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第60話 シルヴィア対ディック

後三話で終了です!



*****



 会議室にエリックが侵入した頃。

 正門にて、シルヴィアはディックと相対していた。


「貴様がディックか?」


「ああ、そうだ。お前は確か……」


 ディックもまたシルヴィアの顔に見覚えがあったのだろう。

 怪訝そうな視線を向けるが、すぐにどこで出会ったのか思い出したようだ。生気のない目に強い殺気が宿る。


「あの女と一緒にいた奴だな」


「……ふぅ。かつての主をあの女扱いか。ソフィアに恩を感じていないのか?」


「当然だ、あいつは何もしてくれなかった。俺を救っただと……馬鹿を言うな、俺が公爵家でどんな目に遭ったと思う!? あいつはただの偽善者だ!」


 憎悪の視線をシルヴィアに向ける。


「……お前、本気で言っているのか?」


 怒気が混じった低い声で言い放つ。

 ソフィアの苦悩も知らず、自分がまるで悲劇のヒロインの様に語るこの男に沸々と怒りが込み上げて来る。


「あいつが、お前を救わなかった? 馬鹿を言え、あのお人好しが拾っておきながら放置するわけがないだろう。自分が近くにいられないからと、お前を見守るように頼みこんでいても可笑しくない」


 この話は、クルーズたちから聞いた話だ。

 ソフィアは、自分がいない間にディックに危険がないように、見守るように知り合いに頼み込んでいた。

 確かに、護衛として拾っておきながら、無理やりにでも連れて行かなかったソフィアにも非がある。

 しかし、それは弱いディックを危険に遭わせないためだ。


「煩い……」


 ディックは、ふとガマリエルの言葉を思い出す。

 自分はソフィアに守られていたのだと。だが、そんなことを認められるはずがなかった。


「ソフィアが助けてくれなかった? なら、お前は助けを求めたのか?」


「煩い……」


 助けを求めたことはない。

 ディックは、誰かが助けてくれると思っていたからだ。しかし、ソフィアは助けてはくれなかった。


「あいつが偽善者だと。例え、偽善だとしてもお前が今生きているのはソフィアのおかげじゃないのか?」


「煩い……」


 あの時、ソフィアに拾われなければ、数日後には死んでいただろう。

 だが、ソフィアは救うだけ救っておきながら、何もしてくれなかった。その行為は自己満足であり、無責任だ。


「そうやって自分に都合の悪いことは、聞こうともしない。自分の非は認めようともしない。……お前は護衛ではなく、まるでお姫様だな」


――お前は護衛失格だ


 シルヴィアの言葉で、かつてガマリエルが語ったことを思い出す。

 しかし、それを認めることはできない。アイナの側に控える護衛……それはディックの目標だから。


「煩い! 煩い!! 煩い!!!」


 子供のような癇癪かんしゃくを起こし、騒ぎ始めるディック。

 虚ろな表情は怒りによって赤く染まり、殺気を孕んだ瞳は狂ったような色を宿す。


「お前に何が分かる!? 俺を救ってくれたのは、いつだってアイナだ! あの女じゃないんだ!」


 自分は立派な護衛として育った。アイナに相応しい護衛に……。

 そう思って日々生きて来た。しかし、今自分は何をしているのだろう。スラムをまとめ、おかしな魔道具で公爵邸を襲う。

 護衛とは正反対の立場に立っている。

 なぜこうなったのか……


「そうだ……。あいつさえ、あいつさえいなければ、きっと……」


――アイナの護衛になれる。


 そんな有りもしない想像をするディック。

 幾人もの護衛や騎士の屍を踏みつけ、狂ったような笑い声を上げる。きっと、ディックの頭の中にはアイナしか映っていないのだろう。

 シルヴィアは、想像以上に狂ってしまったディックを見て、怒りを通り越していっそ憐れに思えて来る。


「業が深いな……」


 これほどまで人を狂わせてしまう少女。

 アイナ=アールグレイ。

 彼女はこの光景を見ていったい何を思うのだろうか。少なくとも、シルヴィアには目の前の少年を見て愉快な気分にはなれなかった。


「来い。お前の愚かな幻想を粉々に砕いてやる」


 シルヴィアがそう言い放った瞬間、ディックは人間離れした身体能力で一気に距離を詰めた。


――キンッ!


 シルヴィアの持つ槍が。

 ディックの持つ片手剣が。

 甲高い音を戦場に響き渡らせる。身体能力が勝るシルヴィアの一撃の方が重く、ディックは、剣を持つ右腕を大きく弾かれる。

 絶好のチャンスだ。

 シルヴィアは、がら空きになった腹部に槍を突き刺した。

 しかし、ディックは口元に薄い笑みを浮かべる。


「終わりだ」


 その声が聞こえて来たのは、シルヴィアの背後だ。

 黒い塊が人型を象り、ディックという人間となる。


「甘い!」


 しかし、シルヴィアは、ディックを刺した状態で槍を大きく薙ぎ払った。


「っ!?」


 まさかそんな荒業で不意打ちを避けられるとは思っていなかったのか、二人のディックは驚愕の表情を浮かべて吹き飛ばされた。


「……【ドッペルゲンガー】か、厄介な魔道具だな」


 シルヴィアが刺したのは、本物であって幻影である。

 【ドッペルゲンガー】の恐ろしいところは、どちらも本物であることだ。本体という概念が存在せず、生き残った方が本体である。

 自分が本物か、幻影か。

 一度でもこの魔道具を使用した者は、常にその疑問に精神を蝕まれることになるのだ。適性がないものであれば、一度の使用で発狂していても可笑しくない。

 致命傷を負ったディックが消え去ると、無傷なディックが三人現れる。

 一連のやり取りで、シルヴィアと自分との戦闘能力の違いを察したのだろう。

 こちらを警戒して、距離を取る。

 シルヴィアは、槍を消し去ると、右手に刀を持ち、左手に銃を持つ。

 そして、銃口をディックへと向けた。


「その魔道具は、回数制限があるのだろう。壊れるまで付き合ってやるぞ」


 その言葉と共に、三条の銀色の光がディックを貫くのであった。


「うぐっ!」


 焼けこげるような痛みに、ディックは苦渋の表情を浮かべる。

 しかし、それは一瞬の事だ。すぐさま現れた幻影がディックとなり、苦悶の表情を浮かべるディックは影となって消える。

 気を取り直したディックはシルヴィアに視線を向けるが……


「はやっ……」


 先ほどの場所には、既にシルヴィアの姿はない。

 瞬間移動かと疑うような速度で懐に飛び込むと……


「シッ!」


 右手に持つ刀を一閃する。

 切ることに特化した刀は、魔力を纏っていたことで容易くディックの体を両断した。しかし、それもまた幻影……。

 後ろに現れたディックに振り返ると、ゼロ距離で銃を発砲した。


「っ!?」


 眉間を撃ち抜かれたディックは、すぐさま黒い影となって消え去る。

 今度は、シルヴィアの足元に現れるディック。がら空きとなった胴体に剣を刺そうとするが……


「その程度で!」


 シルヴィアは、残像でも残りそうな速度でバックステップ。

 不意の一撃が空を切ったことに驚愕の表情を浮かべるディックを蹴り飛ばした。致命傷ではない一撃だったため、消えることはなくディックは地面を転がって行く。


「くそっ、何で当たらない!?」


 一切の不意打ちが通用しない現状に、悪態を吐くディック。

 既に七回。短時間で、それだけの回数シルヴィアに致命傷を与えられている。

 シルヴィアが来る前にも、兵士たちに何度か致命傷を与えられていたため、魔道具が壊れるまでそう時間はかからないだろう。

 ディックは舌打ちをすると、シルヴィアに背を向けた。


「待て!」


 逃走を図るディックを追いかけるシルヴィア。

 ディックは、ダージリン家側の戦力である兵士や騎士たちを盾にして、混戦状態の正門前を縫うようにして距離を取る。


――これでは、迂闊に撃てない……


 混戦状態であることが恨めしい。

 下手に撃てば、味方に当たってしまうのだ。だが、身体能力はこちらに分がある。【ドッペルゲンガー】の厄介な点は、捕縛しても意味がないことである。

 捕縛された個体を切り捨て、新たに作り直せば良いだけの問題だからだ。

 魔法で閉じ込めることが出来れば……そう思うが、シルヴィアのような狼型の獣人は総じて魔法の適性が低い。

 ディックを捕らえることが出来ないのだ。

 シルヴィアも追いかけようとするが……


「貰った!」


「死ね!」


 アウトローたちが行く手を阻んだ。


「っち、邪魔だ!」


 シルヴィアは、両手に持つ武器を仕舞うと無手になる。

 素早い動きで男たちに接近すると、鳩尾に一撃。一人の男は、何が起きたのか分からないような表情で白目を剥き、その場に倒れる。

 一瞬で仲間がやられたことに驚いた男は、すぐ近くにいるシルヴィア目がけて武器を振り下ろした。

 シルヴィアは落ち着いた表情で、振り下ろす腕を取ると地面に投げつける。

 天地逆転し、地面に叩きつけられた男はその衝撃で空気を吐き出すとそのまま気絶した。


「くっ、囲まれたか」


 見渡すと、シルヴィアの周囲は既にアウトローたちで囲まれていた。

 一人一人の練度は、限りなく低い。一般人に毛が生えた程度だ。しかし、その代わりに数が多い。殺さない様に手加減するとなると、相応の時間がかかるだろう。

 シルヴィアが、どう切り抜けるかと考えているとディックの後ろ姿が見える。

 その方角は……


「ソフィアを狙いに行ったのか!?」


 領主の館だ。

 館付近には、ジョージやオーギュストが配置されている。しかし、【ドッペルゲンガー】を知らない二人では行く手を阻むことは不可能だろう。

 だが、少しでも時間稼ぎをしてくれれば包囲を突破して追いつくことができる。

 そう思った瞬間だった……


――ドガーン!


 結界で厳重に守られた会議室内から爆発音がしたのは。

 そして、示し合わせたかのようにディックが、爆発音に一瞬気を取られた二人を突破して屋敷内へと入って行った。




*****






やはり戦闘描写は苦手です……


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