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閑話(1) 魔王の娘はピーマンが嫌い

ちょうどクルーズたちがアッサム王国から戻って来るまでの話です。


本編とは関係がないので、読み飛ばしても問題ありません。

 時刻はお昼前。

 気温は三十度を超え、本格的な暑さを迎えたこの時期。

 いつもであれば研修所にいるソフィアだが、今日は日曜日で休日だった。やることがなく手持無沙汰にしているかと思いきや……


「ふぅ、お風呂掃除はこれで終わりですね。次は、お部屋の掃除にトイレ掃除……まだまだやることはたくさんです」


 ワーカーホリックここに極まれり。

 フラットホワイト邸は、とても広い。とても一人で掃除をこなせると思えないのだが、レベル六と無駄に高い掃除スキルによりお風呂場のタイルはまるで鏡のように磨かれ、まるで新築のような美しさがあった。


「ねぇ、お姉さん。前々から思っていたんだけど、お姉さんって本当に貴族なの?」


 突然、後ろから声を掛けられる。

 ソフィアが後ろを振り向くと、そこにはバケツと雑巾を持ったフェルが立っていた。フェルもまたシルヴィアから「働かざる者食うべからず」と言われ、掃除を分担していたのだが、その様子だと持ち場の掃除を終えたのだろう。


「そうですが、何かおかしな点でもありましたか?」


 呆れたような表情のフェルに、ソフィアは首を傾げてしまう。

 すると、まるで未確認生物を目撃したかのような、それはもう信じられないと言った表情を浮かべフェルは言った。


「いや、普通思うよね!? なんか、私の想像した貴族と違う! 貴族って、パーティーで踊ったり腹黒い会話したり、あとは自慢話?したりとか……それはともかく、貴族の振る舞いには絶対に掃除は入っていないと思うんだよ」


「そうでもないですよ。下級貴族だと、パーティーを催すための費用、その際に着る衣装と宝石を用意するために、使用人に代わって令嬢であっても自宅の掃除くらいはしなければならないらしいですよ」


「世知辛い! 貴族社会、思ったよりも世知辛いよ!」


 思わぬ現実によって、フェルは自身の想像が打ち砕かれ驚愕の声を上げる。

 とは言え、ソフィアが見たところフェルの掃除技術は相当なものだ。一朝一夕で身につくような拙い技術ではなかった。それを思い出して尋ねる。


「そう言う、フェルちゃんもお掃除が様になっていますよね。熟練の技を感じました」


「えへへ、そう思う? 色々悪戯して後処理をさせられたから、不思議と掃除のスキルレベルが上がっちゃたんだよ」


 魔国の姫はおだてに弱いらしい。先ほどまでの表情とは一転して、どこか照れた表情だ。

 とてもではないが、褒められた内容ではないためソフィアは怒るべきか呆れるべきか。判断できず困惑してしまう。

 とは言え、フェルのその技術があったからこそ掃除がはかどったのも事実だ。そのため、表情を和らげると、ソフィアは言った。


「フェルちゃんのおかげでお掃除も進みましたから、夕食はフェルちゃんの好きなものにしますね。リクエストはありますか?」


「えっ、ホント! なら、ハンバーグ、チーズたっぷりで!」


「分かりました。なら、ひき肉が必要ですね。後で買い物に行きましょうか」


「うん!」


 そうして、粗方掃除を終えたところで、二人は買い物に出かけたのだった。






 場所は移り、フラットホワイト邸最寄りのスーパー。

 休日ということもあり、店内は子供連れの客が多く非常に混雑していた。魔国でフェルを知らない者はいないらしく、ここでも注目を集めていた。


「フェルちゃんって、本当に有名なんですね。皆さん、フェルちゃんを見て驚いていますよ」


「ふっふっふ、私はみんなのアイドルだからね!」


 自信満々に告げるフェルだが、ソフィアの視界の端には困惑というよりも迷惑そうな表情をした店員の姿が映る。

 よりにもよって、混雑時に何故来る……きっと、そう思っているに違いない。


――いったい、何をしたのでしょうか?


 以前、フェルは自分で悪い意味で有名だと言っていた。

 何をしたのか分からないが、向けられる視線に嫌悪の感情はほとんど含まれていない。子供の中には、好意的な声を上げる者も多く、嫌われているようではなさそうだ。


「気になっていたのですが、時折聞こえて来る『アンタッチャブル』って何ですか?フェルちゃんに対して言っているように聞こえますが」


「うん、それは私の尊称だよ! 私が神々しすぎて、いつしかそう呼ばれるようになったのさ!」


「ああ、なるほど」


 おそらくフェルはツッコミを待っていたのだろう。

 だが、ソフィアが素直に肯定してしまったため、自分で言っておきながら恥ずかしく思ったらしい。雪のように白い肌は、羞恥しゅうちのあまり紅潮し、慌てた様子で先ほどの発言を撤回する。


「冗談だよ、冗談……まぁ、触らぬ神に祟りなし、ってことみたい。ちょっと、街の外観を変えてあげただけだよ、マンデリンでは」


「な、なるほど……」


 フェルの言葉に、ソフィアは頬を引きつらせる。

 そして、以前見たエーデルワイスで埋め尽くされた丘を思い出す。確かに、突然街並みを変えられれば迷惑千万。だからこそ、店員たちが厳しい目でフェルの一挙手一投足を監視しているのだろう。


「取りあえず、早々に買い物を済ませてしまいましょう」


「出禁になる前に?」


「そうで……そ、そんなことはないですよ、あははは」


 思わず肯定しそうになったソフィア。

 途中でフェルの一言に気が付き、笑いで誤魔化そうとする。


「お姉さん、それ全然隠せてないよ」


「……さ、さて、買い物をしましょうか。ニンジンとタマネギ、それから……」


 あからさまな話題転換だ。

 フェルから向けられるジト目に居心地の悪さを感じながら、野菜コーナーでハンバーグの材料となる食材を手に取る。

 ソフィアが、ピーマンに手を伸ばした瞬間……


「って、何でピーマン入れるの!?」


「えっ、ああ。ピーマンの肉詰めでも作ろうかと。以前作ったところ、シルヴィアにも好評でしたから……どうかしましたか?」


「ピーマン、苦い」


 その苦渋に満ちた表情が、ピーマンに対する思いを物語っていた。


「そう言うことですか。因みにですが、フェルちゃんは他にも嫌いな物はあるのですか?」


 ソフィアが尋ねると、フェルは宙に視線をさまよわせて指を折り始める。


「ピーマン以外だと、ナスにゴーヤ、オクラとかも嫌いかな。他にも……」


「……だからハンバーグにピーマンを混ぜるように言われたのですか」


 次々とフェルの口から並べられる野菜の名前に、ソフィアは頬を引きつらせながらシルヴィアの話を思い出す。


「ナニソレ、キイテナイヨ?」


 ギギギとまるで錆びたブリキ人形のように首を回すフェル。

 その目に光はなく、片言だった。自分の知らない内に大嫌いな食べ物を摂取していた。そのことに対して、驚愕を通り越してしまったのだろう。


「気づいていなかったのなら、問題ありませんね」


「そ、そう言う問題じゃないよ!? 知らぬ間にピーマンに浸食されていたの!?」


「ピーマンは風邪予防にもなりますし、疲労回復にも役立ちます」


「ピーマン、要らないよ!」


 それは、フェルの心の叫びだ。

 周囲には、フェルの想いに同意する子供たちの姿。その代表のような立ち位置に、ソフィアだけでなく子供連れの親たちもまた、呆れたような表情を浮かべていた。

 ソフィアが、ピーマンの良さをどのように説こうと考えていると……


「お客様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「へ……って、ピーマン!?」


 声を掛けられた方へ振り返ったフェルは、目を剥く。

 そこに立っていたのは、ピーマンの被り物をした人物だったからだ。


「ええ、ピー・マンでございます。べじキャラグランプリでは惨敗でしたが、ご存知のようで何よりです」


 ピー・マンと名乗る男性?

 その登場にフェルの周囲に集まっていた少年たちは一目散に逃走を始める。一人残されたフェルもまた、逃走を試みようとするが……


「子供向けにピーマンの大切さを教えるというイベントを行っております。お客様には、是非参加をお願いしたく」


 ピー・マンにより両肩を掴まれてしまい、逃げる機会を失った。慌てて距離を取ろうとするが、そうは問屋が卸さない。


「ぜ、絶対に行かないからね!?」


「嫌よ嫌よも好きのうち、と申しますので是非こちらへ」


 そう言って指示した先。

 スーパーの空きスペースに設けられたブースには、先ほどフェルに賛同していた少年少女たちが両親の手によって座らされていた。

 大量に並べられるピーマンが余程嫌なのだろう。子供たちの表情は絶望に染まっている。

 それを見た、フェルはより一層抵抗を激しくするが、ピー・マンからは逃れられない。


「ピーマンに拉致られる! お姉さん、ヘルプミー!!」


 助けを求める、フェル。

 一方で、ソフィアはというと……


「あっ、買い物が終わったらそちらへ向かいますから。ごゆっくり」


 まるでスーパーの前で焼き鳥を頼むように、フェルをピー・マンへと預ける。そのあまりにも雑な扱いに、流石のフェルも涙目だった。


「ええ、もちろんですとも。必ずや「大好物はピーマン」と言わせて見せます」


 ソフィアにサムズアップするピー・マン。被り物の下は、さぞかしいい笑顔を浮かべていることだろう。


「洗脳反対! 誰か助けて!」


「はっはっはっは、ピーマンの素晴らしさに感銘を受ける日も近いですよ」


「いやぁー!」


「さて、私は買い物に戻りますか」


 ピー・マンによって引きずられていくフェルを傍目に、ソフィアは買い物へと戻って行くのであった。








因みに、フェルとピー・マンはというと……


「ひ、酷い目に遭った」


「くっ、流石は魔王様の御息女……今回は私の負けですが、次回こそピーマン大好きと言わせて見せます」


「次回はないからね!」


 フェルがピーマンを進んで食べられるようになる日は、まだ先のことだ。




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