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調査隊の報告

昨日は無理でした……


後半は別視点となります。

 魔国調査に派遣していたクルーズたちが戻って来た日の夜。

 セドリックは、王都にあるダージリン邸の執務室にクルーズを呼び出した。理由は、日中に受け取った報告書があまりにも非現実的なものだったため、直接話を聞く必要があると判断したからだ。


「報告書を確認させてもらった。だが、これは事実なのか?」


「はい、報告書に書いた通りでございます。ソフィア様は魔国にて生きておられました」


 セドリックは疑うような視線を向けるが、クルーズに疚しいことは何一つなく堂々とした態度で視線を見つめ返す。

 しばしの静寂。

 先に沈黙を破ったのは、セドリックだ。


「すまんな。お前のことを信用していない訳ではないのだが、これはあまりにもな」


「はい、そう思われるのも無理はないかと……ですが、その報告書に一切の虚偽はありません」


「……そうか」


 クルーズの真摯な言葉を受け、セドリックは再び報告書へ視線を落とす。そこには、ソフィアの生存だけでなく、魔国や魔族について。

 そして極め付けは……


「アルフォンス、生きていたのか……」


 セドリックの弟であるアルフォンス=ダージリンの生存。

 これを見たとき、セドリックはソフィアの生存以上の衝撃に見舞われた。紅茶をこぼすという粗相をしたのは、今思い返しても苦い記憶だ。

 弟が生きているという報告を受け、歓喜の表情を見せたのも一瞬。次の瞬間には、宰相の顔を窺わせた。


「コホン……それにしても、魔族とはそれほどまでに強大な力を持っているのか?フェノール帝国から手に入れた最新型の魔銃でさえ、傷をつけられなかったフォレストベアーを齢二十にも達していない娘が手なずけるとは……」


「はい、私に向けられたわけではないと分かっていても、あの膨大な魔力を前にして足が竦んでしまいました。百人束になろうと、勝つどころか手傷を負わせる自信がありません」


「それほどまでなのか……」


 信じられないという気持ちの方が強く、仮に報告して来たのがクルーズでなければ、おそらく眉唾物だと切り捨てておいただろう。

 重々しく息を吐くと、クルーズが更に説明を補足する。


「魔国においては、フォレストベアーはさしたる脅威という認識ではないそうです……ワイバーンでさえも、空飛ぶトカゲで子供でも倒せると耳にしました」


「誰に……と聞くのも野暮だな。アルフォンスが私の知るままであれば、そのようなほらを吹くとは思えぬな。とは言え、真実だとすればどんな人外魔境だというのだ」


「私も激しく同意したいところですが、ソフィア様とそう変わらない少女でさえあのレベルとなると、あながち嘘ではないと思います」


「その少女が特別だったという可能性は?」


「その可能性もなくはないのですが……ソフィア様の先輩と言うことで、本業は料理人のようで」


「非戦闘員なのか!?」


 それには、セドリックも驚愕する。

 驚きのあまり何度も目を瞬かせ、驚愕の声というよりも出鱈目を言っているのではないかという怒鳴り声に近い。

 何度目か分からない常識を疑うような話に、セドリックは目頭を押さえる。

 

「正直な所、魔国に生息する魔物はアッサム王国に生息する魔物の力を遥かに凌駕しているかと……」


「魔銃を食らって、ほぼダメージを与えられなかったというのならその通りだろう。取りあえず、魔国の戦力については未知数と言うことだな」


「はい、私ごときでは底を見ること適いません」


「そうか……」


 セドリックの心境は複雑だった。

 そのため息にも近い声には、不安というよりも諦観に近い感情が込められている。セドリックの内心が理解できるのか、クルーズが頷いた。


「正直なところ、魔国の技術は想像を絶しております。こんくりーとと呼ばれる舗装技術はもちろんのこと、研修施設の設備でさえ帝国の魔道具とは比べ物になりません」


「ああ、報告書でも見させてもらったが、そこまでだったのか?」


「はい、途中で行方不明になった建築に精通している調査員によると、未知の物とのことです。魔道具については素人故に、詳細は分かりません。ですが、扉を自動開閉する魔道具や部屋の温度を下げる魔道具、照明の魔道具など。驚くべき技術は、枚挙にいとまがありません」


 セドリックは、クルーズの挙げた魔道具を実際に見ていないためそれほど驚きはない。そのためクルーズはもどかしそうな表情をするが、あの驚きは筆舌に尽くしがたい光景のためうまく言葉に出来なかった。


「話を戻そう。取りあえず、今後の会談についてだ」


 そう言って、今度は報告書に添付された便箋に視線を向けた。

 アッサム王国で使われる高価な羊皮紙とは違い、真っ白な植物紙。そこには、見覚えのある丁寧な文字が書き綴られていた。


「これについては、一先ず了承した。とは言え、日程を組むのが苦しいな。幸いにも、殿下たちの日程はこちらで組めるから良いものの……ふむ」


 セドリックは、頭の中でタイムテーブルを作成し始めたのか、難しい表情をして宙に視線をさまよわせる。


――会談前にアルフォンスとは話をする必要があるな。


 やはり、最初に行うべきはそれだろう。

 手紙には、四カ国会談に混ざる予定はないとした旨が書かれていた。国交回復には時間がかかるため、まだ急ぐ段階ではないのだろう。


 とは言え、セドリックとしてはそれを利用したい。

 戦争に向けて着々と進むこの状況。これから四カ国会議に集う三国の権力者は、それを遅らせることができる者たちだ。


――以前のような関係を築くのは……無理だろうな


 各々が、ソフィアに対して特別な感情を向けている。

 憧憬、崇拝、依存。……考えていて、どうしたらこうなるのか不思議で仕方がないが、その彼らの想いを踏みにじったのはアッサム王国だ。

 そして、彼らは政治においてシビアな考えを持っている。自国を最優先に考えるのなら、戦場はアッサム王国が好ましいと考えるはずだ。


 しばらくして、考えがまとまったのかクルーズに視線を向けると質問をする。


「魔国からダージリン領まで大体どの程度かかる?」


「一週間前後といったところでしょうか。最短で考えれば、四日か五日ほどです」


「となれば、二週間後にダージリン領にある別邸を予定しよう……そこであれば、あまり注目されることはないはずだ」


「はい、国王派に目をつけられるのは拙いですから。しかも、国王を差し置いて旦那様に直接というのは、知られればさぞ不興を買うことでしょう」


「ああ、国王に知られたら……」


 面倒だ。

 そう告げようとしたが、言葉にする前に飲み込んだ。

 クルーズは続く言葉が想像できたのか、僅かに苦笑している。その様子を見て、セドリックはコホンと咳払いをした。


「どうやら、疲れが出てしまったようだな……この程度で疲れるとは、焼きが回ったか、歳はとりたくないものだな」


「いえ、歳のせいではなく、人間として働き過ぎなだけだと思います」


 セドリックの呟きに、クルーズは山積みになった資料を見て言った。

 おそらく常人であれば、数十人分の仕事量に値するだろう。それを可能にしているのは、セドリックの力……だけではなく、夥しい量のポーションの山だろう。

 そちらについては、セバスチャンや侍女たちがこまめに片づけをしているため山積みになっていないが、おそらく相当な量を摂取したに違いない。


「まぁ、冗談は置いておくとして……」


「いえ、冗談ではありません。いい加減、休んでください」


「お前らの口から出るのはそればかりだな。取りあえず、この書類を片付け終えてから……」


「それも聞き飽きました」


 セドリックがクルーズの言葉に反論しようとした瞬間。


 トントントン!


 扉が三度ノックされる。

 セドリックが入室を促すと、入って来たのはセバスチャンだった。恭しく一礼をすると、セドリックの下へ歩み寄って来た。


「何かあったのか?」


「いえ、問題というほどのことはなにも。先ほど頼まれました資料が完成したとのことで、それを届けに参りました。それよりも、先ほどエリック様とすれ違いましたが……どうかされましたか」


 セバスチャンの語る言葉に、セドリックは耳を疑う。

 何故、エリックがこのタイミングで。もしや、話を聞かれたのでは……そう思ったのも束の間。セドリックは声を上げる。


「おい、誰かエリックの監視をしろ」


 そう言って現れたのは黒装束の数人組。

 この部屋の周囲は常にこの者たちに監視させていたため、聞き耳を立てていた可能性は低い。だが、嫌な予感を感じエリックの監視を命じる。

 すると、一糸乱れぬ動きでセドリックの命令に承服すると消えて行った。






 同時刻。

 場所は変わり、アッサム王国にあるスラム街。

 異臭が漂うその場所に一人の銀髪の少年が歩いている。おおよそ似つかわしくない綺麗な恰好をしているためだろう。スラムの住人から様々な思惑が込められた視線を向けられる。その視線を煩わしそうに思いながらも、目的の場所へ向かって行った。


「この手紙の差出人はお前か……ディック」


 目的地にいたのは、汚いローブを身に纏う少年。

 かつてソフィアの護衛として雇われながら、今では犯罪者として指名手配されるその人物に銀髪の少年は不愉快そうな視線を向ける。


「何故、お前がここにいる?」


 平民にしては比較的整っていた顔立ちが、今では見る影もない。

 あまりにも酷い変わりように嘲笑よりも困惑の色が大きかったが、銀髪の少年は声を荒げて言った。


「ふざけるな!お前がここに呼び出したのだろう!?」


 そう言って、ディックに一通の手紙を投げつける。

 差出人は確かにディックとなっており、丁寧にこの場所まで書かれていた。ディックはその手紙を拾うと、中身を読み始める。


「っ!?」


「白々しいぞ!言え、そこに書かれていることは真実なのか!?」


 銀髪の少年が詰問するが、ディックには覚えがなかった。

 しばらくの間呆然としていると、次第にその表情が歓喜に染まる。


「は、はは……ははは!!!!」


 遠くから二人の姿を見ていた者たちは、ディックの笑い声に身をすくませる。

 だが、銀髪の少年はその笑い声に何ら感情を見せることはなく、冷たい眼差しで睨みつけるだけだ。


「その様子だと、差出人はお前ではないと言うことか……ちっ、使えない奴め」


 と、銀髪の少年は舌打ちをする。

 だが、ディックは愉快だとばかりに笑い続けた後、エリックに尋ねる。


「これが本当だとして、どうするつもりだ?」


「決まっているだろう」


「なら、俺も手伝う……どうせお前も味方など誰もいない。なら、協力しても良いだろう?」


「誰がお前のようなごろつきと」


 銀髪の少年が「死んでも御免だ」というと、ディックは表情を顰めるが、嘲笑を浮かべて煽るように言った。


「意外だな、お前死んだ自覚はなかったのか?鏡を見ていないのか?」


「何だと?」


「もう、昔のお前は死んでいるんだよ。俺と同じようにな」


「っ!?」


 ディックの飄々とした態度に、銀髪の少年は表情を赤く染める。

 だが、声を荒げるようなことはしない。そして、深呼吸をしていると……


「お前と、俺の目的は一致していると思わないか?それに、お前は自由に使える者がいないが情報は手に入る。一方で俺は、情報はないが、ここにいるごろつき程度なら動かせる……なぁ、悪くない相談だろう」


「……」


 銀髪の少年は、ディックの言葉に無言となり瞑目する。

 そして、結論が出たのだろう。その結論をディックに伝えた。




 どこか遠くの場所。

 そこにある銀髪の人形と茶髪の人形が黒く壊れ始めた瞬間だった。







ここ数日、本当に暑いですね。

夏バテ気味です。

皆さまも熱中症には気を付けてください。


以前お伝えした通り、第四章は八月初旬を予定しています。


お付き合いいただき、ありがとうございました!

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