 不意に、袖が引っ張られるのを感じる。

 隣に立つのはフェルしかいないのだから、犯人はフェルである。顎に当てていた手を下に向けると、フェルの方を向く。


「こ、ここ……お、お化けとか……で、でないよね」


 まるでフェルの足元だけ地震が起きているようだ。

 ソフィアの袖をぎゅっと握りしめ、震える指先で洋館を指し示す。


「もしかして、フェルちゃんお化けが怖いのですか?」


「こ、怖くないよ! た、ただ……そう! 少し苦手なだけだし! 私に怖いものなんか存在しないし!」


 図星を突かれたフェルは、虚勢を張る。どこか口調も変になっている。

 だが、無理をしているのは一目瞭然だ。暗い中でも分かるくらいに、顔色が青くなっている。

 そんなフェルの様子を見たソフィアは、穏やかな笑みを浮かべる。


「平気みたいですね。なら、行きませんか!」


「え、あ、いや……お姉さん、本当は怖いんだよね。なら無理をしなくても……」


「いえ、是非ともお化けと言う存在には会ってみたいんですよ! 死者の霊なんて……是非会ってみたいです!」


「まさかのオカルト好きだったの!?」


 ソフィアが目を輝かせて力説すると、フェルは絶叫する。

 未知との遭遇……なんとも人の好奇心を刺激する素晴らしいことだ。袖を掴んでいたフェルの細腕を逆に掴むと、中へと入って行く。

 

「人がいないのでしょうか?」


 荒廃した庭から正門へと向かうソフィアとフェル。

 これだけ広い館であるにもかかわらず、人の気配がまったくしない。そのまま歩いていると、洋館の正門へとたどり着いた。


――ギギギ……


 音を立てて、開く扉。

 休業日か心配していたソフィアだが、どうやら営業中のようだ。ソフィアが開かれた門に一歩踏み出そうとすると……


「な、なんで、この光景を前に平然と進めるの!?」


「何でって……自動ドアは、魔国では珍しいものではないですよね?」


「これ、絶対自動ドアじゃないよね!? というより、どうして一緒だと思うの!?」


 ソフィアが首を傾げて尋ねると、フェルはすぐさま否定の声を上げる。

 デザインこそ独特だが、自動ドアであることには違いない。ソフィアは、なかなか動こうとしないフェルの腕を引っ張って中へと入って行く。


――ガシャン!


 二人が中へ入ると、すぐさま後ろの扉が音を立てて閉まった。


「ほら、自動ドアでしたよ」


「絶対に違うよね!? ほら見てよ、中から開かないよこれ!?」


 フェルが頑張って扉を開こうとするが、重厚な扉はピクリとも動かない。

 となると……


「一方通行の自動ドアですか。スーパーとかでもたまに見かけますよ……ほら、レジの後ろとかにある」


 出口専用の自動ドアがあるため、ここは入り口専用なのだ。

 ソフィアは子供を諭すように優しい声色で「確かに不便ではありますね」と言って、再びフェルの腕を掴む。


「だから、これ自動ドア違う!」


「はいはい。さて、行きましょうか」


「私の意見、まさかの無視!? というより、そこのランプ突然付いたんだけど!?」


 フェルが指さす方向。

 先ほどまで確かに明かりが何も付いていなかった。しかし、今は青白い炎が灯された蝋燭が、赤い絨毯を照らす。

 つまりは……


「エコですね」


 必要な時以外に、燃料を使わないために違いない。

 一日中蝋燭に火を灯しておくと、出費がかさむ。客が来た時だけに、火が付くようになっているのだろう。


「こんなオカルトチックな場面をエコの一言で片づけないでよ!」


 エコだという確信があるのだが、フェルは認められない様子だ。

 先ほど同様に、強い否定の声を上げる。


――もしかして、何だかんだと言っても好きなんでしょうね


 先ほどから声が大きいのは、きっとテンションが上がっているからだ。

 そう結論付けていると唐突に……


「いらっしゃいませぇ~」


「うきゃぁあああああああああ!!!」


 背後から掛けられた声に、フェルは絶叫する。

 そして、ソフィアの背中に猿のようにしがみついて来た。


「く、首が……」


「お、おばけ、お化けが出たぁー!?」


「い、いきが、でき……ない」


 ソフィアが必死に首に回されたフェルの腕を叩く。

 だが、フェルはそれどころではない様子。前を見ないように顔をソフィアの背中につけて、悲鳴を上げ続けている。


「姫様、コンセプトとしては正しいですけど、実際に人死にがあると営業妨害ですわ」


 呆れを孕んだ声が響くと、先ほどまで感じていた首への拘束が唐突に弱まった。

 誰かが、フェルを引き剥がしてくれたのだろう。酸素を肺一杯に取り入れると、むせながらお礼を言う。


「けほっ、けほっ……た、助かりました」


「構わなくてよ。まったく、久々のお客と思えば、まさか姫様とは……はぁ、付いていませんわね」


 青白い蝋燭の光に照らし出されたのは、暗闇の中で輝く赤い瞳が特徴の少女だった。

 灼熱の炎を彷彿させる瞳とは対極的に、その少女の肌は青く白い。冷たい美貌を持つ少女である。

 膝まである長い金髪は、ツインテールにしており、服装は黒いゴシックドレスだ。

 少女は、心底疲れたようにため息を吐くと、ソフィアを立ち上がらせてくれる。

 そこでようやく、ソフィアは目の前の少女のある特徴に気づいた。


「小さい……?」


 目の前の少女は、ソフィアの胸くらいの身長しかなかった。

 フェルやキャロよりもさらに小さく、整った美貌であることに変わりはないが顔立ちがかなり幼い。


「なっ!?」


 ソフィアの言葉に驚愕する少女。

 あり得ないと言わんばかりの表情で、ソフィアを見る。流石に自身の失言を悟ったソフィアは、慌てたように……


「ち、小さいというのは……えっと、そうだ! 母国の方言なんですよ! とても可愛らし……綺麗という意味の!?」


 自分で言っていてもこれはないと思う。

 因みに、アッサム王国語に「チイサイ」という言葉はない。そして、ソフィアの知る限り方言も存在しない。

 だが、……


「そうでしたの。ふふふふ、貴方なかなか見どころがあるじゃない」


 見事に騙されていた。かなり騙されやすい性格のようだ。

 まさかこんな見苦しい言い訳が通用するとは思わず、「ははは……」と乾いた笑みを浮かべている反面、ソフィアの内心は冷や汗で一杯だ。

 すると、そんな空気を破壊するように……


「新手のお化けが出たぁ!!?」


 頭を壁にぶつけていたフェルが復活した。

 少女の事が視界に入ると、大きな悲鳴を上げた。


「誰がお化けですの?」


「きゃぁあああ!!!? ……って、ちんちくりんのお化け?」


――ピキリ


 そんな効果音が、ソフィアの耳に聞こえたような気がした。

 一陣の風が吹いたかと思うと、近くにいた少女の姿は消える。そして、次の瞬間には、フェルのすぐ背後に立っていた。


「私は、ちんちくりんでも、お化けでもありませんわ!!」


「頭、ぐりぐりしないで! 頭が悪くなっちゃう!」


 身長差があるため、フェルの首を脇で締めると頭をぐりぐりし始める少女。

 傍目には、少女二人がじゃれ合っているようにしか見えない。


「貴方の頭はすでに残念ですの!? これ以上悪くはなりませんわ!」


「ひどっ!? この前教頭先生に、お前の頭はお花畑かって褒められたばかりなのに!」


「それは褒め言葉ではありませんわ!」


 それには、ソフィアも同感だ。

 教頭先生がどのような人物かは知らないが、きっとフェルの前で眉間を抑えてため息を吐いていた光景が目に浮かぶ。


「って、あれ……エリザ?」


「ようやく気付きましたの? まったく、半年間会っていませんでしたけど、成長したのは体だけですか?」


「春に測った時よりも三センチ伸びてたよ」


「ふんっ!」


「いたっ、何で足踏むのさ!?」


 身長にコンプレックスを抱いている少女に、それは残酷だった。

 ニコニコ笑うフェルとは対照的に、少女はそっぽを向いてしまう。


「えっと、そちらの方はどなたでしょうか?」


「え~、そちらの方は~、エリザベート=ヴァンプ様でございます。当店のオーナーです~」


「あっ、これはどうも」


 振り返ると、そこに立っていたのは最初に声を掛けて来た店員だった。

 まるで墓地から這い出て来たような泥まみれの服装。不潔そうに見えるのだが、不思議と香水の良い匂いが鼻孔をくすぐる。そして、大けがでもしたのか全身包帯が巻かれていた。 


「お怪我でもされたのですか?」


「いやいや、それ普通にミイラだよね! 墓地から蘇って来た奴」


「いえ、三日ほど前に屋根の修理をしていたところ腕を折ってしまいまして~。服が汚れているのは、先ほどまで雑草を抜いていたからですよ~」


「嘘でしょ!?」


 愕然とした様子のフェル。

 しかし、先ほどからどうしてそこまでフェルのテンションが高いのか分からず、ソフィアは首を傾げた。


「フェルちゃん、どうかしたのですか?」


「いや、違和感だらけでしょ。何で腕なのに、全身に巻いているのかとか。雑草を抜いているだけで、全身泥だらけになるのかとか……」


「それって、変なことですか? 間違って全身包帯を巻いてしまうことも、雑草を引き抜いていて落とし穴に引っ掛かることも珍しくないと思うのですが?」


 ソフィアもたまにやってしまうミスだ。

 つい調子に乗って包帯を巻きすぎることなどざらにある。雑草を引き抜いている時に、誰かが掘った落とし穴に引っ掛かることも珍しいことではない。

 同意を求めるように、店員とエリザベートに視線を向けると……


「ですよね~」


「そうですわよ。どこも変なところはありませんわ」


 よくあることだと、二人は頷き返して来た。

 ソフィアたち三人が、フェルが何を言いたいのか分からず首を傾げる。


「……」


 フェルは壁際に体育座りをすると、虚ろな瞳で「……私は普通だよね?」などと自問自答を始めてしまった。

 あまりにも不思議すぎる光景に、ソフィアは一層困惑を深めていると……


「姫様が変なのは今に始まったことではないですの。せっかくですから、中で休憩されて行きませんこと?」


 エリザベートがそう提案をして来た。

 当初の目的を思い出したソフィアは、ポンと手を叩くと笑みを浮かべる。


「是非お願いします……フェルちゃん行きましょう」


 何故かショックを受けた状態のフェルを連れて、店内へと案内されるのであった。








明日も投降します!

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