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第52話 疑惑の種

初めて長期の停電を経験しました。

夜間は何もできなかったので、電気のありがたみを実感します(笑)


「うぅっ……ここは?」


 ソフィアがまぶたを開けると、木々の合間から覗く太陽が目にはいる。

 衣服越しに背中に感じるのは石の感触だ。おそらく、敷き詰められた石の上で仰向けになっているのだと予想が付く。

 視線を水の音がする方へ向けると、綺麗な水が流れる川が目に入った。


――私は、いったい……


 自分の状況が呑み込めず、思考が困惑する。

 どうしてこんな場所で仰向けで寝ているのか。衣類が水を含んで重たくなっており、体を動かすことも億劫だった。

 だが、思考が定まるにつれて、この状況に至る最後の光景を鮮明に思い出す。


「そうだ……私は確か橋から落ちて……」


 今思い出しても、身震いがする光景を思い出して顔が蒼白になる。

 状況からして、運よく川に落ちたことで一命を取り留めたのだろう。そのことに思い至り、一先ず息を吐く。

 そして、重たい体を無理に起こして周囲を見渡した。


「どれくらい流されたのでしょうか?」


 川の上流の方へ視線を向けるが、見覚えがあるはずもない。

 どうしたものかと視線を彷徨わせていると……


「えっ?」


 川の方に見覚えのある姿があった。

 ソフィアの脳がそれを理解すると、ソフィアは血相を変えてボロボロの体に鞭を打つ。


「シルヴィア!?」


 そう、シルヴィアだった。

 おそらく擬態用の魔道具が気絶したことで機能を失ってしまったのだろう。銀色の耳と尻尾が露わになった、ソフィアにとっても馴染み深い姿だ。

 何故という思いもあるが、すぐにシルヴィアの安否を確認した。


「シルヴィア、大丈夫ですか!?」


「うっ……」


 ソフィアの声に反応してか、シルヴィアは小さく反応を見せた。

 シルヴィアに息があることを確認して、ソフィアは安堵の息を吐くが、すぐにシルヴィアの体を陸に引っ張り上げて、状態を確認する。


「……大きな怪我はありませんね」


 見たところ、打撲のような軽度の怪我しか見当たらない。

 命には別状がなさそうだと、安堵の息を吐く。そして、自分が無事だった理由に気が付いた。


――シルヴィアが助けてくれたようですね。


 先日の大雨の影響で、いまだ川が増水している。

 運よく川に落ちたのだとしても意識のない状態で流されれば、命があるはずもない。おそらく、ソフィアが落ちた後シルヴィアも追うようにして落ちたのだろう。

 結果として、ソフィアは怪我らしい怪我もなく、シルヴィアは軽傷を負ったのだが、ソフィアとしては申し訳なさそうに瞼を伏せる。


――もう少し戦う力があれば……


 とは思うものの、どう足掻いてもソフィアに戦闘能力はない。

 できるとすれば、魔道具を使って逃げることだけだろう。ロレッタやアニータに鍛えられてはいたが、その経験を活かせなかったと後悔してしまう。

 悔しさのあまり唇を強く噛んでいると、シルヴィアに動きがあった。


「……ソフィア、か」


 薄っすらと開いた瞼から、シルヴィアの瞳が覗く。

 目が覚めたことに安堵すると、ソフィアはシルヴィアの顔を覗き込んだ。


「はい。体の方は大丈夫ですか?」


 ソフィアが尋ねると、シルヴィアは体調を確認する。

 所々痛みがあるようだが、特に異常はないようだ。しばらくして、体を起こすと「大丈夫そうだ」と笑みを浮かべる。


「良かった。私が無事だったのも、シルヴィアのおかげなんですね」


「お前が落ちた時は焦ったからな。慌てて追いかけたんだが、減速が効かなくてそのまま川に飛び込んだ」


「やはり、そうでしたか……申し訳ありません、迷惑ばかりお掛けして」


「気にするな、それにあの程度の高さなら獣人なら問題ないぞ」


 ソフィアが謝ると、シルヴィアは苦笑して首を振る。

 おそらくソフィアに罪悪感を抱かせないための発言だろうが、減速もできず飛び込んだのだから無事なはずがない。

 足に負担が掛かったのか、よく見ると赤く腫れていた。

 ソフィアの視線に気が付いたのか、シルヴィアはバツが悪そうに視線を逸らす。


「足は大丈夫ですか?」


「ああ、着地に失敗して挫いただけだ。すぐに治る」


 獣人は人間に比べて自己治癒能力が高い。

 シルヴィアの言う通り、数日どころか一日もしないうちに治るだろう。ポーションの類があればより早く治せるのだが、残念なことにソフィアは魔力回復型の物しか持っていなかった。

 自身の無力さに唇を噛んでいると、シルヴィアが話題を転換した。


「それよりも、どうやって合流したものか。フェルやロレッタは空を飛べるが、これだけ木が鬱蒼と生えていれば、見つけるのも困難だろう」


「っ!? フェルちゃんたちは大丈夫なのですか!」


 シルヴィアの言葉に、ソフィアは戦闘中であったことを思い出す。

 血相を変えてシルヴィアに詰めかけるが、「問題ない」とシルヴィアは苦笑して言葉を続ける。


「私たちが、橋から落ちて何度か雷鳴が聞こえた。おそらく、フェルが動いたのだろう……まったく、やればできるというのに」


「ですが、あれだけの人数に囲まれては……」


「心配ない。ああ見えてフェルは魔国でも最高峰の実力者だぞ。こと、殲滅力の一点では魔王様さえも凌ぐ。問題はないだろう」


 ソフィアは、フェルの能力を知らない。

 一度だけ片鱗を見たことがあるが、それほど凶悪な魔法のようには思えなかった。だが、シルヴィアはフェルの実力を正しく理解し、問題ないと判断したのだ。

 ソフィアが心配する必要はないのだろう。


「一先ず体を温めないか。いつ救援が来るのか分からないのだから、このまま体温を低下させるのは拙い」


「急いで、薪を拾ってきます!」


 シルヴィアの言わんとすることを理解して、ソフィアはマジックポーチからタオルを取り出してシルヴィアに渡すと、燃料となる薪を探しに森の方へと向かった。

 人の手が一切加えられていない場所のため、落ちた木の枝はかなりの数だ。取りあえず、必要な分だけ拾って、シルヴィアの元へと戻る。


「……思ったよりも、手慣れているんだな」


 ソフィアがせかせかとたき火の準備をしていると、シルヴィアが呆れたような声を上げる。


「まぁ、たき火の準備は基本的に私がしていましたから」


 そう言いつつ、緊急時用のサバイバルセットを取り出し火をつける。

 使う機会がないと思っていたが、いざ使ってみると思いのほか便利で感心していると、ふと微妙な表情をしているシルヴィアが目に入った。


「どうかしましたか?」


「いや、気にならないんだったら問題はないのだが……」


 歯切れの悪い言葉に、ソフィアは首を傾げる。

 だが、シルヴィアがそれ以上何も口にすることはなかったため、ソフィアは聞き流すことにして火の調整を始めた。

 いつまでも濡れた服を着ているわけにもいかないので、二人は服を脱ぐとたき火の側の岩に干した。


「着替えがあればよかったのですが、容量の関係で」


「いいや、毛布があっただけまだ良い。助かった」


 たき火を間に挟んで向かい合うと、不意にシルヴィアが先ほどの戦闘の話をして来た。


「それにしても奴らの装備、あれは間違いなく魔国製の物だった」


「……」


 シルヴィアの言葉に、ソフィアは不意に自身の腕輪を見る。

 確認できたわけではないが、襲撃者全員がソフィアの持つ魔道具と同等の魔道具を保持していた。

 アッサム王国の技術水準ではどう足掻いても作ることが出来ないそれを……。

 それに加え、レイブン・ギルドの魔銃だ。あれは、威力もそうだがサイズもクルーズたちが保持していたフェノール帝国製の魔銃を凌ぐ。

 大陸最先端とされているフェノール帝国の技術力を凌ぐ国など、ソフィアには一つしか心当たりがなかった。

 ソフィアが沈黙していると、シルヴィアが声を掛けて来た。


「アッサム王国は魔国と国交がなかったのか?」


「ええ、外交に関しては私が一任されていましたので間違いないかと。ただ……」


 ソフィアの脳裏に浮かんだのは、父であるガマリエルの姿だ。

 外交に興味がない、もしくは面倒だったから外交に出なかったとソフィアは思っていた。だが、日々を怠惰に過ごしているわけでもなく、ディックの件などでは裏で動いていたのだから、その考えは間違っているのかもしれない。

 では、ソフィアが他国への対応をしている時、どこで何をしているのか。ソフィアがある予感を抱いていると、シルヴィアが尋ねて来る。


「ソフィアは、魔国の人間に対する考えについてどの程度知っている?」


「人間に対しての、ですか?」


「ああ、マンデリンは人間に対して反感を持つ者が少ないのは理解しているだろう。だが、魔国全体を見れば話は違う」


 シルヴィアの言葉に、ソフィアは驚き目を瞬かせる。

 これまで出会った魔族は、人間であっても優しく接してくれた。戦争も三百年以上も昔のもので、未だに人間に対して恨みを持ってる者はいないのでは。そう考えていた。

 だが、シルヴィアは、それは違うと首を振る。


「魔国は、王都エスプレッソを中心に東西南北の四つのエリアに分かれている。四天王は、その四つのエリアの守護を任されている。その中で、南は人間の領域が近いため、魔王様の意向で穏健派がまとめているのだ」


「ということは、他の三つのエリアは違うのですか?」


「東は、穏健派だ。ただ、北に関しては吸血鬼など、未だに人間を食物として考えている連中がいる。ここは、過激派だな。そして、西についてだが、ここはゴブリンやオークなどが主な住人だ。現在は中立派の立場を取っているが、数年前までは過激派だった」


 西側と言われて、ソフィアはふと研修所の北側に位置する魔物の森を思い浮かべる。

 あそこの道は整備されておらず、そのまま北を抜ければ西エリアに繋がるのだ。マンデリンを通すことなく、アッサム王国へと行くことができる。

 そのことに思い至り、シルヴィアに尋ねる。


「もしかして、西側と通じている可能性があるということですか?」


「ああ、以前の四天王は人間を支配しようと陛下に進言していたそうだ。強硬策に出ようとして、陛下の逆鱗に触れた……父からこれ以上の事を聞けなかったが、推察でしかないが人間の国で生き延びたのではないか」


「そんな……」


 シルヴィアの懸念はもっともだ。

 ただ、肯定するにも否定するにも、どちらにしても確証がない。ソフィアは思考を巡らせるが、結局結論が出ることはなく、時間だけが過ぎて行くのであった。

 









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