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調査隊の初日

新キャラ ヨアン視点です。

 時を遡ることその日の正午前。

 魔国へ向かったクルーズとゴドウィンを除く面々が、ちょうど魔国との国境付近に待機していた。


 その中の一人、ヨアンと呼ばれる青年が居る。

 彼は、ダージリン家の出資する孤児院で育った。歳はまだ十八と若く、隊員の中では最年少だ。

 正式に採用されたのが、半年前。

 その間に才覚を表わし、今回の護衛に抜擢ばってきされたのだが、初めての大役に緊張していた。


「おいおい、今の内から緊張していると体が持たないぞ」


「分かってはいますが、あのアールグレイ嬢なのですよね」


「おう、化け物じゃなくて普通の方な」


「普通って……いやいや、あの方の功績が普通なんて言ったら、他の人の功績なんて塵芥ちりあくたではないですか」


 そう言って年配の男性は頭を掻く。

 ただ、ヨアンはアールグレイ姉妹について伝聞でしか知らない。

 一般的なもので言えば、アッサム王国の至宝とまで言われる妹アイナ=アールグレイ。智慧と美を併せ持ち、魔法に関しては国内随一とまで言われている。

 一方で、姉のソフィア=アールグレイはアイナとは正反対の落ちこぼれ。声の大きな馬鹿な貴族はそう言うが、アッサム王国の現状を理解している者は彼女の事を滅亡間近の国の支えと考えている。

 だからこそ、先輩にあたる男性の言葉でも納得できなかったため、男性は更に言葉を続けた。


「ああ、そっちの意味じゃなくて、人間としての話だよ」


「人間として……ですか?」


 男性の言葉の意味が理解できず、ヨアンは首を傾げる。


「外交の場ならともかく、ソフィア様は非常に人間味に溢れたお方だ。貴族らしい一面もあるが、基本的に誰に対しても優しい。けど、義妹の方は別だ……何て言えば良いのか分からないが、わざと国や人を陥れているように見える」


「確かに、炊き出しや宝物を強請ることで国庫に深刻なダメージを与えていますが、それがわざとだと?」


「おそらくな……正直言って、その辺りの損得勘定もできないような玉じゃねぇだろう、あの化け物は」


 確かにその通りだ。

 聞いた話によると、セドリックの鋭い眼光を受けても平然としていたらしい。天才ともてはやされるほどの知恵を持ちながら、炊き出しによる国庫負担と人気取りの損得勘定が出来ないはずもない。

 おそらく、アイナの側面を知っているからこそ。いや、得体が知れないと分かったからこそ、敢えて化け物と呼ぶのだろう。

 目的が見えないからこそ、背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。


「おっ、来たみたいだぜ」


 すると、森の方から複数の人影が見えた。

 クルーズたちだ。安全が確認されているとは言え、やはり万が一の場合がある。それを考えると、やはり不安だった。

 こうして、無事に帰って来た姿を見て安堵していると、今度は逆に先輩の男性が緊張しているのが分かった。

 視線の先を追うと……


「っ!?」


 ヨアンは息をのむ。

 クルーズやゴドウィンの後ろ、そこには十九年の人生を通じても、初めて見るほどの美貌を持つ四人の女性が居たのだ。

 その中でも特に視線を惹くのは黒髪に紅い目をした少女だろう。

 まるで天使のようにこの世のものとは思えない美貌を携えていた。他の三人も、少女に追随するほどの美しさを誇るため、ヨアンは呆然とした表情で見とれてしまう。


「アルフォンス様……」


 すると、同僚からそんな言葉が聞こえて来る。

 おそらく、クルーズとゴドウィンを除けば唯一の男性だろう。銀髪碧眼で、セドリックやエリックの面影を強く感じる。

 おそらく、その人物こそセドリック=ダージリンの弟アルフォンス=ダージリンなのだろう。エリックを大人にしたような感じだが、正直こちらの方が何倍も恰好が良かった。


 それからというもの。

 黒髪の女性は、ソフィア=アールグレイであり、変装のため髪型と色を変えているようだ。伝聞では、それほど美人ではないと聞いていたが、所詮は噂だった。正直なところ、アッサム王国の社交界の場では対抗できる令嬢はいないだろうと思えるほどだ。

 緊張しながらも挨拶を済ませると、今度はアルフォンスに挨拶をする。


「お初にお目に掛ります、アルフォンス様。私はヨアンと申します。若輩ながら旅中の護衛を務めさせて頂きます」


「これはご丁寧に。ヨアンさんでしたね、とても才気溢れる方なのですね。記憶が正しければ、兄は人を見る目がかなり厳しい方でしたから」


「ありがとうございます」


 それから一言二言会話をすると、視線を女性たちに向ける。

 既に、彼女たちの立場については聞いている。フェル=シフェル=マオウと呼ばれた黒髪の少女は王族であり、アッサム王国の身分に当てはめるとシルヴィア=フラットホワイトは公爵令嬢、ロレッタ=フェリーは子爵令嬢相当だそうだ。

 貴族制はないらしく、建国三百年から続く名家と呼ばれる出身とのことだが、話しかけようにも畏れ多いのだろう。

 ヨアンや少し年上の先輩たちは、楽しそうに会話をする四人を遠目で見ていることしかできなかった。






 そして、一日目の夜。

 ヨアンは、ゴドウィンと数人の同僚に連れられてソフィアたちが休むマジックテントの中へ来ていた。


「……簡易テントじゃねぇだろ、これ」


「「「「「……」」」」」


 テントの中はまるで別世界のようだ。

 先ほど食べた極上の料理の余韻が吹き飛ぶように、ヨアンたちは衝撃を受けていた。

 そもそも、外見と中身が一致していない。魔国でも貴重な技術が使われ、王族であるから所有している一品ということで納得したが、それでも技術格差を感じてしまう。


「まぁ、良いか。取りあえず、風呂は奥の部屋だそうだ。取りあえず行くぞ」


 彼らがマジックテントの中にいるのは、お風呂に入るためだ。

 公爵家の人間と言うこともあって、身なりには気を使っている。普段から、水で濡らしたタオルで体を拭くように心がけているが、魔国の人間からはその対応が不満だそうだ。

 ソフィアに勧められて、順番にお風呂に入ることになった。


「それにしても、涼しいですね。これも魔道具なんでしょうか?」


 ゴドウィンがお風呂場へ向かっている途中、一人の男性がテント内の気温の変化に疑問を抱く。

 熱帯夜というほどではないが、今夜は寝苦しさを覚える程度には暑い。だが、この中は暑さがほとんど感じられない。途中で通った部屋からは、冷気が感じられたからだ。


「ああ、くーらーとかいう魔道具だ。まぁ、部屋を冷やす魔道具みたいで、魔国の住宅であればたいてい一台はついているらしいぞ、信じられないことに」


 ゴドウィンの言葉に、驚きのあまり見苦しく口を開けてしまう。おそらく、他の者も似たような表情をしているだろう。

 なにせ、この魔道具一つとっても貴重な財産だ。

 アッサム王国では火をつける魔道具でさえ、庶民ではそうそう入手できないほど高価な物で、部屋を冷やす魔道具など貴族でも持てない。

 それを平民や貴族関係なく全員が持っているなど、信じられるはずもなかった。


「因みにだが、俺たちが泊まった場所は、一部屋に五台はついていたぞ」


 苦笑して語るゴドウィンの話は、まるで別世界の話のようだった。

 まるで子供が考えたようなお伽噺のような内容に、ヨアンを含め全員が信じられない様子だ。

 こればかりは、現物を見た者にしか分からないのだろう。

 ただ、このテントを見れば、少なくとも高貴な身分の者たちはこれくらいの技術を平然と持っていることだけは確かだった。

 しばらく歩くと、突き当りに『ゆ』と書かれたのれんの掛かる部屋へたどり着く。

 ゴドウィンに続くように、ヨアンたちものれんを潜り中へと入って行く。






「……すごい」


 初めて見る光景に、誰もが言葉を失う。

 室内が湯気で覆われ、浴槽ではお湯が無尽蔵に流れ出ている。 アッサム王国でこれほど立派な浴場があっただろうか。

 貴族に近しい立場にいるが、ダージリン公爵領でも王都でも見たことがなかった。

 ゴドウィンを筆頭に全員が初めて見る温泉に見惚れていると……


「ようやく、来たようですね」


「あ、アルフォンス様!? し、失礼いたしました!」


 岩風呂にアルフォンスが居た。

 魔国ではともかく、アッサム王国では貴族の入浴中に風呂へ入るなど許される事ではない。そのため、慌てて出て行こうとするが制止する声が響く。


「少し待って下さい。私は、あなた方に使い方を教えようと待っていただけです。まずはそちらで体を洗って下さい」


 そう言って、アルフォンスはタオルを腰に巻いた状態で湯船から上がると、洗い場へ案内する。


「これは……」


 もう何度目の驚愕だろうか。

 何もかもが夢なのでは……現実逃避したくなる。なにせ、ただ回すという動作だけで大量のお湯が頭上から降り注ぐのだから。

 この光景を前に、驚くなと言う方が無理だろう。


「これは、シャワーと言って入浴前は必ず体の汚れを落としてください。それと、こちらのシャンプーやボディーソープ……まぁ、髪の毛用と体用の石鹸ですね。上を押すと泡が出ますのでそれで体や髪の毛を洗って下さい」


「我々がそのような高価な物を使ってもよろしいのでしょうか?」


「構わないそうですよ。魔国でも随一の石鹸ですから、とてもいい香りがします」


「きょ、恐縮なのですが……流石にそれを使う訳には」


 ヨアンの言葉は尤もだ。

 ゴドウィンも含め、石鹸など今まで一度も使ったことがなかった。生まれて初めて使うものが、この世界における最高峰の一品など畏れ多くて使えるはずもない。

 アルフォンスは困ったように頬を掻くと、何やら思い出したかのように洗い場の一つから質素な入れ物を持ってきた。


「これはとある方が使う物ですが、魔国では廉価品として子供のお小遣いでも買える値段で売られている物です。こちらではどうでしょうか」


「石鹸が、子供でも買えるのですか!?」


「ええ、まあ」


 隊員の一人が驚愕する。

 ヨアンもまた同じ気持ちだ。石鹸は、アッサム王国でも金や銀の重さと同等で交換されるほど高価な物だ。

 だというのに、子供のお小遣い……どう考えても金や銀よりもはるかに安い価格で取引されているという。

 ある程度使い方を教えてもらうと、アルフォンスは気を遣って浴室から出て行った。


「なぁ、俺たち……いったいどこに来たんだ?」


「こんな高価な物使って良いのだろうか」


「後で請求とかされないよな……俺たちの安月給だと払える自信がないぞ」


 各々が、呆然とした表情で語り始める。

 ヨアンも実際に使ってみると、アッサム王国の石鹸が無価値だと思えるほど香りが良かった。

 ボディーソープにしても非常に使い心地が良く、体に付着した汚れが泡と共にお湯で流されていくのが分かる。

 一通り体を洗うと、ようやく本命の入浴だ。

 何故二種類も用意されているのか理解できないが、魔国では浴槽が二つあるのが常識なのだろう。そう思って、それぞれ好みの浴槽へ向かう。


「ふぅ……まじで信じられねぇよ」


「本当ですね」


 ヨアンはゴドウィンと共に岩風呂だ。

 おそらく、先ほどアルフォンスが入浴していたため畏れ多いと感じたのだろう。二人以外は全員木の風呂へと向かってしまった。


「はぁ、もうすぐ出ないといけないのか。ずっと、こうして湯船につかっていたいな」


「むりですよ、クルーズさんたちも入るのですから。それに、見張りはどうするんですか」


「仕事だって分かりきっているが、こんな極楽が近くにあると知っちまうとな」


「気持ちは分かりますが、公私は分けて下さい」


「かぁ~……ますますクルーズに似てきやがったな。けど、まあ仕方がねぇか。それに明日以降も使わせてもらえるだろうし、な」


「それもそうですね。また明日も驚くようなことが多そうで大変ですが、不思議と楽しみに感じます」


「だな」


 それからしばらくの間、ゴドウィンと話し合う。

 驚愕ばかりに包まれた一日の最後にお風呂を満喫でき、誰もが満足そうな表情で見張りを行い初日が過ぎて行くのだった。








作者の投稿ミスで26日の投稿はお休みします。


※次話は23日です

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