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第30話 奇遇の時

 時を少し遡る。

 ブラウンバードの調理に移ろうとしたソフィアだったが、開けられた窓から響き渡った悲鳴にその手を止めると、ロレッタとアニータに視線を向けた。


「なんか撮影とかあった?」


 ロレッタが口を開くやいなやそう言ったが、どうやら人が襲われているという発想はなさそうだ。

 アニータもまた同様だろう。

 近くに置いてあった鞄から手帳を取り出し、スケジュールを確認する。


「そんな予定ないね」


「じゃあ、子供のいたずら?」


「にしては、声がおっさん臭かったね。もしかすると、噂に聞くおやじ狩り……」


「そんな訳ないじゃないですか!取りあえず、様子を見に行きましょうよ!」


 魔族の戦闘能力は、隣のバス停から最寄りのスーパーにて確認済みだ。あの地獄のような戦場を思えば、多少魔物が出る程度の場所では危険はないに等しいと考えて良いだろう。

 それを考えると、悲鳴が聞こえたからといって、誰かが危機的な状況にあると考えるのは早計かもしれない。


 とは言え、場合によっては魔物に後れを取るケースだって存在する。

 その可能性に思い至り、ソフィアは慌てて身体能力強化の魔道具を発動させた。その姿を見て、アニータがため息を吐くという。


「料理人とは言え、一応魔王軍だから流石に放置しているのは拙いね。ロレッタ、ついて行ってあげるね」


「分かった。ソフィア、行く」


 アニータの言葉に頷くと、ロレッタがソフィアの腕を取り向かった先は……


「えっ、そこ窓ですよ?」


 扉ではなく、窓だった。

 ソフィアは困惑気味に尋ねると、ロレッタが僅かに笑みを浮かべて言った。


「強化してあれば二階の高さなら、平気」


「えっ、心の準備が……」


 ロレッタに慈悲はなかった。


「必要ない」


「きゃぁああああ!!!!」


 未だかつて味わったことのない浮遊感に、ソフィアは体を泳がせる。このまま行けば、間違いなく地面に叩きつけられるだろう。

 恐怖のあまり目をつぶると、いつまで経っても衝撃が来ないことに気が付く。恐る恐る目を開くと……


「えっ、……空を飛んでいるのですか?」


「ソフィア、重い……」


「重いのは気のせいです!」


 咄嗟に叫んでしまったが、頭上を見るとそこにはロレッタの姿がある。

 ぱたぱたと薄い羽を羽ばたかせ空を飛んでいた。不格好な飛行になっているのは、おそらくソフィアが腕を掴んでいたため、重心が安定しないのだろう。

 落下速度も緩やかなため、腕を離しそのまま地面に着地すると、ロレッタを見て言った。


「空、飛べたんですね」


「羽が生えているのに?」


「飾りだと思っていました」


 これまで一度も活躍したことのない羽。実際のところ、飛ぶことができないのでは……そう思っていたのだ。

 ソフィアの素直な一言に、ロレッタは愕然として呟く。


「……飾りじゃないのに」


「それはともかく、急ぎましょう」


 その呟きは、ソフィアが気にするほどではなかった。

 そして、ソフィアは叫び声がした方角に走り始める。その後をロレッタがショックを受けながらも飛んで行く。






 それからしばらくして、二人は見つけた。

 研修所からマンデリンとクリスタルマウンテンへの分岐路。そこから、僅かにクリスタルマウンテンの方角に歩いた場所だ。

 その存在を見て、ソフィアは声を上げる。


「あれは、アニータさん!?」


 いつか見たフォレストベアー。

 ソフィアは咄嗟にアニータが分裂して驚かそうとしているのかと思ったが、隣に着地したロレッタが首を振る。


「違う、あれは本物」


「えっ……」


 すぐに見れば気づくはずだ。


「グオォオオ!!」


「くそぉおおお!!」


 遠目でよく分からないが、一人の男性がフォレストベアーと死闘を繰り広げていた。その背後には数人の人影があり、男性が殿しんがりを務めているのだと理解する。


「ま、まずいですよ!」


 戦いの素人から見ても、男性が劣勢なのは明白だ。

 攻撃をよけようとして無理に転がったためだろう。土ではなくコンクリートで舗装された地面により、体を傷つけていた。

 ソフィアが、慌てて助けを求める視線をロレッタに向けると……


「……かわいい」


「へ?」


 一瞬、何を言っているか理解できなかった。いや、言っている言葉は理解できる。だが、どこに可愛いと思える要素があったのか……。

 とは言え、剣が折られ組み伏せられた男性を見て、流石にロレッタも見ていられなくなったのだろう。

 悠然とした歩みでフォレストベアーに近寄ると、手を突き出す。


「マジックバリア」


 詠唱もないただの魔法で作られた一枚の防壁。

 大の大人でさえも易々と吹き飛ばすフォレストベアーの腕力をもってしても、破ることはできず甲高い音を響かせる。

 男性たちも呆然としているが、隣で見ていたソフィアも呆然とする。そんな様子を見て、ロレッタは言った。


「ソフィア、あれが本物の森のくまさん。気性は荒くないから、触っても平気」


「普通に人が襲われていますけど!?」


 いつも通りのロレッタに、ソフィアは反射的に声を上げるのだった。


「グオオオオ!」


 フォレストベアーは男性から離れると、今度はソフィアとロレッタを目的に定めたようだ。その荒れた姿を見て、ロレッタは言う。


「普段は紳士的」


「冗談ですよね!?」


 件の歌に出て来るクマさんと目の前のフォレストベアーが同一であるはずがない。少なくとも、まるで餌を見るような目つきでこちらを見ないはずだ。


「ソフィア様、お逃げください!」


 すると、フォレストベアーから僅かに離れた場所にいた男性が、ソフィアに向かって注意を促した。


「えっ、アッサム王国の言葉?」


 魔国ではまず聞くことのない言語に、ソフィアは戸惑う。そして、目を凝らして男性の方を見ると……


「クルーズさん、それにゴドウィンさん!?」


 まさかの知り合いだった。

 セドリックの部下である彼らがどうしてこんな場所に……。しかも、ゴドウィンに関しては瀕死……いや、上体を起こしてこちらを見ていることから、軽傷だろう。

 思わぬ遭遇にソフィアが驚愕していると、ついにフォレストベアーが動きだす。

 巨体に似合わない瞬発力は、ブラウンバードよりも高いだろう。瞬く間に、ソフィアたちとの距離を詰める。

 一瞬、ロレッタに視線を向けるが……


「お手」


――それ絶対に違いますよね!?


 犬に対して行うものであって、熊に対して行うものではない。そう叫びたかったが、声を出す余裕もなかった。

 当然、フォレストベアーはロレッタの命令を無視して突進してくる。ソフィアは慌てて、防壁の魔道具を作動させようとした瞬間……


「っ!?」


 ロレッタの体から、緑色の光が溢れ出す。

 それは、可視化できるまで高められた魔力の光だ。人間では到底敵わない化け物染みた魔力量を持つからこそできる芸当であり、ソフィアも英雄譚で読んだことがある程度だ。

 圧迫感を感じるその光を前に、フォレストベアーは急ブレーキをかけロレッタの前に止まった。


「お手」


「……グゥ」


 お手こそしないものの、フォレストベアーはロレッタに対しすくみあがっていた。以前から、魔族の戦闘能力は異常だと知識では知っていた。だが、実際に目の当たりにするのとでは全く別物だ。

 まさか悠然と立っているだけで、陸の王と呼ばれるフォレストベアーが戦闘不能に陥るなど考えもしなかった。


「「「「「「……」」」」」」


 前知識のあるソフィアより、クルーズたちの方がショックは大きいだろう。特にゴドウィンのショックは大きかった。

 何せ、一方的に自分の命を奪おうとしていた相手だ。

 それが、ゴドウィンの半分生きているかどうかの少女を前に、借りてきた猫のように大人しくなってしまったのだから。


「……それで、この状況は何?」


 大人しくなったフォレストベアーを撫でながら、ソフィアと調査隊の面々に視線をさまよわせる。


「えっと、クルーズさんたちは宰相様の部下でして……」


「そう、ならキャンプ?」


「違う!?」


 声が聞こえる位置まで来ていたクルーズが、拙い魔国語で否定の声を上げる。

 ソフィアは、クルーズが魔国語を話せるとは思いもせず目を丸くした。が、そんなソフィアの反応に構わず、平静を取り戻した彼らがソフィアの前にひざまずく。


「えっと、何事でしょうか?」


 かつてこれほど多くの人にひざまずかれたことはあっただろうか。

 一部の者からあがめられたことはあったが、少なくとも跪かれた経験はない。そのことに戸惑いを覚えていると、クルーズが口を開いた。


「よくぞ、御無事で……」


 感極まったような声に、ソフィアはより一層困惑を深める。


「あ、あのぅ……皆さん、どうかされたのでしょうか?もしかして、私を探していたとか?」


 いくら何でもそれはないか。

 別にソフィアが居なくとも、アッサム王国は回る。セドリックがいなくなれば別だが、それでも一公爵令嬢……のような者が追い出されたところで、わざわざ探すことはない。

 そう思っての一言だったのだが、クルーズはあっさりと認める。


「その通りです。我らは、ソフィア様が追放されたのち、痕跡こんせきを頼りにここまで参りました」


「そうなのですか?あっ、もしかして就職祝いに来てくれたのですか?」


「は、はい?しゅ、就職ですか……仕事に就くという意味の?」


「はい、その就職です。半月ほど前に魔王軍で採用が決まったんですよ」


 ソフィアはアッサム王国の共通語で会話をしていたため、クルーズだけでなく他の者たちも困惑した表情だ。

 すると、負傷したゴドウィンがゆっくりとした歩みで近づいて来た。


「久しぶりだな、ソフィア様」


「お久しぶりです」


「元気そうで何よりだ。それより、そっちのおっかない嬢ちゃんはソフィア様の知り合いか?」


 フォレストベアーを大人しくさせてしまった光景を見てしまったからだろう。直視することなく、ちらちらとロレッタを覗き見て尋ねる。


「私はおっかなくない」


 すると、ロレッタが反論して来た。


「嬢ちゃん、言葉分かるのかよ!?」


 まさか、言葉が分かると思ってはいなかったのだろう。ゴドウィンが目を剥く。


「ロレッタさん、言葉が分かるんですか?」


 ソフィアにもまた、ロレッタがアッサム王国の共通言語を使ったように聞こえてしまい尋ねると、ロレッタは首を横に振る。


「分かるはずもない……生活魔法のトランスレーションを使っただけ」


「何ですか、その魔法?」


「自動言語翻訳……習得困難。けど、テストは楽させてもらった」


 魔国に来てから知ったが、魔国には今ソフィアたちが扱っている言語以外にも言語が存在する。

 そのため、学校では国語以外に別の言語の勉強もあるらしい。

 寝る間も惜しんで必死に多数の外国語を覚えて来たソフィアとしては、嫉妬しっとしてしまう。

 喉元まで込み上げて来た恨み言を飲み込むと、ゴドウィンに話しかける。


「怪我は平気ですか?」


「滅茶苦茶痛い……この地面歩きやすいが、転がると擦れるんだよ」


 血まみれにこそなっているが、傷は浅いようだ。

 とは言え、手当ては必要だろう。アイテムポーチの中にシュナイダーからもらったポーションが入っているものの、それは魔力回復型で効果はない。

 流石にアッサム王国の宰相の部下だ。ソフィアの知り合いではあるものの、許可なく連れ歩けるはずもない。

 そう思って、ロレッタに視線を向ける。


「研修所に連れて行けばいい」


「大丈夫ですか?」


「問題ない。見られて拙いのは個人情報くらい……そっちは、物理的なセキュリティーで守られているから大丈夫」


 聞いただけで、作動して欲しくないセキュリティーだ。

 具体的に聞きたい気持ちもあったが、聞かない方が身のためだと判断して、ソフィアはクルーズたちと向き合う。


「この近くに私の研修先があります。危険はないと思いますが、そちらでお話をしましょう」






 


最近、タイトルがなかなか思い浮かばないです……


次話は、明日投稿です!

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