第4話 プロローグ(4)
魔国の東門にある詰所では緊迫した空気が流れていた。
その発生源は、銀狼族の少女シルヴィアだ。彼女は、ソフィアのステータスカードを穴でも開くかと思うほど凝視している。
「あの~、どうかされましたか?」
ソフィアは、尻込みした様子でシルヴィアに声を掛ける。
そして、彼女が硬直している原因であるステータスカードを覗いた。
*****
氏名 年齢 性別
固有スキル 料理魔法
汎用スキル
料理Lv10 忍耐Lv9 交渉Lv4 速読Lv7 秘書Lv8 算術Lv4 指揮Lv6 水魔法Lv1
生活魔法Lv3 睡眠耐性Lv8 毒耐性Lv6 護身術Lv1 舞踏Lv2 作法Lv3 掃除Lv6
乗馬Lv2 農作業Lv6 土木Lv5 錬金術Lv6
*****
(私って、貴族なんですよね?)
シルヴィアの驚愕を余所に、ソフィアはふとそう思う。
貴族のスキルと言えば、やはり舞踏や作法だろう。それから、魔法も挙げられる。ソフィアもそれらのスキルをしっかり持っている。
だが、軒並み高いものが貴族と関係ないものと言うのはどういうことだろう。土木や農作業は絶対に貴族のそれも令嬢が持つようなものでは決してないはずだ。
ただ、心当たりがないわけではないという所が、ソフィアは悲しかった。
そして、舞踏のレベルが乗馬と同じと言うのはどういうことだろう。
本来であれば、貴族令嬢それも公爵家となれば乗馬などする必要がない。だが、心当たりがないわけではなく、そのことを思い出す。
『あの、私御者をしたことはないのですが……』
『ああ?ただ座って綱をもっていりゃあ良いんだよ。こっちは人手不足なんだ。馬車に乗りたきゃ、自分でやれ』
『(私、これでも公爵令嬢なのですが……)』
おそらく、これでもと付けてしまうあたりソフィアの貴族としての限界だろう。
そして、当たり前のように護衛に顎で使われ御者をやってしまうあたり、もう公爵令嬢は名乗らない方が良かった気がする。
因みに、本来護衛しなければならないディックは、当然ついてきておらず、間違いなくアイナと一緒にいた事だろう。……まさに護衛の鏡と言える。
――そ、それはともかく!
嫌なことを思い出してしまったソフィアはぶんぶんと首を振る。
そして、シルヴィアがどうしてこんなにも自分のスキルを見るのか。スキルレベルの尺度が分からないため、高いかどうかわからない。
だが、舞踏や作法が学園の評価そのままならば、全体的に低いのだろう。
(やはり、料理はお世辞だったのですか……)
ふと、料理スキルのレベルを見る。
数あるスキルの中でも、一番レベルの高いスキルだ。だが、鈍臭いと言われ落第点ギリギリの評価をつけられる舞踏の五倍だ。
つまり、ようやく凡人レベル。まるで天にも昇るような味だと、自身の料理を食べた人は評価してくれたが、やはり次期王妃と言う立場上気を遣っての発言だったのだろう。
――やっぱり、私は凡人なのですね
分かってはいた。
分かってはいたが、それでもその事実を突きつけられてはっきり言ってかなり凹む。やはり、数字とは残酷だ。
「お、お……」
「おお?」
自身のスキルカードに書かれる現実にショックを受けていると、ぎこちない動きでシルヴィアが動きを見せた。
ただ、その声は震えており、ソフィアはどうしたのかと思いつつ首をかしげてしまう。すると、あり得ない。信じられないと言った様子で、ソフィアを見て叫んだ。
「お前のスキルはどうなっているんだ!?」
「すみません、低すぎますよね……こんな私では、どこも雇ってくれませんよね。娼婦でさえも、己惚れていたようです。もう、家畜の餌程度の価値しか……「違う!!」……ふごっ!?」
シルヴィアは、そう言って自分を卑下し続けるソフィアの口を封じた。
どうして、こうもネガティブなのか。そして、発想が極端なのか。その理由が、スキルを見て分かってしまった。
そして、二人の間にある認識の違いを正そうと考え、話を始める。
「最初に言っておくが、お前のスキルは決して低くない。むしろ、軒並み高すぎる」
「へ?」
「良いか、よく聞け。スキルレベルは、一つ上がるごとに必要な経験が倍になる。
例えば、ゼロから一に上がるには、二の経験をすれば良い。だが、一から二に上がるときは四の経験をする必要がある」
「それって、つまり……」
ソフィアも、シルヴィアの言いたいことに気づいたのだろう。
一上がるごとに必要な経験が二倍される。つまり、レベル十である料理に必要な総経験値は二千四十六。その半分のレベルである五に必要なのは、六十二。レベルで見れば二倍かもしれないが、その実三十三倍の差が存在する。
だが、これはスキルレベルが一に上がるときに必要な経験値が二だった場合の想定だ。実際はもっと多いだろう。
「そう、一般的なスキルレベルの平均は、その道に通じている者で五と言ったところだ。そして、その中でも一握りの者が六へと上がることができ、その先の七に上がれる者はさらに少ない。そして、レベル十のスキルなどそれこそ魔王様くらいしか持ってはいないだろう」
「……測り間違えでは?」
シルヴィアの話に、ソフィアは咄嗟にそう口ずさむ。
それは仕方がないだろう。確かに、秘書や速読など事務的なスキルに関してはかなり心当たりがある。
だが、何故料理のレベルが十なのか。料理は確かに好きだが、それでも立場上の問題で厨房に立った回数は、料理人よりもはるかに劣る。その中で、十に至るまでの経験を出来たとは思えない。
「だから言っただろう。これはあくまで例に過ぎない。何事にも天才と言う者は存在するのだ。凡人であれば、二の経験でスキルを得る。だが、才能があればそれこそその十分の一の経験でもスキルを得る。そして、お前には固有スキルもあるから、それが影響しているのかもしれない」
「なるほど……つまり、雑用くらいならさせてくれるってわけですか?」
「何故そうなる!?」
そう結論付けたソフィアの考えに、シルヴィアは愕然とした表情を浮かべる。
だが、ソフィアは至って真面目だ。決して話の大半が理解できなかったわけではない。ただ、自分に才能がある?そんなのお世辞に決まっている。ソフィアはそう考えているのだ。
「それよりも、何か私にもできそうな仕事がありますか?」
「お前とは一度きっちり話しておきたいところだが……仕事か、それなら魔王軍で今料理人の募集を掛けている、な。だが、お前のスキルレ……「やります!!やらせてください!」……待て、早まるな!」
ふと、ソフィアの視線が室内にあった一枚の紙に向けられる。
おそらくこれがシルヴィアの言っている魔王軍の求人広告なのだろう。まさに天啓を受けたような感覚に襲われたソフィアは、シルヴィアの話を遮ってその紙を読み始める。
『魔王軍の料理人、求む!
【月額報酬】170000円~
【資格】不要
【勤務時間】一日九時間半 (休憩一時間を含む)
【休日】週休二日制
【応募】電話連絡の上、面接時に履歴書をご持参ください。面接の時間は電話受付時にお伝え致します。面接会場は、魔王軍マンデリン支部にて予定しております。』
そう書かれていた。
(円?これは、この国の通貨単位なのでしょうか。それよりも、この電話や履歴書とはいったい何でしょう)
アッサム王国では、そもそもこんな質の良い紙は貴族でも持っていないだろう。そこに、様々な色が付けられており、非常に手間がかかっていた。
そのことに感心しつつも、内容をしっかりと頭の中へインプットする。
ただ、ところどころよく分からない単語が混じっている。辛うじて読むことができるものの、どうにも魔国語は難しい。
(履歴書、ですか)
この中で唯一用意しなければならない物。
それが何かわからない。だが、それが何であろうとも、もうソフィアは決めたのだ。
(もう一度チャンスがあるのなら、今度は自分の好きなように……私の作った料理が皆を笑顔にする。そんな料理人になりたい)
公爵令嬢と言う立場上、好きなように料理ができなかった。ならば、これはチャンスなのかもしれない。公爵令嬢として生きたソフィア=アールグレイの人生がリセットされ、料理人ソフィアとして新たな人生を歩む。そう、決意した。
「私は、絶対に魔王軍の料理人になります!」
「……もう、勝手にしてくれ」
回想が終了し、現在に至る。
「おかえりなさい……その様子だと、聞く必要もないか」
出迎えてくれたのは、この家の主であるシルヴィアだった。
面接から帰って来たソフィアの様子を見て、結果を察したのだろう。そのことに対して、意外と言う思いが半分。そして、やはりと言ったところが半分だ。
いくら労働者が売り手市場な現状とは言え、ソフィアのような学歴もない人間が正規雇用されるのはなかなか難しい。
「はい……その場で、不採用だと告げられました」
シルヴィアと出会えたことは、ソフィアにとって幸いだった。
ここマンデリンは、魔国の南西に位置する都市だ。ソフィアは当初ここが魔国の首都だと勘違いしていた。いや、そもそも魔国に複数の街が存在するのを知らなかったのだ。
ただ、魔国は総じて文明のレベルが人間の国に比べてはるかに高い。何でも、魔国を作り上げた初代魔王が広めた文化だそうだ。
それが、ドワーフやエルフたちの力によって形となり、三百年の間にこれほどの文明を築き上げたと言う。
ソフィアにとって、この国の文明は何もかもが先進的すぎた。
何をするにしても戸惑い、時には周囲の人から奇異の目で見られる奇抜な行動さえもとった。ただ、幸いにも人間だからと差別されるようなことはなかった。
なぜなら、魔族の中にも人間と近い容姿をしている者もいるとのことだ。そのため、自分で種族をカミングアウトしなければ分からないと言う。
仮にソフィアがシルヴィアに人間だとカミングアウトしなければ、おそらく彼女もまた何らかの魔族だと考えただろう。
「まあ、落ち込む必要はない。就活など、そんなものだ」
そう語るのは、ソフィアよりも一つ下の年齢で十五歳の少女だ。
シルヴィアは勉強が嫌いとのことで、義務教育を終了後そのまま家を出て魔王軍に入隊したと言う。
ただ、これは珍しい事ではないらしい。
基本的に、十五歳で義務教育を終えた後、就職か進学を選ぶ。だが、進学するのは本当に学問に関心がある者だけで、大半の者が就職を選ぶ。
どこへ就職したいか決まっていないから進学すると言う人は存在せず、実に八割が就職すると言う。
――義務教育ですか。そう言えば、アイナがそんな話をしていたような
ふと、ソフィアはアイナが提案してきたことを思い出す。
おそらく、このことを言っていたのだろう。
ただ、人員の確保やそれに必要な財源。そして、計画書が全くできていなかったため棄却した。それは仕方がなく、ソフィアも宰相も計画性のないものに時間を割く余裕など存在しなかった。
そのため、もう一度計画書を改めてから提出しろと突っ返したが、具体的に計画を立ててくれれば受け入れたかもしれないのに……そう残念に思ってしまう。
話が逸れたが、ソフィアが落ち込んでいる一番の理由はシルヴィアにあった。
(私って客観的に見たら、年下の女の子に養ってもらっているただのヒモなんですよね)
この数日間で、ソフィアは魔国について様々なことを知った。
その中に「ヒモ」と言う言葉があったのだ。調べてみると、女性に貢がせている情夫の事を指すと知り、情夫と言う部分は違うが年下の女の子に養ってもらっているのは事実だ。
シルヴィアに「私って、ヒモなんですか?」そう聞いた時、何故知識がそちらばかりに偏ると呆れられたのも記憶に新しい。
そのような訳で、就職が出来ないことに焦りを覚えていた。
シルヴィアの父親は魔王軍でもかなりの地位にある人物らしく、彼女の家はかなりの資産家だ。二人が住んでいるのもマンション(大邸宅)であり、かなりの広さを持つ。
どうやら、フラットホワイト家のマンデリンにおける別荘地のような物らしい。そのため、一人暮らしのシルヴィアには広すぎる。そう感じていたため、家事をしてくれるソフィアの存在はかなり嬉しいそうだ。
ソフィア自身、箒をもって掃き掃除をしたり、庭の草刈りをしたりする姿には――意外と上手かったりする――元とは言え公爵家の令嬢であったことを知っているシルヴィアが呆れた様子だ。
そして、真剣な表情で「お前、本当にそれでいいのか?」そう尋ねられたこともあった。
ソフィアが、「え?うちでは草抜きが日課でしたよ?」そう言い返すとかなり微妙な表情をされた。
ただ、一番喜ばれたのは料理だろう。
『う、美味い!な、何なんだ!!何なんだ、これは!?』
『たくさん調味料があって、料理のし甲斐があって楽しくてつい作り過ぎてしまいましたが……一人でも問題なさそうですね』
シルヴィアはスキルレベル十が作り上げる至高の料理に舌鼓を打ち、そして言葉を忘れたかのように一心不乱に食べ続ける。
一方で、ソフィアは細いのにどこに入るのかなと、机にずらりと並んだ料理の皿が次々と空になって行く光景に首をかしげてしまう。そんなことを考えていると、シルヴィアが口を開いた。
「まあ、お前のあの料理の腕ならばわざわざ安月給の魔王軍に拘る必要がないだろう?もっと他に……「いいえ!大丈夫です!」……は?」
シルヴィアは、ソフィアの料理の腕を知っている。
だからこそ、魔王軍の料理人など勿体ない気がするのだろう。それこそ、実家に推薦状を送ってくれれば無下にされることはない。
そう、ソフィアに伝えたのだが、再びよく分からない矜持が発動したのだ。どうにも、年下の女の子に養ってもらっていても、仕事を斡旋してもらうことは耐えられないようだ。
「聞いて下さい!シュナイダー=ゴブさん、えっと面接をしてくれたゴブリンの方が言ってくれたんです!履歴書の書き方がなってないから、もう一度書き直して来いって。それはつまり、もう一度面接を受けさせてくれると言う意味なんですよね」
「意外とポジティブだった!?」
「待っていてください!ちゃんとした、履歴書を書いて見事に面接を合格して見せます!」
そう言って、元公爵令嬢による就活が開始したのであった。
【仕事】公爵令嬢と言う名の雑用→自称ヒモな主婦 (up↑)
プロローグがようやく終わりました!!
少しスキルについて悩みました。
もしかすると、加筆などをするかもしれません。
閑話を挟みつつ、次からは悪役令嬢の就活が始まります。
次話は、宰相視点の閑話です。
ブックマーク、ポイント評価よろしくお願いします!!
【訂正】
交渉Lv6 → 交渉Lv4
「三に上がるとき」 → 「二に上がるとき」