表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/145

気づかれない主役

予定では、後三話か四話で四章終了です!


 ダージリン公爵邸では、史上初魔国を交えた五カ国会議が行われている。

 事前に各国にはソフィアの安否とともに、魔族について知らせていたがロレッタとフェルを見る目は胡乱気うろんげだった。

 フェノール帝国のアレン=フェノール。

 カテキン神聖王国のフローラ=レチノール。

 シアニン自治領のマルクス=ヤグルマギク。

 三名の視線を浴びながらも、フェルは大国の姫に相応しい悠然とした態度で着席した。そして、その傍らには交渉役のアルフォンス、翻訳魔法による通訳係のロレッタが控えている。


「参加者が揃ったところで、会議を始めようと思う。既に存じているであろうが、セドリック=ダージリンだ。此度の会議の進行役を務めさせてもらう。初めて顔を合わせる者もいるため、最初に自己紹介から始めようと思う」


 進行役のセドリックの一言で会議は始まった。

 今回の会議は、あくまで対等の関係。国土の大小でへりくだって、会話をする必要はない。


「では、私から自己紹介をさせていただきます。魔国より参りました、フェル=ルシファ=マオウと申します。此度の会談では魔国の代表としての立場で参加させて頂いております」


 鉄壁の淑女のドレスを身に纏い、旅立って行った化け猫を連れ戻し装備したフェルが、美しく一礼をする。

 姿だけならば、老若男女問わず見惚れてしまう容姿をしたフェルだ。

 真実の姿を知らない魔国関係者を除くこの場の出席者は、その未成熟の美しさに思わず見とれてしまう。


「ゴホン。既に伝達は届いていると思うが、彼女たちは魔族である。フェル殿、その証拠を見せて頂いても?」


「はい」


 フェルは淑女の振舞で立ち上がると、魔道具を外す。

 それと同時に漆黒の翼が、バサリと広がる。その美貌も相まって、天使のような姿にフローラは息をのんだ。


「黒い翼……翼の色は違いますが、まるで天使のようですね」


「私の種族は、だ……」


 堕天使族と口走ろうとするフェルの言葉を遮って、アルフォンスが声を上げる。


「失礼します。私は、アルフォンス=リンと申します。フェル様の種族は魔国でも判明していませんが、一説では鳥の獣人であるとされております。ですので、教典に出る天使とは何ら関係がないかと」


「そうですか」


 教典の中では、天使族は神の御使いとされている。

 そのため、堕天使族と名乗るのは些か問題だった。ただ、アルフォンスの言っていることも嘘ではない。

 現状において、フェルのような堕天使族はアンノウンとされている場合が多い。

 かつて存在した天使族が堕落したという説が有力ではあるものの、獣人の一種で黒翼族と呼ばれることもあるからだ。


「一つ疑問なのだが、我々とあなた方はどうして言葉が通じるのだ? あなた方の言葉、私には母国の言葉のように聞こえた」


 マルクス以外の者たちも同様に母国語のように聞こえたのだろう。従者たちが、不可解な出来事に騒めき始める。


「静粛に! マルクス殿、それは彼女の翻訳魔法と呼ばれる魔法によって、自動で翻訳されているからです」


「なんと、そんな魔法が!?」


 未知の魔法に、マルクスは驚愕する。

 他の者も、声が出ないほど驚いている様子だ。


「翻訳魔法は相手に言葉の意味を伝える魔法、です……なので、伝わった意思が脳内で最も慣れ親しんだ言葉に変換され、ます。……あっ、ロレッタ=フェリーと申します」


 このような場に慣れていないロレッタ。

 面接とは違うやり取りに戸惑っているのだろう。もともとコミュ障であったため、上手く言葉が出ない様子だ。

 とは言え、ロレッタの言葉を気に止める者などいない。

 あまりにも便利過ぎる魔法に誰もが驚きを表わしていた。


「因みにロレッタ嬢は、妖精族と呼ばれる魔族だそうだ。では、次に進もうと思う」


「では、私から。マルクス=ヤグルマギクと申す。シアニン自治領では、商人たちのまとめ役をしている」


 と、敢えてアッサム語で伝えて来た。

 おそらく、フェルたちに対してのみ言ったつもりなのだろう。だが、魔国語を話すことが出来ないため、せめてもの礼儀として開催国の言語で名乗ったようだ。

 次に名乗りを上げたのは、アレンだ。


「フェノール帝国第三皇子であるアレン=フェノールだ。ソフィア=アールグレイ嬢の最も親しい友である。こちらは、私の部下のジョージだ」


 と、フェノール語で言い放つ。

 紹介されたジョージも綺麗に一礼をした。

 何故か、「最も親しい」という部分を強調しているアレン。それに端正な眉をピクリと動かし反応したのは白髪の美少女だった。


「カテキン神聖王国から参りましたフローラ=レチノールと申します。ソフィア様の一番の親友です。こちらは、兄のオーギュスト=レチノールです」


 と、カテキン語で言い放つ。

 アレンとフローラの間で火花が散り始める。ついでとばかりに紹介されたオーギュストは所在なさげだ。

 同僚に肩をポンポンと叩かれているが、フェルやロレッタとしてもどちらでもよかった。

 それよりも、問題は……


「ははっ、何を言っているのだ? 私が一番だ」


 と、フェノール語で話すアレン。


「ふふふ。何を言っているのですか、あなたのは自称でしょう?」


 フローラは、不敵な笑みを浮かべるとカテキン語で言い返す。


「そちらこそ、自称ではないのですか? 少なくとも、其方のような友人が居ると聞いたことはないですし」


 アレンは、負けまいと再びフェノール語で返答する。


「それは当然でしょう。単なる友人ではなく、親友なのですから」


 またしても、カテキン語で返答したフローラ。

 二人には翻訳魔法をかけていないはずだ。言語が違うと言うのに、平然と会話をしている姿に二人の優秀さが窺える。


(これって、なんていうんだっけ?)


(犬猿の仲?)


 ヒートアップする二人を見て、念話でロレッタと会話をする。

 だが、犬猿の仲というよりも……


「同族嫌悪?」


「「はい?」」


 思わず声に出してしまった一言に、翻訳魔法によって正確に伝わった言葉に反応した二人がフェルに鋭い視線を向ける。

 その視線は、こいつと同じにするなと物語っている。

 失言を悟ったフェルは、誤魔化すように空笑いをするしかなかった。見かねたセドリックが会議を本題に戻す。


「では、本題に戻ろうと思う」


 その声に、視線がセドリックに集まる。

 そして、代表するようにアレンがセドリックに尋ねる。


「まず聞きたい。ソフィアは本当に無事なのですか? そして、何故この場にいない?」


「順を追って説明して行くが、結論から言うとソフィア嬢は無事である。そして、現在こちらへ向かっている途中とのことだ」


 セドリックの簡潔な説明に、それが真実であると感じた三人は安堵の息を吐く。言伝とセドリックから直接聞くとでは、安心感が違うのだろう。

 そんな三人を一瞥すると、アルフォンスに説明するように視線で促した。


「ソフィア嬢についてですが、アッサム王国から追放されたのち、現在ソフィア嬢と行動を共にしているシルヴィア=フラットホワイト殿によって保護されました」


 ソフィアの魔国での生活について語ると、足跡を追っていたクルーズたちと接触し、苦悩の果てにこの場へ来ることを決意したと説明する。


「二人きりで生活なんて、うらやま……ではなく、危険ではないのですか?」


「魔国の治安はかなり安定しています。一人暮らしの女性は珍しくはありませんよ」


 フローラが聞きたいことはそこではないのだが、アルフォンスは気づいた様子もない。

 聞きたいことが上手く聞けないことが歯がゆいのだろう。フローラは納得ができていない様子だった。


「聖女殿の嫉妬はどうでも良いですが、それよりも先ほどの件の解答を頂きたい」


「何故遅れているか、ですね」


「ああ。あなた方と行動していて、何故二人だけ遅れているのか。その理由が聞きたい」


 一呼吸を置いて、アルフォンスは簡潔に答える。


「襲撃されたからです」


「誰にですか?」


 アレンは目を細めて尋ねる。

 襲撃されたとなれば、和やかに話してはいられないのだろう。フローラもマルクスも真剣な眼差しでアルフォンスを見る。


「黒幕については分かりませんが、この件については、帝国や神聖王国だけではなく魔国にも関することなので、詳しく話す必要があります。ただ、一つ先に聞いておきたいことがあります。あなた方の国で、魔国と密かに貿易をしていると言うことはありますか?」


 先ほどの反応からして、三人は魔族そのものを知らなかったはずだ。

 案の定、三人とも首を横に振った。そして、マルクスがアルフォンスの言いたいことに気づいたのか声を上げる。


「つまり、その襲撃者とやらは魔国の道具を使っていたと言うことか? 黒幕は、魔国と関係を持つ者。もしくは、魔国の関係者であると」


「お察しの通りです」


 アルフォンスは、マルクスの考えを肯定する。

 それを受けた三人はセドリックへ視線を向けた。一番怪しいのが、アッサム王国であるからだ。

 しかし、セドリックも寝耳に水。

 首を横に振って知らないと答える。


「だが、怪しいのはあの女狐だろうな」


「アイナ=アールグレイか」


 セドリックを含めた四人の脳裏に、一人の黒髪の少女が浮かぶ。

 だが、一つだけ分からないことがあった。


「だが、何故あの女がそんなことをする? 正直、ソフィア様を狙う理由が全く思い浮かばない」


「それは、私も同感です。以前一度見たことがありましたが、あのばか……失礼、王太子殿下に懸想をしているようには見えませんでした。むしろ、ソフィアちゃんから奪うことに意味があったようにも思えます」


「そうだとして、何故ソフィアから奪おうなどと考えるんだ。顔はそれなりだが、あれの頭は鳥の頭よりも空っぽだぞ」


 アッサム王国内で、平然と王太子を馬鹿にする二人。

 セドリックはもちろんのこと、従者たちも表情を引きつらせている。オーギュストに限っては、胃を擦っていた。

 だが、悲しいかな。

 この場にいる面々で、誰からも擁護の声が出てこない。この部屋の中だけで、ローレンスの人徳のなさが窺える。


(聞いていたけど、この国の王子って私以上に散々な評価だね)


 彼らの話を聞いていたフェルは、どこか優越感に浸るようにロレッタに同意を求める。


(ろくでなしと、はた迷惑の違いでしかない)


(いやいや、私は頭空っぽじゃないからね!?)


(けど、後先考えていない)


(そんなことないもん!)


 アルフォンスに任せたことで暇な二人。

 互いに口を開かず堂々としているように言われたからだ。本心を言えば、挨拶だけして別室でゲームでもして待っていたかった。

 様々な意見が交わされている中、空気に徹していると室内が剣呑な雰囲気に飲み込まれる。


「そもそも、この国はどうなっているのだ? ソフィア様の顔を立てて、色々と便宜を図って来たというのに、下らない理由で追放して」


 マルクスは、沸々と湧きあがる怒りを吐き捨てるように言った。

 アレンもフローラも同じことを考えているのだろう。怒りを隠さず、同意した。


「確かに、ソフィアと女に骨抜きにされたボンクラ王太子、どちらを重視するか考えるまでもないだろう」


「……ええ、遺憾ですが同じ考えです。王太子殿下は、いくらでも代えが効くはずです。王は、その程度の判断もできない愚物なのですか?」


 セドリックも、これについては何も言えない。

 何せ、王はすでにセドリックの諫言でさえも聞かないのだ。平民が苦しみ、貴族が甘い蜜を啜る腐敗したアッサム王国の最大の原因は王にある。

 国王派は権力があるにもかかわらず、それを止めようとしていないのだ。


「だが、それについては貴国らにも原因があると思うがな」


 セドリックは反論する。

 現国王が増長している背景には、帝国と神聖王国があるのだから。今後の戦争に向けて少しでもアッサム王国を味方に付けようと、国王を筆頭に貴族に賄賂を送っている。それを自分に力があると勘違いした貴族が横柄な態度を取っているのだ。

 王が欲に塗れた俗物である方が、後々やりやすいのだろう。帝国や神聖王国の立場として、それは理解している。だが、非難されるいわれはないのだ。


「この国の王についてはどうでも良いが、一つ言っておく。例え、ソフィア様に頼まれようとも、以前のような条件で交易をすることはない」


「それはっ……」


 マルクスの一言に、アッサム王国側から声が上がる。

 だが、セドリックは予想していた内容のため、慌てた様子はない。そして、それに同調するようにフローラも頷いた。


「それはこちらも同様です。今回の一件で、教皇様方も貴国に不信感を抱いているようで、食料援助等を減らす方向で話し合いが進んでいます」


 カテキン神聖王国からの食糧援助が少なくなると、かなり厳しい状況に陥るだろう。だが、セドリックは別の事を考え始める。


(戦争が早まったようだな?)


 現状でも国民の不満はかなり大きい。

 カテキン神聖王国からの食糧支援が少なくなれば、餓死者が出ても可笑しくない。おそらくその状況がカテキン神聖王国の目的だろう。

 困窮したところで、救いの手を差し伸べる。

 そうすれば、人は簡単にそちらへ手を伸ばすだろう。同じ考えに至ったのか、アレンは端正な顔立ちを歪める。


「悪辣な手だな。まぁ、こちらも似たようなものだがな……」


 小さく呟かれた一言をセドリックは聞き逃さなかった。

 先ほど、アレンはマルクスに同意しなかった。と言うことは、今後も以前同様の交易を行うと言うことだろう。

 だとすれば、安価で武器が入る状況となる。

 帝国の目的は、国に不満を持った平民たちに反乱を起こさせて、国を混乱させたところで王や貴族に救いの手を差し伸べるのだろう。

 すると、先ほどまで空気だったフェルが突然声を上げる。


「まるで、戦争を誘発しているみたいですね」


 と、上品だが暢気に笑う。

 流石に場違いだと思うが、その一言に四人は何かに気づいたように考え始める。時折、「まさか……」と言う言葉が聞こえて来るが、フェルには何が何だか分からない。

 そのため、唯一話の展開が分かっているアルフォンスに念話を飛ばす。


(え、何? 私、変なこと言っちゃった?)


(口を開かないで下さいと言っておいたのですが。……しかし、この場合だとファインプレイだったようですね)


(え、そうなの?)


(調子に乗らないで下さいよ)


 表情が緩んだのが分かったのか、アルフォンスがすぐさま釘を刺す。

 かれこれ会議は三時間近く続いているのだ。アルフォンスとしては、いつメッキがはがれるのか気が気ではないのだろう。

 フェルも、会議が一日で終わるとは思っていない。

 だが、こうも退屈だとそろそろ我慢が限界だった。すると、そんなフェルの内心に気づいたのか、侍女姿の女性が軽食を運んでくる。


「良い匂い……」


 クロッシュを開けると、食欲をくすぐる香ばしい匂いが室内に立ち込める。

 先ほどまで紛糾していた会議も、この匂いが立ち込めると誰もが口を閉じてしまった。


「……エッグベネディクト?」


 ふと、見覚えのある料理にフェルが口を開いた。


「はい。マフィンの上にカリカリに焼いたベーコンにポーチドエッグを乗せ、オランデーズソース……柑橘系のソースで味付けしたものとなります」


 見ただけで美味しそうなのが分かる。

 ベーコンの香ばしい匂い。そして、オランデーズソースの僅かに酸味のある香りが食欲をかき立てる。

 他の者も、女性の説明にごくりと生唾を飲んだ。

 と、そこで……


「あれ?」


 フェルは、ふと気づく。

 先ほどから説明しているのは誰なのかと。聞き覚えのあるような声で、ふと振り返ると……


「どうかしました?」


 そこには、ソフィアが侍女服姿で立っていた。

 そして、辺りを見渡すとソフィアと同じ侍女服を着たシルヴィアが、僅かに頬を紅潮させているではないか。


「いつからいるの?」


「そうですね、一時間ほど前からでしょうか? えっと、紅茶のお代わりを淹れていたんですけど……」


 悲しそうに目を伏せるソフィア。

 だが、その恰好があまりにも板につき過ぎているのだ。誰も疑問にさえ思わなかったのだろう。

 そして、フェルの発言をきっかけに、ソフィアの存在に気が付く人々。

 同様の質問をして、揃いも揃って気まずそうに視線を逸らすのであった。








【お知らせ】

先週から時間が取れるようになり、新作の投稿を始めてしまいました。


『奇運のファンタジア ~天才経営者のやり直し~』


最近の某ニュースに刺激され、執筆を始めました。

宜しければ、そちらもよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ