第7話 そこは専業主婦の戦場でした
更新が遅れてすみません。
何度も書き直していました。
場所は、バス停『三番通り』の最寄りのスーパー。
そこには、およそ食品を扱うスーパーには似つかわしくない鋼鉄で覆われた部屋があった。そしてどういう訳か魔法で鋼鉄の壁がコーティングされており、アッサム王国の城壁よりも堅牢な造りとなっている。
どうして、そんなに堅牢な……そう思ったこともあった。
だが、ソフィアは思い違いをしていることに気づく。
ここは、「今日は何を作ろうかしら」などと暢気に買い物をする場所ではなく、専業主婦たちの戦場だったからだ。
専業主婦たちの戦火に耐えるには、このくらいの堅牢さが必要だった。ただ、それだけの話である。
「ほうれん草、二束五十円!」
「獲ったわよ!」
そう叫んだのは、ソフィアがバスで知り合った女性イザナ。
温和で優しそうな雰囲気のお婆ちゃんだったが、アドレナリンが大量に分泌されているのだろう。ハイテンションになっていた。
戦場の中心で刀と籠を両手に仁王立ちする姿は、まるで悪鬼羅刹の如く。
「あ、危ない!」
ソフィアは叫んだ。
彼女の背後から、獲物を獲らせまいと魔法を唱えていた人物がいたからだ。
「そうはさせない!【フォトンレーザー】!」
完成された魔法は、光を凝縮した一筋の光だ。
ソフィアの知っている中で、これほどの魔法を使えるのは宮廷魔法師くらいだろう。それほどまでに狙いが精確で威力も申し分ない魔法だった。
「甘いぞ!小娘!」
「なっ!?」
ソフィアの目には光にしか見えない魔法をイザナは刀で切り裂く。
――魔法って、切れるんですね
驚きの事実だ。
イザナの剣の腕は間違いなくディック以上。彼に、宮廷魔法師レベルの魔法を剣で防ぐ、ましてや切り捨てるなどと言う神業が行える腕はないからだ。
「……【ライトニングスピア】!」
「ひっ!?」
イザナの神業に呆然としていたソフィアの顔の横を一筋の閃光が迸る。
おそらく流れ弾だろう。まるで錆びたブリキ人形のようなぎこちない動きで首を後ろに回す。
――あ、穴が空いています
先ほど、ソフィアはこの鋼鉄の壁をアッサム王国の城壁よりも堅牢と評した。
そこに僅かながらも穴を空ける。どれだけの威力がその魔法に込められているのだろう。仮に、アッサム王国でこの買い物と言う名の戦争が行われれば、どうなるのか。
それを考えると、ソフィアは恐怖に背筋が寒くなる。
だが、そんなソフィアの考えを余所に戦場はなおもヒートアップして行く。
「ジャガイモ四個入り、二十円!」
再び店員が獲物を投げる。
そして、落下地点にいる戦士はそれに向かって手を伸ばしたその瞬間だった。
「獲らせない!」
「っ!?これは、私のよ!」
キンッ!
甲高い音が響き渡った。
――イザナさん、今普通に相手の腕を切り落としにかかりましたよね
あの瞬間腕を伸ばしたままジャガイモを取っていれば、おそらく女性は腕を切り落とされていただろう。その光景に思わず、ソフィアは目を剥いてしまう。
だが、よくよく周囲を見ると似たような光景が至る所で繰り広げられていた。
キンッ!!キッ、キキンッ!!キキキキキキキンッ!!!!!
と、買い物を楽しむはずのスーパーにおよそ似つかわしくない音が響き渡る。
「あはははは!!!!」
その中で、聞き覚えのある声が届く。
おそらく戦闘を好む鬼の血が騒ぐのだろう。ハイテンションになったイザナの笑い声が聞こえて来る。
――そ、想像していたのと、なんか違います!
ソフィアは、イザナとほのぼのとした買い物ができると信じていた。
ただ、卵を買うだけ。それだけのはずが、どうしてこんな殺伐とした空間に放りこまれてしまったのだろうか。
当然だが、ここに卵はない。
あれは、ここで売られるような価格ではないからだ。ただ、イザナがこちらに用事があるとのことで、ソフィアがそれに付いてきてしまった。
それだけのことだ。
――どうして、私はこんな専業主婦たちの戦争に巻き込まれているのでしょうか?
獲物を前に獰猛な笑みを浮かべる専業主婦たち。
相手に取らせまいと、自分の持てるすべての武技や魔法を使って相手の妨害をする。その光景を前に、無力なソフィアは現状に疑問を抱いてしまう。
時を遡ること、十五分前。
ソフィアはバスで知り合った女性イザナと共に、スーパーマーケット『ダイサン』に来ていた。
「すごい、人ですね」
軽く見ただけで、五百人は超えているのではないか。
それほど多くの人が一か所に集まっている光景を見て、ソフィアは驚きの声を上げてしまう。
「そうねぇ。けど、これくらいは普通よ……まあ、年末年始とかはもっと混むわよ」
「そうなんですか?」
「イベントを催すからね」
「はぁ……」
イベントと言われても、ソフィアは何のことか分からないのだろう。
ただ、それがあると人が増える。それだけは理解したので、イザナの言葉に曖昧ながらも頷く。
「取りあえず、早く行きましょう……こっちよ」
イザナのその言葉に、時計を見る。
あと、五分で四時だ。売り切れにならなければ、特に急ぐ理由はないもののイザナには急ぐ理由があるそうだ。
そのため、彼女の後を追うような形でソフィアは、スーパーの中へと入って行く。
「はい、籠をどうぞ。決して壊さないで下さいよ」
「はい?」
イザナとやって来たのは、分厚い壁に覆われた一室だ。
扉を潜ると店員らしき男性が籠を渡して来た。ただ、どうして壊さないようにと言われるのだろうか。ソフィアは疑問に思ってしまう。
「もしかして初参加の方ですか?」
そんなソフィアの様子に、ここに来たのが初めてだと気づいたのだろう。
店員が声を掛けて来た。
「はい。そうです」
「ああ、やはりそうでしたか。道理で見覚えがないと思いましたよ。ここに来る人は大抵常連さんでしたので」
「なるほど」
どうやら、ここにいる人の顔を男性は知っているそうだ。
だが、ソフィアの顔は見覚えがなかった。それで、初参加だと気づいた様子だ。
「一応、ルールを説明しておきますね。
鉄則として、流血沙汰は厳禁です。それ以外であればどのような妨害をされても構いません」
「はい?」
この店員さんは何を言っているのか。
ソフィアは言葉の意味が理解できない。そう言った様子だが、男性はそんなソフィアを置いて更に説明を続ける。
「また、他の人の籠に入ったものを取るのは禁止です。
それから、流れ弾が外へ出るのを防ぐために大体十分ほどはここの扉も閉めます。なので、その間退出はできません・・・・他にご不明な点はありますか?」
「あのっ……「では、お時間になりました!!」……へ?」
ソフィアが大事なことを聞こうとした瞬間だった。
どうやら時刻が四時になったようで、部屋の中央にいる男性が声を上げる。その言葉と共に、目の前の男性は扉を閉めに行ってしまった。
「イ、イザナさん。ここでいったい何が行われるんですか!?」
店員に聞けなくなってしまったため、近くにいるイザナに声を掛ける。
すると、イザナの手にはソフィアが見たこともない形状の剣が握られており、ソフィアの質問に首を傾げた。
「何って……」
――主婦の戦争よ
そう明言した。
そして、鞘から抜き放たれる片刃の剣。
薄紫色の波紋が怪しく光っていた。
周囲を見渡すと、槍を持っている者や杖を持つ者。ソフィアの見慣れた両刃の剣やレイピアを持つ主婦たち。
「あの~、それは一体何でしょうか?」
「ああ、これ?これは、刀って言う東の方ではよく使われている剣よ。マンデリンは西の端だからあまり見ないのね」
ソフィアの聞きたいことはそこではない。
どうして、買い物のはずなのに武器を持つのか。そっちが聞きたいのだ。
「私はそこが聞きたいのではなくて……「では!まずは、玉ねぎから行きます!」……あっ!」
こうして、退路を失ってしまったソフィアは、専業主婦たちの戦場にその身を投じてしまったのだった。
そして、現在に戻る。
「貴方、たいしたものね……初めてでそれだけ取れるなんてね」
スーパーの帰り道、イザナは感心した声をソフィアに掛ける。
二人の手に持つ買い物袋の中には、本日の戦利品が大量に詰められていた。ただ、イザナに関しては一人で名高い武将たち相手に無双していたため、大量なのは当然かもしれない。
一方で、ソフィアはと言うと……。
「そうですね……ははは」
最初に避難したとき籠を捨てて来たのだ。
と言うよりも、高度な魔法が飛び交う中籠の存在など忘れていただけだが。
ともあれ、放置された籠に運が良く取り損ねた物が中へと入って来た。
その結果、本来ならば数千円はしそうだが、今日支払ったのは千円でお釣りが出るほどだ。
ただ、儲かったとソフィアは素直に喜べそうにない。
たった十分。その短い時間に何度死にそうな目に遭った事か……まるで生きた心地がしなかったからである。
ただ、恐るべきは主婦の方々だろう。
あれだけ激しい戦いの中、誰一人傷を負った形跡がないのだ。言い換えれば、まだまだ余裕があると言うことなのだろう。
まさか、魔族の恐ろしさを買い物で知ることになるとは思ってもみなかった。
「昔からここはこんな感じだったんですか?」
ソフィアはふと気になってイザナに尋ねる。
すると、意外にもイザナは首を振ってそれを否定した。
「まだ百年も経っていないわ。
それに当時は、武器を使うのも禁止されていたわね」
――それは、そうでしょう
そう思ったが、何も言わずにイザナの話を聞く。
「けどね、やっぱりそうなると獣人の方が有利なのよ。だから、エルフたちが魔法を使い始めて、私たち鬼族は武器を取った……当然の流れね」
何が当然なのか分からない。
だが、そこはやはり種族の差だろう。
その考えが受け入れられるからこそ、今のような形となったのだと考えられる。
ただし、今では他のお客様の迷惑になると言うことで個室で行われるようになったそうだ。
「それは、それとして。貴方、もし良ければまた一緒に来ない?」
「いえ、結構です! ……あっ、私こっちなので!さようなら!」
イザナの誘いだが、あそこにいては命がいくつあっても足りない。
そう思ったソフィアは、イザナの誘いを即断して逃げるようにして帰って行ったのだった。
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