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三カ国の到着

オーギュスト=レチノール(カテキン神聖王国)視点です

 ソフィアたちが着々とベンガルへと向かっている頃。

 既にベンガルへとたどり着いた集団がある。その馬車には、誰もが知るカテキン神聖王国の十字架が描かれており、その先頭には聖騎士オーギュスト=レチノールの姿があった。その英雄譚から国を越えて絶大な人気を誇るオーギュストは、ベンガルの住人から声援を受けながら馬を歩かせていた。

 その泰然とした姿はまさに騎士の鏡であり、誰もがその姿に見惚れ少年は憧れる。だが、その凛々しい姿とは裏腹に……


――フローラと一緒にいたくないんだよな……


 そう、馬車に乗らないのは妹が怖いからだ。

 ワイバーンが相手でも一切臆せず勇猛果敢に責め立てる聖騎士も、不快だと言わんばかりのオーラを発している妹の前から逃げ出してしまう。

 情けない言うなかれ。

 騎士にだろうと怖い物の一つや二つあると言うものだ。

 惜しげもなく声援を送っている民衆には知る由もない裏事情だろう。


「せ、聖女様だ!」


 すると、誰かが声を上げる。

 おそらくフローラがカーテンを開き、顔を出したのだろう。儚げな笑みを浮かべているのが想像できるが、オーギュストは確認する気も起きない。

 すると、後ろに控える腐れ縁の部下であるハリソンがオーギュストに声を掛ける。


「いやぁ、流石は聖女様だ。さっきまで向いていた視線が一気に奪われちゃったね」


 イラッと来る言い方だが、揶揄っているのだと分かりため息を吐く。


「武人よりも癒しを与える聖女の方が人気なのは当たり前だろう。まぁ、この前はダージリン公爵に厄災を与えていたがな」


「ははっ、またいつもの冗談かよ。清楚で可憐なフローラ=レチノール様が腹グロな訳ないだろう」


――それはもう真黒だ


 そう言いたかったが、全方位から送られるフローラへの声援の前では無力だ。

 とは言え、ハリソンは親しい間柄のため、愚痴をこぼしてしまう。


「猫を被っているとか思わないのか?」


「被っているとしたら、白い子猫ちゃんだな。フローラ様にはぴったりだ」


「いや、それはないだろ。あれはヘルキャットをさらに鋼鉄化させたレベルだろう」


 ハリソンがあまりにも馬鹿らしいことを言って来たので、つい真顔で返答してしまう。


「そんなのが居たら、国が亡びるぞ。しかも、ヘルキャットって猫じゃなくて虎だからな。流石にそれは妹に対してでも失礼だろう」


「……」


 ハリソンの指摘に、オーギュストは静かに前を向いて思う。


――フローラの正体を知らない奴は幸せだな


 この認識は、オーギュストだけではない。

 フローラの裏の顔を知る者たち全員の認識だ。この苦悩を知らないハリソンが羨ましく思えてしまう。

 すると、その時だった。


「あれって、フェノール帝国の馬車じゃないか!?」


 誰かの声が聞こえて来る。

 フェノール帝国は現在停戦中とはいえ、カテキン神聖王国の敵国だ。とは言え、今回は目的が一致しているため問題はない。話によると、あの馬車に乗っているのは穏健派のアレン=フェノールとのことだ。聞こえて来る噂から判断すれば、向こうから喧嘩を売ってくることはないだろう。

 だが、民衆はそう言った話を聞いておらずフェノール帝国とカテキン神聖王国の馬車が同時に現れたことで緊張を顕わにしていた。


「なぁ、あの家紋すげぇ見覚えがあるんだけど。座学をサボりまくってた俺でも知っているくらいの」


「そうだな、もし知らないと言っていたら再教育してもらうところだ」


「分かるんだけどさ、自信がないんだよ。だから、確認するけど……皇家の家紋じゃない?」


「ああ、その認識で正しいぞ。良かったな、再教育を免れて」


 ハリソンは当たって欲しくなかったと頭を抱える。

 オーギュストも平静を装っているが、内心ではハリソンと同じ気持ちだ。ちらりと視線を後ろに向けると、そこには第三皇子の懐刀であるジョージがいた。


「うわぁ、あれって【サイレントスナイパー】だよな。嘘か本当か知らないが、一キロ以上離れた位置からワイバーンの目を狙撃して殺したって言う」


 ハリソンもまたジョージを見て嫌そうな声を上げる。


「気持ちは分かるが、気を引き締めろ。もしかしたら、あいつの部下が既に潜伏して狙撃されるかもしれないぞ」


「分かっているさ。最近の帝国の技術はやばいからな。正直、あいつらの射程がどの程度なのか想像もできないぜ」


「ああ、ないとは思うが警戒はするように」


 あらかじめセドリックから他の二か国からも同様の問い合わせが来ており、三カ国を交えて話をすると知らされていた。


――だからって、皇族が来るなんて思わないだろ


 内心ため息を吐く。

 フローラがやけに不機嫌になっていたのを思い出し、もしかするとアレンが来ることに気づいていたのではないだろうか。

 不機嫌オーラを感じて逃げた後ろめたさがあるため、フローラに対して言えることはなかった。

 と、その時だった。


「あれは!」


 どこかデジャヴを覚える声が聞こえて来た。

 おそらくシアニン自治領からの使者が到着したのだろう。もしかすると、七代商会の会長でも来たのではと予想していると……


「ヤグルマギク商会の馬車だ!」


「「げほっ!?」」


 オーギュストとハリソンが揃って咽せかえる。

 ヤグルマギク商会は七代商会のトップに位置する商会で、王がいないシアニン自治領の実質的な支配者だ。王自らがこの場に来たと言っても良いだろう。

 あまりの事態に二人は顔を見合わせて後ろを振り向く。


「うわぁ、マジでヤグルマギクの花が見えるんだけど」


「ああ……」


「なぁ、俺らここへ何しに来たんだっけ?」


「フローラの付き添いで、アールグレイ嬢についての情報収集だな」


「俺もそう聞いたんだけど……なんで?」


 ハリソンは一貴族令嬢の行方を聞きに来ただけのはず。

 そもそも他の二か国も同時に動いていることがおかしいのだが、それはこの際置いておくとして、フェノール帝国第三皇子にヤグルマギク商会が現れる理由が分からない。

 武人であると自覚しているオーギュストは政治には疎く、この会談には何らかの意図があるのではないかと今頃になって考え始める。

 だが、いくら考えてもフローラの意図が見えてこないのだ。


――いや、そもそもどうして俺たちが護衛に着くことになった?


 ふと疑問に思う。

 確かにフローラはオーギュストの妹だ。だが、神聖王国に十人しかいない聖騎士を肉親だからで動かすはずがない。

 例えフローラが聖女だとしても、今回の件は聖騎士が動くほどか。

 疑問に思うがすぐに氷解した。


――上もこの事態を想定していたのか?


 フローラが想定していたように、オーギュストの上司もまた同じ想定をしていたのであれば、今回の件も納得がいく。

 それに、フローラもそうだがアレンもマルクスもフットワークが軽いことで有名だ。あり得ない話ではないのだろうが……


――ソフィア=アールグレイはどれほどの影響を……


 ソフィアの持つ人脈は、フローラたちだけでない。

 もっと身近にもいれば、範囲を拡大してもいる。それらが同時に動きだしていたらと考えると、背筋に冷たいものを感じた。

 オーギュストは馬を減速させて馬車に横付けすると、フローラに近づいて言った。


「もうこれ以上増えることはないよな?」


 その言葉に、フローラは大衆向けに浮かべていた笑みを消し首を傾げる。


「猿と狸以外ですか? 烏が動き回っているのは知っていますけど、他には犬が嗅ぎまわっているみたいですね。他は表立った動きは今のところありません。後はどうでも良いことですが、鼠がコソコソ動いているみたいですね。個人的には忌々しい狐の動きが気になりますけど」


「……」


 いったい何の話をしているのか。

 正直言って、オーギュストは妹の話の意味が分からない。だが、知らない所で事態が悪い方向へと向かっていることは確かで、武人だからと政治に関心を持たなかった自分を後悔した。


 そして、この日。三カ国の重鎮がダージリンの首都ベンガルに到着したのだった。







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