第50話 人形の襲撃(上)
「見事な物ですね」
ソフィアは、ロレッタの作り上げた岩の道を見て呟いた。
道というよりも橋と言った方が正確だろう。装飾こそされていないが、とてもではないが魔法で作ったとは思えない精巧さだ。
「簡単なこと」
言葉数少ないが、褒められて嬉しいようで口角が僅かに吊り上がっていた。
並んで歩くシルヴィアも感心したようにロレッタを褒め始める。
「いや、確かに【岩の道】は地属性魔法の中でも習得は容易だが、このような橋を造るのは困難だ。魔力操作の能力が卓越しているという証拠だ」
「ええ。以前から思っていたのですが、ロレッタさんは魔法が上手ですよね」
そこへソフィアも手放しに称賛すると、ロレッタは照れたように顔を逸らす。すると、後ろから続いていたアルフォンスも橋を見て言った。
「フェリー家は、代々魔法技術に特化した家系とは聞いておりましたが、本当に素晴らしい技術ですね。確か、ロレッタさんのお爺様は以前四天王だったとか」
「……もしかして、ロレッタさんってかなりの名家の出身だったのですか?」
アルフォンスの言葉に、ソフィアは興味本位で尋ねた。
「ううん。確かにフェリー家は名家だけど、うちは分家。魔法は、楽をするために腕を磨いただけ」
――そう言えば、楽をするために翻訳魔法を覚えたと言っていましたね。
声には出さないが、ソフィアはふとそう思う。
翻訳魔法はかなり高度な魔法だ。才能もあってのことだろうが、とてもではないがソフィアが扱えるような魔法ではない。
他にも、私生活において魔法を使っている姿をよく見る。
ソファに寝転がっている時に遠くの物を引き寄せたり部屋を換気したりなど、様々な場面で使っていた。
とても繊細な魔法は習熟にどれだけの努力をしたことか。きっと弛まぬ努力があったに違いないとソフィアは思う。
すると、隣を歩くシルヴィアが歩を止めた。
「どうかしましたか?」
険しい表情をして前方を見つめるシルヴィアに、ソフィアは怪訝な表情を浮かべる。他の者たちも、二人が歩を止めたことに気づいたのだろう。その場に立ち止まると視線を向けて来た。
「……嫌な感じがする」
その言葉にすぐ声を上げたのはアルフォンスだ。
「また盗賊ですか?」
アルフォンスの言葉に、クルーズたちはすぐさま周囲を警戒。そして、シルヴィアの視線の先に目を向けた。
「馬車?」
近づいて来たのは三台の馬車だ。
まだ遠目にしか見えないが、ソフィアたちが乗っている馬車に比べると幾分か粗末な出来栄えだ。
一瞬、商人ではないのか。
そんな考えが脳裏をよぎる。だが、シルヴィアの表情からしてそれはないと判断すると、アルフォンスがシルヴィアに尋ねた。
「あれがそうなのですか?」
「……おそらく」
シルヴィアが言葉数少なく応えると、アルフォンスもまた警戒する。そして、遂に馬車がクルーズの部下たちの前に止まった。
ゴドウィンもまた警戒した様子で、御者に向かって声を掛ける。
「何か用か?」
ぶっきら棒な一言。
だが、ソフィアもここへ来てシルヴィアの語る嫌な予感と言うものを感じていた。
――何でしょう、あれは……
ソフィアが見たのは御者の後ろに浮く人形。
まるで闇が人を象っているようなそれを見ると、あまりの得体の知れなさに鳥肌が立つ。
そして、隣に立っていたロレッタに尋ねる。
「……御者の後ろに浮くあれは何ですか?」
「後ろ?」
ソフィアの一言にロレッタは首を傾げた。
まるで見えていないような態度に、ソフィアは違和感を覚えて詳細に語る。
「男性の右後ろ。ちょうど肩の後ろにですが、人の輪郭を持つ人形が。それがとても不気味で」
「……見えないけど?」
ソフィアはその一言に、背筋が凍りつく。
それと同時だった。
「おいっ! 何のつもりだ!?」
御者をしていた男性が、ゴドウィンに対して問答無用で切りかかる。それを皮切りに、馬車から武装した者たちがゴドウィンたちの前に立ちはだかる。
――あの人たちの後ろにも人形が
立ちはだかる者たち全員の背後に浮かぶ人形。
ほとんどが闇を人の形に固めたようなものだが、中には人肌のような色の者もいた。ソフィアにはそれが余計に不気味だった。
「っ!? 総員戦闘配備!」
尋常ではない事態にゴドウィンは声を張り上げる。
その声に反応してヨアンたちもまた武器を構えた。すると、近くでアルフォンスたちが言葉を交わし始める。
「先日の盗賊の関係者の仕業か?」
「いえ、おそらくは別件でしょう。闇属性の魔法で操られている可能性があります」
「つまり、フラボノの方の関係者?」
「断定はできませんが、その黒幕と無関係のようには思えません」
「あの、大丈夫なのでしょうか?」
冷静に分析している三人だが、ソフィアは彼らの後ろに浮かぶ人形のせいか不安が募る一方だ。そこで、同じく状況を見守るクルーズに声を掛けた。
「ええ。彼らには見たところ意思が感じられず、動きはかなり鈍いようです。であれば、ゴドウィンたちに任せておけばすぐに鎮圧できるかと」
「そう、ですか……」
ソフィアも不安を胸に状況を見守ろうとした瞬間……
「あれは、魔道具!?」
アルフォンスの驚愕の声が聞こえて来る。
ソフィアも、その声に襲撃者たちに視線を向けると全員が見覚えのあるブレスレットをしているのに気が付く。
そして、襲撃者たちは虚ろな声で「【身体能力向上】」と発動のキーとなる言葉を唱え、一斉に襲い掛かって来る。
「っ!? なんつー身体能力だよ!」
ゴドウィンたちもまた魔法で身体能力を強化している。
だが、強化率は見たところ向こうの方が上だ。反応こそ鈍いが、それを補って余りある身体能力にゴドウィンは苦悶の声を上げる。
「副隊長! 向こうの数が多すぎます!」
二対一、もしくは三対一の状況。
反応が鈍いため、辛うじて保っている戦線だが、かなり苦しい状況にある。なにせ、戦力差が三倍近いのだ。
ゴドウィンを筆頭に奮戦しているが、誰か一人がやられればおそらく戦線は崩壊する。クルーズも応援に駆けつけようとし、アルフォンスたちに視線を向ける。
「っ!? やはりあれは魔国製の……」
アルフォンスの表情は驚愕に染まっていたが、現状を理解できないはずもない。顎に手を当てると、シルヴィアに視線を向けた。
「シルヴィアさん、お願いできるでしょうか?」
「操られているせいか、動きが鈍い。それに、見た感じ戦闘訓練を積んでいない者たちのようだ。これなら問題なさそうだ」
そう言って、シルヴィアはロングソードを顕現させる。
気負いのない足取りで彼らの下へ向かおうとした瞬間だった。
「っ!?」
シルヴィアは何かに反応したのか、突然ソフィアの方を振り向くと一気に駆けだした。
「えっ……」
ソフィアだけでなく、アルフォンス達もまたシルヴィアの行動に呆然とする。だが、シルヴィアはソフィアたちに構わず、手に持っていた剣を宙に投げた。
カキンッ!
まるで金属同士が打ち合ったかのような音が響き渡る。
そして、金属が地面に落ちる音が二度響いた。
「何者だ!?」
シルヴィアの鋭い声が響く。
それに遅れて、ソフィアたちもまたシルヴィアの見る方向へと振り返る。
「「……」」
宙に浮かぶ黒衣を纏う二人の男性。
顔の大半は覆われ、顔は分からない。しかし、その後ろには襲撃者たちと同様……いや、それ以上に人間に類似した人形が浮いていた。
ソフィアは彼らのことを知っている。
おそらく、アルフォンスやクルーズも知っているはずだ。裏方の仕事をメインとするギルドの中に、独自の技術で空中戦闘を可能にする部族が中核となって結成されたギルドが存在する。
その名は……
「【レイヴン・ギルド】」
ソフィアの呟きと共に、感情の宿らない目をした二人組の男性が襲い掛かって来た。
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