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第31話 ソフィアの決断と逃亡

後半部分は、他者視点になります

 クルーズたちを連れて研修所に戻ったソフィアたち。

 やはりと言うべきか、当然と言うべきか、クルーズたちは研修所を見て開いた口がふさがらない状況にあった。


「透明なドアだと……」


「いや、それよりもドアが勝手に開いたぞ……どうなっているんだ?」


 淡々と語る男たちだが、驚愕しているのは間違いなかった。

 おそらく驚き過ぎて、かえって平坦な声になってしまったのだろう。現実逃避するような声に、ソフィアは首を傾げる。


「ただの自動ドアじゃないですか?早く入りましょうよ」


 慣れとは恐ろしいものだ。平然と言ってしまう。

 シルヴィアでもいようものなら、一月前の自分を思い出せとでも言っただろう。自動ドアを前にして、男性たち以上に驚愕していたことをソフィアは忘れていた。

 

「は、はい……」


 困惑が解けないまま、ソフィアに促され中へと入って行く。

 研修所に入るとすぐに、別の驚きが彼らに襲い掛かる。


「す、涼しい」


「夏のはずだぞ……ここは氷室ひむろか何かなのか」


「風も感じられるぞ……いったい、どうなっているんだ」


 外と中の気温の変化を感じ、騒めき始める。

 人間の国では、空気調節機のようなものは開発されていない。氷魔法は存在するが、あくまで凍らせるものであって、温度を調節することは想定されていないのだ。

 彼らの常識の範囲外にある数々の品物を前に、なかなか動きを見せない。ゴドウィンもまた治療を行おうにも動く気配がなかった。


「取りあえず……」


「連れて来た」


 ソフィアが彼らに指示を飛ばそうとすると、二階からロレッタとアニータが下りて来る。

 ロレッタには状況を説明してもらうため先に帰ってもらっていたのだ。一通りの状況は把握しているため、アニータは苦笑を浮かべていた。


「ソフィア、面白いことになっているね」


「開口一番にそれですか!?」


 魔国からすれば、アッサム王国など取るに足らない国だろう。

 実際にそうなのだが、それでも他国から不法入国者が集団で来たのだ。一応魔王軍の一員なのだから、少しは危機感を持っても良いのでは。

 そう思っていると、アニータが表情を引き締めて言った。


「流石に、これはあたしの一存で判断して良い問題ではないね。先にマンデリンに戻ってから指示を仰ぐことにするね」


「えっ、はい……」


 アニータらしくない姿に、ソフィアは戸惑う。

 とは言え、この対応が正しいのだろう。アニータはソフィアやロレッタの上司ではあるものの、一介の料理人でしかないのだから。

 外交が絡みそうな問題を、おいそれと判断することはできない。


「ロレッタはソフィアとここに残って……そうね、会議室を使うと良いね」


「分かった」


「了解です」


 アニータはそう言って、研修所を出て行った。

 後に残ったのは、ソフィアとロレッタ。それから、未だ困惑の渦から抜け出せずにいるクルーズたちだった。






「戦争、ですか……」


 会議室にてクルーズから話を聞いたソフィアは、呆然とした様子で呟く。

 状況分析から推測される事柄であり、確実性は乏しいとのことだ。だが、それ相応の要因があるに違いない。

 困惑するソフィアに、クルーズは本来の目的を告げる。


「ソフィア様、我々と共に来てください」


 クルーズの言葉にどこへとは聞かない。

 アッサム王国……国外追放されたことを考えると、彼らの主であるセドリック=ダージリンのもとへだろう。

 だが、ソフィアはその手を取るつもりはなかった。


「申し訳ありませんが、私はここに残ります」


「なっ!?」


 まさか断られると思わなかっただろう。

 確かに故郷が危機的状況にあるというのなら、何とかしてあげたいと思う。アッサム王国にある思い出は、嫌なものだけではない。

 セドリックを始めとした、親しい付き合いのある人物がいる。

 それに、かつて母と暮らした思い出の場所があるのだ。戦争によって思い出の場所が焼き払われるのは、嫌だと思う。

 だとしても、ソフィアは戻るつもりはない。


――私が戻ったところで、何一つできることはありませんから


 アレン=フェノールのようなカリスマ性を持つわけでもない。

 マルクス=ヤグルマギクのような伝手もなければ財力もない。

 フローラ=レチノールのような人を癒し、心を動かすこともできない。


 ソフィアは、彼らとは違う。

 天才ではなく凡人だと思っている。学力も平凡か、それ以下。アイナやローレンスであれば楽々クリアできた作法も、一人だけ何度も練習して身に付けた。

 言語についても同じだ。必要に応じて……いや、今考えると自由奔放に生きて来た母に憧れて身に付けたのかもしれない。それにしても、必死に努力をしたからこそ手に入れたものだ。


 仕事を通じて身に付けた経験は、確かにソフィアを成長させた。

 御者としての技術や簡単なサバイバル技術……大凡、公爵令嬢が身に着ける必要がないものだが、そこから伝手を得ることもできた。


 だが、所詮しょせんソフィアに出来たのは雑事だけだ。

 それもセドリックを始めとした者たちに迷惑をかけていたのだから、出来るというのもおこがましいかもしれない。

 国という枠組みにおいて、自分の無力さを知っているからこそ、ソフィアは諦めてしまった。


「私は、ここに残ります。私は、魔国で料理人になりたいんです」


 ソフィアは、魔国で夢を見つけた。

 アッサム王国ではできなかったこと。やらせてはもらえなかったこと。自分に素直になって生きれば良い。

 そう思っているのだが……


――私は、それで本当にいいの?


 決意を口にしているというのに、自問せずにはいられない。

 心を決めているというのに……自由に生きると決めたのに、その疑問が頭の中から離れないのだ。


「……ご再考願えませんでしょうか?」


 命をして、ここまでやって来たのだ。

 だというのに、断られてしまう。文句の一つを言っても可笑しくないが、クルーズは不満を感じさせない声でソフィアに尋ねる。


「……ごめんなさい」


 その謝罪は、ここまで危険を冒して来た彼らに対してか。

 それとも、危機に瀕しているというのに何もしてあげられない故郷に対してか。

 もしくは、ここにはいない誰かへの謝罪かもしれない。

 自分でも、何に対しての謝罪か分からない。

 分からないからこそ、困惑し胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


――何故、責めてくれないのですか?


 そう、声を上げたかった。

 罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてくれれば、気持ちが楽になる。だというのに、クルーズたちは不満さえ口にしない。

 その態度が、余計にソフィアを苦しめる。泣きたくもなる。


「ソフィア……」


 複雑な表情を浮かべるソフィアにロレッタが声を掛けて来た。


――ああ、これはいけない


 ソフィアは感じた。

 ロレッタに続く言葉を言わせてはいけないと。ここで甘えてしまえば、自分は動けなくなってしまう。

 そう感じてしまったからこそ……


「申し訳ありません」


 全員に対して頭を下げると、会議室……そして、研修所から立ち去る。

 ソフィアの後ろ姿を見て、誰も引き留めるような言葉を掛けず、ただ後ろ姿を見送るのだった。






 会議室に残されたロレッタは、周囲を見渡す。

 彼らはここへ至る道程で危険を冒していたことは間違いなく、その結果すげなく断られてしまったのだから、思う所があるはずだ。

 先ほどは表情にさえ出さなかったが、今はまるで通夜のような状況だった。

 それを見かねて、ロレッタはクルーズに尋ねる。


「引き止めなくて、良かったの?」


 仮に力づくでソフィアを連れて行こうとすれば、ロレッタは彼らを強制的に追い返していただろう。

 だが、彼らの対応があまりにも淡白で気になったのだ。

 クルーズは、しばらくの間逡巡しゅんじゅんするが、ロレッタの目を見て決心すると語り始めた。


「できるはずがないだろう。俺たちが関与していないところで行われたことだとしても、ソフィア様はアッサム王国に打ち捨てられたのだから。セドリック様も、ソフィア様の返答がどのようなものであっても甘んじて受け入れるようにとおっしゃられた」


「そう……」


 ロレッタは、ソフィアについてほとんど知らない。

 好きな食べ物も嫌いな食べ物も。趣味や特技、休日の過ごし方……何一つ聞いたことはなかった。

 ソフィア=アーレイという少女についても、ほとんど知らないのだ。ソフィア=アールグレイという少女について、ロレッタは何も知らない。

 ソフィアの先輩としての感情か。それとも、ロレッタ個人としての感情か。

 どちらかは分からないが、それが無性に歯がゆかった。


「ソフィア様は元気でやっているのだろう?」


 すると、今度はクルーズが尋ねて来た。


「うん……ただ、ワーカーホリックの気質がある」


「わ、わーかー、ほりっく?」


「仕事中毒」


 ロレッタの一言に、周囲で耳を立てていた者たちから忍び笑いが漏れる。

 クルーズも、笑いこそしなかったがアッサム王国でのソフィアの姿を思い出したのだろう。懐かしそうに目を細めている。


「そうか……元気そうで何よりだ」


「ねぇ、聞いても良い?」


「何だ?」


「ソフィアが行けば解決するの?」


 ロレッタから見て、ソフィアはアッサム王国に未練があるように見えた。ソフィアの自己評価がかなり低いのは、ロレッタも知っている。

 だからこそ、客観的な意見が欲しかった。


「いや、当然だが長期的に考えると不可能だ……ただ、ソフィア様がいらっしゃれば猶予を延ばすことができる」


「……そう」


 その言葉を聞き、会議室内が再び沈黙に包まれる。

 それがどのくらい続いたのか。一分かもしれないが、十分かもしれない。それぞれが思考にふけっていると、突然扉が開く。


「人を連れて来たね」


 現れたのは、アニータ。

 そして……


「失礼します。私は、アルフォンス=リン魔王秘書官です。陛下からの勅令により、この場を預からせて頂きます」


 そこに立っていたのは、銀髪碧眼の青年アルフォンス=リン……いや、アルフォンス=ダージリンだった。








内容は決まっているのに、会話が決まらない……難産でした。


次話は、明日投稿です!

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