第51話 人形の襲撃(下)
突然の空からの奇襲に真っ先に対応したのはシルヴィアだった。
ソフィアに接近する二人組の男性の進路を阻むようにソフィアの前に現れると、先ほどとは違う長刀を構える。
だが、二人はシルヴィアと相対するつもりはないのか。示し合わせたかのように左右に分かれた。
「ソフィア、私の後ろから離れるなよ。先ほどの攻撃、狙いはお前だった」
シルヴィアは、二人から視線を外すことなく後ろに立つソフィアへと伝える。
「っ!?」
ソフィアは息をのむ。
【レイブン・ギルド】とは個人的に付き合いのあるギルドだ。もともとマルクスに紹介されたギルドでこそあるが、比較的良好な関係を築けていた。
尤も、彼らは報酬で動く者たちだ。
誰かに雇われたとしても不思議はない。だが、何故自分を狙うのか。ソフィア=アールグレイであることが気づかれているようではないかと思う。
――気味が悪いですね……
ふと、ソフィアは男性たちの背後に浮く人形に視線を合わせる。
人形に感情もなければ表情もない。ただ、そこにあるだけ。ソフィアの見たところ、この二人も操られているように見える。
円滑な動きだが、明らかに意思が欠如していると感じられた。
「シルヴィアさん! そちらは一人で大丈夫でしょうか!? あちらの戦線が維持できそうにありませんので、ロレッタさんと私はそちらの援護に!」
アルフォンスの言葉に、ソフィアはゴドウィンたちの方を見る。
こちらも緊急事態だが、向こうの状態はさらに悪い。死傷者こそ出ていないが、負傷している者は複数見られる。
押し切られるのは時間の問題だ。
シルヴィアは視線こそ向けていないが、状況に気づいたのだろう。襲撃者に厳しい視線を向けながら、了承した。
「こちらは一人でもなんとかなる!」
「分かりました! ロレッタさん、魔法で彼らを止めて下さい。クルーズ、貴方はロレッタさんの護衛を」
アルフォンスの素早い指示にロレッタもクルーズも頷く。
もともと、ロレッタは戦闘員ではない。並外れた力量を持つものの、魔物相手ならまだしも対人戦闘の経験はほとんどないはずだ。
そして、それはシルヴィアにも……
「っ!? やりにくい!」
二人組の男性は、ソフィア目がけて波状攻撃を仕掛けて来た。
シルヴィアとの戦力差は重々承知しているのだろう。だからこそ、近づかずに魔銃にて遠距離攻撃に徹している。
――私にも何かできることは……
ソフィアは足手まといになっている事を重々承知している。
彼らと同様の魔道具をソフィアは持っている。だが、対人戦闘では彼らに遠く及ばない。そして、魔法も使えないのだから攻撃手段がないのだ。
自身の戦闘能力のなさが歯がゆかった。
おそらく、あの銃もまた魔国製だろう。
専門家ではないため、ソフィアには判断できない。だが、二人の身を固めている魔道具は明らかに人間の国の技術水準を凌駕しているものばかり。
いったいどうやって入手できたのか。おそらく、ソフィアだけでなくシルヴィアやアルフォンスも同様の事を考えているだろう。だが、考察している余裕もなかった。
「っ!?」
ソフィアの目の前に無数の光の弾丸。
優に三十は超えているだろう。その光景を前に、ソフィアは息をのむ。だが、シルヴィアは泰然とした態度で、長刀を一閃した。
「はっ!」
気合一閃。
シルヴィアの長刀を覆っていた魔力が斬撃となって放たれる。それにより、三十を超える弾丸が全て打ち払われた。
この光景には、襲撃者も動揺するだろうと思ったが、そんなことはない。二人は魔道具をマントの下に隠すと別の魔道具を手に取る。
「接近戦か。良いだろう」
シルヴィアは好戦的な笑みを浮かべると、長刀を直剣へと変える。
おそらく打って出るつもりだろう。だが、【レイブン・ギルド】がそんな下策に出るのだろうか、ソフィアはそう思って注意を促す。
「気をつけて下さい! もしかすると、その剣には毒が塗られている可能性があります!」
「っ!……分かった」
ソフィアの注意に、シルヴィアははっとなる。
おそらく彼女の常識では、毒を塗った武器など考えられなかったのだろう。対人戦闘に疎いこともあり、警戒を高めて相対する。
そして、男性が空から一気に間合いを詰めた。
キンッ!
甲高い音が周囲に響く。
男性もまた身体能力を魔道具によって強化しているのだろう。だが、狼の獣人であるシルヴィアの膂力には及ばない。
拮抗したのも一瞬で、男性はそのまま弾かれる。だが、ここまでは計算済みだったのだろう。男性の影に隠れるように位置とっていたもう一人の男性がシルヴィアに向けて近距離から魔銃を放つ。
「っ!?」
シルヴィアの驚愕は一瞬の事だった。
放たれる光の銃弾を体を捻ることで回避する。だが、そこへ更に先ほど弾き飛ばされた男性が追撃を加えた。
体勢を崩したシルヴィアではなく、ソフィアへと向けられた複数の弾丸。
ソフィアは、ロレッタやアニータにつけられた訓練から、本能的にその場に転がり落ちた。
「ソフィア、無事か!?」
「な、なんとか……」
シルヴィアも自身の迂闊さを呪い、ソフィアに駆け寄る。
そして、ソフィアを背後に守るが、後ろがほとんどないのだ。ここはロレッタの作り上げた道であり、両サイドに柵はない。
これ以上後退できないことを悟ると、鋭い視線を二人へ向ける。
「あの二人、明らかに獣人対策をしている」
「獣人対策、ですか?」
「ああ、対人戦闘能力が高いのは間違いないが、嗅覚も聴覚もほとんど効かない。その手の魔道具を持っているのだろう」
淡々と語るその声には僅かに焦りがある。
純粋な戦闘では、シルヴィアに負けはないはず。現に、シルヴィアに対して一度も有効なダメージを与えていないのだから。
だが、それは二人にとってどうでも良い事だ。
あくまで狙いはソフィアであり、シルヴィアを倒せなくとも体勢を崩し隙をつくるだけで十分。そして、二人の能力はそれをするに余りあるものだった。
「このままでは、拙いな……」
そう呟くが、現状応援を期待することは厳しい。
ロレッタとアルフォンスが加わったことで、戦線は立て直した。おそらく、制圧するまで時間の問題だろう。
だが、それまでシルヴィアがソフィアを守り切れるかというと……
「……フェルが使えれば、な」
先ほど馬車に押し入れた少女を思っているのだろう。
「役立たずな」と思っているのは表情を見れば明らかだ。ソフィアも視線を馬車に向けるが、この騒動の中一切動きが見られないのだ。
だが、いない者を考えても仕方がない。シルヴィアは頭を振って、再び剣を構える。と、その時だった。
「……なんか、騒がしいんだけど」
馬車の扉を開ける一人の少女。
フェルだった。悪口に反応したのか、それとも空気を読めるようになったのか。どちらかは分からないが、今回ばかりはちょうど良いタイミングだ。
シルヴィアは、フェルに向かって声を上げる。
「そいつらは、襲撃者だ!」
「しゅうげき……しゃ?」
思考がまとまっていないのだろう。
首を傾げてこちらを見る。あまりにも危機感がなさ過ぎるその表情に、シルヴィアだけでなくソフィアも文句が言いたくなったが、それを堪える。
だが、シルヴィアはこの時僅かに隙を見せた。
襲撃者の男性はそれを見逃すはずもなく、懐から魔道具らしき物を取り出す。
「目を閉じろ! 閃光弾だ!」
一拍遅れて、シルヴィアの鋭い声がソフィアの耳に届く。
それと同時に、男が放った何らかの魔道具が一気に発光した。反射的に目を閉じたが、この隙を襲撃者たちが見逃すはずもなく、果敢に攻め入った。
「あっ!」
近づいてくる二人から離れようとするが、ソフィアの後ろに橋はない。
一人の男性のナイフを躱そうとして、そこから足を滑り落とす。咄嗟に伸ばされたシルヴィアの手を掴むこともできず、重力に従って橋の下へと落ちて行くのだった。




