第54話 休憩中の一幕
木々で囲われた岩の橋を進むこと半刻ほど。
開けた場所に出たことで、ソフィアとシルヴィアの二人は手ごろな岩に腰かけて休憩をしていた。
「……その、すみません」
ソフィアは居た堪れない気持ちで、対面に座るシルヴィアに謝罪する。
かれこれ歩き続けて優に三時間ほどとなる。魔道具で強化しているため、体力・魔力ともにソフィアの限界が近かった。
一方で怪我が治ったばかりのシルヴィアは元気なものだ。
早朝に釣りをしていたことを考えると、ソフィアよりも体力を使っていることは間違いない。
それにも関わらず、平気そうな顔をしているのだから獣人の体力は底知れないとソフィアは改めて思う。
「気にすることはない……それに、私の方も配慮が足りなかった。普段は、テディ隊長やキャロたちと行動しているせいで、感覚が狂っていたらしい」
「テディさん体力がありそうですし、キャロさんは元気が有り余っていそうですね」
「まったくだ。特に、キャロなど目を離すとすぐにどこかへと行ってしまう。その度に、私まで隊長に怒られるのだぞ」
シルヴィアは唇を尖らせて、「納得がいかん」と呟いていた。
軍と言うこともあって、連帯責任と言うことなのだろう。そもそも、キャロの性格上軍人には向かないような気がするが、きっと誰もが思っているはずだ。
ソフィアは、二週間ほど前に見た二人の姿を懐かしそうに思い出して、口元を綻ばせる。
「あの、一つ聞いても良いですか?」
静寂が包んだ空間で、ソフィアは僅かに硬い声で尋ねる。
「……先ほどの件か?」
「はい」
「その前に一つ聞きたい。先ほどの幻影は、お前の知り合いだったのか?」
知り合いなんてものではない。
シルヴィアもソフィアの狼狽した様子から、それは理解しているはずだ。ソフィアは、しばらくの間沈黙した後、おもむろに口を開いた。
「はい。……おそらくは私の元従者であるディックかと」
「っ!?……そうか」
シルヴィアは、ソフィアの言った名前に聞き覚えがあったのだろう。一瞬、驚愕に目を見開くが、重々しい声で頷いた。
二人の間で居た堪れない空気となっていると、今度はソフィアが尋ねる。
「先ほど、幻影と言っていましたがあれもまた魔道具なのですか?」
「ああ。現物は初めて見たが、骨董品だな」
「こ、骨董品?」
「幻影を創り出して、並列的な意思を与えて行動する。最大で十か所同時に存在することができるらしい」
ソフィアは、魔道具の高性能さに呆然としてしまう。
足音があったと言うことは、実態があると言うことだ。
それを最大で十体ともなると……
――普段よりも、多く作業ができそうですね
ワーカーホリック、ここに極めり。
咄嗟に、仕事の効率を考えてしまうソフィアだった。その様子を見て、シルヴィアが呆れたように言う。
「何を考えているのか手に取るようにわかるが、実際はそんな良いものではない」
「えっ?」
「自分と同じ思考をする者を十人も作り出すのだ。間違いなく、廃人になるだろうな。だからこそ、欠陥品として製造されたのはごく少数であり、骨董品扱いがされている。……まぁ、一人二人であれば、才能次第と言ったところだ」
「なるほど」
「それにしても……先日の襲撃犯と言い、先ほどの男と言い、癖の強い魔道具を平然と使う。なかなか侮れないな。スキル的には大したことがないが、先日の襲撃犯は中々の技量だった。魔道具でその差を埋められれば後れを取るかもしれぬ」
シルヴィアが言うには、レイブンメンバーが纏っていたマントもディックが使っていた魔道具同様に癖が強いらしい。
もとは、一人の固有スキル保持者が作り上げた物らしいが、どれも強力な代わりに適性がない場合死に至ることもあるようで魔国でも厳重に保管されている。
だからこそ、立て続けに適性を持つ者が現れたことへの驚きが、シルヴィアの言葉から感じ取ることが出来た。
ただ、この話を聞いた時ソフィアは乾いた笑い声を上げてしまう。
「レイブンのギルドメンバーは、全員が人類最高峰の実力者ですから。というよりも、現時点だと脅威にならないみたいですね」
「不意打ちには気をつける必要があるが、正面からであれば囲まれていようとも後れを取るようなことはないだろう」
「シルヴィアの場合、不意打ちも難しそうですね」
「獣人に不意打ちをするのであれば、最初に耳と鼻を無力化しないとな。まぁ、向こうは私が獣人と言うことに気づいていないようだから、仕方がないのかもしれないが」
シルヴィアは魔道具をつけているため人間にしか見えない。
最初に獣人であることを聞かされていなければ、いくらレイブンメンバーと言っても対策のしようがなかったのだろう。
まさか、普通の少女に不意打ちをするために耳と鼻を無力化しなければならないなど考えもしなかったはずだ。
「ただ、やはり一つだけ腑に落ちませんね」
「……入手経路か」
「はい。シルヴィアの話からして、どれも入手が困難なものばかり。少なくとも、私がこの国に来る前までは出回っているようなことはなかったはずです」
ソフィアも、裏の流通までは把握していない。
だが、ヤグルマギク商会であれば裏市場についても詳しいはず。マルクスに聞けば何らかの情報が得られるかもしれない。
ただ、シアニン自治領は魔国への海路が存在する。しかし、その海路は潮の流れが早く、現在の造船技術では無事に到着できる保証がない。途中の海域には海竜の住処もあるそうで、使われることはない。それにそもそも魔国へ向かうような者もいない状況だ。
しかし……
――逆であれば、可能でしょうね
シアニン自治領から魔国へ渡るのは、実質不可能だ。
だが、魔国からシアニン自治領へでは話が変わって来る。魔国の造船技術は、シアニン自治領とは比べ物にならない。特に軍艦船は、まるで要塞が海に浮かんでいるようなものだ。海竜であっても、龍ではないためワイバーンと同程度の危険度でしかない。つまり、例え住処があったとしても脅威には程遠い。
「そう言えば、帝国も……」
ソフィアは、うろ覚えな地図を思い出す。
魔国への海路は大回りになるが、帝国も所有しているはずだ。とは言え、それはあくまで理論的なことだ。
だが、帝国の技術水準を考えると、魔国と何らかのつながりがある可能性も捨てきれない。候補として三カ国が挙げられるが、考えれば考えるほど混乱してしまう。
「それ以上考えても答えが出るはずもない。一先ず、昼食にしないか?」
「そう、ですね。わかりました」
シルヴィアの言う通りだ。
ソフィアは、後引かれながらもマジックポーチからある物を取り出す。そして、それをシルヴィアに渡した。
「……バランス栄養食品」
黄色い箱を渡した瞬間、シルヴィアがうな垂れる。
見えないはずの耳と尻尾が萎えているようにも見えてしまう。その様子に首を傾げたソフィアが更にポーチから取り出した。
「あれ、チーズ味は不満でしたか? メイプル味とチョコ味もありますよ」
「……」
シルヴィアは無言でそれを受け取ると、まるでリスのように食べ始めた。
どこか哀愁漂う……いや、廃れたような姿にソフィアは首を傾げてしまう。その姿を傍目に、ソフィアもまたバランス栄養食を食べ始める。
「美味しいですね」
「……ああ、確かに美味しい。美味しいんだが、そうじゃないんだ」
文句を言いながらも、シルヴィアは既に二箱目に入っている。
何だかんだと言っても、この手の食品は好きらしい。ロレッタとよくインスタント食品の話をしていることからも明らかだ。
尤も、ソフィアの先輩料理人であるロレッタと違って、シルヴィアはそれほど料理ができない。ソフィアが来るまでは、おそらくインスタント食品か外食がメインの食生活を送っていたのだろう。
きっと懐かしく思って、感慨深いのかもしれない。そう思って、シルヴィアに丸い器を渡した。
「カップラーメンもありますよ」
「何故、このタイミングでそれを渡す?」
「……要らないのですか?」
「食べる」
結局、シルヴィアはバランス栄養食三つと、カップラーメンを食べたのであった。ただ、その表情は酷く虚しそうだった。
(とある馬車の中で)
ア「今日の夕食ですが、栄養食とインスタント食品になります」
フェ「お姉さんが居ない以上、出番だよ!」
ロ「……」
ア「さて、在庫は大量にありますので好きなのを選んでください」
ロ「メイプルオンリー、あと味噌」
フェ「インスタント反対!」
ロ「インスタントの何が悪い?」
この後、妖精による如何にインスタント食品が素晴らしいかを語るインスタント講義が続くのであった。




