第59話
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「……これは、拙いな。あまり持ちそうにない」
騒めき始める会議室で、シルヴィアの小さな呟きが聞こえて来る。
襲撃地点は、正門。警備が最も厳重で、守りが硬い。しかし、ディックを中心とした襲撃者たちに劣勢を強いられている。
魔国製の魔道具によって、強化された身体能力。
ソフィアが持つ物よりもランクは低く、効果はそれほど強くない。しかし、相対する警備兵の身体能力を凌駕しているのだ。
前線が崩壊していないのは、練度の差だろう。
襲撃者たちは、おそらくスラムの寄せ集めであり、技術はないに等しい。警備兵たちは、連携して各個撃破に動いているのだ。
だが、多勢に無勢。
警備兵たちは、次々と襲撃者たちの波に飲まれていく。
「あれが、魔国製の魔道具か……」
眼下に広がる光景を前に、セドリックがポツリと呟く。
報告には受けていた。しかし、何の訓練も受けていないアウトローが、複数の兵士と互角に戦う光景を見れば、目を疑いたくもなる。
その声には、僅かな驚愕が宿っていた。しかし、すぐに気を取り直す。
「騎士団長、騎士をまとめて正門を襲撃中の暴徒の鎮圧にあたれ!」
「はっ!」
セドリックの指示に素早く動く騎士団長。
兵士とは違い、魔法が使える騎士であれば、魔道具持ちとは言えアウトローに負けることはない。
すると……
「ダージリン公爵、こちらの兵も応援に出そう」
そう言ったのは、アレンだ。
それに続くように、マルクスとフローラが派兵を決める。
(魔道具の回収が目的か……)
セドリックは、三人の考えを見抜いていた。
おそらく混乱に乗じて、魔国製の魔道具を回収するつもりだろう。全体の数を知らない以上、盗まれたとして知るすべがない。
しかし、彼らの提案は魅力的だ。
この場の守りを固めるための人員や、多方面からの襲撃に備えた警備兵。セドリックが動かせる兵にそれほど余裕がないのだ。
「有り難い。連携は難しいため、遊撃に回ってもらえると助かる」
「ああ、分かった。ジョージ」
「畏まりました」
アレンは腹心の部下、ジョージに命令をする。
この場に数名の護衛兵を残して、ジョージは部下を引き連れて行った。それを見たフローラは対抗心を燃やしてか……
「お兄様」
自身の兄オーギュストに命じる。
しかし、オーギュストは聖女であるフローラの護衛に専念するつもりだったのだろう。妹の一言に、目を見開いた。
「いや。私は、お前の護衛を……」
護衛としてこの場に残るという意思を伝えようとしたが……
「帝国以上の戦果を期待します」
妹の黒い笑顔の前に、言葉を失う。
聞く耳持たない様子の妹に、オーギュストは肩を落とす。
そして、優秀な部下をフローラの護衛につけると、自らが率いて正門の鎮圧へと向かって行った。
マルクスの護衛としてついて来た冒険者たちも、マルクスの指示で正門へと向かって行った。
「こっちは、どうするの?」
三カ国の様子を見ていたフェルが、アルフォンスに尋ねる。
他の三カ国と違って、魔国は人員に乏しい。シルヴィア、ロレッタ、アルフォンス。戦闘能力の低いソフィアや代表であるフェルを除くと、この三人しかいないのだ。
「私が出る」
声を上げたのはシルヴィアだ。
その視線はディックに向いていた。
「あの男を倒せば、士気が下がるはずだ」
「分かりました、この場には私とロレッタさんが残ります」
「ああ、わがままを言って申し訳ない。最悪、フェルを動かせば良い」
シルヴィアはそう言って、ソフィアたちに頭を下げる。
一方で、フェルはシルヴィアに頼られていると感じたのか、被った猫を放り投げてドヤ顔を浮かべている。
その姿に不安を覚えたアルフォンスは、ため息交じりに言った。
「それは最悪の場合です。碌な結果にならないと思いますので」
「そうだな。フェル、やはりお前は何もするな」
「酷い!?」
まさかの手のひら返し。
愕然とした表情を浮かべるフェルに、ソフィアは思わず苦笑してしまう。
シルヴィアは再三フェルに釘を刺すと、まるで瞬間移動でもしたかのような速さで会場を出て行った。
「……あれが、魔族。いや、獣人か」
誰の呟きだったのか。
一瞬で消えて行ったシルヴィアを見て、驚愕の声を上げるのであった。
*****(オーギュスト視点)
正門はすでに混戦状態だった。
兵士もアウトローたちもそろって怒号をあげ、互いに命を奪い合う。ベンガルにおいて最も安全なこの場所が戦場と化していた。
「騎士たちよ! 負傷者を下げさせ、前線を立て直せ!」
騎士団長の怒号が響き渡った。
流石は、ダージリン公爵が重用している騎士である。鋭い観察眼で状況を把握して、的確に指示を飛ばしている。
それに負けまいと動いているのは、帝国のジョージだ。
あの者もまた、負傷兵の撤退を援護しつつ、帝国の十八番である銃によって的確に敵の数を減らしていた。
「フローラではないが、流石に良い気はしないな……」
カテキン神聖王国にとって、フェノール帝国は敵国だ。
停戦中とはいえ、フローラの話では水面下で激しい衝突が起きていると言う。貴族の端くれではあるが、帝国ばかり活躍しているこの場は面白くない。
オーギュストは命令を下す。
「負傷兵の撤退を援護しつつ、無法者たちを押し返せ!」
「畏まりました! それで、あの魔道具については?」
「可能な限り、回収しろ」
視界の端では、帝国兵が魔道具を回収している姿が映る。
魔国からすれば、時代遅れの劣化品程度の認識だが、こちらにとってはオーバーテクノロジーである。
本音を言えば、追剥のまねごとをしているようで気が進まない。しかし、そうは言っていられない状況だ。
おそらく、帝国はあの魔道具を解析し、複製を始めるだろう。
神聖王国がそれに後れを取るわけにはいかないのだ。
「了解です!」
そんなオーギュストの内心を知ってか知らずか、配下の騎士たちはアウトローたちを各個撃破し、魔道具の回収を始めた。
「はっ!」
いったい何人切っただろうか。
五人、いや十人……それ以上かもしれない。アウトローたちの数が一向に減らない。おそらく、あの腕輪型の魔道具の影響だろう。身体能力だけでなく、耐久力や回復力も強化されているようだ。
アウトローたちも死にたくはないのだろう。
自分たちの不利を悟ると、戦法をヒット&アウェイに変えて来た。身体能力の差があって、オーギュストでもカウンターでしか倒すことができない状況だ。
他の騎士では、守りに徹するのが限界である。
それに、前線を立て直せないのは、他にも理由がある。
「ぐはっ!?」
「な、何でふたりも……がはっ!」
「何だよ、こいつ!!」
視線の先には、騎士や兵士、帝国兵、配下の騎士。
それぞれが、たった一人の人間に後れを取っていた。
「ディック、だったか……」
ソフィア=アールグレイの従者であるその男。
何らかの魔道具のようで、瞬間的に相手の背後に自分を作りだし不意打ちで仕留める。同時に三人が現れ、次から次へと敵対者を切り捨てて行くのだ。
――拙いな、相手の士気がますます上がっている……
ディックの奮闘に感化され、敵勢力の士気はますます上がっているのだ。
もともと、国民はアッサム王国に対して不満を持っている。スラムの人間であれば、より大きな不満を持っているはずだ。
貴族が憎い。
騎士が憎い。
定職を持つ者が憎い。
そして、自分たちを救ってくれない王国が憎い。
その憎しみがあって、彼らの士気は天井知らずに上がっているのだ。それに対して、身体能力差で押され気味な味方勢力の士気は下がりつつあった。
――なにか、打開策は……
このままでは前線を立て直せず、撤退を余儀なくされる。
そう思った瞬間……
銀色の風が吹いた。
「えっ?」
あまりにも一瞬の出来事。
しかし、その風が進んだ方向に視線を向けると……
銀色の髪を靡かせる少女が、まるで壁のように密集するアウトローたちを吹き飛ばし、ディックへと向かって行く姿だ。
銀髪の少女は、大凡戦場には似つかわしくない服装をしている。
フリルの多い侍女服だ。機動性を重視しているため、普通の侍女服に比べると露出が多い。いったい誰なのか……多くの者はそう思ったに違いない。
しかし、オーギュストやジョージたちは彼女の正体を知っている。
――あれが、魔族……
こちらの苦戦など知らぬとばかりに、アウトローたちを手に持つ槍でなぎ払う。
振り上げられた槍によって、地面もろとも巻き上げられるアウトローたち。まさに一騎当千の猛者であった。
――身体能力が桁違いだ!
オーギュストは、その光景に内心絶叫した。
仮に、自分たちが銀髪の少女シルヴィアと相対したら、どうなるのか。
考えただけで背筋が凍る。万軍で相手をしたとしても、勝率は限りなく低い。それが分かったからこそだ。
しかし、シルヴィアに対して言い知れぬ恐怖を抱くと同時に……
――なんて、綺麗なんだ……
暴虐的でありながらも、美しいその姿にオーギュストは見惚れてしまった。
*****
前線には、次々と応援が駆けつける。
いったい、どれだけの数を集めたのか。おそらく、ダージリン公爵領だけではなく、他の領地からも集めたのだろう。
天井知らずに増えるアウトローたちに、いまだ苦戦を強いられていた。
中でも……
「あの男、思ったよりも厄介だな」
窓から前線を覗くセドリック。
その視線の先にはディックの姿があった。護衛をしていた一人が、アルフォンスに尋ねて来る。
「他の者と比べて、身体能力が高い。それに、時折二人に分身している……アルフォンス殿、あれも魔道具ですか?」
その質問に、周囲の注目が集まる。
「ええ、身体能力についてはソフィアが持つ物と同等の魔道具を有しているかと。それと、幻影もまた魔道具の効果です」
「幻影、ですか?」
アルフォンスはあまり詳しくないのだろう。視線をフェルに向けると、意を汲んだフェルが猫を装着して答え始める。
「【ドッペルゲンガー】、幻影を創り出して、並列的な意思を与えて行動できます。最大で十体まで複製可能です。但し、使用者の精神を蝕むため、魔国では使用及び製造は禁止されております」
ソフィアも、シルヴィアからその話は聞いていた。
普通であれば、使用することは困難だ。しかし、ディックにはあの魔道具を使う適性があるようで、遠目にも使いこなしているように見えた。
「そのような魔道具が……」
フェルの説明に、誰もが言葉を失う。
人間の国では考えられないような性能の魔道具だからだ。しかし、彼らの視線の先では、瞬間的に相対者の後ろに幻影を生み出し不意打ちをしているディックの姿がある。
ただでさえ、身体能力が高いのだ。それに、他の者たちとは違ってディックは訓練を受けている。単独では、騎士でも後れを取るだろう。
誰もがディックに注目している中、ソフィアとフェルは一人の少女の姿を見つけた。
シルヴィアだ。
その整い過ぎた美貌も目立つが、何よりも目立つのは服装だろう。一人だけ侍女服と言うのは悪目立ちしていた。
『誰が、着せた!?』
ふと、そんな叫び声が聞こえたような気がする。
きっと気のせいだろう。良く似合っているのだから。しかし、服装は奇抜だが、その戦いの姿はまるで鬼神のようだ。
次々と襲い掛かって来るアウトローたち。
しかし、シルヴィアは慌てた様子なく、顕現させた槍を振るって、次々に敵対者を吹き飛ばす。
殺さない様に手加減しているようだが、人が五メートル以上打ち上げられている光景には言葉が出ない。
「閣下、そしてお客人方。安全な場所へ避難をお願いします」
誰もが外の光景に見入っていると、警備兵が冷静な声色で言い放つ。
おそらく、前線が崩壊するのは時間の問題だと考えているのだろう。援軍を送ってはいるものの、焼け石に水だった。
場合によっては、ダージリン公爵邸が崩壊するケースもあり得る。
そう思っての一言だろうが……
「安全な場所、か。ここ以上に、安全な場所があるのか?」
最初に口を開いたのは、アレンだ。
他の者たちも、アレンと相対する警備兵に視線を向ける。
「どう言う意味ですか?」
「この場の守りは最も堅牢だ。それは当然だろう。各国の代表者が集まるような場の守りを薄くするはずがない」
会議室内には、全方位に魔法で障壁を張っている。
アウトローたちもこちらに攻撃をしてきてはいるが、すべて障壁に弾かれている状況だ。例え正門を突破されても、ここへ攻め入ることは不可能である。
むしろ、この場から移動する方がリスクは高い。
「何故そんなことも知らないのか」そんな視線が、その警備兵に集中する。
「ちっ、面倒だな……」
舌打ちをすると、腰に下げた剣を抜き放つ。
「貴様、まさか奴らの仲間か!?」
護衛たちが、その警備兵を囲う。
多勢に無勢。しかし、その男は、何ら動じた様子もなく殺気を孕んだ視線をソフィアへと向けて来る。
「っ」
ソフィアは、本能的に体を竦める。
兜の合間から覗くその紅い双眸に恐怖を覚えたからだ。そんなソフィアの恐怖を感じたのか、フェルが一歩前に出る。
「顔を隠しているところ悪いけど、君は誰? 因みに、【テラー】は効かないよ」
普段通りの口調で言い放つフェル。
【テラー】とは、相手に恐怖を感じさせる魔法だ。そのため、囲っている騎士たちも恐怖のため体が強張っていた。
まさか効かない相手がいるとは思わなかったのか、それとも見破られたことに驚いているのか、忌々しそうな雰囲気を醸し出す。
そして、警備兵は兜を脱ぎ捨てた……
「何だと……」
セドリックの驚愕の声だった。
この場にいる多くの者たちが、剣を向ける警備兵に見覚えがある。しかし、セドリックにとっては、最もショックが大きいだろう。
なぜなら……
「エリック。貴様、何故……」
そう、その男の名前はエリック=ダージリン。
セドリック=ダージリンの実の息子だったのだから。
土日で大掃除をしたのですが、
コンロや換気扇の油汚れが酷かったです。
定期的な掃除って、大切ですよね……




