第66話 ミッドナイト横丁(2)
ミッドナイト横丁の散策を始めたソフィアとフェル。
アリッサからもらった情報に従って、目的地へと歩き始める。
「それにしても、本当に色々なものが売っていますね」
所狭しと並んでいる露店を見て、ソフィアは感嘆の声を上げる。
縁日でも、これほどの賑わいを見たことがない。商人の交易が盛んなシアニン自治領でも見ないだろう。
驚きなのは、ここでは毎日のようにこの賑わいを見せていることだ。
「あっ、リンゴ飴!」
突然そう言って、どこかへと突撃するフェル。
人混みの中だというのに、フェルの歩みは止まらない。人垣を縫うように、露店へと向かって行く。
「フェルちゃん、待って下さい!」
慌てて追いかけるソフィア。
人の流れに逆らいながら、フェルを追いかける。幸いにもフェルはそう遠くに行っていなかったため、すぐに追いつくことが出来た。
「姫様、リンゴ飴二つだよ」
「ありがとう!」
フェルは満面の笑みを浮かべて、店主から赤い棒付きの飴を受け取る。
そして、フェルはソフィアに気づいてか振り向くと一本の棒をソフィアへと渡す。
「ありがとうございます。ですが、これは?」
「お祭りの王道、リンゴ飴! 生のリンゴを飴やシロップでコーティングした食べ物だよ」
「り、リンゴが!?」
ソフィアは、フェルの言葉に驚く。
確かによく見ると、皮の付いたリンゴが透けて見える。ただ普通のリンゴよりもさらに小さく、大きさで言えばピンポン玉を一回り大きくしたくらいだろう。
期待するようなフェルの視線を受けて、恐る恐るソフィアは舌を伸ばした。
「美味しい……」
口に広がる濃厚なリンゴの風味。
飴と共に固められたシロップは、まるでリンゴを凝縮させたような深い味わいがあった。自然ともう一度舐めてしまう。
食べにくいことが難点だが、一心不乱に舐め続けるソフィア。
しばらく歩きながら食べていると、中のリンゴが顔を出した。
「どう、ここの美味しいでしょう?」
ソフィアが一心不乱に味わっていると、フェルが胸を張って言う。
「なにせ、ここのリンゴはブラッドアップルが使われているからね」
「ブラッドアップル?」
聞きなれない単語に、ソフィアは首を傾げた。
「北部にブラッドフォレストっていう場所があるんだけど、そこでのみ育つリンゴだよ。何でも魔物の血肉を栄養として育つみたいで、とても栄養価が豊富だよ」
「ま、魔物の血肉……」
フェルの言葉に、驚きのあまりリンゴ飴を落としそうになるソフィア。
慌てて握り直すと、ソフィアは改めてリンゴ飴を見つめる。
――血管らしきものがあるのですが……
コーティングの間から覗く、ブラッドアップルにはまるで血管のような赤い線が走っていた。まるで脈打ちでもしているような怪しげな文様に、ソフィアは思わず口元を引きつらせてしまう。
「さぁ、早く、早く……がぶって行っちゃいなよ」
期待するようなフェルの視線。
忌避感を覚える見た目をしているが、ソフィアは意を決してリンゴを口にした。
「んっ……!」
サクッとしたリンゴの触感。
そして、噛むと果実に濃縮された果汁が溢れ出て来る。それは、さながら飲み物のようなみずみずしさだ。
魔物の血肉を養分としていると言っていたが、えぐみのようなものはない。
むしろ、爽やかな甘味と酸味の蜜がぎっしりと詰まっているようだ。
あまりの美味しさに、ソフィアは言葉を失った。
「……信じられないほど、美味しいですね」
ようやく口から出て来たのは、ありきたりな称賛の言葉。
しかし、この美味しさを知っているフェルからすれば、それだけで十分なのだろう。悪戯好きらしい堕天使の笑みを浮かべる。
「でしょ、でしょう! あそこのリンゴ飴、滅多にやってないんだよ! しかも、すぐに売り切れになるから、運が良いよ!」
「確かに、この美味しさだと残っている方が不思議ですね」
「それに、ブラッドアップル自体が、数が少ないからね。北部から滅多に流れてこないから、食べようと思うと北部へ行くかここで食べるしかないんだよ」
「北部、ですか……。一度は行ってみたいと思っているんですけどね」
そうは思いつつも、それは難しいことだろう。
なにせ、魔国の領土は広大だ。アッサム王国は当然のこと、フェノール帝国もカテキン神聖王国も、そしてその両国を合わせてもまだ大きい。
南端に位置するマンデリンから、北部へとなると二大国家を横断するに等しい行為だ。
そこまで考えて、ふと思う。
「ミッドナイト横丁は、北部にも繋がっているんですよね。ここを経由すれば……」
「行けるには行けるけど、ここかなり広いよ。北部への出口は、優に三百キロは離れているから」
「さ、三百キロ……!?」
途方もない距離に、愕然とするソフィア。
「それにだよ、ここ乗り物が使えないんだ。しかもこの人混みの中を歩き続けるのも大変だからね。隣町くらいまでなら、歩いて行く人もいるみたいだけど、それなら車で行った方が早いんだよ」
「うまい話はない、ということですか」
ショックだが、仕方がないことだ。
肩を落としていると、どこか期待するような視線を向けるフェルの姿が映った。何か言いたそうな表情である。
「どうかしましたか?」
ソフィアは、フェルが何を言いたいのか分からず首を傾げて尋ねる。
「ふっふっふ、私は転移ができるのだよ!」
「え、あ……そう言えば確かに」
フェルの言葉に、ソフィアはそう言えば使っていたなと思い出す。
人間の国にとってはそれこそ神話レベル、魔国においても稀少な魔法だ。フェルは、固有魔法である【編纂】によって、居場所を書き換えることができる。
普段どうでも良い事で使っている場面が多々見られるため、ソフィアの中ではそれほど貴重な魔法という意識がなかった。
「それがどうかしたのですか?」
ソフィアは、フェルが何を言いたいのか理解できず首を傾げる。
「……」
フェルはその場に立ち止まると、表情を固まらせる。
まるで石の彫刻のようだ。ソフィアも足を止めて、首を傾げていると唐突に……
「いやいやいや! そこはもっと喜ぼうよ! だって、私なら転移で北部へ連れて行ってあげることもできるんだよ!」
「あっ……」
ソフィアは、言われてみてようやくフェルが何を言いたかったのか気づく。
「もしかして、北部まで転移できるんですか?」
フェルはできると言っているが、疑いの視線を向ける。
「物凄く疑われているような気がするんだけど。いい加減、本気で泣くよ」
瞳に涙を滲ませて、上目遣いになるフェル。
「うわぁ、流石はフェルちゃん。転移が出来るなんて、素晴らしいですね」
慌てて、フェルを褒め称えるソフィア。
それに呼応するように、フェルの表情も緩む。そんな二人を見かねた、周囲の人たちが……
「やめておけ、姫様を褒めると碌なことにならないぞ」
「調子に乗るから、釘を刺しておいた方が良いわよ」
「ひめさま、おちょうしもの」
「阿呆だからな」
などなど、大人から子供まで散々な言われようだ。
先ほどまで緩んでいた表情が一転して、フェルは声を荒らげる。
「良いじゃん、たまには褒められたって!? ここ最近、静かにしているはずなのに怒られてばっかりなんだよ!?」
と言うと、誰もが呆れた表情を浮かべる。
きっと「静かに」という部分が気になるのだろう。
――こうしてみると、フェルちゃんは人気が高いんですよね
フェルは魔国の問題児筆頭だ。
しかし、どこへ行っても「姫様」と呼ばれ、揶揄われる。迷惑そうな表情をする者も多いが、嫌っている人は少数なのだ。
現に、辛辣な評価をしている人もその表情には嫌悪の色はなく、むしろ呆れた表情を浮かべているだけだ。
「姫様、べヒモスの心臓が入ったんだが、食ってくか?」
すると、突然声が掛けられた。
視線を向けると、串焼きの露店をしている店主だ。非常に良い匂いが漂ってくる。
「要らないよ! っていうか、誰か食べてる人いるの!?」
「はっはっは、聞いて驚け! 姫様が、第一のお客だ!」
「私は食べるって言ってないよね!?」
そう言いつつも、露店へと向かうフェル。
好奇心が勝ったのだろう。ソフィアもまた、フェルの後に続いて露店へと向かった。
「それにしてもよくべヒモスの心臓が入ったね。どこかで出現したの?」
「おう、東部の魔窟にな」
「……えっと、べヒモスって何ですか?」
フェルを含めて、周囲の者たちは理解しているようだがソフィアはべヒモスについて知らない。
恐る恐る尋ねると、店主は呆れたような表情を浮かべる。
「なんだよ、お嬢さん。べヒモスを知らないのか?」
「はい……」
「べヒモスは、陸の王と呼ばれる魔物だ。かなり有名な魔物のはずだけどな」
「陸の王……フォレストベアーのことですか?」
咄嗟に出て来た名前は、クルーズたちを襲っていた魔物。
アッサム王国では空の王と恐れられるワイバーンに並ぶ猛者だ。しかし、ここは魔国であり、そんな常識は存在しない。
「ふぉ、フォレストベアー? って、あれか。森のくまさんか。あんな温和な性格の奴が陸の王と呼ばれるわけないだろう?」
「ですよねー」
ソフィアも分かってはいた。
フォレストベアーは、魔国では猛者なのではなく「こわかわ」で有名なマスコットキャラなのだと。
――食用に向かないからって、この扱いは可哀想ですね
ワイバーンは食用。フォレストベアーは観賞用。
魔国での立ち位置は、どちらも憐れなものとなっていた。
「因みにですが、べヒモスという魔物はワイバーンで換算するとどれくらいなのでしょうか?」
「ねぇ、毎回思うんだけど、何でワイバーンなの?」
隣から呆れを孕んだ声が聞こえる。
――私の許容限界だからです!
と伝えようとしたが、店主は一笑して言い放つ。
「ワイバーンなんて、咆哮一発で一掃されるだろうな。数がいたところで、相手にさえされねぇよ」
「まさかの最強クラス!?」
陸の王と呼ばれるのだから当然と言えば当然のこと。
だが、それよりも問題なのは、ここにその心臓があることだ。
「東部にかなりの被害があったんではないのですか!?」
それほどの力を持つ魔物が現れたのだ。
当然、東部も無事では済まない。そう思ったのだが……
「お姉さん、東部ならまず間違いなく無事だよ。と言うより、べヒモス一体でどうにかなるような場所じゃないから」
その懸念は無用なようだ。
「そうだぜ、嬢ちゃん。しかも、四天王がいる時だったからな。見事に一刀両断したよ」
「うへぇ、あの人か……」
東の四天王。
ソフィアはどのような人物か知らないが、珍しくフェルが嫌そうな表情を浮かべる。興味はあるが、もうソフィアの許容限界はとうに超えている。
――魔国、不思議な国ですね
と、現実逃避にも近い考えをするのであった。
「んで、べヒモスのハツはどうする? 旨いぞ?」
「おじさん、自分の料理スキルを考えたら? それ、生と変わらないよね」
フェルが冷めた眼差しで、火にかけられた生肉を見る。
「生だからこそ、旨いだろう?」
フェルの指摘を受けて、店主は豪快に笑う。
それを受けたフェルが、周囲に視線を向けた。
「その結果がこれだと思うよ」
見事に誰もいない。
べヒモスの心臓とは言え、生で食いたい人などいないのだろう。
「お姉さん……って、頭から煙が出てる!? もう行くよ!」
フェルに連れられてこの場を去るが、途中人垣の向こうから「待ってくれ! 俺の客一号!」という悲痛な声が聞こえたような気がした。
きっと気のせいだろう。
来週から、週二回更新に戻ります!




