第48話 本当の自分
昨夜の大雨が嘘のように雲一つない青空が一面に広がる。
地面には水たまりが出来ており、土の匂いが鼻につく。ソフィアは、雨の日特有の匂いが嫌いではなかった。ぐっと体を伸ばすと、朝の新鮮な空気を体に取り込む。
周囲を見渡すと、村人たちが作物に大雨の影響が出ていないか調べているのが見えた。
「ソフィア様、おはようございます」
すると、後ろから声を掛けられる。
振りむいた先にいたのはクルーズだった。ソフィアも軽く礼をすると挨拶を交わす。
「おはようございます。お早いですね」
「ええ、昨日の雨の影響で地盤の確認をしていたところです」
「ああ、そうだったのですか。ご迷惑をお掛けします」
「いえ、とんでもございません。ただ、案の定地盤がぬかるんでいて馬車での移動は少々危険が伴うかと」
クルーズは申し訳なさそうに報告する。
だが、天災であるのだから仕方がない。魔国のようにコンクリートで覆われているわけではないので、地面がぬかるむと車輪がはまってしまうことがある。馬のことも考えると、今日の移動は不可能だろう。
ソフィアは、仕方のないことだと言って首を振った。
「この時期の雨は珍しいですからね。運がなかったとしか言いようがありません」
「ええ、どうやら農作物に少なからず影響が出ているようで」
「そのようですね、皆さま朝から忙しく動いているのが分かりました。ただ、こちらにとってもちょうど良かったのでは?」
「はい。シルヴィア様やロレッタ様も疲労の色が見て取れましたし、フェル様は限界を通り越していましたから」
クルーズはそう言って苦笑を浮かべる。
ソフィアもまた馬車の中の惨状を思い出しつられて苦笑を浮かべてしまう。すると、宿屋の中から一人の少女ミナが慌ただしく出て来た。
「あっ、おはようございます!」
「おはようございます」
小柄で忙しく動く様子はとても可愛らしく、ソフィアは頬を緩めて挨拶をする。クルーズも同様の印象を抱いたのだろう。柔和な笑みを浮かべて、挨拶をした。
「すみません、慌ただしくて」
「いえ、お気になさらずに。お掃除ですか?」
昨夜の突風の影響で宿屋の屋根の一部は破損してしまい、ロビーは風の影響でかなり汚れていた。
バケツを持っていることから掃除をしているのだと判断し、手伝いを申し出ようとすると……
「えっと、それは……その」
ミナは恥ずかしそうに頬を朱に染める。
いったい何があったのだろう。そう思って、首を傾げてしまうと……
「……バカ二人が寝坊したなんていえないよぅ」
本人は口に出すつもりはなかったのだろう。消え入りそうな小さな声だったが、ソフィアの耳にはしっかりと届いていた。そして、宿屋の方を見ると、まだ顔も洗っていないミナの両親らしき姿があった。
現状を理解したソフィアとクルーズ。幼い娘が忙しく働いているのに、暢気に欠伸をしている二人を冷たい目で見てしまう。
「す、すみません! 私急いでいるもので!」
「頑張ってくださいね」
「……っ!? はい!」
ソフィアの言葉にミナは羞恥に頬を染める。
だが、その言葉に何かを感じたのかはにかみ笑いを浮かべて元気よく返事を返して来た。その様子を見て、クルーズは言う。
「これが、鳶が鷹を生むということでしょうか」
「立派な娘さんですよね」
ソフィアとクルーズは小さくなって行くミナの後ろ姿をぼうっと見つめるのだった。
それから、時は進む。
特にやることがなかったソフィアは、ミナの手伝いをしているとシルヴィアが一階に降りて来た。
「おはよう。お前たちは、何をしているのだ?」
「おはようございます。見ての通り掃除ですけど、どうかしましたか?」
起きて早々、シルヴィアは奇怪な者を見るような視線を向けて来た。
ソフィアはその視線の意味が理解できず、周囲を見渡す。そこには、クルーズの部下たちが、箒や雑巾、バケツを持って掃除をしている姿。かくいう、ソフィアもその手に箒と塵取りを装備している。
「見れば分かるが、何故こんな大所帯で掃除している」
ソフィアは、その言葉に今日は出発しないと言うことを伝えていないことを思い出しポンと手を打った。
「地盤がゆるんでいたので、今日の移動は見送るつもりです」
「いや、そっちではなくて……」
「シルヴィア様、我々は健気に働く少女に感銘を受けて居ても立ってもいられなくなったのです。因みに、アルフォンス様と副隊長は屋根の修理中です」
「……?」
シルヴィアは、クルーズの部下の言葉に意味が分からないと首を傾げる。
すると、ガシャン!とまるで陶器が割れたような音が何度かロビーまで届いて来た。それと共に、幼い声が聞こえて来る。
「お母さんは厨房に立たないでって言ったでしょ! もう、お皿何枚割ったと思っているの!? お父さんもだからね!」
その言葉に、シルヴィアもまた何が起きているのか理解する。
ソフィアに視線を向けて来たため、無言で頷く。
「私も、何か手伝おう」
「では、台所でお皿の片づけでもしましょうか」
「そうする」
こうして、ソフィアとシルヴィア、後にロレッタは黙々と掃除をするのだった。
時刻は昼前。
ソフィアたちが掃除や修理を終えた頃には、他の村人たちも普段の落ち着きを取り戻していた。
余所者が珍しいのだろう。宿屋の前にいるソフィアたちは視線を集める中、ロレッタは自室から機材を持ちだして来た。
「……えっと、何故バーベキューセット?」
「七輪がなかったから」
――何故、七輪!?
ソフィアはそう尋ねたかった。
だが、ロレッタの持つ布に包んであるマツタケを見て理解する。おそらく、既に石突を削るなど下処理は済んでいるのだろう。
「それにしても、よくバーベキューセットがありましたね」
ため息を吐きそうになるのを堪えると尋ねる。
「フェルの荷物の中にあったぞ。まぁ、本人は部屋から出られない様な状態みたいだから借りて来た」
ロレッタに代わり、両手に調理酒や塩を持ったシルヴィアが現れる。
もう何を言ってもこの二人は止まらないのだろう。アルフォンスに視線を向けるが、処置なしと首を振った。
「えっと、何をしているのですか?」
すると、仕事を終えたミナが興味深そうにこちらを見て来た。
アッサム王国にバーベキューセットなど存在しないのだから興味が惹かれるのも当然だ。ソフィアは、腰を折り目の高さを合わせると言う。
「このキノコを使った料理を作ろうかと」
「そうなんですか? 因みに、これは何ですか?」
「バーベキューセットと言って……あれ、バーベキューってそもそも何でしょうか?」
説明しようと思ったが、ソフィアは説明ができず首を傾げる。
助けを求めるようにシルヴィアやロレッタに視線を向けるが、二人とも答えが出ないようで首を傾げていた。
「バーベキューとは、簡単に説明すると外で行う焼き肉のことです。昔は使用人が前日から支度をした野外で立食形式の貴族の文化だったそうですが、今では家庭で焼きながら食事を楽しむという庶民の文化に変わったと聞きます」
アルフォンスの説明に、ソフィアたち三人は感心した声を上げる。
「ア、アルフォンス様は……その……とてもは、博識なんですね……」
ミナは頬を真っ赤に染め、アルフォンスを褒め称える。
その態度に、クルーズたちの部下は主人の弟であることを忘れて鋭い視線を向ける。
「いえ、それほどでもございません。ミナさんは、博識とは難しい言葉を知っているのですね」
柳に風と言った態度で、柔和な笑みを浮かべるアルフォンス。
余裕のある大人な態度にソフィアは感心するが、シルヴィアとロレッタは絶対零度の視線でアルフォンスを見る。
「あれより悪い」
「ああ、刺されるな」
二人の脳裏に浮かぶ某A級冒険者。
アルフォンスはそれを感じ取ったのか、一瞬表情を歪ませるがゴホンと咳払いしてミナに言った。
「もしよろしければ、御一緒にどうでしょうか?」
「ええ! 良いんですか!」
誰も断るつもりはなく、むしろ歓迎した。
中には遠目で見ていた子供たちも気になっていたようで、クルーズの部下たちが視線で許可を求めて来たのでソフィアは首を縦に振る。
「うわっ、何だよこれ! すげぇ!」
「これで料理するんだって!」
「ミナばっかり狡いぞ!」
五歳から十代前半くらい。
体力的な面で農地へ出ていなかった子供たちが、次々と集まって来る。彼らにとって、バーベキューセットはとても気になる物だったのだろう。
中には、アルフォンスに熱い視線を向ける少女たち、シルヴィアやロレッタに熱い視線を向ける少年たちの姿もあった。
――私は、完全に背景ですね
疎外感を覚えるソフィアは、クルーズたちに「お互い心を強く持ちましょう」と伝える。その時、呆れられた目で見られたが、ソフィアはただの背景として料理に専念すると決心すると、マツタケの調理を始めた。
とは言え、調理というほどではない。
ただ焼くだけである。ソフィアはマツタケを手で半分に割く。マツタケは大きければ大きいほど香りが強く美味しいとされる。だが、時期も早いと言うこともあって小ぶりのマツタケしかない。傘は閉じていた方が見た目も良いが、バラバラだった。
ソフィアは、マツタケを手で割くとちょうど良い大きさに二分すると、今度はアルミホイルを用意してそれぞれ個別に包む。
「味付けはどうしますか?」
「塩で頼む」
「バター醤油が良い」
「分かりました」
ソフィアは了承すると、半数のマツタケに調理酒と塩を入れホイル焼きにする。そしてもう半数には、醤油とバターを入れて同様にホイル焼きにした。
徐々に良い匂いが立ちこんできて、先ほどから別のことに気を取られていた子たちも徐々に匂いに当てられ興味を惹いて来たようだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。これなに作っているの?」
「これは、マツタケ……えっとキノコを焼いているんです。とても美味しいですよ」
簡単だが、火加減を間違えれば失敗する。
ソフィアは、少女の質問に答えながらも火から目を離さなかった。初めての経験で失敗はできないと思っていると、不意に変化が訪れる。
――あれ、温度が動く?
生活魔法が料理魔法にリンクしたのを感じる。
その恩恵で、炎ではなく熱を自由に動かせるようになった。ソフィアの戸惑いは一瞬で、すぐに集中すると熱をコントロールする。
料理スキルのレベルが十。
これの恩恵により、ソフィアは感覚でどの程度温度が伝わったのか理解できる。だからこそ、熱をコントロールして全体に行き渡らせることができる。
不規則ではなく支配された炎。それが、均等にマツタケを熱して行く。
「完成しました」
火を止め、額の汗をぬぐうと……
「すごい! ソフィア様、今のどうやったんですか!?」
「へ?」
ミナが興奮したように声を上げた。
すると、それに次いで他の子供たちも声を上げ始める。
「何か、勝手に炎が動いてたよ!」
「あんなの見たことねぇ! 魔法だよな!」
「料理って凄い!」
興奮混じりに次々と声を掛けられ、戸惑うソフィア。
助けを求めるようにシルヴィアとロレッタに視線を向けるが、二人とも感心したような声を上げて苦笑していた。
何が何だかわからず困惑していると、アルフォンスが手を叩く。
「さぁ、皆さん。ソフィアも困っていますから、冷めないうちに食べましょうか」
アルフォンスの言葉に誰も反対はしなかった。
何せ、バター醤油の良い匂いが充満しているのだ。この匂いに食欲が刺激されないはずもなく、お皿に乗せると食べ始める。
『……!?』
一口食べると言葉を失う。
誰もが、目を瞬かせ顔を見合わせる。そして、爆発したように子供たちが声を上げた。
「美味しい!」
「このキノコ、こんなに美味しかったの!」
「バターショウユって、すごく美味しい!」
「塩も美味しいよ!」
「なら、交換して食べようよ!」
和気あいあいと食べ始める子供たち。
大人組はその様子を微笑ましく見ていた。一方で、ロレッタとシルヴィアは大人げなく、既に次のマツタケに手を伸ばしている。
これを見た子供たちから批難されるが二人は気にせず食べる。
それに負けまいと子供たちも笑顔を浮かべながら次々と食べ進めて行く。
「……っ!?」
ソフィアはその光景が眩しかった。
自分の料理がこの光景を作り上げていると思うと嬉しさが込み上げて来る。すると、ミナが近づいてきて言った。
「とっても美味しい」
その言葉が何よりも嬉しかった。
そして、他の子供たちも次々にソフィアに「美味しい」と伝えて笑顔を見せてくれる。この光景だけで胸が一杯だった。
そして、自分の頬に仄かな温かさが伝るのを感じ、小声で言った。
「ありが、とう……」
ソフィアは本当の自分と言うものが何か見えて来たような気がしたのだった。




