第36話 出発の日
お待たせしました。
今日から第四章になります!
一週間が経ち、ついにアッサム王国へ向かう日がやって来た。
研修施設の前には、ソフィアを始め、シルヴィア、ロレッタ、フェル、アルフォンスの魔国側の五人とアッサム王国側からクルーズとゴドウィンの姿がある。
「ゴドウィンさんに、クルーズさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「ああ、そっちも元気そうで何よりだ」
ソフィアが話しかけると、二人とも朗らかな表情で応答する。
来国を依頼はしたものの、本当に来てくれるとは思っていなかった様子だ。
あらかじめアルフォンスから説明を受けていたとはいえ、ソフィアがこの場に顔を出したことにより安堵の表情が隠し切れていなかった。
「伺ってはいましたが、女性ばかりなのですね。ロレッタ=フェリー様は以前お会いしましたが、そちらのお二方は」
クルーズもゴドウィンも、シルヴィアとフェルとは初対面だ。
名前くらいは聞いていても、やはり紹介して欲しいのだろう。ソフィアが紹介しようとすると、シルヴィアが名乗りを上げる。
「シルヴィア=フラットホワイトだ。この度は、四人の護衛役を務めさせてもらう」
「護衛、ですか……」
既に魔道具によって、三人の見た目は人間にしか見えない。
狼の尻尾も牙も耳さえもないように見せている状態のシルヴィアでは、獣人と呼ばれる魔族の一種族であることが分からず、およそ戦闘に不向きな人間の女性にしか見えない。
門番をしている時の軽装戦闘服ではなく、通常勤務服を身に纏っているためか余計にその印象が強かった。
「一応紹介しておきますと、彼女は武術のみに限れば魔国でも屈指の実力者です。武器に関しては、魔装と呼ばれるものがありますのでご安心を」
「魔装とは何でしょうか?」
クルーズもゴドウィンも聞き覚えのない単語に、首を傾げる。
すると、シルヴィアが実演したほうが早いと思ったのだろう。その手に粒子が集まると、槍を象る。
突然現れた武器に、クルーズもゴドウィンも驚愕する。
「あれ、シルヴィアの武器は剣ではなかったのですか?」
「いや、剣も使うぞ。ただ、武器にはそれぞれ有効射程がある。だからこそ、剣と槍と銃を使う……魔法が苦手だからな」
以前シルヴィアが剣の手入れをしている姿を見たことがある。
そのため、ソフィアも魔装について知っていた。そして、その由来についても。
これもまた初代魔王のこだわりだが、変身ヒーローに憧れていたらしい。
バカバカしいと誰も相手にしなかった。
だが、結果として携帯武装としてこれ以上ないほど適していたため、とあるスーパーの武人を除けば、今では魔国の主流武器となっている。
シルヴィアの紹介を終えたところで、今度はフェルの番だ。
どこかで見たようなポーズを取り、高らかに声を上げる。
「ふっふっふ、我が名は……「フェルちゃんです」……お姉さんまで、私のセリフ取らないでよ!?」
が、長くなりそうなので代わりにソフィアが紹介する。
そして、続くようにアルフォンスが二人に身分を含めて伝えた。
「こちらは、お伝えしていたフェル殿下です」
「「っ!?」」
アルフォンスの紹介に、二人は息を飲み背筋を伸ばす。
自己紹介からしてかなり残念な感じになっていても、その圧倒的な容姿と魔国の姫という肩書は二人をより緊張させる。
とは言え、フェル自身に自己紹介させて良い事などない。
名前と身分だけ伝えると、早速話題を移す。
「これからについてですが、取りあえずアッサム王国へは徒歩での移動になります」
それは当然だ。
何せ、途中から国境までは獣道なのだから車で移動できるはずもない。それは、魔国側の者たちも分かっていたことで疑問の声が上がるはずも……
「えっ! ここから歩きなの?」
あった。
フェルが嫌そうな表情で言うと、シルヴィアが眉間を抑えてため息を吐く。
「仕方がないだろう、途中からは山道で車道ではないのだからな」
「だったら、飛べば良いじゃん」
なんてことないように言うフェル。
だが、魔国にいる魔族が全員飛べるはずもない。それに、この場の半数は人間だ。魔族にしても、妖精族のロレッタはともかく、シルヴィアは銀狼族で空を飛べない。
不平不満を垂れ流すフェルに冷ややかな視線を向けた後、アルフォンスに視線を向ける。
「本当にフェルを連れて行くのですか? 私には、デメリットこそあってもメリットが思い浮かびませんが」
「秘密裏の会談とはいえ、魔国の顔となる存在が必要です。人間である私やソフィアは論外ですし、シルヴィアさんとロレッタさんは由緒ある家系ですが、このような場で代表という訳にも」
「フェルちゃん以外の王族の方はどうでしょうか?」
アルフォンスとシルヴィアの会話を聞いて、ソフィアが尋ねる。
「確かに、陛下には五人の御子息がいらっしゃいます……ですが、彼らは皆ご多忙ですので。それに、旗印の役割だけであればフェル様ほど適任な方はいらっしゃいませんから」
魔王の娘であるフェル。
国を代表するのであれば、これ以上ない肩書だろう。性格や言動こそ問題があるが、口さえ開かずじっとしていれば、幼いながらも傾国のと形容されるほどの美貌を持つためお飾りにはこれ以上ないと言うことなのだろう。
一瞬だが、「適任」と言われ誇らしげな表情をするフェルだったが、数瞬して言葉の意味を理解すると抗議の声を上げる。
「ちょっ、それって私が暇みたいじゃん!?」
「事実だろ」
「事実ですよね」
「うん、事実」
シルヴィア、ソフィア、ロレッタが順にそれを肯定する。
それもそのはずだ。何せ、本来学業に専念……それどころか、就職や進学を考える時期に学校をサボって遊びに来ているのだから。
フェルに甘いと自覚するソフィアも、否定することはできなかった。
アルフォンスもまた、声にこそ出さないがその表情から肯定しているのは明らかだ。各々の反応を見て、フェルはひざを折る。
「ううっ……事実だけどさ、それを言わないのが優しさだって思うんだよ、うん。……なんでだろう、涙が出て来た」
自分で認めているあたり、どうしようもない。
それが、フェルの限界なのだろう。分かりきった光景を前に、シルヴィアはため息を吐くとフェルから視線を外す。
「さて、茶番はここまでにしよう」
「そうする。それに、そっちの人も待たせているから」
茶番と言う言葉にショックを受けるフェルをよそに、ロレッタに続きソフィアたちもクルーズたちに視線を向ける。
「いえ、構いません」
「お……私も構いませんよ」
緊張からか、僅かに口調が硬い二人。
それも仕方がないことだろう。二人の目の前で膝を折り、涙を流す少女はアッサム王国では比較にならないほどの大国の姫なのだから。
それこそ、アッサム王国の王族であるローレンスとでも格が違う。
それが念頭にあるからこそ、先ほど垣間見たフェルの残念さを知っても緊張がほぐれていなかった。
これから一週間、二人と行動を共にすることを考えて、良好な関係を築こうとソフィアが間を取り持つ。
「フェルちゃん、良い子なので緊張する必要はないですよ。それから、ゴドウィンさん。この場で無理に敬語を使う必要はありませんよ。フェルちゃん、大丈夫ですよね」
「別に気にしないけど……それよりも、お姉さん私を慰めて」
まるで救世主を見たように目を潤ませて、抱き着くフェル。
そんなフェルを「よしよし」と言ってソフィアが頭を撫でている姿を見て、緊張するのが馬鹿らしくなったのだろう。
フェルが敢えてこの茶番に乗ったのかは分からない。
だが、結果としてクルーズもゴドウィンも緊張が和らぐと、顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「相変わらずのようで安心したぜ」
「本当に貴女の周りには自然と権力者が集まるんですよね……美徳だとは思うのですが、現状を思うと素直に称賛できません」
複雑な表情をして言うクルーズを見て、ソフィアは苦笑する。
ただ、ソフィアはまだ詳細を把握できていない。あらかじめ聞いていた三人以外にも心当たりがあり、クルーズの前で指を折り始める。
「フローラちゃんのことですか、それともアレン君かマルクスさん。それ以外ですと……」
クルーズの言葉に、すぐさま思いつく顔ぶれの名前を挙げ指を折り始めるソフィア。すると、クルーズが血相を変えて、ソフィアの言葉を遮るように声を上げた。
「お願いですから、名前を挙げないで下さい。それと、指を広げないで下さい」
「現状、三人だけでもセドリック様たちは瀕死間近……倍に増えたら、間違いなく過労死してしまうぞ。まぁ、セドリック様なら執念で仕事は終えそうだけど」
「おいっ、縁起でもないことを言うな!?」
クルーズの言葉に、ソフィアも同じ気持ちだ。
セドリックであれば、仕事の途中で過労死することはなさそうだ。
きっと、過労死するのは仕事を終えた後。仕事の途中では、過労死することさえ許さないだろう。そんな予感がゴドウィンだけでなく、クルーズにもあった。
そして、実現してしまいそうだから、困るのだ。
「ゴホン……兄上に関してはともかく、取りあえずそろそろ向かった方が良いでしょう。あまりゆっくりしていると日が暮れてしまいますし。ところで、気になっていたのですが、その大荷物は何ですか?」
アルフォンスが目をつけたのは、研修所前に置かれた大きなカバン。その隣に、キャンバスバックが置かれていることから、誰の荷物かは聞くまでもないだろう。
因みに、着替えなどの荷物はあらかじめマジックテントの中に収納されている。
ソフィアはマジックポーチを。シルヴィアもロレッタも、小物を入れる程度の大きさのカバンしか持っていない。
「私たちの暇つぶし道具! ボードゲームがかさばって。やっぱり、『人生これからだゲーム』だけで、『人生まだまだゲーム』は置いてくればよかったかな」
「あと、魔法の野球盤とか入ってた」
「他に、お菓子と飲み物も入っていましたよ」
「馬車の中でテレビゲームでもやるつもりなのか小型のテレビまでな。それと、さりげなく私たちを共犯に仕立てようとするな」
フェルに続く三人の言葉に、アルフォンスは眩暈でも起こしたかのように僅かにふらつく。同情するような視線を向けるが、フェルがお泊り感覚なのは今さらの話だ。
結局のところ、荷物過多ということで泣く泣くフェルは荷物の大半を研修所に置いて行くことになったのは語るまでもないだろう。
【お知らせ】
八月は作者の都合で執筆活動ができません。
ストックが八話ありますので、三日に一度十二時で予約投稿しました。
八月の末には執筆を再開できると思いますので、
九月中には毎日投稿で四章を終わらせたいと思います。
拙作ですが、今後もよろしくお願いします!