第45話 疑念と制圧
招かれざる客。
その言葉を正しく理解したクルーズは、血相を変えて馬車から飛び出しゴドウィンに尋ねた。
「状況は!?」
「見ての通りだ! 正確な人数は分からないが、五十人はいるはずだ!」
「五十人!?」
ゴドウィンから伝えられた敵の数に、クルーズは耳を疑う。
ソフィアもまた、ゴドウィンの声が聞こえておりカーテンの隙間から外を覗いた。
「こんなにも……」
ソフィアは、目の前の光景に唖然とする。
木々の合間から次々に現れる無法者たち。一方向だけでも、五十近くいるのではないかと思えるほどだ。
ソフィアが現状に困惑していると、アルフォンスの冷静な声が聞こえて来た。
「いくら何でもこの数は変ですね」
アルフォンスは、手を顎に当て静かに外を見る。
絶望もしていなければ焦燥も感じられない。そんな態度に、冷静さを取り戻したソフィアが尋ねる。
「変、とは?」
「……盗賊らしくありません。多すぎるのです」
「どう言うことですか?」
「そのままの意味です。盗賊は、冒険者や騎士と一対一では勝てません。だからこそ、奇襲をメインとした戦術を組みます。ですが、大人数となると索敵されるリスクが高まるのです。現に、奇襲前に気づかれていますから」
アルフォンスの話に、ソフィアは首を傾げる。
だが、シルヴィアは何を言いたいのか理解したのだろう。だが、その考えに自信がないのか、アルフォンスに尋ねた。
「私たちが、ここを通ることを知っていたと言うことですか?」
「ええ、おそらくは。でなければ、この人数での待ち伏せなどしないはずです。ただ、一台の馬車を襲うのに、何故これだけの人数を……」
アルフォンスの疑問が解決せぬまま、事態は動く。
既に馬車は無法者たちに囲まれてしまい、クルーズたちは馬車を囲うように円陣を組んでいた。
多勢に無勢。
勝算などないに等しく、クルーズたちの表情はいつになく険しい。すると、無法者の親玉が部下に向かって声を張り上げる。
「野郎ども! 護衛を殺して、馬車の中のお宝を奪え!」
『うをぉおおおお!!!!!』
親玉の一言により、無法者の士気が上がる。
会話を期待していた訳ではなかったが、問答無用で襲い掛かって来る盗賊にクルーズたちも苦し気ながら応戦を始めた。
「これは拙いな……私も出る」
魔国では無法者に襲われるような事態はほとんどない。
シルヴィア自身初めての体験で、もう少し余裕をもって動けると考えていたのだろう。まさかこれほど早く事態が動くとは思っておらず、声には焦りが窺えた。
「私も手伝いましょう」
シルヴィアの言葉に、アルフォンスは手を顎から外すと同調する。
クルーズたちでは抑えきれないと判断したのだろう。ソフィアもまた同じ結論に至ったため、二人に申し出る。
「私も何か手伝います」
「いや、ソフィアは馬車で待機していていろ。魔道具で多少動けるようになっても、戦えないだろう。ロレッタ、ソフィアとフェルを頼む」
「分かった」
ロレッタが頷くと、アルフォンスとシルヴィアが馬車から飛び出して行った。
ソフィアは、ただ見ていることしかできない自分を歯がゆく思う。だが、そんなソフィアを見てロレッタは言った。
「大丈夫、心配する必要ない」
「そう、ですよね……」
シルヴィアの戦闘能力を疑うつもりはない。
だが、戦場に確実はあり得ない。名高い戦士が、流れ弾で死ぬことなど特に珍しいことではないのだから。
僅かな不安を抱きつつ、ソフィアは外を見る。
「クルーズ、私たちも加勢します」
「アルフォンス様、それにシルヴィア様も!」
馬車から現れた二人に、クルーズは驚きの声を上げる。
だが、その驚愕も一瞬の事で、すぐに表情を引き締めると敵と向かい合う。
「分かりました、できれば魔法で援護して頂ければ助かります。我々が、決して近づけさせません」
「分かりました。ですが、シルヴィアさんは確か……」
「ええ、魔法は苦手でして。その代わり……」
シルヴィアが申し訳なさそうに言うと同時に、その両手には一本の槍が握られていた。
クルーズは突然武器が現れたことに驚くものの、すぐにシルヴィアが魔法使いではなく戦士と言うことに気づく。
クルーズはアルフォンスに視線で尋ねると、静かな頷きが返って来る。
「では、お願いします」
「了解した。私が彼らの動きを止めるので、アルフォンス殿は拘束を」
「分かりました。お願いします」
その了承とともに、シルヴィアの姿が消える。
離れていた位置から見ていたソフィアにも、シルヴィアの動きは微かにしか見えなかった。消えたシルヴィアは次の瞬間、ゴドウィンたちが築いた前線を越え無法者たちの頭上に現れる。
「ぐはっ!?」
シルヴィアは、着地と共に近くにいた者へ槍を払う。
無法者は、体をくの字に曲げ、そのまま木に叩きつけられ気を失う。
「げほっ!?」
そして、突然のことに体を硬直させている男性の鳩尾に石突で突く。
無法者は、そのまま崩れるように膝を折り気絶した。
一連の動作があまりにも流麗で、誰もが唖然としていた。だが、その隙にシルヴィアはさらに追撃を重ねる。
「あ、あの女を止めろ!!」
次々と気絶させられていく部下たちを見て、リーダー格の男性は声を張り上げる。
部下たちは、はっと我に戻りシルヴィアを囲い始める。だが、シルヴィアにとってそれは無意味だった。
「速すぎる!」
「な、なんだよ、こいつの動きは!?」
「人間技じゃねぇ!」
次々に倒される仲間たちを見て無法者どもは叫ぶ。
そして、馬車から見ているソフィアもまた同じ気持ちだった。
「すごい……」
「当然、だよ。銀狼姫の名は伊達じゃないからね。接近戦だと、確実に勝てるのは魔王軍でも一握りだから」
フェルは乗り物酔いで顔色を悪くしつつも、まるで自分の事を自慢するかのように誇らしげだ。
「獣人の多くは魔法を苦手としている。……けど、私たちにとって獣人は天敵」
「気が付けば間合いとか……反則も良いところだよね」
「うん」
魔法が得手不得手、そんなことは関係ない。
シルヴィアの動きは変幻自在。
目にもとまらぬ速度で動くのはもちろんだが、木々を足場にして飛び回って翻弄している。
例え、剣を交えようとしても無意味。
無法者の剣では、シルヴィアを捉えることはできず空を切るだけ。
例え、盾を構えようとも無意味。
気が付けば、後ろに回り込まれており、すれ違いざまに気絶させられる。
例え、円陣を組もうとも無意味。
円陣を組もうにも、その場所には誰一人立つことは許されていないのだから。
槍を携え、木の枝に立つその姿はまさに絶対的強者。
ソフィアは、呆然とシルヴィアの姿を見ることしかできなかった。
「やべぇな……あの嬢ちゃん」
静寂が包む中、ゴドウィンの呟きが聞こえて来る。
アルフォンスたち魔国組を除けば、シルヴィアの実力など知るはずもない。ソフィアでさえ、シルヴィアが実際に戦う姿は初めて見た。
その佇まいに隙は一切なく、ただ無法者たちを睥睨する。
下手に動けば切られると錯覚しているのだろう。無法者たちはその場から動くことはできず、その隙にアルフォンスが動いた。
「これで終わりです」
とても人間とは思えない魔力がアルフォンスの体から迸る。
以前見たロレッタと同等……いや、それ以上かもしれない魔力が解き放たれると、大地が無数の蛇に変化する。
シルヴィアに気を取られて無防備を晒す無法者は、次々に蛇に拘束されていく。
「っ!? て、撤収だ!」
いち早く現状に気づいた無法者どもの親玉が、声を張り上げる。
だが、もう遅い。シルヴィアに気絶させられたもの以外は、アルフォンスの魔法によって次々に拘束されて行き、無事な者は二十人にも満たない。
そして、親玉もまた……
「ぐはっ!?」
アルフォンスの魔法に気を取られた隙に、いつの間にか背後に現れたシルヴィアに気絶させられる。
たった三分。
それが、無法者の制圧に掛かった時間だ。クルーズたちだけでなく、ソフィアもまた目の前の光景が信じられず呆然としてしまった。