第33話 その日の夕食
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その日の夕方。
ソフィアの姿は、フラットホワイト邸の厨房にあった。その隣には、ロレッタも並んでおり、二人で四人分の夕食を作っているところだ。
「……足は大丈夫?」
「はい。ロレッタさんにはご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
ロレッタと合流したのは、研修所へ戻る途中だった。
詳しい話は聞いていないが、アニータが連れて来た人物がその場をまとめ始めたため、ソフィアを探しに来ていた。
南門でシルヴィアと同じようにキャロから話を聞き、空から必死に探してくれていたようだ。
そのことを思い出し、ソフィアは罪悪感に目を伏せる。
「気にする必要はない……ちゃんと、対価はもらうから」
「……私の手作り弁当では、釣り合わない気がすると思いますけど」
「私には、値千金。これで、一か月はコンビニ弁当を食べなくて良い」
ロレッタ自身は不満がないようだ。
なら、ソフィアがそれをとやかく言うのは間違いだろう。そう思って、ソフィアは夕食の支度に戻る。
夕食のメニューは昨日と同じ、オムライスだ。
ロレッタの強い希望でもあり、シルヴィアもそれで問題ないそうだ。むしろ、尻尾の動きからしてロレッタと同じ思いだったのかもしれない。
「取りあえず、チキンライスを作りましょう」
そう言うと、ソフィアは早速料理に移る。
フライパンでオリーブオイルとバターを熱し、チキンライスの具材となる鶏肉と解凍したミックスベジタブルを弱火で炒めた。
「ご飯より先に調味料を入れるのでしたよね」
「そう、ケチャップとソースは水分があるから。先に水分を飛ばした方が、チキンライスがパラパラになる……それと、調味料を入れた後は中火に変えた方が良い」
「分かりました」
ロレッタのアドバイスを聞きながら、ソフィアはケチャップとソースをフライパンへ入れる。
水分を飛ばした後、ボウルに入れたご飯を投入して軽く炒め始め。
「できました……後は、この作業を繰り返すだけですね」
この屋敷にいるのは、合計四人だ。
フェルについては知らないが、シルヴィアとロレッタは大食漢であり、お代わりの分を考えると一度で作れるはずもない。
回復した魔力を使い、複数のフライパンでチキンライスを作り始める。
「便利な力」
「ええ、いつも助けられています。ただ、魔力に余裕がないと厳しいですけどね」
魔力の少ないソフィアからすれば、そこが悩みどころで苦笑してしまう。
普通の魔法に比べて、魔力消費量は低いものの、魔力を消費した後のため、疲労を感じる。
それに気づいたのか、ロレッタが手伝いを申し出て来た。
「代わりに私がスープを作る」
「ありがとうございます……ふと思ったのですが、ロレッタさんが料理をするところを見るの初めてのような気がします」
「そう言われてみれば、確かに……まぁ、私は食べる専門だから」
――それは、料理人としてどうなのでしょうか?
その疑問が喉元まで出て来たものの、口には出さなかった。とは言え、ロレッタの料理の腕前は一流だ。
手際よく、スープの具材となる肉と野菜を刻んでいく。
ソフィアも負けまいとフライパンを振るい、チキンライスと並行して卵の準備を始めた。
「ようやく卵を焼けますね」
ソフィアはそう言うと、バターを溶かしたフライパンに卵を投入し、スクランブルエッグのようにかき混ぜ、少し固まり始めたところで、フライパンを奥に傾け卵を集める。
トン!トン!
振動を与えることで卵をフライパンから離すと、手首を素早く返し一気にひっくり返す。
そこには、焦げ目一つない美しいオムレツが出来上がっていた。
最後に、それをお皿に盛られたチキンライスの上に乗せ、ナイフで切れ目を入れると半熟オムライスの完成になる。
この作業を四度繰り返すころには、ロレッタもコンソメスープを完成させたようでシルヴィアとフェルの待つリビングへと向かった。
リビングに戻ると、そこには正座をさせられているこの国の姫の姿があった。
「だから、行動する前にまずは周囲への迷惑を考えろ!」
「反省はしている。けど、後悔はしていない」
シルヴィアに叱られるフェルは全く後悔をしていない非常に晴れやかな表情だ。
「そうか、反省をしているのか。けど、後悔はしていない、と」
シルヴィアは、フェルの言葉に満面の笑みを浮かべる。
そして、無言でフェルの元へ近づいた。
「お姉ちゃん、その笑顔すごく怖いんだけど。もしかして、怒っている?」
シルヴィアの表情から怒気を感じ取ったのだろう。
離れた場所にいるソフィアでさえ感じたのだから、当事者はかなりの怒りを感じているに違いない。
「当たり前だ!あれだけ、先生方に迷惑をかけるなと言っただろう!」
「大丈夫だって、迷惑になる前に追い出されたんだから……いやぁ、教頭先生の顔がかつらを落として面白かったよ」
と言って、フェルが親指を立てる。
その姿を見て、シルヴィアはフェルの前にしゃがむと頬を引っ張り始めた。
「いふぁい!ほっふぇ、ひぎれひゃう!」
フェルは、シルヴィアに頬を引っ張られて痛いのだろう。
目に涙を浮かべ、もがき始めた。
「ごふぇんなふぁい!はんふぇいしふぇます!」
「だが、後悔はしていないんなら意味がないだろう!」
フェルの言葉に、シルヴィアは頬をさらに強く引っ張る。
「……まだやってた」
ソフィアに続いて、リビングに入って来たロレッタは呆れた表情を浮かべる。
ロレッタもフェルとは面識があるようで、マンデリンにいることは驚いていたが、委縮した様子はない。
むしろ、迷惑そうな表情を浮かべていたのが印象的だった。本人の語る悪い意味で有名と言うのが原因なのだろう。
「そうですね」
本人は否定するだろうが、目の前の光景は自由奔放な妹を堅実な姉が説教しているような構図にしか見えない。
仲が良さそうで、ちょっとだけ羨ましかった。
「二人とも、夕食の準備が出来ました。夕食を食べませんか?」
このまま放置していては、せっかくの料理が冷めてしまう。
シルヴィアも、ソフィアの言葉で時計を見る。
説教を始めてから一時間ほど経過したことに気が付いたようで、ゴホンと咳払いするとフェルの頬から手を離す。
「そうだな。ちょうどお腹が空いたところだ」
「やったー!終わった!」
シルヴィアの言葉にまず反応したのは、フェルだった。頬を抑えながら、嬉しそうな声を上げる。だが、その喜びも束の間。シルヴィアは、フェルに向かって笑みを浮かべると言い放つ。
「一時中断だ」
「えっ?そこは、ほら……今日の所は、ここで勘弁してやる、とかは?」
「ない」
「けど、明日のお仕事に支障が……」
「明日は非番だ」
「まじ?」
「まじだ」
フェルの表情が青くなる。
シルヴィアはそんなフェルを無視して、リビングの椅子に腰かける。
「食べるのがもったいないくらいに綺麗な出来栄えだな」
シルヴィアの感嘆の声にソフィアも誇らしげだ。
チキンライスが焦げ目の一切ない黄金色の卵に包まれ、その上に赤いトマトソースと緑色のパセリで装飾されている。
昨日よりも上手く出来たことが何よりも嬉しかった。
そして、ロレッタが作り上げたコンソメスープ。
ベーコンとキャベツなどの野菜が具材となり、丁寧な下処理をされているからだろう。美しい琥珀色をしていた。
シルヴィアに続くようにしてロレッタが座ると、ソフィアがフェルを心配するように声を掛ける。
「そう言えば、足は大丈夫ですか?」
ソフィアは、魔国に来て初めて正座をした。
その経験から、正座のあとに襲ってくる苦痛を思い出したのだろう。フェルを案じて声を掛ける。
「大丈夫!この程度、慣れているから!」
フェルはソフィアの手を取ると、立ち上がる。
本当になれているのだろう。床に足を付けても痛みを感じているようには見えなかった。食卓に並ぶオムライスを見ると、目を輝かせて声を上げる。
「うわぁ、オムライス!ねぇ、あれ誰が作ったの?」
「私とロレッタさんです」
「違う。あれはソフィアが作った」
「へぇ、お姉さんが作ったんだ。すごく美味しそうだね」
フェルはそう言ってあどけない表情を浮かべる。
――本当にかわいい子ですね
ソフィアはつくづく思う。
とは言え、世界を塗り替えるような光景を見せられたのだ。その外見に反して、ソフィアの及びもつかないほどの力を秘めている。
――エーデルワイスの丘
それは、フェルの付けたタイトルだ。
ごく普通の丘が、エーデルワイス一色で染まり、それを強調するように天候さえも変えてしまう。
まるで幻覚でも見せられていた気分だった。
だが、あの光景は本物であった。そう、実在していたのだ。
それを一瞬で作り出せる力。そして、それを最初からなかったかのように一瞬で消し去る力。
どのような力なのか、想像もできないが、人外魔境の魔国でも彼女ほど出鱈目な力を持った人物をソフィアは初めて見た。
「そうだ、食事の前に伝えておこう……今日から、しばらくの間こいつも住むことになった」
「「え?」」
シルヴィアの言葉に、ソフィアとロレッタは口を合わせて驚く。
「誠に遺憾だが、王妃様から許可を頂いているようだ。美術科は、授業がないらしいからな……まぁ、学校には行く必要があるはずだがな」
「へぇ、フェルちゃんは美術科なんですか」
ソフィアも、一通りの学科については知っている。具体的に何を習うかは知らないが、意外だと思ってしまう。
「こう見えて、こいつは画家としてかなり有名だぞ」
「うん、因みにオークションだと一千万円で取引されていた」
「「え!?」」
ソフィアだけでなく、フェルもまた驚きの声を上げる。
「私、その話聞いていないよ!……一千万円って、私のお小遣いの……えっと二千倍?」
つまりは、フェルのお小遣いは五千円なのだろう。
フェルが十五歳であることを考えれば、多いのか少ないのか、それは人それぞれだろう。
「まったく、少しは姫らしい態度を取ったらどうだ?」
お金の勘定を始めるフェルに、呆れたようにシルヴィアは言う。
「えっ、私姫様らしいよね?」
すると、心底不思議そうな表情でフェルは首を傾げた。
「「……」」
途端に、シルヴィアとロレッタは視線を逸らす。
唯一逸らさなかったのは、フェルについて知らないソフィアだけだ。二人の反応を見た後だからこそ、すがるような視線を向けて来た。
「えっと、よくよく見てみると気品があるような……」
ソフィアは困ったように言うと、フェルを見る。
漆黒の翼が生えているためだろう。実在しているのか疑いたくなる美貌も相まって、幻想的と言う言葉が似合う。
ただ、姫としての気品があるのか。
少なくともソフィアの言葉に期待して、ドヤ顔をして胸を張る姿からは想像できない。本人は、それが姫としての気品だと思っているのかもしれないが、空回りしているようにしか見えなかった。
「……私、姫としての気品があるよね?」
ソフィアの無言の反応に尻込みした様子で尋ねる。
タイムリミットが刻々と迫りくるなか、何も思いつかない。当たり障りのない言葉を言おうとするが、途中でシルヴィアがフェルの肩に手を置いて言った。
「つまりは気品のかけらもないと言うことだ……お前の気品を探す苦労を分かってやれ」
「ひどっ!?」
シルヴィアの全くフォローになっていない言葉に、フェルはショックを受ける。流石に、このままでは可哀想だ。そう考えて、ソフィアは慌ててフォローをした。
「そうです!高いところから高笑いしていれば似合っていると感じます!」
ソフィアの言葉に、シルヴィアとロレッタが目を剥く。
フェルは、ソフィアの言葉に目を瞬かせると、嬉しそうに表情を綻ばせる。
「流石は、ソフィアお姉ちゃん!そうだよね、高いところから『人がごみのようだ!』って高笑いする姿がお姫様みたいだよね!」
その言葉に、ソフィアは激しく頷く。その反応に気を良くしたのか、二人の会話が盛り上がって行く。
一方で、ロレッタとシルヴィアは渋い表情を浮かべ、小声で話す。
「私には、姫と言うより悪徳の王の方が似合っていると言っているようにしか聞こえないんだが」
「私にも、そう聞こえた……けど、当人たちは気が付いてないみたいだから良いんじゃない?」
しばらくの間、ソフィアとフェルの方向性の違う会話が続くと、シルヴィアが咳払いをする。
「さて、話はここまでにして、夕食を食べよう。いい加減冷めてしまうぞ」
「うん、そうするべき。もう、我慢できない」
ロレッタも我慢の限界だったのだろう。
何せ、目の前に極上の食事が並べられているのだ。これを前にして、いつまでもお預けと言うのも酷な話だ。
ソフィアもフェルも、会話を切り上げて同意した。
「「「「いただきます!」」」」
そう言って、四人は黄金色の卵をスプーンで割り、チキンライスと共に口に入れ始める。
「ヤバイ、これすごく美味しい」
最初に声を出したのはフェルだ。
シルヴィアもロレッタも、食べることに必死なようで、見る見るうちにお皿からオムライスの姿が消えていく。
その消え行くさまは、まるで掃除機で吸われているのではないか。そう錯覚してしまうほどだった。
「それは良かったです。チキンライスだけなら、おかわりも……「「おかわり!」」……はい」
いつも通り多めに作っているため、お代わりもできる。
そう言いたかったが、最後まで言うことが出来ずシルヴィアとロレッタの皿にチキンライスを大盛りで乗せる。
「二人とも、量が多くない!?」
先ほどと合わせるとかなりの量だ。
だが、それだけの量を盛られても平然と受け取る二人にフェルが驚愕する。ソフィアも、初めは驚いたが、最近では珍しくない光景だったため、フェルの反応が新鮮だった。
「たまにシルヴィアの同僚がいらっしゃいますが、大抵の人はこれくらいは食べますよ。もしかして、多かったでしょうか?」
フェルの皿には、二人と同じくらいの大きさのオムライスが乗っている。
今までの人ならば、全員この程度は軽く食べていた。その経験から、フェルもこのくらいならば大丈夫と思ったのだ。
「大丈夫だよ!と言うより、美味しくて止まらないから……けど、体重が」
ソフィアは最後の言葉に納得してしまう。
確かに夜間にこれだけの量を食べれば太るだろう。ソフィアも、その点には細心の注意を払っている。そのため、一人だけオムライスの大きさが小さいのだ。
「私は体を動かしているから、大丈夫だ。そもそも、太りにくい種族だからな」
「私も太らない体質」
「くっ、卑怯者」
シルヴィアとロレッタの二人に、フェルだけでなくソフィアもまた悔しそうな表情をする。互いに、太りやすい体質で食事には気を使う必要があるため、美味しそうに食べ続ける姿を見て恨めしそうだった。
「「おかわり!」」
そして、再びお代わりの声が響く。
先ほど同様に空になったお皿に、チキンライスを盛りつけ、カップにはコンソメスープを注ぐ。
二人の食べる姿を見て、フェルも我慢できなかったのだろう。
自身のオムライスを食べ終えると、ソフィアに言った。
「……おかわり」
その言葉を聞いたソフィアは、困ったような表情をしてフェルを見る。その表情から何かを感じ取ったのだろう。
視線を隣と斜め前に座る二人の前に向ける。
そこには、新たに盛られたチキンライス。そして、視線をソフィアに戻すと……
「終わってしまいました」
申し訳なさそうな表情をして、空になったお櫃の中を見せる。
「そ、そんな~!」
フェルの情けない声が響くのであった。
第三章は、もう何話かで終わりです。
次からはまとめに入っていきます。




