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第47話 ダージリン領へ

 その後の旅程は、特にトラブルがなく順調に進んだ。

 そして、四日後。一行は目的地ベンガルのあるダージリン領へと到着した。


「あとどのくらい掛かるの?」


「ここは、ダージリン領での東端ですから……そうですね、早ければ二日後には着きますよ」


「はい……ですが、雲行きが怪しいですね」


 そう言って、クルーズは窓から空を見る。

 つられてソフィアも外を確認すると、天一面が雨雲に覆われていつ降り始めてもおかしくなかった。

 カーテンを閉め窓から視線をクルーズに移すと、ソフィアは尋ねる。


「今日は、どこかの町へ泊まった方が良さそうですね。この辺りに、町はありますか?」


「町となると、後半日は掛かります。ですが、この辺りには村がありますので、そちらで何泊かさせてもらえるように交渉してみようかと」


「一泊ではないのか?」


「はい、雨量によっては馬車での移動が困難になりますので」


 ソフィアの言葉に、シルヴィアは納得したのか「なるほど」と頷く。

 馬車と自動車の違いもあるが、舗装されていない道路はどちらでも厄介だ。例え、自動車でも舗装されていない道を行く場合、四十キロも出せないという。


「その村の治安は良いのですか?」


 ふと気になったのか、アルフォンスがクルーズに尋ねる。


「報告では、五年ほど前に犯罪が起きましたがそれ以降は特になかったと」


「五年に一度しか犯罪が起こらないのか?」


 シルヴィアは、クルーズの報告に目を剥く。

 毎日のように事件や事故が起こるマンデリンで兵士をしているからだろう。驚愕を顕わにしているシルヴィアにクルーズは緩く首を振った。


「小さな事件であれば報告して来ませんので、実際は違ってくるでしょう」


「村八分にされると、生きてはいけませんから。共存を大切にしているので、いざこざはあっても事件に発展するようなことは滅多にありません」


「なるほどな」


 道中に見た村の様子を思い出したのか、シルヴィアは神妙に頷く。


「そろそろ村が見えてきました」


 すると、窓から外を覗いていたクルーズが声を掛けて来た。

 窓を覗くと、確かに柵のようなものと見張り台が見える。辺りではポツポツと雨が降り始め、本降りになる前には村に到着するだろう。

 しばらくして、馬車は村の門近くにたどり着き、代表者としてクルーズが出て行った。


「物々しい雰囲気だな。何かあったのか?」


 窓からクルーズたちの様子を窺っていたシルヴィアが呟く。

 ソフィアにも村人たちが警戒しているのが分かるが、アルフォンスはそれは違うと首を振った。


「おそらく、護衛の服装でしょう。クルーズたちは身なりを整えているため、冒険者のようには見られません。となると、貴族や商人の私兵と考えるのが妥当です」


 アルフォンスの言葉の意味が分からず、シルヴィアとロレッタは首を傾げる。ソフィアは事情を知っているため、言いにくそうに説明する。


「村や町へ立ち寄らなかったのですが、ダージリン領の東に隣接する領地のテアニン伯爵領は、あまり治安が良くありません。テアニン伯爵はキームン侯爵の子飼いの貴族でして、選民意識が強い貴族として有名です」


「つまり?」


 ソフィアの回りくどい言い方に、ロレッタは首を傾げる。敢えて言葉を濁したのだが、シルヴィアもロレッタも分かっている。だが、真実を聞きたいのだろう。言いにくそうにしているソフィアに代わって、アルフォンスが言った。


「平民への重税ですね。キームン侯爵は、農務卿であり国王派貴族です。テアニン伯爵に重税を辞めるように命令できるのは国王以外おりません。王家も大分腐敗が進んでいるようですね」


 辛辣な一言に、ソフィアは何も言わない。

 現在アッサム王国が苦境に立たされている理由の大きな要因は国王にあるのは確かだ。中立派のダージリン公爵やセイロン伯爵、貴族派のティンブラ侯爵、ニルギリ侯爵、フレーバーティー侯爵が現状を支えている。

 だが、現状を理解せず国王を筆頭として悪化させている貴族が多数いるのは確かだ。ウバ侯爵やキームン侯爵を始めとした国王派貴族。貴族派や中立派を合わせてもなお多く、家格の高い貴族ばかりだ。


「なるほどな。つまり、私たちはそのテアニン伯爵家の関係者だと思われているわけか」


 シルヴィアの言葉に怒気が混じっていた。

 ロレッタも表情こそ変わらないが、そんな悪徳貴族と勘違いされて快いはずもなく、不快感を醸し出している。

 アルフォンスは同意だと頷くと、窓から外を覗いて言った。


「その可能性が高いですね。ただ、その場合であればすぐに警戒は解かれるでしょう……ほら」


 アルフォンスに促されて外を見ると、集まっていた村人たちが散り散りになって行くところだった。村人たちから了承が取れたようで、馬車は村の中へと入って行く。

 村の景色は、ソフィアの知っている村と変わらず……いや、流石はダージリン領だと思えるほど豊かな村だった。雨に濡れながら行き交う人たちを見ても、健康状態は良さそうで塩不足を嘆いている様子はない。


「これが……宿なの?」


 しばらくして、この村唯一の宿にたどり着くと、ロレッタが呆然とした声を上げる。フラボノの町で見た感動とは程遠く、言葉も出ない様子だ。


「ええ、まあ」


 クルーズも酷く言いにくい様子だ。

 何せ、村の建物は多少器用だとは言え建築の素人である村人が建てたものだ。雨風防げるものの、建物としては心もとない造りをしている。


「村の建物は大抵こんな感じですよ。村では魔法が使える者は珍しく、手作業ですから」


「そう言われると、そうだろうが……ほんとうに大丈夫なのか?」


 シルヴィアも心底不安そうだ。

 だが、宿屋は他の住居に比べると幾分かましだ。最も立派だと思える村長宅でさえ、住むことを遠慮するレベル。

 呆然とする二人に、アルフォンスが慰めるように言った。


「どのみちマジックテントを使うのであれば、そう気にする必要はありません」


「マジックテントごと屋根に潰されそう」


 ロレッタの一言に、何を心配しているのか気が付きソフィアは苦笑して言った。


「突風で屋根が飛ばされることは良くありますが、屋根が落ちてくることはそうありませんよ」


「……その言葉を聞いて余計に心配になったのだが」


 そう言って、シルヴィアはため息を吐くとソフィアに膝枕されているフェルを見て言った。


「まぁ、フェルに改造させれば良い話か」


「……」


「ダメ。返事がないただの屍のようだ」


「一応生きてますよ。一日中馬車に乗って、顔色が真っ青ですけど」


 フェルと馬車は相性がすこぶる悪いらしい。

 この四日間、ほとんど馬車から出なかった影響か死人のようにぐったりとしていた。必要になった時に限って使えなくなっているフェルに、二人はため息を吐く。


「こいつ、本当に何しに来たんだ?」


 おそらく、それは本人が一番知りたいことだろう。

 だが、それに答える者は誰一人いなかった。





「い、いらっしゃいましぇ!」


 宿屋で出迎えてくれたのは、十歳前後の少女だった。

 恰好こそ村人とそう変わらないが、顔立ちは整っている方だ。栗毛色の髪はボサボサで、肌は一切手入れしていないからか荒れている。だが、手入れさえしていれば町でも早々みられないほどの美少女になるだろう。

 緊張により噛んでしまったことが恥ずかしいようで耳まで真っ赤だ。それでも、ソフィアたちから視線を逸らさないのはとても立派で、好ましく思う。

 そして、少女の両親はというと……


「はぁはぁ……恥ずかしがるミナちゃんも可愛い!」


「見て、小刻みに震えているわ!……何て可愛らしいの!?」


 ソフィアたちは、何も見ていない。

 親馬鹿二人組を無視して、ソフィアは少女に話しかける。


「大部屋二つだけど用意できますか?」


「二つですね、畏まりました。朝晩の食事はどうなされますか? 必要であれば、お一人様銅貨二枚で付けることが可能です。お湯が必要であれば、銅貨一枚になります」


 見るからに緊張しているのだが、見事な対応でソフィアは思わず感心してしまう。

 ソフィアの後ろでもアルフォンスが感嘆の声を上げ、シルヴィアは背負ったフェルに向かって「お前より優秀じゃないのか」と真剣な声で言っていた。

 数日分の代金をクルーズが支払うと、村娘の少女ことミナは両手両足を揃えて歩き始める。


「なんで、ナンバ歩き?」


 ロレッタの純粋な疑問が呟かれる。

 と、その時だった。


「あっ!」


 ぎこちない歩き方をしていたミナは、床の出っ張りにつまづき、頭から床に倒れて行く。

 危ないと思って、ソフィアやシルヴィアも動くがそれよりも先に……


「大丈夫ですか?」


 アルフォンスが、倒れそうになったミナを抱き留めた。


「あ、はい……」


 アルフォンスほどの美形だ。

 銀髪碧眼で王族かと思えるほどの美しい顔立ち。ミナはアルフォンスに抱き留められていることに気が付き、先ほどとは違った意味で顔を真っ赤にする。

 それを見た、ロレッタたちは。


「お巡りさーん」


「いや、人の趣味に口を挟むわけには……」


「……ギルティ」


 三人の言葉にすぐさまアルフォンスが反応する。


「ち、違います。冤罪です!」


 と、声を張り上げる。

 その光景を見た、ソフィアははっと何かに気づき手をポンと叩いて言った。


「アルフォンス様は、ロリータ・コンプレックスだったのですね!」


 その場にいる者たちは思う。

 悪意のない一言は、時に人を最も傷つけるのだと。









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