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第41話 フラボノの町

 そして迎えた二日目。

 一日目の感動はどこへやら。馬車へ乗ることを極端に嫌がるフェルを無理やり押し込んで、朝早くにダージリン領へ向かって馬を走らせる。

 昨日とは違い、事前に酔い止めを飲んでいるからだろう。

 シルヴィアもロレッタも座り心地の悪さを感じているが、昨日のように体調を崩すことはなかった。


「それにしても、馬車の中は暑いな」


「うん。窓から風が入らない。風が入れば気持ち良いのに」


「確かにその通りですが、マンデリンに比べれば幾分か涼しいように感じますよ」


「環境や道路の違いでしょう。魔国の道路はコンクリートを使っていますから。太陽の光が反射して余計に暑いのです」


 何という皮肉だろうか。

 アルフォンスとソフィア以外は、コンクリートによって舗装されていない凸凹の地面に苦しめられた。

 だが、そのおかげで魔国に比べて暑さが和らいでいるのだ。

 どちらにも一長一短があるが、魔国にはエアコンがある。それを考えると、やはり魔国の方が暮らしやすいと各々が結論付けていると……


「暑い、気持ちが悪い……もう、帰りたい」


 先日同様、ソフィアに膝枕してもらっているフェルが弱音を吐く。


「やはり、こうなったか」


「予想通りと言えば予想通り」


「マジックテントがあれば解決だと思った私もまだまだ未熟です」


 フェルの口から不平不満が告げられるのは、時間の問題だと考えていた三人。

 まさか、出発から二日目に帰りたいとまで言うとは……。予想できなかったかと聞かれれば、予想できた事柄だが何とも言えない表情だ。

 すると、見かねたクルーズが話しかけて来た。


「今日の移動時間はそれほど長くありません。町に立ち寄るので、今日はそこまでの移動となります」


「……こちらとしては助かりますが、それでよろしいのでしょうか?」


「いいえ、シルヴィア。私が覚えている限りでは、その町の向こうは山賊が確認されていたはずです。下手に移動しては、山賊の襲撃に遭います」


「ええ、その通りです」


 山賊が現れる。

 そう、魔物ではなく人間だ。魔国にも、当然犯罪者はいる。だが、山賊と呼ばれるような略奪や殺人の常習犯はまずいない。

 それは、ゴブリンやオークなど人間から魔物に分類される存在が人口の大半を占める西部でも変わらない。

 むしろ、彼らからすれば山賊が平然と蔓延るこの地を見れば蛮地だと思ってしまうだろう。


「山賊を野放しにしているのか?」


 ソフィアは、魔国に来てから数か月が経つ。

 ということは、その山賊は少なくとも一か月単位で野放しにされていることになる。魔国の治安を守る立場のシルヴィアとしては、凶悪犯が居るというのにそれを放置していることが信じられない様子だ。

 その言葉に、ソフィアもクルーズも複雑な表情をして口を閉ざす。それを見た、アルフォンスが「憶測ですが」と前置きして話し始めた。


「おそらく、貴族と癒着があるのでしょう。だからこそ、常備軍は手を出さず、平民である冒険者は貴族を恐れて手が出せない……相変わらず、貴族の腐敗が進んでいますね」


「「……」」


 ソフィアもクルーズも反論しないことから、この話が憶測ではなく、真実だと理解したのだろう。

 だからこそ、シルヴィアは憤りを覚えた様子だ。


「領民は、それで納得しているのか?」


 怒りを押し殺した声だった。

 だが、貴族の力が強いこの国では、例え領民が納得できなかったとしても納得するしかない。

 だからこそ、ソフィアもクルーズも何も答えなかった。


「それで、本当に貴族なのか」


 ソフィアが返答を出来ず沈黙していると、しばらくの間が空いてからクルーズが口を開いた。


「現在、旦那様が解決に向けて動いています」


その言葉にまず驚いたのはアルフォンスだ。目を開き感嘆の声をあげる。


「ほぅ……ということは、証拠を掴んだのですか? それにしても、この忙しい時期によく証拠を掴めましたね。その手の人間は、隠すことだけは上手いですから」


「流石は、ソフィアがことあるごとに称賛する御仁なだけあるな」


「……ええ、旦那様の偉大さあってこそです」


「……?」


 歯切れの悪い返答にソフィアは違和感を覚える。

 どのような経緯でその情報を得たのか分からないが、クルーズはどこか疲れを感じさせる表情をしていた。


「どうでも良いけど、町までどのくらいかかるの?」


 と、山賊や貴族の腐敗云々に全く興味を示さないフェルが、心底どうでも良さそうに尋ねる。


「あと一時間ほどでフラボノと呼ばれる町へ到着します。アッサム王国でも中規模の町で、ちょうど西部と中央の中継地点となるため非常に盛んな町です。アールグレイ公爵家やキームン侯爵家、それからウバ侯爵家といった高位貴族が立ち寄るので宿も立派なものがありますよ。本日はそちらで泊まります」


「マジックテントより?」


「それは流石に……」


 ロレッタの指摘に、クルーズは表情を曇らせる。

 アッサム王国自慢の宿であっても、クーラー完備、照明が付いていて、更には温泉が付き、多種多様な食材と高価な調味料を使った料理。

 勝てる要素など、窓があるかどうかくらいだろう。

 と言っても、それが勝っていると言って良いのかと聞かれれば首を傾げるしかない。


 結局、クルーズは宿に泊まるメリットが思いつかないまま、フラボノへ到着した。







「ここが、今日泊まる予定の宿になります」


 クルーズに連れられて来たのは、見るからに高価そうな宿だった。

 本来であれば自信をもって勧めることができる高級宿。だが、マジックテントを見た後ではそれもできないのだろう。

 そのため、クルーズは憂いを帯びた顔をしていた。


「うわぁ、ゲームに出てきそうな中途半端感……。しかも、ところどころ適当感があって良いね!」


「それは褒めているのか、それとも貶しているのか?」


「もちろん、褒めているんだよ! だって、こんな適当な建築物魔国だと建築基準法にひっかかってまず建てられないからね!」


「うん、これは良い」


 と、意外にも好印象だった。

 隣の芝生は青く見えるということなのだろう。普段から、安全性や機能性を重視した建物ばかり見ているからこそ、明らかに歪んでいる窓を見ても感動してしまう様子だ。

 正直なところ、ソフィアには分からない。クルーズたちもまた理解こそできないが、取りあえず文句を言われず安堵している様子だった。


「それよりも皆さん、ここでは注目が集まりますから中へ入りませんか?」


 視線が集まるのは仕方がないだろう。

 アッサム王国の庶民の服装は基本的に古着が多い。新品の服を着られるのは、特別な行事の時のみで基本的に服は古着屋で購入する。

 だからこそ、継ぎ接ぎがされていない服を着る者は珍しいのだ。


 ソフィアたち魔国側の人間は、高級ブランド品と言う訳でもない普通の私服で、フェルに関しては学生服だ。

 異国の衣装ということで注目されていることもあり、非常に目立っていた。

 そんな彼女たちがカメラを取り出して撮影まで始めているのだから、目立っているどころの話ではない。


 ソフィアの提案に注目を集めていることに気が付いたのか、大人しく中へと入って行った。


「外は古臭いイメージがあったが、中は綺麗なんだな」


「それはそうですよ。ここフラボノの町でも一番の宿なんですから。今、クルーズさんたちがチェックインしていますので、邪魔にならないようにそちらで待ちましょう」


 通路の真ん中で待つのは他の者の迷惑だ。

 ロビーの隅にはソファが置かれているため、そちらで待っていた方が良いだろう。ロレッタもフェルも異存がないようで、大人しくソファに腰かけて待つ。


「それにしても、本当に異世界に来たような感覚」


「あははは……。それ向こうに来たばかりの時、毎日のように私もそう思いましたよ。そして、子供に笑われるという……」


 ソフィアは自分で言っていて悲しくなっていた。

 今でも子供に笑われた光景が鮮明に浮かぶのだ。しかも、その回数は片手の指の数を越えている。

 地雷を踏んだことに気が付いたのか、ロレッタは居心地が悪そうに視線を逸らす。そして、当時の様子を知るシルヴィアがポンと肩に手を置いた。


「まぁ、これなら仕方がないだろう。今はもう笑われていないんだから、気にする必要はない」


「……この前、子供たちの作った落とし穴に引っ掛かって笑われました」


「「「……」」」


 どういう状況で、そうなった。

 おそらく、三人はそう口をそろえて言いたかったに違いない。だが、声を出さないのはソフィアが虚ろな目をしていたからだろう。


 何を言っても地雷のような気がして、押し黙っていると……


「ねぇ、君たち。隣良いかい?」


 声を掛けられる。

 声のした方を見ると、そこには金髪の男性が立っていた。その男性は、返答を待たずして自然な動作でソフィアたちの座るソファへと腰かける。


「君たち、どこから来たの?」


「「「「……」」」」


 どうやって追い出そうかと考え始めるが、またしても返答を待たず男性は言葉を続ける。


「この辺りだと見ない服装だね……緊張しているのかい? 別に緊張する必要はないよ、君たちの話を聞きたいんだ」


「「「「……」」」」


 誰も緊張しているとは言っていない。

 というよりもシルヴィアは苛立ちを隠しておらず、フェルはいつになく真顔だった。ロレッタに至っては、吹き飛ばそうかと魔法の準備をしていた。

 そんな三人の様子に気づかず、男性はさらに話を始める。


「もし良ければ、僕の部屋に来ないか? 君たちも知っていると思うけど、僕は『雷の貴公子』の二つ名を持つA級冒険者なんだ。君たちにとっても良い話だろう」


――なんだ、こいつ……


 四人全員が冷たい視線を向ける中で一人勝手に話を進める男性を見て、全員がそう思ったに違いなかった。








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