第43話 少年の話
宿に荷物を置くと、その後は自由時間となった。
早速フェルはキャンバスを持ちどこかへ向かってしまい、シルヴィアはその監視。クルーズとアルフォンスは会談の下準備や旅程の確認などをしている。
そして、ソフィアはロレッタと共に買い物のため商店が立ち並ぶ大通りへと向かった。
「凄い賑わい……お祭りみたい」
「フラボノの町は交易の中継地点にあたりますので、商人の行き交いが盛んなんですよ。なので、表通りはいつもこんな感じです」
「そうなんだ。とても新鮮」
ソフィアも魔国に来た時はとても新鮮だった。
見る者すべてが真新しく、何に対しても驚いてしまう。それに似たような感覚をロレッタは覚えているようで、言葉数少なく流れる景色を見つめていた。
そんなロレッタの姿を見て、ソフィアは口元を緩めて言う。
「ロレッタさんたちからすれば、過去にタイムスリップしたような感覚ですよね。本当に何もないですし」
「そんなことない……不便だけど、色々と興味深い」
「そう言ってもらえると誇らしいです」
それは本心だが、ソフィアの表情は僅かに曇る。
しかし、それも束の間。すぐに表情を明るくすると、食材を扱っている場所へと向かっていく。
「いらっしゃい、いらっしゃい! トマトにキュウリ! 今朝取れたてで美味しいよ!」
「こっちはナスにカボチャだよ!」
「ピーマンは上手いぞ! うちのピーマンならどんな子供でも美味しいって食べるんだ!」
ちょうど収穫期と重なっていたのだろう。
フラボノの町周辺の農村からも人が集まり、一際大きな賑わいを見せている。特に決まった物を買う予定もないため、適当に見て回っているとロレッタが言う。
「……少し野菜が小さい?」
「ええ、魔国のように農業が発展していませんから。土壌や農薬の開発……それから品種改良でしたか? そう言ったものを行わず、農家ごとに農業のやり方はバラバラですから」
「なるほど……最近は有機野菜とか無農薬の方が良いっていうけど、普通に育てるとこうなるんだ」
ソフィアの言葉に野菜が小さい理由に納得できたのだろう。
魔国の今ある農業の形は初代魔王からもたらされた知識を基盤として三百年かけて洗練されたものだ。
魔国の民も先進的な文明の恩恵にあやかりたいと思うのは当然。クーラーに慣れた者にとって、クーラーなしの夏は耐えられないだろう。
野菜もそうだ。
無農薬や有機栽培が良いと言われても、寄生虫がいる野菜を食べたいとは思わない。それに、味や栄養価も大切だ。
しばらくの間、見て回っているとロレッタはある露店に目をつける。
「どうかしましたか?」
突然足を止めたロレッタに、ソフィアは怪訝そうな表情で声を掛ける。
「……秋の王様」
「はい?」
日中の気温は、二十度後半と言ったところだろう。
アッサム王国は魔国に比べ気温が低く、夏も三十度を超える日は稀だ。とは言え、天から降り注ぐ日光の強さは変わらず、汗ばむ程度に暑い。
秋はまだ先だと告げようとするが、まるで何かに引き寄せられるかのようにロレッタは一つの露店へと向かっていく。
「なんだよ、お前?」
店番をしていたのは、男性というよりも少年だった。
恰好も平民の着るお古の服よりも更にボロボロで、とてもではないが綺麗な恰好とは言えない。
「このキノコ、いくら?」
「は?」
「だから、いくらって聞いている」
「お前、これ買うつもりかよ。恰好からして、金持ちだろう……こんなどこにでも生えていそうなキノコ、わざわざ金を出して買うのか」
少年は、そう言って怪訝そうな表情をする。
「ああ、これはマツタケですね」
ソフィアが、ロレッタが見ている物の正体に気が付き、声を上げる。
アッサム王国ではマツタケはどこにでも生えている……それこそシイタケよりも価値のない物として扱われていた。
だが、魔国ではマツタケの価値は高い。
それこそ、店頭で並べられている大きさのマツタケでさえ三千円前後するほどに。
――明日のメニューがマツタケになりましたね……
隣では、「マツタケ御飯、マツタケ増し増し……」と呟き恍惚とした表情をするロレッタ。仮に明日のメニューにマツタケがなければどうなるか分からない。
いや、今晩の夕食にも顔を出す必要がありそうだ。
一人、秋のグルメの世界へ旅立ったロレッタを余所に、ソフィアは少年へと話しかけた。
「このキノコの季節にはまだ随分と早いですよね。良く採ることができましたね」
「ああ、つっても早い物だとこの時期から採れるが少し小ぶりだ。それで、姉ちゃんら買っていってくれるのか? なら、一つ銭貨二……いや、四枚でどうだ?」
マツタケは大きい方が、香りが強く美味しいとされている。
だが、店頭に並べられているマツタケは旬の物に比べると小さい。マツタケがありふれた食材として食卓に並ぶアッサム王国では誰にも見向きされない。
だが、ロレッタやソフィアの反応から売れると感じたのだろう。幼いながらも商魂逞しかった。
「ロレッタさん、どうしますか……ロレッタさん」
どこか遠くへと旅立ってしまったロレッタを引き戻そうと肩を揺する。しばらくして、「はっ!」と声を上げマツタケを見つめる。
「パンが銅貨一枚で百円だとすれば、ひとつ四十円……」
――ちゃんと話を聞いていたんですね
しっかりと値段を把握していることに驚きを隠せずにいると、その目には強い意思の光……というよりも食べる直前のマツタケが宿っていた。
これにはソフィアだけでなく少年も引いてしまうが、それに構わずロレッタは声を上げる。
「あるだけ全部、買った」
「うげぇ、マジで!?……四十本あるぞ!」
「流石にそれは多すぎではないのですか?」
少年だけでなく、ソフィアもまたマツタケが高級品という意識はない。
そのため、四十本も買ってどうするのか……いや、食べる以外考えられないが、正直過剰過ぎる。だが、ロレッタの目は本気だった。
「分かった、なら銀貨一枚に銅貨六枚だ……返品は受け付けないからな」
「大丈夫」
ロレッタはそう言って、財布を取り出そうとするがあることに気づき、ソフィアに視線を向ける。
「私、円しか持ってなかった」
「大丈夫です、私が預かっていますから。それと、少し話を聞かせてもらっても良いですか?」
ロレッタを安心させるように微笑むと、少年へと視線を向ける。
「構わないけど金くれよ」
「ええ、キノコと合わせて銀貨三枚を払います」
「本当か!? それで、何が聞きたいんだ?」
ソフィアの提示した価格に少年は目を輝かせる。
「はい、以前フラボノの町に立ち寄った時に比べて少し治安が悪くなっているように感じます。何かあったのですか?」
その言葉に少年は忌々しそうに表情を歪める。
「それはあいつらの影響だろうな……ほら、そこにいる連中だ」
少年が顎で示す方向。
そこには、大柄な二人組の男性が道の真ん中を堂々と歩いていた。いかにも荒くれ者という恰好で、冒険者というよりもギャングに近いだろう。
そうだとすれば、スラムではなく市場に平然と顔を出していることに疑問を抱く。すると、その疑問が分かったのか、少年は言った。
「あいつらは塩を持っているんだ……だから、誰も追い出すことが出来ない」
「塩を持っているだけで?」
「ロレッタさん、アッサム王国は内陸国です。岩塩はありますが、それも有限で海のある国と違って割高です」
「なるほど」
マツタケの件があって価値感覚の違いがより実感できたのだろう。
頷くロレッタを横目に、ソフィアは更に質問を重ねる。
「フラボノの町は塩不足なんですか?」
「ああ。あいつらが来る前は、塩がそれこそ銅貨の重さと同量で売られていたくらいだ。いくらなんでも高すぎる」
「そう、なんですか……」
「俺ら孤児にそんな金はねぇ……かと言って奴らがいることでスラムでも肩身が狭い。今のこの町には俺らみたいな奴に居場所はねぇんだよ」
それは、少年の心の叫びだった。
「……」
ソフィアはその言葉に表情に影を落とす。
なにせ、その背景には少なからず自身が関わっているのだ。クルーズたちに聞いた話によると、シアニン自治領との関係の悪化が塩の高騰に関係しているという。
国の上層部が苦労するならともかく、平民にまで苦労を掛けている現状に心苦しく感じてしまう。
だが……
「それも、これも、みんなソフィア=アールグレイとかいう馬鹿貴族のせいだ」
まるで呪詛を吐くかのような一言にソフィアは呆然としてしまった。
しばらくは、不定期更新になります。
※基本的に三日ごとの更新です。
作者の都合で前後するかもしれません。




