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第37話 アッサム王国へ再び

 それから一行は、クリスタルマウンテンを越え人間の国へ入国した。

 尤も、入国とは言うが、関所のようなものは存在せず入国審査があるわけでもないのだが。


「……」


 見覚えのある光景を前に、ソフィアは足を止める。

 そこはかつて馬車から追い出され、御者に石を投げつけられた場所。そして、アッサム王国から逃げるように魔国へ向かった自分を思い出す。


――私に何ができるというの……


 今でも覚えている自分の無力さ。

 大衆の面前で護衛ディックによって地に伏せられ、濡れ衣一つ晴らせなかった。お世辞にも成績が良かったわけではない。

 だからこそ、心はすでに決めているが、自分の無力さを思うと足に鉛が括りつけられたかのように重くなるのを感じる。


「……ソフィア、大丈夫か?」


 立ち止まるソフィアに最初に声を掛けて来たのはシルヴィアだった。

 ソフィアは気丈な対応をしようとするが、思う所がないわけではない……いや、この場所においては色々と感じるものがある。

 今も鮮明に覚えているあの時の光景……それを思い出すと、胸が苦しくなる。弱音を吐きたくもなる。


 だが、それを言葉にしていいのか。


 それが分からなかった。

 時には人に甘えることは必要なことだ。だが、それは今なのか。今甘えてしまうと、前に進めないような気がする。


「ねぇ、お姉さん。別に一歩目で無理をする必要はないんじゃない?」


 すると、フェルが優しく声を掛けて来た。

 ある意味同じ葛藤かっとうを経験しているからこそ、その言葉の意味が良く理解できた。


「時には気丈に振舞う必要はある……けど、裏で誰かに支えてもらってはいけないなんて決められてないよ」


 まるで内心を見透かすように語るフェル。

 何が言いたいのか、ソフィアにはそれがよく分かった。人間だれしもが、退けない時があるだろう。

 それに立ち向かうとき、一人で歩くべきだと誰が決めた。


 周りを見渡せば、手を貸してくれるような人が居るではないか。

 少なくとも、フェルもシルヴィアもロレッタも、ソフィアを見捨てるようなことをしないだろう。

 それは、兄のように接してくれるアルフォンスも同じだ。


「本当にフェルちゃんには敵いませんよ。でも、ありがとうございます」


 そう言うと、ソフィアは一度深呼吸をしてから一歩を踏み出した。そして、ぎこちない笑みを浮かべる。


「ですが、一歩目で折れていては二歩目も歩けませんよね……けど、どうしても無理そうなときは支えて下さい」


 その言葉に、クルーズとゴドウィンは痛ましい者を見るような視線を向けて来る。

 だが、自分たちに心配する声を掛ける資格がないことも理解しているため、口を閉じる。アルフォンスもまた理由は違うが閉口していた。


「まぁ、私もロレッタも松葉杖くらいにはなるぞ」


「うん、肩なら貸す」


「ありがとうございます。ですが、まだ大丈夫です」


 気丈にも笑って見せると、ゆっくりだが前へと進む。

 その方角に見えるのは、クルーズとゴドウィンの部下数名に囲まれた質素な馬車。あまり表向きにできないため、豪華でも家紋が付いているわけでもないものだ。

 ただ、要人用と言うことに変わりはなく、見る者が見れば遠目でもかなりの一品だと分かる。

 ソフィアが歩き始めるのを見て、シルヴィア達もまた付き添うように向かった。


「お疲れさまです、隊長」


「ああ、こちらは異常ないな?」


「はい、近くの村人が何名かこちらの様子を窺っているようでしたが、特には」


「そうか」


 クルーズたちが事務的な会話を始めた一方で、報告を始めた者以外の部下たちがソフィアの下へやって来た。


「お久しぶりです、ソフィア様。この再会に、一同神に感謝しかございません」


「はい、我らもご無事な姿を確認できただけで望外の喜びでございます」


「ありがとうございます。皆さんも元気そうで何よりです」


 なぜこれほど喜ばれるのか……ソフィアのことを心配してというのも本心であるに違いない。

 だが、クルーズたちの部下は、その多くが不遇の立場からセドリックが引き上げた者たちで、セドリックに心酔している者たちだ。

 セドリックの現状を憂いているからこそ、ソフィアの来国に涙するほどの歓喜を表わしている。

 一方で、クルーズの部下たちと話している隣ではアルフォンスもまた御者を務めている年配の男性に声を掛けられていた。


「アルフォンス様も、お元気そうで何よりです。覚えていらっしゃらないかと存じますが、何度か御者を務めさせて頂いたことがあります」


「いえ、今でも鮮明に覚えていますよ。スライムを枕と間違えた時の光景は」


「っ!? お、覚えていらっしゃったのですか!」


 歓喜半分、羞恥半分。

 覚えていてくれたのは嬉しいが、その理由が人生の黒歴史だというのは恥ずかしくて仕方がないのだろう。

 ただ、兄に負けずハイスペックなアルフォンスはそのような理由なしでも覚えていたはずだ。現に、御者の男性以外……それも数度しか顔を合わせていない者たちの名前さえも覚えていたのだから。


「ところで、そちらの方たちは?」


 しばらくの間挨拶を交わしていると、一人の男性が馬車の方に向かったシルヴィアたちを見る。

 ソフィアが答えようとするが、途中で一人の男性がソフィアに代わって答える。


「魔族の方々だろう。話には聞いていたが、本当に人間と変わらないのだな」


「いえ、彼女たちは魔道具によって耳や翼を隠しています。とはいえ、それ以外は人間と変わりませんよ」


「そうだったのですか、浅学故申し訳ありません。それにしても、皆様方があまりにも美しく部下たちも浮き立っております」


 年配の男性の言う通り、ソフィアと接点の少なかった者やアルフォンスとは初対面の者たちは、挨拶の合間もチラチラとシルヴィアたちの方を窺っていた。

 それも仕方がないことだろう。

 フェルを筆頭にして、シルヴィアもロレッタもアッサム王国ではアイナくらいしか対抗できないほどの美少女だ。

 一人だけ除け者にされた気分で密かにショックを受けたが、一通りの挨拶を終えるとシルヴィアたちの下へ向かう。

 すると、そこでは……


「うわぁ、本物の馬車だ!それに、馬だよ、馬!」


「騒ぐな、恥ずかしい!」


「だって、だって、でも、でも、でも!!」


「だっても、でももないわ! 少しは大人しくしていろ」


 本物の……それもある意味では、魔国以上に発展した技術で作られた馬車を前にはしゃぐフェル。

 クルーズたちには時すでに遅しだが、その部下にまで魔国の恥部を晒しているように感じたシルヴィアが大慌てで窘める。だが、フェルの興奮は留まるところを知らない。


「よし、スケッチを……」


「……」


「あっ、私のスケッチブック!?」


 キャンバスではなくスケッチブックと筆を取り出したため、シルヴィアが無言でそれを取り上げる。

 もう醜聞もなにもない気がする。

 だが、幸いにもほとんどの者が、アルフォンスに集中しているためこちらを見ているのは数人しかいないはずだ。

 その彼らからしても、シルヴィアに取り上げられたスケッチブックを取り返そうと飛び跳ねるフェルを誰が魔国の王族だと思うか。いや、思えないだろう。


「フェルちゃん、これから数日お世話になるのですからいくらでもスケッチする時間はありますよ」


「けど、こう言うのは気分が大事なんだから、描きたいときに描く!」


「フリーダムすぎる」


 まさにロレッタの一言は的を射ていた。

 その一言に、シルヴィアはため息を吐きソフィアは苦笑いを浮かべるというよりも口元を引きつらせていた。

 そして、本人はというと……


「それが、私の美徳だからね!」


 そう言って胸を張る姿を見て、ソフィアも含めた魔国側の人間はこれから迎える会談に不安しか感じられなかった。









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