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第38話 不穏の影

レビュー、ありがとうございます!

 旅行の醍醐味だいごみと言えば何だろうか。

 観光名所を見て回ること。

 ご当地グルメを食べ歩くこと。

 家族や友人とであれば、会話を楽しむのも良いだろう。

 だが、それは豊かな国だからこそできることであり、貧しい……それも交通機関が発展していない国では旅行とは命がけの行為でもある。

 それを魔国の住人は、今日別の意味で身をもって知ってしまった。


「……うぅ、気持ち悪い」


 ソフィアに膝枕してもらっているフェル。


「ソフィア……吐きそう」


 窓を見ながら口元を抑えるロレッタ。


「……」


 まるで悟りを開いたように佇むシルヴィア。一見すると平気そうに見えるが、その顔色は普段よりも青い。


 そう、三人が苦しんでいるのは馬車酔いだ。

 普段から自動車や電車、場合によっては船にも乗る三人だが、乗り物の技術は比較不可能なほどの差がある。

 それに加え、コンクリートで舗装された道路でないのだから馬車の車輪が陥没した部分を通過、もしくは小石を越えるたびに内臓まで響く衝撃に体調を崩していた。

 とてもではないが、馬車から見える景色を楽しむような余裕があるはずもなかった。


「これでも、一般的な馬車に比べると随分揺れがないんですけどね。取りあえず、酔い止めが効くまで辛抱してください」


 まるで堪えた様子のないソフィアは、数日前にドラッグストアで購入した酔い止めの瓶と水の入った水筒をマジックポーチに仕舞う。

 まるで保護者のような振舞をするソフィアに、対面に座っていたアルフォンスが苦笑して言った。


「仕方がありませんよ。魔国では船でさえこれほど揺れませんから。慣れてもらうほか、ありません」


「そうですよね。ただ、酔い止めの薬があるだけましです」


「分かります、こちらではこれほどの薬はまず手に入りませんから。そう考えると、身近な場所で買える魔国は素晴らしいですよね」


「ええ、本当にそう思います。なので、宰相様のお土産には、エナジードリンクと眼薬とおそらくポーション漬けになっていると思いますので、肝臓のお薬などお仕事に役立つものをいくつか」


「私の方では、夜間の仕事をしやすいように照明器具など。他にも、眼鏡や筆記用具各種にそれと疲労回復効果のあるものをいくつか。これについては、私で実証済みですので効果はあると思います」


 酔い止めの話から一転、セドリックへの手土産の話に変わった二人。国としてではなく個人としての贈り物だが、その選択が何とも言えない。

 なので、アルフォンスの隣に座るクルーズが、それを言いたくても言えない状態の三人に代わって口を挟んだ。


「できれば、仕事中毒を悪化させるようなものではなく、働かせない方向で選んでほしかったです」


 その一言に、アルフォンスとソフィアは顔を見合わせる。


「「無理ですね」」


「ですよね……はぁ」


 状態異常ワーカーホリック。

 アルフォンスもソフィアもその域に達しているように思えるが、セドリックはそれを更に極めた場所に立つ。

 そして、ソフィアは思った。


――きっと、こちらの方が喜ぶと思います。


 それは紛れもない真実で、より一層セドリックの仕事能率とワーカーホリックが極まったのは容易に想像できることだ。






 時刻は夕暮れに差し掛かった頃。


「本日はこの辺りで、野宿となりますが大丈夫でしょうか?」


 研修所を出たのは午前中で、クルーズの部下と合流したのはお昼後。それから、馬車で六時間ほど移動したが、街や村へたどり着くことはできなかった。


 当然のことながら、魔国のように深夜でも走行に支障をきたさないための街灯は設置されていない。

 そうなると、夜は闇が支配する時間だ。

 エスプレッソに劣る都市であるマンデリンでも、夜は無数の光によって空は僅かに明るい。だが、アッサム王国の夜は星と月の光以外存在しない。

 馬の休息や魔物への警戒と言った理由もあるが、何よりも道が悪いため暗闇ではリスクが大きいのだ。

 可能であれば、町で宿を取りたかった。

 だが、地図を見る限り馬の脚でたどり着ける位置に町どころか村さえもない。申し訳なさそうに語るクルーズであったが、その心配は杞憂だった。


「構いませんよ。というよりも、基本的に宿を取る予定はありませんから」


「では、いったいどうするのですか?」


 クルーズの疑問も当然だろう。

 なにせ、マジックテントの存在を知らないのだから。いまだ体調不良で動けない三人に先んじて大きめのキャリーバックを持って外へ出ると、早速組み立てを始める。

 とは言っても、このキャリーバック自体が魔道具である。

 いくつかの手順を踏んだ後、キャリーバックを開けると一瞬でマジックテントが完成した。

 周囲で野営の支度をしていたゴドウィンたちもその光景に目を剥く。


「これは、魔国でも非常に珍しい魔道具です。ただ、護衛の方全員をと言う訳には参りませんので」


「ええ、それは構いません。こちらも、あらかじめ野営の支度をしておりますから」


 野営に適した簡易住宅。

 簡単に組み立てられ、雨風凌げるだけの一品。クルーズたちはそう思ったのだろう。まさか、この中が簡易ではなく立派な住居になっていると誰が想像できるのだろう。


「では、アルフォンス様は馬車でお休みになられますか?」


 クルーズが続けて言ったのは、マジックテントの大きさではそれほど人が入れないと考えたからだ。

 詰めれば五人くらい入れそうだが、中性的な美しさを持っていたとしてもアルフォンスは男性だ。流石に女性四人と一緒にとはいかないだろう。


「アルフォンス様、流石に人が悪いのではないですか? クルーズさん、マジックテントの中を覗いてみて下さい」


 魔国とのテクノロジーギャップに驚くのは人間のさが

 かつての自分を思い出して、アルフォンスは敢えて何も言わないのだろう。ソフィアもその気持ちが分かるため、クルーズの反応がとても楽しみだった。


「こ、これは……これは、いったい……」


 残念なことに、馬車に乗るソフィアからクルーズの表情は確認できない。だが、驚きのあまり震える声からどのような表情をしているのか想像するに易い。

 クルーズの驚き様に好奇心が湧いたのか、続いてゴドウィンも中を覗く。すると、クルーズ同様に驚きを顕わにして言葉を失う。

 隊長、副隊長の様子を見てますます注目が集まるマジックテント。

 誰もが、その中を見て驚愕し言葉を失う。

 それをソフィアとアルフォンスは、「ああ、自分もこんな感じだったのか」と思いながら微笑ましそうに過去に思いを馳せる。


「取りあえず、私たちも馬車から出ませんか? そちらの方が体調には宜しいかと」


 今さらながら、馬車でぐったりとしている三人にソフィアは尋ねる。

 その言葉に、まるでゾンビのようにゆったりとした動きで動き始める三人。辛うじてシルヴィアは平静を装っているが、それでも体調不良を感じさせるほど衰弱していた。


「……うん?」


 すると、一瞬。

 そうほんの僅かだがシルヴィアは立ち止まりマジックテントとは別の方向を見る。その様子を見たソフィアが首を傾げてシルヴィアに尋ねる。


「どうかしましたか?」


「……気のせいかもしれないが、視線を感じたような気がする」


「魔物ですか?」


「分からないが、殺気は感じられなかった……うっ。す、すまない。護衛として同行した身でありながら醜態を晒してしまい」


「仕方がありませんよ、馬車は初めてなのですから」


 いつになく弱気のシルヴィア。

 見知らぬ土地で馬車に酔ったとして誰が責められるだろうか。未熟者と罵られるだろうか。少なくともソフィアやアルフォンスにはできなかった。

 覚束ない足取りでマジックテントに向かうシルヴィアの背中をさすりながら、ソフィアもまたマジックテントの中へ入って行った。




*****




 暗闇に隠れる二人組の男性。

 不意に一人の男性が、小声で話しかける。


「……まさか、気づかれたのか?」


「んな馬鹿な。偶然だろう、偶然。あんな娘っ子に気づかれるようならプロの看板を背負うことはできねぇぞ」


「だが、一瞬とは言え視線はこちらを向いていた」


 先ほどの光景。

 黒髪の少女に付き添われるように簡易住宅らしき物に入って行く銀髪の少女を思い出して男性は得体の知れない不安に襲われる。

 だが、彼らはプロだ。

 奇抜な恰好をしているが、深窓の令嬢と言われても納得できる少女に気づかれるようでは、廃業どころの話ではない。


「取りあえず、付けるのはここまでにして今得た情報の報告へ向かうぞ」


「少し心配しすぎではないか? 相手がいくら、スラムの大将だからと言って適当な仕事は信用問題に関わるぞ」


「分かっている……だが、どうしても先ほどの視線が気になってな。それに、面子は一応確認した」


 男性は思い出す。

 遠目でこそあるが、際立った美貌を持つ四人。そして一人の男性。行きに尾行したクルーズたちを除く、この五人がターゲットだ。

 任務は、彼らの容姿を確認すること。であれば、目標は達成している。


「でもよ、金髪のグルグル巻は確認できなかったぞ」


「髪形などいくらでも変えられる。髪の色も染める手段はいくらでもあるからな。それに……」


「それに、何だよ」


 目を伏せる男性に怪訝そうな言葉を掛ける。

 しばしの瞑目の後、男性は目を開いて首を横に振った。


「いいや、仕事であれば完遂する。ただ、ボスの耳にも入れておく必要があると思っただけだ。取りあえず、痕跡を消し次第ここから撤収する、いいな」


「はいはい」


 プロとしての矜持は傷つくが、相方の危機察知能力は理解している。

 不満はそのままに、彼らは大人しく指示に従いこの場を後にした。








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