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第32話 ソフィアの葛藤の答え

二話に分けるか迷いましたが、一話にしました。



――……どこへ向かっているのでしょう?


 目的地はない。

 ただ、あそこにいたくなかった。その一心で、ソフィアは一心不乱に走り続けていた。


 十分、それとも三十分、いや一時間かもしれない。

 両足の筋肉は疲労を訴えかけ、無意識に発動してしまった魔道具により魔力はほとんど底をつきかけていた。

 心身ともに悲鳴を上げ、そのまま倒れてしまいたいとさえ思う。

 だが、それでもソフィアは逃げ続けていた。


――どうして?


 追手など存在しない。

 ソフィアが後ろを振り向く必要もなく、それが分かる。今も、あの時も……。

 なら、何故逃げる必要がある。追っ手もいないというのに。それさえも分からないし、理解しようとも思わない。

 自分の事であるはずなのに、分かりたいと思えないのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!?」


 遂に体が限界を迎えたのだろう。

 地面から生えた太い木の根っこに足を取られ、そのまま転倒する。


――起き上がらないと……


 もう体は限界だ。

 歩くどころか、立ち上がることさえ困難な状況にある。だが、それでもソフィアは逃げ続けようと体に鞭を打つ。


「っ!?」


 右足に体重をかけようとすると、鋭い痛みが走る。

 先ほどの転倒で足を挫いてしまったのだろう。ズボンの裾から見える足首は赤く腫れ上がっていた。

 体力的にも魔力的にも、とてもではないが動くことが困難な状況だ。立ち上がることを諦めると、近くに悠然と立つ大樹に背を預ける。そして、虚ろな目で自分の姿を見た。


「汚してしまいましたか……」


 純白だったコックコートは、土に塗れ変色していた。

 それが、まるで今の自分……一つの道を選んだというのに、他の道を気にして集中できない自分を見ているようで酷く不快に感じてしまう。

 見るに堪えないとコックコートから視線を外すと、顔を上げる。


「どこでしょうか?」


 周囲を見渡すと、見晴らしの良い丘だった。

 マンデリン南部ではないことは確かだ。ソフィアの目の前に映る山は、クリスタルマウンテンではなく、それよりも更に標高の高い山なのだから。

 何を考えるでもなく、ソフィアはただ漠然と山を見つめる。そして、それを見つけた。


「……エーデルワイス?」


 それは、山に咲き誇る一輪の花だった。

 だが、本来であれば、このような低所に咲くような花ではないはず。遠目であるためソフィアの見間違いかもしれない。

 だが、その白き一輪の花を見て、ソフィアは自虐するように笑う。


「高貴な白、でしたか……私とは正反対ですね」


 薄汚れた白を纏う自分。それに対して、エーデルワイスはたった一輪でも白く輝く花。実際に見るのは初めてだが、かつて母が好きだと言った花だ。

 ソフィアは、そんな他を省みず、自分だけの色であり続けるその姿に憧れていた。


 だが、憧憬しょうけいは憧憬でしかない。

 どれだけ手を伸ばそうと努力しても、決して届かないからだ。それを思うと、ソフィアは胸を締め付けられるような痛みに襲われる。


――私は、どうしてこんなに苦しいのでしょうか


 ソフィアは、胸を押さえる。

 料理人しろであり続けたいのなら、そうすれば良い。現に、それを誰も止めることはしなかった。


 では、何故料理の道を選べないのか。


――私には才能がないから


 ソフィアは、自分の事を凡人だと思っている。

 天才であれば、自分の才能を信じてその道を突き通そうと努力することができるはず。だが、ソフィアにはそれができない。


 ソフィアは自分自身の才能を信じてはいなかった。怖いからだ。誰かにそれを否定されてしまうのではないか。それが不安で堪らない。


 だからこそ、一つの道を選べなかった。

 常に予防線を張り、様々なことに手を延ばすことで、一つを否定されても他の道に逃げられる。

 要するに、一つの道……いや、一つの色でいることが不安なのだろう。だから、アッサム王国に未練が生まれる。そう結論付けようとするが……


「違う……それも違う……」


 ソフィアは、それを否定する。

 では、何故白であり続けられないのか。それを考えて、遠くに咲くエーデルワイスを見つめる。


「あれ、人がいたんだ……気づかなかったよ」


 すると、誰かに声を掛けられる。

 視界に映るのは純白のエーデルワイスとは対極の漆黒の翼。この世のものとは思えぬ美貌を持つ黒髪の少女だ。

 長い黒髪から覗く深紅の双眸が、ソフィアを映す。


「えっと、お姉さん……できれば、反応をしてもらえると嬉しいな」


「……あなたは?」


 ソフィアの疑問に、少女は心底驚いた表情をするが、まるで無邪気な少年のような笑みを浮かべると言う。


「えっ、私のこと知らないの!?自分で言うのも何だけど、かなり有名だから調べてみれば分かるよ……あっ、悪い意味でだけど!それよりも、お姉さん私とおしゃべりしようよ」


 できれば、放っておいてほしかった。

 一人でなければ、きっと甘えてしまうだろう。誰かの好意に付け込み、自分をゆだねてしまいそうになる。

 だからこそ、顔を俯かせたまま突き放すように言ってしまう。


「放っておいてください」


 心の底からの叫びだった。

 満身創痍の体では、声を張り上げることさえもできない。少女には、ソフィアの想いが伝わったのだろう。

 だが、この場から立ち去ろうとせず、隣に座る。


「ねぇ、お姉さんはエーデルワイスが好きなの?」


「……何故?」


「だって、さっきからずっと見ていたから」


「違います、どうして放っておいてくれないのですか」


 少女は考えるように指を唇に当てる。そして、言った。


「自分が嫌い……ううん、大嫌いで仕方がないような顔をしていたから」


「っ!?」


 少女の言葉に、ソフィアは鋭く息をのむ。


「私はお姉さんと初対面だから、甘やかすつもりは一切ないよ。どうせ、エーデルワイスのようになりたいとでも思っていたんじゃない?」


 少女は淡々とした口調で語り始めると、傍らに置いてあったスケッチブックを開きペンを走らせる。


「けど、現実はそうはならない……どれだけ憧れてもそうなれない。それが嫌に思う自分がいる」


「……」


 一方で、ソフィアは何も言えなかった。

 少女の言う通り、エーデルワイスに憧れても届かない自分が嫌いだった。だから、苦しいのだ……そう結論付けようとする。


「それは、違うよ。お姉さんが嫌いなのは、それじゃない。もっと別の……そう、一つの色でいるために他の色を捨てる自分の事じゃないの?」


 だが、まるでソフィアの心を覗いたように少女が否定する。


「な、何を言っているのですか?」


「その白以外の自分はお姉さんにとって、何なのか聞いているんだよ」


 ソフィアは、顔を上げると少女の瞳を見る。

 深紅の瞳からは、何の感情も読めない。ひたすら手に持つスケッチブックに視線が注がれているだけだ。


――白以外の自分……


 それは何だろうか。

 宰相たちと共に、徹夜をして仕事に打ち込む自分

 外交官として交渉や、時には料理をふるまった自分。

 令嬢なのに、冒険者に御者をさせられた自分。


 他にもある。

 履歴書を書くために公共職業安定所に通った自分。

 シルヴィアとともに買い物をしていた自分。

 個性豊かな人々と触れ合う自分。


 それらは、すべて白ではない。

 だが、確かにそれはソフィアであり、捨てられない自分でもある。


「私は、自分が大嫌いだったんだ」


「……」


 ソフィアは、静かに少女の言葉を待つ。


「私は、凄い力を持っている……詳しいことは話すつもりはないけど、その力を使ってたくさんの人に迷惑をかけた。それに、孤立もした……」


 一拍置いて、少女は続ける。


「そんな自分が嫌いで仕方がなかった。周囲は子供のしたことだから……大人の管理不十分だったから……正直、自分のしたことでパパとママが責められるのは嫌だった。だから、大人の望むような自分を演じた」


 少女はペンを止め、ソフィアと眼を合わせる。


「けどね、それは無理だった。自分を捨てることなんかできないし、黒を白に染めるなんて不可能だった。辛かったし、苦しかった」


「……」


 少女の言葉が、ソフィアの心に響く。

 自分もまた、少女のように別の自分を作り上げようとした。ただ、料理人になりたいというのは嘘ではない。だが、そのために他の自分を捨てる必要はあるのか。その答えは、考えるまでもないだろう。


「私をすくい上げてくれた……お姉ちゃんは言っていた。全部をひっくるめて自分だって。それ以外の自分を捨てる必要はないんだって。……お姉さんは、他の色を捨てることが出来るの?」


 できるはずもない。

 アッサム王国で過ごした時間は、確かにソフィアにとっても辛いものがあった。だが、それと同じくらい大切な時間があった。

 それに、今だからこそ分かる。


――きっと、私自身だったのでしょうね


 追って来たのは、他の色を捨てたくないと思う自分。

 エーデルワイスのような純白になることはできない。白になろうと決めても、他の色も大切に思えてしまうから。

 それをソフィアが捨てることはできなかった。


「……ありがとうございます」


 心のもやが晴れるように、ソフィアの表情が明るくなる。それを見た、少女は美しい笑みを浮かべ、手を空にかざす。


「リライト」


 少女の一言が世界を書き替える。

 先ほどまでただの丘だった場所にまるで絨毯のようにエーデルワイスの花が咲き誇る。突然の変化にソフィアは目を丸くする。


「見てよ、お姉さん。エーデルワイスって、高貴な白とか呼ばれるけど、白一色じゃないんだよ。中心は、黄色なんだ……これって、他の色を容認しているってことにならない?」


「本当に……その通りですね」


 エーデルワイスは、純白ではなかった。

 だが、白一色のエーデルワイスよりもこちらの方が美しく見えてしまう。そんなソフィアに、少女は尋ねる。


「ねぇ、エーデルワイスの花言葉を知っている?」


「高貴な白ですよね」


「ううん、違うよ。エーデルワイスの花言葉は、大切な思い出……お姉さんにピッタリだと思わない?」


 少女のその言葉に、ソフィアは苦笑してしまう。

 自分の心がこれほどまでに単純だったとは。ただ、思い出を壊されたくない。それだけの考えであり、才能とか考えていた自分が恥ずかしくなる。


――私の人生、自由に生きたい


 アッサム王国の件で、自分に何ができるかは分からない。

 何もできないかもしれない。だとしても、何もしなければ後悔するだろう。


『ソフィア、あんたも本当にやりたい後悔のない道を選びな』


 母に告げられた一言を思い出す。

 一度きりの人生だ。やりたいことがあるなら、挑戦すれば良い。そこで後悔しても、やらずに後悔するよりはずっと良い。


 そんなソフィアの心境の変化に、少女は楽しそうに笑う。それにつられて、ソフィアも笑ってしまう。


「……!」


 遠くから声が聞こえて来る。

 どこかほっとする声だ。少女を見ると、同じようにうれしそうな表情をしていた。銀色の長い髪が空を舞い、まるで疾風のように現れた少女。


「シルヴィア!」 「お姉ちゃん!」


「「え?」」


 互いに声を合わせて、首を傾げる。

 そんな二人の態度を気にせず、シルヴィアは二人との距離を詰めると……


「馬鹿者が!」


「「いっつ!?」」


 二人の頭部にげんこつが降り注ぐ。

 互いに頭を抑えて、その場にうずくまってしまう。そんな二人を見下ろして、シルヴィアの雷が落ちる。


「ソフィア、事情はよく分からんが、ここは魔物の生息地だぞ。自殺行為と言うことが分からないのか!偶然キャロが見かけたから良かったものの、この大馬鹿者が!」


「ご、ごめんなさい……」


 シルヴィアにかなりの心配を掛けていたのだろう。

 そのことに申し訳なく思いつつも、少しだけ嬉しかった。


「えっと、どうして私も殴られたのかな?」


 すると、少女が頭を抑えた状態でシルヴィアに尋ねる。少女の顔を見て、シルヴィアは目を剥いた。


「フェル、何故お前がここにいる」


「顔も確認せずに殴ったの!?」


 シルヴィアの一言に、フェルと呼ばれた少女は目を剥く。

 先ほどの一言から予想はできていたが、やはり知り合いだったのだろう。嬉しそうな表情をするフェルとは逆に、シルヴィアは心底迷惑そうだった。


「まぁ、いつもの癖だ」


「それ酷くない!?」


「自業自得だろう。常に何か問題を起こしているのだから……それで、学校はどうした?」


「ガッコウ、ナニソレ、オイシイノ?」


 ガツン!


 再び、シルヴィアのげんこつがフェルに降り注ぐ。

 底冷えするような眼差しで、フェルを見ると言った。


「王妃殿下にご報告しなければな」


「ちょっ、それだけはご勘弁を!私のお小遣いがこれ以上減ったら、遊べなくなっちゃうよ!」


「知るか。それなら、問題を起こすな」


 取りつく島もなかった。

 だが、弁明するようにフェルは言う。一方で、ソフィアは王妃殿下という言葉を聞き、シルヴィアに尋ねる。


「あ、あの……フェルさん?ってもしかして」


 ソフィアの誰何すいかに、シルヴィアに代わってフェルが答え始める。


「ふっふっふ、今こそ名乗ろう!我が名は……」


「フェル=ルシファ=マオウだ。非常に悲しいことだが、こう見えても魔王陛下の息女に当たる人物だ」


 だが、途中で面倒に感じたのかシルヴィアが簡潔に答えてしまった。


「って、さらりと私のセリフを取らないでよ!?しかも、本当に悲しそうだし!」


 おざなりな態度で相手をするシルヴィア。それに必死に食らいつくフェルの姿。二人の姿を見ていると、ソフィアは自然と笑みがこぼれてしまうのであった。




 




ソフィアの苦悩を言葉にするのが難しかったです。

かなり悩みました。



次話は、明日か明後日になります。


ストックが尽きてしまい、

執筆が間に合えばといったところです。




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