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第34話 アッサム王国へ向けて(上)

 翌日、ソフィアの姿は研修所の前にあった。

 今朝早くにアニータから連絡があり、今日は研修所に顔を出してほしいとのことだ。詳細こそ告げられていないが、大凡の見当はつく。アッサム王国の件だと考えて、まず間違いないはずだ。

 ソフィアが深呼吸をして、心を落ち着かせていると……


「ふぁあ……なんで、私まで」


 フェルが可愛らしく欠伸をかき、眠たそうに目をこする。昨夜は遅くまで起きていたためだろう。その声は酷く気だるげだった。その姿を見た、シルヴィアが不機嫌そうに言う。


「私など、お前のおまけで付いてくるように言われたぞ。非番だと言うのに」


 この場にいるのは、ソフィアとロレッタだけではない。

 アニータから、何故かフェルも同行するように告げられたのだ。その関係で、ちょうど非番だったシルヴィアも巻き込まれる形で同行することになった。


 それが、不機嫌な理由だ。

 今日は先日発売したばかりのミステリー小説を読む予定だったらしい。だと言うのに、仕事でもなくただの巻き添えで時間が潰されたのだ。

 シルヴィアでなくとも、不機嫌になるだろう。

 だが、アニータとは浅からぬ縁があるようで、渋々ではあったもののここまでついて来た。


「何しているね……早くこっちへ来るね」


 アニータが中から現れるとソフィアたちに言う。研修所の前にいるのに、いつまで経っても入って来ないことにしびれを切らしたのだろう。その口調は、普段よりも厳しいものだった。

 魔王秘書官が来ているのだから、気を引き締めろと言うことなのだろう。そう解釈した矢先、ソフィアの考えは裏切られる。


「ここで時間を取られると、後の予定が詰まるね。残業は嫌なのね!」


 最後の一言は、アニータの心の声だった。まるで訴えかけるように放たれたその一言に、ソフィアを除いた三人が激しく同意している。


「取りあえず、中入ろうよ。外は暑いんだよね」


 フェルが、手をパタパタさせて仰ぎながら言う。

 初夏も終盤に差し掛かり夏の始まりと言って良いこの季節。森の木々が日陰になっているとは言え、気温が高いことには変わりない。

 特にフェルの格好は、個人的なこだわりなのか黒の学生服を着ているため、余計に暑そうだ。見ている方も暑苦しく感じてしまう。

 ソフィアたちがフェルの姿を見て各々そう感じていると、フェルが一足先に研修所へ入って行く。それを見て、ロレッタとシルヴィアが続いて中に入って行った。


「ソフィア、何しているね。早く入るね」


 アニータも中へ入って行こうとするが、後ろを振り返りソフィアに声を掛ける。その声は気だるげで、とてもではないがこれから魔王秘書官と大事な話をするように見えない。


「はい……」


 四人の気だるげな態度を見た後だからか、ソフィアの声に力はなかった。何とも言えぬ表情で、アニータの後に続き中へ入って行くのだった。






 会議室までたどり着いた一向。

 アニータが扉を開けると、フェル、シルヴィア、ロレッタ、ソフィアの順で中へ入って行く。


「お呼びだてして、申し訳ありません。私は、アルフォンス=リンと申します。不肖ながら、魔王様の秘書官を務めさせて頂いております」


 そう言って、ソフィアたちの前で一礼をしたのは銀髪碧眼の美青年だった。

 あまりにも優雅な一礼であったため、ソフィアはその姿に見惚れてしまう。だが、それも束の間の出来事で、どこか見覚えのある顔に内心首を傾げる。

 すると、アルフォンスの視線が、ソフィアの視線と交差した。


「宰相、様……?」


 ソフィアは呆然とした表情で呟くと、アルフォンスの顔をまじまじと見る。無遠慮な視線を向けられ、アルフォンスは苦笑して言った。


「もう十年近く前にお会いしたことがあるのですが、その様子だと覚えていらっしゃらないようですね」


「え、えっと……じゅ、十年近く前ですよね。ああ、覚えていますよ」


 ソフィアはポンと手を打つと、いかにも思い出したかのように言う。だが、その表情はぎこちなく誰の目から見ても覚えていないのは明白だった。

 誰もが、ソフィアの付いた嘘に疑惑の視線を向けるなか、アルフォンスは口元に手を当てて笑い始める。


「コホン、失礼しました。……では、アルフォンス=ダージリン、この名前に聞き覚えはありませんか?」


「あっ!」


 アルフォンスが本名を伝えたことで、ソフィアはようやく気が付いたようだ。とは言え、ソフィアの中では先ほどの言動は嘘だとばれていないと思っているようで、口元を抑えると分かっていましたとアピールする。


「お姉さんって、大根役者だね」


「ああ、見事な大根だ……逆にあれで隠し通せると思う心意気に感心してしまうぞ」


「……今日の夕飯は、おでんにしよう。エアコンが効いた部屋で」


 三人が、それぞれの想いを口にするもののソフィアには届いていなかった。と言うよりも、平静を保つのに精いっぱいで話を聞く余裕がないのだろう。

 こっそりとアルフォンスの顔を窺うと、確かに幼い頃に見たアルフォンスの姿と重なるのだ。セドリックとは兄弟であるのだから、面影を感じるのも無理はなかった。


「もしかしてですが、数年前に魔国を訪れた人間って……」


「はい、私のことです。もう九年ほど昔になりますが、当時十四歳だった私はアッサム王国に嫌気がさし、国を捨てました」


「やはりそうでしたか……。アルフォンス様はお亡くなりになられたとお聞きしていたので、再びお目に掛かれて光栄です」


 忘れていたことなど棚に上げ、ソフィアは真摯な瞳でアルフォンスの生存を喜ぶ。アルフォンスもまた、素直に喜ばれているのを感じたのか口元を緩める。


「質問です!お二人の関係は何でしょうか!?」


 手を勢いよく挙げると、フェルが質問する。

 突然のことにソフィアは首を傾げてしまうが、すぐに隣に立つシルヴィアがフェルの口を塞ぎ余計なことを言わせないようにする。


「馬鹿、……恋愛云々はともかく再会に水を差すな」


「もごっ、もごごごぅ!」


「何が、『やっぱり、聞かないとね!』だ……空気を読めないからいつまで経ってもボッチなんだ」


「もごっ!?」


 何故会話が成立しているのか謎だが、二人が勘違いしているのは確かだ。ソフィアはアルフォンスと顔を合わせて苦笑すると言った。


「アルフォンス様は、兄のように接してくれた方です。恋愛感情はありませんでしたよ」


「私も、ソフィアの事は妹のようにかわいがっていただけです。……まぁ、忘れられていたみたいですけどね」


 やはりアルフォンスは根に持っているようだ。

 最後の言葉には僅かに棘が感じられ、ソフィアはあからさまに目を泳がせてしまう。


「な、なにを言っているのでしょうか……一目見た時から、そうだと思っていましたよ、ねえ」


「私に同意を求められても困る」


 フェルとシルヴィアは取り込み中で、アニータはいつの間にか消えている。おそらく、既に事情を説明済みでここにいる必要がなかったのだろう。そのため、同意を求められる相手がロレッタしかいなかった。

 ロレッタが我関せずと言った態度を取り始めたところで、アルフォンスが咳払いをすると本題に入る。


「では、こちらにお掛けください。早速本題に入ります」


 各々が席に着いたのを確認すると、アルフォンスは語り始めた。


「結論から言わせて頂きますと、あなた方をここへお呼びしたのはアッサム王国宰相セドリック=ダージリンのもとへ同行して頂きたいからです。以前より私は陛下から勅令を受けており、今回の一件をその第一歩にさせていただこうと考えたからです」


「それって……」


「異議あり!どうして、私まで行かなければならないのさ!」


 ソフィアが詳細を尋ねようとすると、それを遮ってフェルが声を上げる。この反応も、織り込み済みなのだろう。アルフォンスは、ファイルから一枚の紙を取り出すとフェルの前に置く。そこには……


「えっと、『バカ娘を扱き使ってくれ 魔王より』……なるほど、陛下から許可を頂いているのですね」


 ソフィアは、簡潔な文章ではあるものの魔王自ら許可を出しているのだと分かり納得したように頷く。

 一方で、信じられず呆然と許可書を見据えるフェルに、シルヴィアが底冷えする声で詰問を始めた。


「この文字からして、お前は何をやらかしたんだ?怒らないから、白状しろ」


「それって、絶対怒るやつだよね!?」


「良いから、さっさと白状しろ」


 シルヴィアの鋭い声に、フェルは頬を掻くと語り始める。


「……お小遣い稼ぎに、パパの寝室のベッドとマットレスの間……ちょうど枕の下あたりの二重底にあったお宝をママに売ったんだよね……多分それだと思う」


 言葉を一度切ってから、「一冊千円だったし、かなり儲かっちゃった」と、フェルは語った。


「「「……」」」


 この言葉の意味を理解した三人は、言葉を失う。魔王に対して、それぞれ思う所は違うだろうが、何も声が出てこなかった。

 ただ、ソフィアだけは理解できなかったようで、フェルを責める。


「ダメですよ、魔王様にとって重要なものかもしれないのですから、許可なく売ってはいけません」


「大丈夫だよ、ママも鬼気・・としてパパのところへ行ったから。きっと、パパに見せるはずだよ」


「嬉々として?……よく分かりませんが、夫婦仲が良いのですね」


 ソフィアはより一層困惑を深めるのだが、取りあえず問題がないと言うことだけ理解できたので、納得することにした。

 すると、先ほどまでフェルに何をしたのか問い詰めようとしたシルヴィアが、咳払いをすると話題の転換を図る。


「コホン……アルフォンス殿本題に戻ろう」


「そうですね、この話は魔王様の名誉のためにも触れないでおきましょう……取りあえず、これでご協力いただけますでしょうか?」


 父親である魔王から許可を貰っている以上、フェルに拒否権は存在せず、アルフォンスの言葉に渋々頷いた。

 それを見て満足したのか、表情を和らげるとフェルに告げる。


「大丈夫です、ただ座っていて下されば結構ですので。一切口を開かずに、ただ座っていてください。くれぐれも何もしないで下さい」


「ふごっ!ふごごごぅ!!?」


 フェルが抗議の声を上げるのに先んじて、シルヴィアが再びフェルの口を塞ぐ。


「事実だ、それをしっかりと受け入れろ。……アルフォンス殿、私はこいつの抑え役として同行しろと言うことでしょうか?」


「それもありますが、人間の国では何が起こるか分かりません。ですので、護衛として貴方にはついてきてほしいのです……ロレッタさんは、翻訳魔法が使えるとのことですから。既にアニータさんには許可を頂いております」


「……」


 先んじて、許可を取ってあると言われればぐぅの音も出ない。ロレッタは、アルフォンスの言葉を受け無言で壁を見つめる。ソフィアには、その方角にアニータが居るように感じられた。

 すると、シルヴィアが真剣な表情で口を開く。


「私などでは、そのような大役務まらないと思いますが?」


「御謙遜を。銀狼姫と呼ばれる貴方の英雄譚は、私でも存じ上げております」


 銀狼姫と呼ばれると、シルヴィアはそう呼ばれるのが嫌なのだろう、表情を盛大に歪めて鋭い視線でアルフォンスを睨む。

 その視線をアルフォンスは柳に風と受け流し、笑みを崩すことはなかった。

 ソフィアが話の流れを読めず、二人の間で視線を行き来させていると、ロレッタが肩を叩き説明をしてくれる。


「シルヴィアは、十四歳の時にカラードラゴンを単独討伐している。結果的に三十人の子供を救う結果になったから、この話は魔国中で報じられた。魔族は二つ名が好きで、銀狼姫はシルヴィアの二つ名」


「そうだったんですか……カッコいいですね、銀狼姫。シルヴィアにピッタリです」


「その名前で呼ばないでくれ……」


 ソフィアの素直な賞賛に、シルヴィアは表情を引きつらせる。

 一方で、シルヴィアに口をふさがれているフェルはどことなく誇らしげだった。手はふさがれていないため、ソフィアにサムズアップしている。


「そう言えば、そのカラードラゴンはどのくらいの強さなのですか?できれば、ワイバーンで教えていただきたいのですが」


「何で、ワイバーン?」


 ソフィアの言動に心底不思議そうに尋ねるが、宙に視線をさまよわせると指を折り始める。どこかで見た光景で、嫌な予感を覚えるが、三本目の指が折られるとロレッタが口を開く。


「三千ワイバーンくらい……ソフィア、鯉のものまね?」


 驚愕の事実に口をパクパクさせていたからだろう。ロレッタが尋ねると、ソフィアの代わりに隣に座るシルヴィアが答えた。


「大丈夫だ、理解の範囲を越えてオーバーヒートしただけだ。しばらくすれば、元に戻る」


「そう、なら良かった」


 シルヴィアの言葉に、ロレッタは納得する。


「懐かしいですね。今度、ワイバーンよりも優れた単位基準を紹介したほうが良さそうですね」


 アルフォンスも九年前の自分を思い出して、ソフィアの反応に共感できるのだろう。口元を綻ばせてソフィアを見つめる。

 しばらくして気を取り直したソフィアに、アルフォンスは真剣な口調で尋ねた。


「では、ソフィア……貴方はどうしますか?同行をお願いできるでしょうか?」








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