第58話 襲撃
感動的な再会はどこへやら。
誰もがソフィアに負い目を感じてか、気まずそうな表情でソフィアと視線を合わせようとしない。
最初に、この何とも言えない空気を破ったのはセドリックだ。咳払いをすると、食事を促した。
「ゴホン。せっかく、ソフィア嬢が用意してくれた料理だ。冷めないうちに頂こうか。どのような料理か説明してもらっても良いか?」
「はい。こちらは、エッグベネディクトと呼ばれる料理で円形のパンの上にベーコンと卵を乗せその上からオランデーズソースと呼ばれる酸味のあるソースを掛けたものです。召し上がる際には、卵を割ってソースと搦めて下さい」
「ほぅ……」
ソフィアの淡々とした説明に、視線を料理に向ける。
「なるほど。では、こちらの面妖な料理は?」
「それはカスタードプリンです。魔国では一般的なデザートでして、溶かした卵を水蒸気で蒸したものです。容器の底には茶色いソースが入っております。どうぞお召し上がりください」
ソフィアがそう言うと、徐に料理へ手を伸ばす。
ゴクリ。誰かが生唾をのむような音が聞こえて来る。
「では、いただくとしよう」
セドリックの一言に、一同がエッグベネディクトにナイフを入れた。
『おぉ……』
卵を割ると、橙色の黄身が流れ落ちる。
その様はまるで芸術のようだ。ベーコンを割き、黄金色のオランデーズソースと黄身の橙色のソースがマフィンに染み込む。
その様子に、誰もが釘付けとなった。
そして、一口サイズに切って口に運ぶと……
『っ!』
言葉はなかった。
誰もが目を見開き、味わうように何度も咀嚼する。
何度も、何度も……。
味覚情報を一切逃さないとばかりに、長い時間をかける。
ゴクリと飲み込んだ瞬間、まるで止まっていた時間が動き始めたように声を上げた。
『美味い!!』
それぞれ別の言語ではあったものの、全員が同じように料理を称賛する。
そして、堰を切ったように勢いよく食べ始めた。その中で……
「おお、ソフィア様。再び、貴方様の料理を食べられるとは、しかも以前とは比べ物にならないほど。うぅ、このマルクス、感激のあまり言葉も出ません」
「あ、ありがとうございます……」
感激のあまり涙を流すマルクスに、ソフィアは表情を引きつらせる。
すると、近くでは「男涙を流すおっさん、誰需要?」などと聞こえたような気がするが、気のせいだろう。
すると、今度は……
「まぁ、こちらの料理なんて美味なんでしょう!」
フローラが、カスタードプリンを絶賛し始める。
ミルクのコクと卵のまろやかな風味があわさり、そこにほろ苦いカラメルソースが絡み合う。まるでクリームを食べているような触感に、甘いものが好きなフローラは目を輝かせる。
「もし良ければ、俺の分も……」
妹の甘い物好きを知ってか、兄のオーギュストがプリンを差し出そうとする。
オーギュストは甘いものが苦手で、昔から自分の分をフローラに渡していたのだ。普段であれば、フローラは受け取るのだが……
「それは、お兄様の分ですのでもらう訳に行きません」
と、笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。
「まさか食べられないと言う訳ではないのでしょうね」と一種の脅迫にも近い視線に、オーギュストは顔を青くする。
きっと、今のオーギュストをワイバーンを単独で撃破できる神聖王国屈指の実力者だとは誰も思わないだろう。
幸いなことに、主要人物たちは目の前にある料理に舌鼓を打ち、護衛として立っている者たちは、その料理に釘付けだ。別室にて用意してあると伝えてあるため、オーギュストの表情を見ている者などいなかった。
「ソフィアちゃん、この料理とても美味しいですね。どのように作っているのですか?」
フローラから尋ねられ、ソフィアはフェルやロレッタの近くから移動する。
「そちらの料理はカスタードプリンと言う名前の料理でして、卵と牛乳で出来ています。ただ、水蒸気で蒸すという調理法なので新鮮な触感だと思います」
「蒸す……なるほど、変わった調理法なのですね。とても美味しいです」
そう言って、お日様のように微笑むフローラ。
オーギュストへの態度とは百八十度違う態度に、隣から「この扱いの差は何だ……」という呟きが聞こえて来るが、ソフィアは何のことだと首を傾げる。
しかし、その愚痴はプリンを一口食べた瞬間、驚愕と共に消えて行った。
「ソフィア……「やはり、ソフィアちゃんは凄いですね。私、久々に感動しました!」……」
アレンが口を開いた瞬間、まるでタイミングを計ったようにソフィアの方へ振り返るフローラ。まるで、もう逃さないとばかりにガシッと手を掴まれる。
「あ、ありがとうございます」
どこか様子が変なフローラに困惑しつつ、ソフィアは感謝を伝える。
視界の端には何か言いたそうなアレンの姿が映る。気を取り直して、もう一度口を開くと……
「ゴホン、そ……「ソフィアちゃんが魔国へ追放されたと聞いて、心配で夜も眠れませんでした。けど、こうやって無事な姿が見れて本当に良かった……」……」
フローラが目を潤ませて言って来た。
心の底から心配していたのだろう。自分の事をこれほどまでに気にかけてくれた、そのことにソフィアも感情が込み上げて来る。
「……あれだけ、裏で手を回していれば寝る暇などなかろうに」
どこからか、疲れ切った声が聞こえた気がした。
同意するような声も聞こえた気もするが、きっと気のせいなのだろう。ただ、そろそろ手を離してほしい。そう思っていると……
「失礼」
「あっ……」
ソフィアが困惑しているのが伝わったのか、侍女仲間であるシルヴィアが割って入る。無理やり手を解かれてしまったフローラは残念そうな声を上げると、シルヴィアを見る。
「貴方は?」
フローラは、シルヴィアを見上げる。
侍女服姿だが、その美貌や立ち居振る舞いが侍女のものではないため気になったのだろう。
「彼女の名前は、シルヴィア=フラットホワイト。魔国では、いつもお世話になっています」
「いや、世話になっているのは私の方だ。私の代わりに家事をしてもらっているからな。ソフィアにはいつも助けられている」
「いいえ、シルヴィアは仕事が忙しいのですから、お気になさらず」
まるで新婚夫婦のような会話に、フローラが口元を引きつらせる。
「そう、ですか……。私の親友であるソフィアちゃんがお世話になっているようで、感謝します」
どこか棘のある言い方だ。
まるで火花が飛んでいるように見えるが、言われた本人はと言うと……
「いや、気にする必要はない」
普段通りの表情で、差し出された手を取る。
フローラは手に力を込めているのか、プルプルと震えている。しかし、手を握られたシルヴィアは首を傾げた。
「そろそろ放してほしいのだが」
「あ、あら……失礼しました。感激のあまりつい……」
とぎこちない笑みを浮かべて、シルヴィアから手を離すフローラ。
まるで信じられない者を見るような目だ。何があったのだろうと、首を傾げるソフィアとシルヴィア。
視界の端には、一連の動きを見ていたアレンが「いい気味だ」と笑っている姿が見える。
すると……
「そちらの女性も魔国の人間だったのか? いったい、何故?」
隣に座るオーギュストが口を開いた。
「えっと、貴方は……?」
「これは失礼した。私は、オーギュスト=レチノール。フローラの兄で聖騎士の一人だ」
「名高い聖騎士さまでしたか、失礼しましたソフィア=アーレイと申します」
人間たちにとって、単独でワイバーンさえ屠れる聖騎士は憧れの象徴だ。
子供であれば、誰もが憧れ夢見る存在。ソフィアは、魔国を知ったことでパワーインフレを起こしているが、それでも畏まらずにはいられなかった。
「はい、確かにシルヴィアは魔国の者ですが、どうかされましたか?」
「いや、強いなと思って、な。そちらのフェリー殿の強さは、魔法が苦手で分からない。リン殿は強いとは思うが、どちらかというと文官よりだろう。魔国の姫様に関しては、正直底が知れない……ただ、そちらのフラットホワイト殿の動きはまさに武人のそれだ、きっと俺よりも強いだろう」
フローラに怯える姿はどこへやら。
凛とした面持ちで、冷静に見るオーギュスト。しかし、ソフィアにはその辺りの感覚がよく分からないため、どう説明して良いか分からず困惑する。
他の者たちも、年端もいかない少女が聖騎士よりも強いと断言したことに驚きを隠せない様子だ。
すると、シルヴィアが首を振って言った。
「いや、私などまだまだ修行中の身です。貴方に比べれば、まだまだ未熟でしょう。それに、私はただの一兵卒に過ぎません」
一兵卒に過ぎないと言う言葉にオーギュストは目を丸くする。
大国でもトップクラスの実力者よりも強い人物が、ただの一兵卒など到底信じられないのだろう。
ただ、これには誤解があるためアルフォンスが口を挟んだ。
「彼女は確かに一兵卒ですが、【銀狼姫】と呼ばれるほど魔国でも屈指の実力者です。ただ、入隊して間もないので」
「なるほど、そう言うことか……」
強者の気配を纏っているが、実年齢はフローラと同じくらいであり納得したように頷く。すると、アレンが何かを言う前にジョージが口を開いた。
「銀狼と言うことは、彼女は狼なのですか?」
シルヴィアは、その質問を受けてアルフォンスに視線を向ける。
コクリと頷いたのを確認して、魔道具を外した。すると、隠されていた三角形の耳とふさふさの尻尾が現れる。
「私の種族は銀狼族です。獣人の中でも特に戦闘に秀でた種族でもあります」
獣人を初めてみる者たちは、シルヴィアの姿に驚く。
そんな中、アルフォンスが声を上げた。
「魔国では、人間以外の種族が住んでいます。魔族と一括りにされていますが、彼女のような獣人族、また吸血鬼族や鬼族など古の文献に残っている種族や、こちらでは魔物と分類されているゴブリン族やオーク族なども生活しております」
「吸血鬼に、鬼族……それに、ゴブリンだと」
誰かが驚愕の声を上げる。
アルフォンスが言った種族名は、どれも人間にとって天敵と呼べる存在だ。絶滅したと思っていた存在も生きていると言われて、慌てている。
「ご安心ください、彼らは好んで人間を襲っていた訳ではありません。吸血鬼族は、生きるために血が必要で人を襲っていましたが、好き好んで襲っているわけではありません」
魔国では、彼らの生命維持に必要な物を安定供給していることを説明する。
そして、人間を見たら襲うと言うことを否定した。
「魔国とは強者が住む国なのか?」
「確かに強いですね。それこそ、ワイバーン程度であれば子供でも倒せるそうですし」
『なっ!?』
アルフォンスの突然のカミングアウトに、全員が驚く。
驚かないのは、魔国組だけだ。シルヴィアたち三人は、別に驚くことではないと思っているようす。ソフィアとアルフォンスはこの反応を見て、懐かしいと思い苦笑してしまう。
「ただ、彼らが強いのには理由があります。種族によっては、人間とは比べ物にならない魔力量や身体能力を有しています。ですが、ゴブリン族やコボルト族は基本的に人間と同程度の力しか持っていません。彼らが強いのは、身体能力向上を始めとした優れた魔法を使えるからです」
魔国の人間が強いのは、種族によるものもあるが、何よりも人間の国よりも進んだ魔法にこそある。人間の国には、エレメントを介した魔法はあるが、身体能力を向上させるような魔法はないのだ。
それを考えると、生身でワイバーンを倒せるオーギュストは化け物だろう。
では、何故アルフォンスがこのタイミングで説明したかと言うと……
「ここで先ほどの話につながるわけか。ソフィア嬢を襲った者たちは、そう言った魔法が使えると言うことか」
「ええ。旧型のため、それほど効果は高くありません。しかし、捕らえた者の中に【レイブンギルド】のメンバーがおりました。おそらく、この二人はワイバーンと正面から戦っても勝利できるでしょう」
アルフォンスの説明に半信半疑だ。
しかし、オーギュストやジョージは、魔国の面々の強さを一番感じているため真剣な表情を浮かべている。
彼らの実力を知っている者たちは、その表情を見て真剣な表情だ。
「実際、どのて……」
アレンが、どの程度の実力だと尋ねようとした瞬間。
ドゴーン!
まるで爆発が起きたような音とともに、屋敷全体が揺れる。
何事だと思ったが、このタイミングで考えられるのは一つしかない。襲撃だ。窓から外を覗くと、スラム街の人間と思われる者たちが続々と騎士たちと戦い中へと侵入してくる。
そして、その中心に居るのは……
「ディック……」
その声は、屋敷内に響く喧騒に消えていくのであった。
あと一話か二話で四章は終了になります。
年内には終わりそうでほっとしました。




