第5話 公共職業安定所へ履歴書の添削に
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履歴書を作成するにあたり、自分を売り込むことが必要だ。
だいたい二百文字ほどで自分をどれだけアピールできるか。そして、相手に興味を持ってもらえるか。それを明記する必要がある。
魔国で使われている履歴書には
氏名、種族、学歴などの基本情報の他に三つのアピールポイントがある。
自己PRと趣味・特技それから志望動機だ。
基本情報でアピールできるとすれば、学歴や資格だろう。だが、残念ながらソフィアには魔国内で通用する学歴もなければ資格もなかった。
そのため、必然的にその他のポイントでアピールする必要があるのだが……
「私の強みは器用貧乏な所です、ね。う~ん、もっと他にないの?」
現在ソフィアは、公共職業安定所マンデリン支部に足を運んでいた。
何でも、ここでは無料で履歴書の添削をしてくれるとのことだ。シルヴィアが色々と手解きをしてくれたものの、これ以上付き合ってもらうのは申し訳ないと感じていた。
その矢先、シルヴィアがここを紹介してくれたのだ。
ソフィアの履歴書を読んで唸り声を上げているのは、担当のメルディ=サキュだ。
桃色の髪に大人の色気を感じさせる彼女だが、種族はサキュバスと呼ばれる魔族である。種族の性なのだろう。フォーマルな衣装なはずだが、露出が大きく大人の色気を感じさせる。
やはり、ソフィアも貴族の令嬢だ。
女性はなるべく肌を晒さないもの。そう教わっていたため、同性であると分かっていてもメルディの格好は目に毒だった。
そのため、ソフィアは顔を真っ赤にして視線をメルディから逸らす。
因みに、ここにいるサキュバスは彼女だけだが、セイレーンやエルフなどと呼ばれる種族もいる。全員がメルディのような服装ということはなく、おそらく種族ごとでフォーマルな服装も違ってくるのだろう。
「は、はい。私は、昔から色々な仕事をしておりまして……一流ではありませんが、三流程度の仕事はできたかと思っております」
やけに緊張した面持ちで、そう語るソフィアにメルディはため息を吐く。
「そんな三流の子を採用してもらえると思っているの?
ただでさえ、たった二百文字程度でアピールしないといけないのに、これだとスペースの無駄使いとしか言いようがないわよ」
「あっ、うぅ~」
確かに、器用貧乏な子を採用したいと思うか。
自分であれば要らないと思うだろう。そして、ふと自分の書いた履歴書のアピール欄を思い出す。
そこに書かれている内容で、自分が採用しても良いと思えるか……答えは否だ。
それに気づいたのだろう。そのまま視線が下を向いてしまう。
「けど、自分を大きく見せようとしない所は評価できるわ。
最近だと、自己分析を疎かにする人が多くて無駄に盛る人が多いからね。そう言う人は、大抵面接でボロを出して落ちるのよ」
確かにそれもそうだろう。
魔王軍での試験は、第一次選考の個人面接と第二次選考の実技試験で分けられている。ただ、この形はかなり珍しい。
大抵の場合は、第一次選考に筆記試験や集団面接を入れて応募者の選別を始める。だが、そもそもこの求人は人気がないようで、応募者がかなり少ない。そのため、最初から個人面接となる。
ソフィアの面接時間はだいたい三十分ほどだった。
中には、一時間以上かかる者もいるらしく時間が長ければ長いほど興味を持ってもらえたと言うことで受かる可能性が高くなる。
だが、その長時間の間で、人を見る目に長けた面接官相手にボロを出さないことができるだろうか……いや、不可能だろう。
だからこそ、素直に自分の事を書いているソフィアの履歴書をメルディは好ましく思う。だが、好ましく思うものの、ネガティブな内容ばかり書くのは減点だ。
「私の強み、ですか……」
そんなものがあるだろうか。
次々と思い浮かぶのは、自分の欠点ばかりだ。そのため、俯いた状態で頭を悩ませてしまう。その様子を見かねた、メルディが声を掛けて来た。
「何でも良いのよ、自分の事なら。例えば、そうねぇ……計画性とかはどうかしら」
「計画性、ですか?」
計画性と言われれば、いくつかエピソードが思い浮かぶ。
仕事のスケジュール管理や外交での日程調整。それから、ローレンスのスケジュール管理。そう言ったものも計画性に入るのだろう。
「そうよ。この履歴書や話を聞いてみた感じだと、人間の国ではそれなりの立場で仕事をしてきたのでしょう」
履歴書には、自分の種族を書く欄がある。
そこで偽りの種族を書くべきか。そう考えたものの、シルヴィアが普通に生活をしていれば人間だとばれることはないが、偽りの種族だとばれた時どうして隠していたのか、疚しい事でもあるのでは?と疑われてしまう。
普通に生活をしていればと言ったが、病気になった時病院で薬を処方される。ただ、その薬は種族によっては毒になる場合もあるため、種族検査は最初に行われるのだ。
そのため、種族を偽り続けるのは不可能だと語っていた。
既に魔国で生活するに必要な戸籍と住所を役所に提出したとき、種族は人間と書いている。
そのことで多少身構えたものの、役人が言うにはどうやら数年前にも戸籍登録をした人間がいると聞いていたため、心配は杞憂に終わった。
また、その人物は今どこにいるのか。
そう気になったものの、どうやら既に別の都市へ移動してしまったようでマンデリンにはいないそうだ。そのため、会ってみたいと思ったがそれは叶わなかった。
そんなことを考えていると、メルディが続けて口を開く。
「計画を立てて責任をもって仕事をして来た、そんな感じがするわ」
確かに、責任は強く感じていた。
そのため、綿密な計画を立てて行動して来たのだ。だからこそ、計画性はあるのでは……そう思ったがすぐに首を振る。
「確かに計画を立てることはできますけど……仕事は数時間おきに更新されますし、外交は資金がギリギリで天候によっては、途中で資金が足りなくなったりも。
後は、王太子殿下のスケジュールについてですが……そのイレギュラーが多くて。いつも、計画通りに行かなくて」
「……なんか、凄いブラックな感じがするのは気のせいかしら?」
確かに、アッサム王国はブラックカントリーだろう。
苦労などしていない貴族が大半だ。だが、その反面苦労している貴族はブラック企業も真っ青な重労働を課せられている。
そして、そう言った貴族に関しては、責任感があるものの人を頼ることができない。その結果、彼らは不相応な量の仕事を抱え込んでいた。
彼らにも問題があるため一概に国が悪いとは言えないだろう。
「そのような訳で、計画性は……少し」
「おそらくだけど、一般的な無計画とは全く別物のような気がするわ。取りあえず、一度計画性もしくは責任感とかで書いてみなさい。
間違っても、マイナスなことを書かないように、ね。
ただ、日記じゃダメよ。こういうことがあった。それだけで終わってはいけないの。何を考えて行動したのか。これが社会でどう生かして行けるのか。具体的なエピソードだけでは足りないわ」
「そう言えば、シュナイダーさんもこれは日記だって言ってました」
まだ昨日の出来事で、記憶に新しい。
履歴書の書き方がなっていないと言っていたシュナイダーもまた、面接でソフィアの自己PRを聞いた時、それは日記だと怒鳴っていた。
「~をしました」それで終わっては、面接官からすればだから何と思われても仕方がない。彼らが聞きたいのは、その先。その経験を活かして、どう貢献してくれるのか。それこそが、一番聞きたい事なのだろう。
面接でも言えておらず、そもそも履歴書にも書くことが出来ていない。それを理解して、思わず納得してしまう。
「シュナイダーさん?もしかして、魔王軍のシュナイダー=ゴブさんの事?」
ふと、聞き覚えのある名前だったのだろう。
メルディはその名前を聞くと、志望動機の欄を見始める。そして、魔王軍と言う言葉を見つけて納得した。
その様子に、ソフィアは首をかしげてしまう。
「知っているのですか?」
「ええ、まあ。同級生よ……そうか、あいつがねぇ」
感慨深そうに呟くメルディ。
シュナイダーはゴブリンであるため外見から年齢が分からない。いや、この国の出身の人であれば分かるかもしれないが、少なくともソフィアには分からない。
確か、既に四十近いと聞いていたはずだ。
――メルディさんって、歳はいくつなのでしょうか?
魔国には、エルフのような長命種も存在する。
もしかすると、サキュバスも長命種なのかもしれない。少なくとも、四十代には見えずその半分の年齢にしか見えない。
「ところで、話を変えるけど、本当に魔王軍のシェフになりたいの?」
「はい!私、料理は趣味なんです。それを仕事に活かせれば、そう思っています!」
マンデリンひいては魔国は、料理人を目指すソフィアにとって理想の国だ。
ソフィアの知らない数多あるレシピ。それを実現する豊富な食材や未知の調理技法。二度目の人生は料理に生きようと決めたソフィアにとって、未知の料理と出会える。その事を考えるだけで、胸が一杯になる。
一転して今日一番の笑みを浮かべて答える様子に、メルディは苦笑してしまう。
本当に、料理を愛している。それが分かってしまったからだ。だが、残酷なことを伝えなければならず、重い口調で言った。
「なら、魔王軍は諦めなさい」
「え?」
どうして、いきなりそのようなことを言われるのか。それが理解できない様子で、呆然とした声を上げてしまう。
そして、畳みかけるようにその理由を伝える。
「シュナイダーはマンデリンにおいて最高の料理人よ。本来なら、スキルレベルを教えることはあまり良くないことだけど、まあ知られていることだから良いわね。十年前に既にレベル七に到達していたわ。多分間違いなく、もう八に至っているかもしれない……その歳で挫折を味わう必要はないわ」
スキルレベルが八。
五が平均的な料理人のスキルとされる中で、たった三の差かと感じられるもしれない。だがシルヴィアが言うにはその差は天と地ほどの差なのだ。
スキルレベルの差とは残酷だ。
例え寸分違わずに調理しても、レベル八の料理人とレベル五の料理人では味の差は、誤差などではなく天と地ほどの差があるのだ。
また、料理に関して言えば扱える食材にも差が出てくるのだ。その結果、料理は特にスキルレベルがものを言ってくる。
そして、そのレベルの料理人は魔国でも片手の指の数もいないそうだ。確かに、シュナイダーの下で経験を積めば、良い料理人になるだろう。
だが、十中八九その別次元と言っても良いほどのレベルの差に挫折してしまう。こんなに料理が好きな子にそんな経験をさせたくない。そんな思いからの一言だった。
ただ、メルディは知らない。
目の前の少女が、料理のスキルレベルが上限であると考えられている十であることを。そして、料理に関してはどこまでも貪欲だと言うことを。
「最高の料理人……良い!それ、良いですね!私、何が何でも魔王軍の料理人になります!」
「ちょっ、ちょっと待って!人の話を聞いていたの!?
シュナイダーは料理のスキルレベルがおそらく八以上なのよ!毎年、山の様に料理人を目指していた人たちが挫折して辞めて行ったわ!」
「大丈夫です!私は、スキルレベルがそれなりに高いですから!」
最高値とされるレベルをそれなりで片づけて良いのだろうか?
とは言え、ここにはそれを知っているシルヴィアがいなかった。尤も、レベル十だとカミングアウトすれば、それこそ問題になるだろう。
そして、それを知らないメルディは考えを改めるように声を上げる。
「それなりにじゃダメなのよ!よく聞いて、魔王軍の食堂は戦場なの!
誰もが、シュナイダーの料理を求めて軍関係者以外の人たちも集まる。毎日数千どころか数万食の料理を作らないといけない。貴方の細腕では厳しいわ」
都市一の料理人。
確かにその称号を持つ者の料理であれば人が集まらないはずがない。どうやら、魔王軍の料理人だからと言って、魔王軍の関係者だけにその料理をふるまえば良い。そう言う訳には行かないのだろう。
そして、数百か数千の料理。
求人が出ていると言うことは、かなりの人手不足なはずだ。その少ない人数でその数の料理をするとなれば、下ごしらえの段階で想像もできない重労働になる。
成人男性でさえも音を上げてしまう仕事量を熟すのであるのだから、メルディの言うように毎日が戦場なのだろう。
そこに目の前のか弱そうな少女が入って何ができると言うのか。
料理人として戦死する未来しか見えないのだ。何としても思い留めさせようと、メルディは考えて説得を重ねたが、ソフィアの意思は固くそれを受け入れられることはなかった。
ただ、メルディのその考えは数日後には改められることになった。
スキルレベルは、自己申告すれば評価対象です。
もちろん、証明する必要がありますが。
二次選考の実技を書くのが今から楽しみです!!