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第44話 近いようで遠い自分

更新が遅れて申し訳ありません。


 少年から噂を聞いた次の日。

 ソフィアたち一行は、朝早くにフラボノの町を出ると西へ向かう街道を馬車で進んでいた。馬車の中は静寂に包まれており、ただ馬の歩く音や馬車の騒音が響く。


「なぁ……」


 時折視線を送って来ていたシルヴィアが、意を決したのかソフィアに声を掛ける。


「はい、どうかしましたか?」


「……いや、何でもない」


 だが、言葉が出てこないのかシルヴィアはそう言って閉口する。


「そうですか……」


 そして、再び馬車の中に静寂が訪れた。

 シルヴィアだけでなく、アルフォンスやロレッタ、それからクルーズも同じ様子だ。

 唯一違うとすればフェルだが、こちらは乗り物酔いで苦しんでいる。だが、昨日までとは違いソフィアに寄り掛かることはしなかった。


――気を遣っているのですよね……


 ソフィアの噂は、至る所で聞くことができるのだからロレッタ以外の面々も知っていて可笑しくない。

 それで、気を遣っているのだろう。

 だが、それがかえってソフィアには心苦しく感じてしまうのだ。ソフィアは意を決すると、口を開く。


「噂の件であれば、気にしていません」


 ソフィアは、気丈に振舞おうとする。

 だが、真っ直ぐに見つめる視線に瞬間心がざわめく。それは、まるで水面に一石投じられ波紋が広がるようだ。

 それを打ち払うように、ソフィアは口早に言う。


「確かにショックでしたが、あながち間違いとは言えませんしね。シアニン自治領との貿易がとん挫しているのは私のミスですし、国庫の枯渇は止められなかった私の責任です。とは言え、噂は噂です……特に、気にすることはありませんよ」


 平静に努めようとするが、どうしてか心の揺らぎはより大きくなる。

 心を落ち着かせるため深呼吸をすると、シルヴィアと視線が合う。


「……なら、何故泣くんだ」


「えっ?」


 シルヴィアの指摘に、ソフィアは頬に仄かな温かみが流れるのを感じる。

 その温かみに指で触れると濡れているのが分かった。そして、その温かみの正体もまた……。


「お、おかしい、ですね……私、本当に……気にして、いませんよ」


 自分でも声が上ずっていることが分かった。

 だが、普段通りの自分であるかのように虚栄きょえいを張る。気を遣われて、同情される方がずっと辛いからだ。

 そんなソフィアを、フェルを含めて痛ましい者をみるような目で見て来た。


「や、やめて下さい! そんな目で、見ないで!」


 ソフィアにとって、自分の過去を同情されることが何よりも辛い。

 ソフィアの十六年……特にこの五年間は幸せとは程遠い人生だった。子供にとって大切な時間を捨て、アッサム王国のために尽くして来たのだ。

 ローレンスやアイナたちが他国の貴族を交えたパーティーに出席しているときも、裏方に徹していた。

 国内では同年代の友人を作ることはできず、他国でも年齢が近い人物と言えばフェノール帝国第三王子アレン=フェノールや、カテキン神聖王国の聖女フローラ=レチノールくらいだろう。

 だが、それでも良かった。

 自分の時間で、少しでも国の役に立てるのなら。そして、少しでも周りに認めてもらえるなら、と。

 ただ、これは自分以外でも出来たこと。

 それこそ、アイナやローレンスであればもっと上手くやれたかもしれないが、それでも国やセドリックの役に立てたことに変わりはない。

 だからこそ、これまでの自分に後悔はしていない。


 ……後悔、していないはずなのだ。


「申し訳ありません!」


 クルーズが勢いよく頭を下げる。


――なんで、なんで、謝るの……


 ソフィアは、謝られることが何よりも辛かった。

 まるで今までの努力が否定されたかのような気分だ。もちろん、クルーズもそんな気持ちからの謝罪ではないことは分かっている。

 だが、今のソフィアにとってその言葉は残酷だった。


「……やはり、私はこの国にとって必要ない存在だったのですね」


 ふと、そんな言葉が出てしまう。


「そんなはず、ございません! ソフィア様の御尽力のほどが分からぬ者は、現在の国情を知る者の中にはおりません! それに、この噂を流した者は……正体こそ掴めておりませんが国王派の者たちです」


 死人に口なし。

 魔国への国外追放は、魔国の現状を知らない者からすれば死刑に等しい。

 死者の名誉に傷をつけるのはどうかと思うが、国を思えばそんな良心の呵責かしゃくは些事である。


「例え、国王派だとしても……」


 そう言いかけて、ソフィアは気づく。

 ソフィアが生きてアッサム王国にいる事。

 ソフィア=アールグレイが死んでアッサム王国の罪を被る事。

 その二つを天秤にかけると、どちらの方が国の利益となるのか。後者以上の働きが自分に出来るのかと思ってしまう。


「……私にできることなんて」


――何もない。


 セドリックがいれば、どうにでもなる。

 そして、セドリックの下にはクルーズのような優秀な人材がそろっている。それに、ローレンスやアイナもいるではないか。

 ローレンスたちは情緒面に不安があるが、成績は優秀だ。そこに自分が入ったところでどうにかなるのか、そう思ってしまう。

 ソフィアが、自己嫌悪に陥っていると……


「いい加減にしろ!」


「っ!?」


 突然のシルヴィアの一喝に、ソフィアは竦みあがる。


「お前の抱えている葛藤かっとうを理解できるが、共感することはできない……。だが、お前はここにいるのは何故だ? 思い出の場所を守りたいと言っていたではないか。だからこそ、できることをやるためにいるのだろう」


「それは……」


 自分がもう一度この場所へ来た理由。思い出の場所を壊されたくない。何ができるかどうか分からないが、自分のできることをやりたいと。

 だが、本当にそうなのか。

 ソフィアは自分の中に浅ましい感情があって、この場所に来たのではないかと思ってしまい、その内心を吐露してしまう。


「自分の気持ちが分からないんです。故郷を失いたくないという感情さえ本物なのかどうか……」


「どう言う意味だ?」


 ソフィアの言葉に、シルヴィアだけでなく他の者たちも耳を傾ける。


「故郷のためというのは建前で、本当は自己満足ではないのかと……。故郷の危機を救う自分を想像して……だから、現実うわさを知った程度で心が揺れてしまう。そう思えてしまってなりません」


 自分の浅ましさが嫌になる。

 救いたいという意志が本物でないからこそ、噂程度で迷ってしまうのだと。内心を吐露してしまったソフィアは、途端にシルヴィアたちに嫌われてしまったのではないかと不安に襲われる。

 と、その時だった。


「っ!? い、痛いです……何をするんですか!?」


 突然頭を叩かれ、ソフィアは抗議に顔を上げる。

 すると、シルヴィアたちが呆れた目でソフィアを見ていた。


「ソフィアがここまで愚かだと思わなかったな」


「うん」


「まだ十六歳ですし……仕方がありません、か?」


「え、えっと……そうかもしれませんね」


 シルヴィアやロレッタのみならず、アルフォンスもクルーズもどこかソフィアを非難しているようだった。

 だが、失望というよりも心の底から馬鹿だと思っているようで、ソフィアを余計に混乱させる。

 そんなソフィアに、隣で顔色を悪くしているフェルが言った。


「お姉さん……私より重傷だね」


「えっ?」


 言われている意味が理解できず、ソフィアは疑問の声を上げる。

 すると、シルヴィアが呆れを隠さない声で言った。


「あのな……。この状況、どちらが悪いかと言えば、間違いなくこの国の方が悪い。誰も濡れ衣を着せられ悪役に仕立て上げられれば愛想も尽きるものだ。だというのに、お前は何だ? 自分の心が浅ましいから、母国を見限ってしまうだと……お人好しを通り越して愚か者だと思わないか?」


「で、ですが!?」


 反論しようとするが、アルフォンスが遮る。


「ですが、ではありませんよ。この噂を聞いた時は、クルーズたちもソフィアが見限っても可笑しくないと思っていたそうですから」


「はい……ゴドウィンに至っては亡命さえも考えていましたから」


「ブラック企業も真っ青な酷使……ボロ雑巾になった後でも扱き使われているようなもの。それを見れば、誰もそこで働きたいと思わない」


「……」


 ソフィアは言葉を失う。

 結論は出ないが、シルヴィアたちの言っている意味も理解できる。


『ソフィア、あんたも本当にやりたい後悔のない道を選びな』


 それはかつて、母の語った言葉だ。

 貴族という枠組みから外れて自由に生きる。そこには、本当に故郷を守るための行動が入っているのか、疑問に思ってしまう。


「これだけは言わせてください。貴方に、ダージリン領への同行を強制するつもりはありません。魔国へ戻りたいのであれば、シルヴィアさんと戻っても構いません」


「……っ」


 自分の道は自分で決めろ。

 選ぶ権利は、既にソフィアが持っているのだ。それに気づかず、未だに自分の道を他人にゆだねていた。

 今まで向き合おうともしなかった自分と向き合うことは、十六年を否定することになるかもしれず辛いことだ。

 だが、フェルの言った通り共有してもらえなくても支えてくれる人がいるのだと分かり、気が楽になった。

 改めて感謝の言葉を口にしようとした瞬間……


「クルーズ! 招かれざる客が来たぞ!」


 というゴドウィンの声が響き渡るのだった。










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